- Amazon.co.jp ・本 (528ページ)
- / ISBN・EAN: 9784150123529
作品紹介・あらすじ
携帯電話とインターネットが発展したナチスドイツ。第二次大戦が始まり、国家保安局NSAはデータをすべて監視していたが……!
感想・レビュー・書評
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『ディファレンス・エンジン』の続きっぽい雰囲気
端末からの検索で『日記』・『白バラ』が消されて行くところが恐ろしい
果たして後半の展開は?
散々語られた良識ある人々がヒトラーを指示する姿がウクライナ侵攻を指示するロシア国民にダブる
この技術が既に実現していると思うとgoogleが邪悪にならないことを切に祈るだけでは駄目なのか -
もしも第2次世界大戦中にコンピューターとインターネットと携帯電話があったら、もしもナチスがそれを使って国民の監視をしていたらという、もしも系のSF。しかし、同時に現代社会の風刺にもなっているのが面白いところでもある。
上下巻で1000ページくらいある長い小説だけど、面白いからすぐに読み終えてしまう。
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端的に言えば、ホロコーストの物語。
SF的な仮定をプロットに組み込んだとしても、物語の構造の大枠は、ホロコーストを扱った一般小説とさして変わらない、そういう意味では、SFらしい飛躍を期待していた私には、少々物足りない作品でした。
ただ、ネットワーク環境だけが現代風という、ある意味大変バカバカしい設定が、逆に現代の監視社会を想起させ、いっそ没入しやすい...、のかもしれません。いや、わかりません。
この方、意外とエンタメ系の作家っぽい匂いがします。
重いテーマを扱っているのでそれなりに構えて読むのだけれど、人物描写が全体として軽薄で浅く、真面目に読み込んでいるとバカバカしくなってくる...、ちょっと困った作品でした。 -
国家保安局は、国家の危険を未然に防ぐためコンピュータ網のデータ流を監視する機関である。
第二次世界大戦下のドイツで携帯電話とインターネットが発展している設定の改変歴史物語。
へレーヌ・ボーデンガンプとオイゲン・レトケの二人が主人公。二人とも国家保安局(NSA)で働いているいる。ヘレーネはプログラムニッターとして、レトケはアナリストして働いてるが、やがてそれぞれの立場を乱用しだす。ヘレーネの愛のために、レトケの復讐のために… -
ナチスドイツの時代に、コンピュータ技術が発達していてネットワークと携帯電話とキャッシュレス決済をナチが握っていて、SNS/BBSでの情報操作やハッキングまでやってたとしたら… という小説。形の上では。
それはもちろん、現代社会においてそれらの情報を使って国民を管理してる奴がいるんじゃないか、それに対してお前はどうするんだ、という警告でもあるんだろう。映画「スノーデン」で語られていた内容も思い出す。
でもまあ、そんなことは横においといて、純粋に娯楽小説としてめちゃくちゃ面白い。
スピード感もあって、長いけどダレない。読み出したら止まらない。
上下巻一気読み。
傑作だ。 -
誰かがそわそわと神経質になったときは、黙るのが得策だ。そうすれば相手はたいてい勝手につづきをしゃべらずにはいられない。
人が屈服してしかるべき唯一の法律は、自然の法則だ。自然は残酷な女神である。なぜなら自然は強者のみに生きる権利を与え、弱者を相手にしないからだ。強さは強者の自己証明であり、自己正当化だ。なぜなら自分が渇望するものを手に入れ、世界に自分の意志を強要できる者が強者だからだ。それは高貴な残酷さであり、同時に非常に明白なので、基本的にそれについて論議する必要がまったくないほどだ。論争とは弱者の陽動作戦にすぎやい。弱者は、強者が真実を知ることを望まないのだ。その真実とは、自然は強者が生き残り、弱者が死ぬのを望んでいること、つまり世界は強者のものであるということだ。
「平和のためには二者が必要だが、戦争をするには片方だけでいい。」 -
感想は下巻に