著者40歳代から70歳代までの24本の随筆が収められています。新書サイズよりやや大きめの上製本で、百科事典の平凡社が提供するSTANDARD BOOKSという科学者、作家の随筆集シリーズの一冊です。
「朝永ネコ儀 昨夜交通事故のため急逝いたしました。遺体埋葬の儀は本日もみじ山に於てしめやかに取行いました。ここに生前の御厚誼を深謝し謹んで御通知申上げます。(後略)」(「ねこ」28頁)
「しらすぼしの中にときおり何匹かの蛸の子がまじっている。(中略)かわいそうに、この小坊主たちは、白子(しらす)どものそば杖をくって一しょに煮られてしまった。(中略)三途の川のお地蔵さま、どうかこのあわれな亡者たちを救ってやってください。」(「なまいき」41頁)
量子物理学という難しい学問の大先生が、大真面目に飼い猫の死亡通知を出したり、食卓のしらす干しに小さなタコの赤ちゃんを見つけてその夭折を悼んでいるユーモラスな姿を思い浮かべて、ほのぼのとした気持ちになります。
「俺は(闘病でなく)親病でいく」と淡々としていた亡父を回想し、子供たちへの密やかなその愛情を「空気や水のように別なにおいも味もないが、これほど貴重なものが外にあったろうか。」と懐かしむ著者。(「父」67~68頁)
手作りの道具で理科の実験をやっていた少年時代はやっぱりそうかと納得し、病気のために単位取得試験を翌年廻しにして劣等感に苛まれていたという大学時代の挿話は、そうやったんかと意外に思えました。
「今だから白状するが、湯川理論ができたときには、してやられたな、という感情をおさえることができなかったし、その成功に一種の羨望の念を禁じ得なかったことも正直のところ事実である。」(「思い出ばなし」161頁)
この文章執筆の二年後に、著者は湯川秀樹に並ぶ栄誉を受けます。二人目のノーベル物理学賞受賞者なのに、飲酒後の風呂場での転倒事故で肝心の授賞式に出席できなかったことを、巻末のプロフィール紹介で初めて知りました。
秀逸な「随筆」選集の本書には、こんな意外な「オチ」まで付きます。
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朝永振一郎 見える光、見えない光 (STANDARD BOOKS) 単行本 – 2016/10/11
朝永 振一郎
(著)
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- 本の長さ219ページ
- 言語日本語
- 出版社平凡社
- 発売日2016/10/11
- 寸法11.7 x 1.6 x 18.2 cm
- ISBN-10458253158X
- ISBN-13978-4582531589
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登録情報
- 出版社 : 平凡社 (2016/10/11)
- 発売日 : 2016/10/11
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 219ページ
- ISBN-10 : 458253158X
- ISBN-13 : 978-4582531589
- 寸法 : 11.7 x 1.6 x 18.2 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 356,022位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2020年7月4日に日本でレビュー済み
2019年3月2日に日本でレビュー済み
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朝永振一郎(1906-1979)は
偉大な物理学者です。
場の量子論における
「くりこみ理論」によって
ノーベル物理学賞(1965)を受賞しました。
量子化された場
(一般に場は無限の自由度を持ちます)
について考えるのが「場の量子論」ですが
エネルギーを計算すると無限大に発散してしまう
困難がともないます。しかし適宜
理論値を実験値で置き換えて計算することで
無限大の困難を回避することができます。
それが「くりこみ理論」です
ノーベル物理学賞を
朝永と同時に受賞した一人は
「ファインマン・ダイアグラム」や
物理学の教科書で有名な
ファインマン
Richard Feynman (1918-1988)(米国)
です。もう一人は
「シュヴィンガー・ダイソン方程式」で有名な
シュヴィンガー
Julien Schwinger (1918-1994)(米国)
でした。
朝永振一郎は
文章家としても超一流で
物理学の啓蒙書や随筆など
多くの本を上梓しています。
まずは次の著作集が定番です。
[1]『朝永振一郎著作集』(みすず書房 1981-1985)
(新装版 みすず書房 2001-2002)(本巻12冊 別巻3冊)
専門の量子力学につきましては
[2]『量子力学 Ⅰ』(第2版)(みすず書房 1969)
[3]『量子力学 Ⅱ』(第2版)みすず書房 1997)
[4]『角運動量とスピン』(みすず書房 1989)
があります。このうち[4]は
『量子力学 Ⅲ』なるべく構想されたものです。
訳書としては次が有名です。
[5]ディラック『量子力学』(第4版)(岩波書店 1967)
「ディラックのデルタ関数」で
有名なディラック
Paul Dirac (1902-1984)は
英国の物理学者であり
1933年 ノーベル物理学賞を
シュレーディンガー
Erwin Shcrodinger(1887-1961)
ととともに受賞しました。
「シュレーディンガー方程式」で有名な
シュレーディンガー(オーストリア)は
「波動方程式」の形式で
量子力学を根底から建設した人です。
一方
「行列力学」の形式で
量子力学を根底から建設したのは
ハイゼンベルグ(独)
Werner Heisenberg(1901-1976)で
「不確定性原理」も唱えました。
1932年 ノーベル物理学賞を受賞しています。
朝永振一郎の書籍に戻りますと
物理学啓蒙書も多数あります。
[6]『物理学とは何だろうか(上)』(岩波新書 1979)
[7]『物理学とは何だろうか(下)』(岩波新書 1979)
熱力学・統計力学に詳しいのが特長です。
専門の量子力学の啓蒙書としては
[8]『スピンはめぐる 成熟期の量子力学』
(中央公論社 1974)
[9]『スピンはめぐる 成熟期の量子力学』
(新版)(みすず書房 2008)
が有名です。
『著作集』と重複もありますが
随筆集としては次のものがあります。
[10]『鏡のなかの世界』(みすず書房 1965)
[11]『科学と科学者』(みすず書房 1968)
[12]『庭にくる鳥 随筆集』(みすず書房 1975)
[13]『鏡の中の物理学』(講談社学術文庫 1976)
[14]『わが師わが友』(講談社学術文庫 1976)
この[13][14]は文庫本で入手しやすく
コンパクトな中に良質の文章が収められていました。
さて本書は
『朝永振一郎著作集』のうち
1巻 4巻 6巻 別巻1 から抜粋された
24篇の文章が収められています。
文章じたいは
朝永振一郎による名文です。
しかしこの24篇が最善の選択だったとは
残念ながら感じられません。
特に巻頭の5篇はいわゆる動物ものですが
別の選択肢があったのではないかと思います。
そもそも本書は
平凡社が企画した
科学者ないし科学的素養のある作家の随筆集で
「Standard Books」というシリーズ中の一冊です。
本書の末尾に掲載されている
「Standard Books 刊行に際して」
という決意表明を読みましたが
朝永振一郎の名文に遥かに及ばない悪文です。
・意味不明な表現
・根拠のない独断
・論理性に欠ける文
を含んでおり
総体として軽薄であり
非科学的な文章と言わざるを得ません。
残念ながらこの企画は失敗であろうと
高度の蓋然性をもって予測させる内容です。
例えば
・「自然科学者が書いた随筆を読むと、
頭が涼しくなります。」
‥という文がありますが
「頭が涼しくなる」とは
何かを言っているようで何も言っていない
意味不明(定義不能)な表現であり
根拠がないばかりか
知性に欠ける文です。
・「科学と芸術を行き来して
おもしろがる感性が、そこにあります。」
‥という文も独善的です。
果たしてそうでしょうか?
科学や芸術とは
「おもしろがる」だけの対象でしょうか?
科学も芸術も知らない人が
そうあってほしいという
ひとりよがりの価値観を押し付けただけです。
あまりにひどい文章なので
引用するのも苦痛ですから
以上にいたしますが
「Standard Books 刊行に際して」は
出版史の歴史に残る軽薄な文章
ということになると思われます。
科学の基本は論理です。
「Standard Books 刊行に際して」に
欠けているのは
論理であり知性であり科学性です。
岩波茂雄(1881-1946)が
昭和2(1927)年7月に書いた
「読書子に寄す」
--岩波文庫発刊に際して--は
文体が美文調に過ぎ
内容が理想に過ぎる傾向があるとはいえ
論理はしっかりしています。だから
90年以上経っても読まれるのです。
「Standard Books 刊行に際して」を
執筆した方は
岩波茂雄の文章や
朝永振一郎の文章をよく読んで
研鑽していただけたら幸いです。
と申しますのも
科学は決しておもしろいだけではありません。
たいへんです。
結果が出て
ノーベル賞をもらうのはきわめて例外です。
科学者(とくに日本の若き科学者)たちは
諸外国に比べて劣悪な環境(人的・予算的)の中で
たいへんな苦労をして
研究を続けているのが現状です。
2018年まで、いわば「過去の遺産」によって
日本の科学者がノーベル賞を受賞してきましたが
今後、激減するであろうことが予想できます。
(日本の)科学をとりまく環境は
たいへん厳しいものがあります。
また科学者の内面もたいへんです。
本書を読めばお分かりいただけますが
ノーベル賞に輝く
朝永振一郎でさえ
「疲労困憊」「劣等感のかたまり」「暗中模索」
を感じることが少なくありませんでした
(p.136)。
「仕事が順調に進んだ(中略)ことは
十に一つ、あと九つは途中でいやになったり、
何の因果でこんな商売をやらねばならないのか
と思ってみたり」(p.160)
というのが真実です。
科学ないし科学者を特徴づける
ひとつのキーワードは
「孤独」
でしょう。もうひとつ付け足すならば
「不安」
かもしれません。
数学および自然科学の研究とは
その連続であると考えて間違いありません。
それを端的に象徴する例を挙げましょう。
本書の183ページに次の一文があります。
「ドイツに行っていた時、
同じ物理学教室に来ていたインド人が
クリスマスの休みにシュワルツワルドに
独り遊びに行って、
森の中の雪中で凍死した事件があった。」
‥朝永がドイツに留学し
ハイゼンベルグのもとで研究していたときに
起こった「有名な」事件です。
「有名な」と申しますのは
「滞独日記」などにおいて
朝永が詳細に記述しているからです。
朝永は相当ショックを受け
周囲のドイツ人からも心配されました。
このインドからの留学生は
「ラム・ディッタ(24歳)」です。
若くして亡くなったので無名ですが
もし長生きしていれば
朝永と同レベルの仕事をしていたかもしれません。
本書が「ひどい」と思いますのは
上記の一文について
「シュワルツワルド」については
「ドイツ語で黒い森の意。
ドイツ南西部の森・山地」
という注をつけているのに
「同じ物理学教室に来ていたインド人」
については何の注もなく
一切無視していることです。
朝永振一郎の随筆を一通り読んだ方にとって
「凍死したインド人留学生ディッタ」
は大切なキーワードのひとつです。
そこに言及がないということは
本書を編集した方は
朝永の随筆をろくに読んだことがない
のではないかと推察されます。
そのような方が選ぶアンソロジーに
どれくらいの価値があるか
推して知るべしです。
やはり
朝永振一郎について
(物理学以外の)
啓蒙書や随筆を真実に知りたいと思ったならば
『朝永振一郎著作集』(みすず書房)
をお読みになることをお勧めいたします。
日記のうち
朝永の死後に初めて公開された部分を
読みますと
「湯川が京都の教授になるかもしれない」
という一文があり
朝永が相当ショックを受けていたことがわかります。
私たちは朝永の心の中を
忖度したり想像したりすることができます。
歴史に光と陰があるように
科学にも光と陰があります。
光だけではなく
陰も見ることで
科学と人間について
いっそう理解が深まると私は考えます。
しかし
本書や「Standard Books」シリーズには
光のみを見て
陰を見ようともしない傾向を感じます。
そこから知的な創造が
果たして生まれるものでしょうか。
最後に繰り返しますが
朝永振一郎は偉大な物理学者であり
超一流の文章家でした。
可能な限り原典に接して
それを実感していただけましたならば
誠に幸いに存じます。
偉大な物理学者です。
場の量子論における
「くりこみ理論」によって
ノーベル物理学賞(1965)を受賞しました。
量子化された場
(一般に場は無限の自由度を持ちます)
について考えるのが「場の量子論」ですが
エネルギーを計算すると無限大に発散してしまう
困難がともないます。しかし適宜
理論値を実験値で置き換えて計算することで
無限大の困難を回避することができます。
それが「くりこみ理論」です
ノーベル物理学賞を
朝永と同時に受賞した一人は
「ファインマン・ダイアグラム」や
物理学の教科書で有名な
ファインマン
Richard Feynman (1918-1988)(米国)
です。もう一人は
「シュヴィンガー・ダイソン方程式」で有名な
シュヴィンガー
Julien Schwinger (1918-1994)(米国)
でした。
朝永振一郎は
文章家としても超一流で
物理学の啓蒙書や随筆など
多くの本を上梓しています。
まずは次の著作集が定番です。
[1]『朝永振一郎著作集』(みすず書房 1981-1985)
(新装版 みすず書房 2001-2002)(本巻12冊 別巻3冊)
専門の量子力学につきましては
[2]『量子力学 Ⅰ』(第2版)(みすず書房 1969)
[3]『量子力学 Ⅱ』(第2版)みすず書房 1997)
[4]『角運動量とスピン』(みすず書房 1989)
があります。このうち[4]は
『量子力学 Ⅲ』なるべく構想されたものです。
訳書としては次が有名です。
[5]ディラック『量子力学』(第4版)(岩波書店 1967)
「ディラックのデルタ関数」で
有名なディラック
Paul Dirac (1902-1984)は
英国の物理学者であり
1933年 ノーベル物理学賞を
シュレーディンガー
Erwin Shcrodinger(1887-1961)
ととともに受賞しました。
「シュレーディンガー方程式」で有名な
シュレーディンガー(オーストリア)は
「波動方程式」の形式で
量子力学を根底から建設した人です。
一方
「行列力学」の形式で
量子力学を根底から建設したのは
ハイゼンベルグ(独)
Werner Heisenberg(1901-1976)で
「不確定性原理」も唱えました。
1932年 ノーベル物理学賞を受賞しています。
朝永振一郎の書籍に戻りますと
物理学啓蒙書も多数あります。
[6]『物理学とは何だろうか(上)』(岩波新書 1979)
[7]『物理学とは何だろうか(下)』(岩波新書 1979)
熱力学・統計力学に詳しいのが特長です。
専門の量子力学の啓蒙書としては
[8]『スピンはめぐる 成熟期の量子力学』
(中央公論社 1974)
[9]『スピンはめぐる 成熟期の量子力学』
(新版)(みすず書房 2008)
が有名です。
『著作集』と重複もありますが
随筆集としては次のものがあります。
[10]『鏡のなかの世界』(みすず書房 1965)
[11]『科学と科学者』(みすず書房 1968)
[12]『庭にくる鳥 随筆集』(みすず書房 1975)
[13]『鏡の中の物理学』(講談社学術文庫 1976)
[14]『わが師わが友』(講談社学術文庫 1976)
この[13][14]は文庫本で入手しやすく
コンパクトな中に良質の文章が収められていました。
さて本書は
『朝永振一郎著作集』のうち
1巻 4巻 6巻 別巻1 から抜粋された
24篇の文章が収められています。
文章じたいは
朝永振一郎による名文です。
しかしこの24篇が最善の選択だったとは
残念ながら感じられません。
特に巻頭の5篇はいわゆる動物ものですが
別の選択肢があったのではないかと思います。
そもそも本書は
平凡社が企画した
科学者ないし科学的素養のある作家の随筆集で
「Standard Books」というシリーズ中の一冊です。
本書の末尾に掲載されている
「Standard Books 刊行に際して」
という決意表明を読みましたが
朝永振一郎の名文に遥かに及ばない悪文です。
・意味不明な表現
・根拠のない独断
・論理性に欠ける文
を含んでおり
総体として軽薄であり
非科学的な文章と言わざるを得ません。
残念ながらこの企画は失敗であろうと
高度の蓋然性をもって予測させる内容です。
例えば
・「自然科学者が書いた随筆を読むと、
頭が涼しくなります。」
‥という文がありますが
「頭が涼しくなる」とは
何かを言っているようで何も言っていない
意味不明(定義不能)な表現であり
根拠がないばかりか
知性に欠ける文です。
・「科学と芸術を行き来して
おもしろがる感性が、そこにあります。」
‥という文も独善的です。
果たしてそうでしょうか?
科学や芸術とは
「おもしろがる」だけの対象でしょうか?
科学も芸術も知らない人が
そうあってほしいという
ひとりよがりの価値観を押し付けただけです。
あまりにひどい文章なので
引用するのも苦痛ですから
以上にいたしますが
「Standard Books 刊行に際して」は
出版史の歴史に残る軽薄な文章
ということになると思われます。
科学の基本は論理です。
「Standard Books 刊行に際して」に
欠けているのは
論理であり知性であり科学性です。
岩波茂雄(1881-1946)が
昭和2(1927)年7月に書いた
「読書子に寄す」
--岩波文庫発刊に際して--は
文体が美文調に過ぎ
内容が理想に過ぎる傾向があるとはいえ
論理はしっかりしています。だから
90年以上経っても読まれるのです。
「Standard Books 刊行に際して」を
執筆した方は
岩波茂雄の文章や
朝永振一郎の文章をよく読んで
研鑽していただけたら幸いです。
と申しますのも
科学は決しておもしろいだけではありません。
たいへんです。
結果が出て
ノーベル賞をもらうのはきわめて例外です。
科学者(とくに日本の若き科学者)たちは
諸外国に比べて劣悪な環境(人的・予算的)の中で
たいへんな苦労をして
研究を続けているのが現状です。
2018年まで、いわば「過去の遺産」によって
日本の科学者がノーベル賞を受賞してきましたが
今後、激減するであろうことが予想できます。
(日本の)科学をとりまく環境は
たいへん厳しいものがあります。
また科学者の内面もたいへんです。
本書を読めばお分かりいただけますが
ノーベル賞に輝く
朝永振一郎でさえ
「疲労困憊」「劣等感のかたまり」「暗中模索」
を感じることが少なくありませんでした
(p.136)。
「仕事が順調に進んだ(中略)ことは
十に一つ、あと九つは途中でいやになったり、
何の因果でこんな商売をやらねばならないのか
と思ってみたり」(p.160)
というのが真実です。
科学ないし科学者を特徴づける
ひとつのキーワードは
「孤独」
でしょう。もうひとつ付け足すならば
「不安」
かもしれません。
数学および自然科学の研究とは
その連続であると考えて間違いありません。
それを端的に象徴する例を挙げましょう。
本書の183ページに次の一文があります。
「ドイツに行っていた時、
同じ物理学教室に来ていたインド人が
クリスマスの休みにシュワルツワルドに
独り遊びに行って、
森の中の雪中で凍死した事件があった。」
‥朝永がドイツに留学し
ハイゼンベルグのもとで研究していたときに
起こった「有名な」事件です。
「有名な」と申しますのは
「滞独日記」などにおいて
朝永が詳細に記述しているからです。
朝永は相当ショックを受け
周囲のドイツ人からも心配されました。
このインドからの留学生は
「ラム・ディッタ(24歳)」です。
若くして亡くなったので無名ですが
もし長生きしていれば
朝永と同レベルの仕事をしていたかもしれません。
本書が「ひどい」と思いますのは
上記の一文について
「シュワルツワルド」については
「ドイツ語で黒い森の意。
ドイツ南西部の森・山地」
という注をつけているのに
「同じ物理学教室に来ていたインド人」
については何の注もなく
一切無視していることです。
朝永振一郎の随筆を一通り読んだ方にとって
「凍死したインド人留学生ディッタ」
は大切なキーワードのひとつです。
そこに言及がないということは
本書を編集した方は
朝永の随筆をろくに読んだことがない
のではないかと推察されます。
そのような方が選ぶアンソロジーに
どれくらいの価値があるか
推して知るべしです。
やはり
朝永振一郎について
(物理学以外の)
啓蒙書や随筆を真実に知りたいと思ったならば
『朝永振一郎著作集』(みすず書房)
をお読みになることをお勧めいたします。
日記のうち
朝永の死後に初めて公開された部分を
読みますと
「湯川が京都の教授になるかもしれない」
という一文があり
朝永が相当ショックを受けていたことがわかります。
私たちは朝永の心の中を
忖度したり想像したりすることができます。
歴史に光と陰があるように
科学にも光と陰があります。
光だけではなく
陰も見ることで
科学と人間について
いっそう理解が深まると私は考えます。
しかし
本書や「Standard Books」シリーズには
光のみを見て
陰を見ようともしない傾向を感じます。
そこから知的な創造が
果たして生まれるものでしょうか。
最後に繰り返しますが
朝永振一郎は偉大な物理学者であり
超一流の文章家でした。
可能な限り原典に接して
それを実感していただけましたならば
誠に幸いに存じます。