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武田氏滅亡 (角川選書 580) 単行本 – 2017/2/24

4.6 5つ星のうち4.6 156個の評価

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戦国史研究の未踏峰を拓く大著!

武田信玄の後継者である勝頼は、天正十年(1582)三月十一日、織田信長・徳川家康・北条氏政の侵攻を受けて滅亡した。戦国の雄・武田氏はなぜ、亡国へと追い込まれていったのか。勝頼個人の「暗愚」な資質に原因を求める見方は、はたして正しいのか――。武田・北条・上杉による甲相越三国和睦構想、上杉謙信没後の後継者をめぐる御館の乱、徳川家康との高天神城攻防戦という長篠敗戦後の転換点を主軸に、史料博捜と最新研究から、詳述されてこなかった勝頼の成果と蹉跌を徹底検証。戦国史研究に新たなる足跡を刻む決定版!

序 章 諏方勝頼から武田勝頼へ
第一章 長篠合戦への道
第二章 織田・徳川の攻勢と武田勝頼
第三章 甲相越三国和睦構想と甲相同盟
第四章 御館の乱と武田勝頼
第五章 甲相同盟の決裂と武田勝頼
第六章 苦悩する武田勝頼
第七章 武田勝頼と北条氏政の死闘
第八章 斜 陽
第九章 武田氏滅亡
第十章 勝者のふるまい
終 章 残 響
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商品の説明

著者について

●平山 優:1964年、東京都生まれ。立教大学大学院文学研究科博士前期課程史学専攻(日本史)修了。専攻は日本中世史。山梨県埋蔵文化財センター文化財主事、山梨県史編さん室主査、山梨大学非常勤講師、山梨県立博物館副主幹を経て、山梨県立中央高等学校教諭。2016年放送の大河ドラマ「真田丸」の時代考証を担当。著書に、『真田信繁 幸村と呼ばれた男の真実』(角川選書)、『天正壬午の乱 増補改訂版』(戎光祥出版)、『真田三代』『真田信之 父の知略に勝った決断力』(ともにPHP新書)などがある。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ KADOKAWA (2017/2/24)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2017/2/24
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 単行本 ‏ : ‎ 752ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4047035882
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047035881
  • 寸法 ‏ : ‎ 12.7 x 3.9 x 19 cm
  • カスタマーレビュー:
    4.6 5つ星のうち4.6 156個の評価

著者について

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平山 優
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カスタマーレビュー

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上位レビュー、対象国: 日本

2023年10月2日に日本でレビュー済み
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事実を淡々と書いてあるだけだが、小説よりも面白い。
1人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2022年3月24日に日本でレビュー済み
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武田氏がどのようにして滅びたのか、詳しく知ることができる。それと同時に、彼らの事績を追体験したような重苦しい感覚に陥る。それは、同時代の文書や書物、手紙などのエビデンスに基づいて描かれた、リアルで精緻な歴史叙述によるものだろう。

事実のみを描ききることに徹した著者の姿勢に敬意を示し、勝頼の軍略に対する考察や評価は控えたいが、滅亡に至る逃避行の場面は非常に切なく胸を打つ。夫人の心静かな読経、数首の和歌などから、当時の精神世界を垣間見た。

武田勝頼という人は天地人に恵まれなかった人で、読後も決して好きになれた訳ではないが、読み物としては非常に良質で面白かった。
7人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2022年1月2日に日本でレビュー済み
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信玄が亡くなった後の勝頼がどのように甲斐信濃をまとめ、織田・徳川と対抗したかがよくわかります。
長篠以降、上杉、佐竹と同盟し、上野では北条を追い詰めながら、遠江、駿河で徳川、北条のプレッシャーを受け、行き場をなくした勝頼の苦悩が描かれています。
勝頼は非常に優秀ではあったと思いますが、親の残した統治機構や重臣が重すぎたことがよく理解できました。
戦国期の織田周辺の戦いについての理解が進みました。
4人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2024年3月26日に日本でレビュー済み
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武田氏って、戦国大名の中でも、とりわけ巨大で、現代でいえば、超有名な大企業のように思えます。その栄枯盛衰の在り様は、不思議でもあり、また、現代社会の毀誉褒貶の激しさの中で、浮き、そして、沈む、大企業の在り様を見るのに、冷厳な視野を授けてくれるように思えます。決して、過去の他人事でなく、人間のそして、組織の、生き様lそのものです。MBAの教材に取り上げる、現代の世界情勢の中から選ばれるテーマにも匹敵するものと存じます。
2021年7月12日に日本でレビュー済み
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2017年12月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
武田と周辺勢力の資料を引用して照らし合わせてるのでとても参考になりました。
御館の乱が景虎がいきなり挙兵したのではなく上杉家臣団の内紛から始まり景虎が担ぎ上げられたなど今までの説を覆すような事実が載ってて驚きました。
長篠のあとの軍備再編成、御館の乱の時の上野の情勢、北条は何故景虎を見殺しにしたのか、御館の乱の時の武田はどうしていたか。
などあまり他の歴史書では取り上げられてないことまで資料から引用しててすごかったです。
甲陽軍鑑及び武田方資料に間違いがあれば指摘し、武田方資料にしか載ってなくて交戦相手、外交相手や周辺勢力の資料に存在しなければちゃんと信憑性があるか疑問だと書いてあって武田ヨイショしないで公平に真実を探してる書き方なので参考になりました。

御館の乱のあたりから武田が上野のほとんどを武田勢力にしてたのは知ってたけど中々詳細まで書いてある本に今まで巡り合えませんでしたが、この本には詳しく書かれてました。真田昌幸が戦に調略にと大活躍。北条に見捨てられた形の上野の北条派につけ入る真田昌幸の知略。父幸隆ゆずりの調略術。昌幸は籠城だけではなく知略を駆使した駆け引きも凄かった。
まだ武田と北条の同盟がきれてないころから上野の豪族を得意の調略で武田方にしまくり北条から苦情来たほどの昌幸の頭脳は圧巻。

長篠の後の武田は落ちる一方という認識されがちだが、上野争奪戦の勝利、関東勢力と同盟を組み北条包囲網を結成し徳川と挟み撃ちにされつつも駿豆で北条と互角に戦い武田水軍も活躍。北条氏政も北条家存亡を覚悟したほど追い込まれていた。そして織田の武田征伐が始まる。北条氏政は武田の強さを身に染みていたので織田の快進撃を中々信じず武田征伐に最後の方まで参加しなかった。

1579年9月。武田軍1万6千が北条軍4万(甲陽軍鑑)~6万(信長公記)が対陣、後方に徳川軍1万が迫る北条軍圧倒的優位の状態だったにも関わらず徳川方面に転進した武田の背後を襲えなかった北条軍。
そして1581年10月、北条に激震が走った。北条が駿豆国境に築いたばかりの徳倉城が完成してすぐ武田に寝返ってしまった。

信長は武田征伐のおり快進撃を続けまくる信忠に必ず武田の逆襲があるはずだから自分が行くまで血気にはやるなと手紙を送り、滝川一益にも調子に乗って前進続ける信忠に何かあったら信長に会うことは許さんと手紙も書いていた。

などなど武田は長篠の後にも健闘し武田の調略に応じる城主も多く周辺勢力からも一目置かれていた。
と、このような話が資料から抜粋してんこ盛りです。戦国ファンに自信をもってオススメできる一冊です。
17人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2017年2月26日に日本でレビュー済み
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昨年度の大河ドラマ『真田丸』の考証担当者平山優氏の『武田氏滅亡』を購読。名将武田信玄のもと史上空前の大版図を有する戦国屈指の大
大名へと成長した武田氏だが、偉大な父信玄の跡を継いだ4男勝頼は代替わりからわずか9年で織田信長に滅ぼされてしまう。このため勝頼は
国を滅ぼした暗愚な武将としてこれまでは酷評されてきた。近年は勝頼の再評価が進み暗愚どころか信玄の後継者たるにふさわしい聡明かつ
勇猛果敢な武将であると評価されるようになってきた。そんな優れた資質の持ち主であった勝頼がなぜ滅びてしまったのか、その理由と過程
が克明に描かれていて読み応え十分である。750ページ越えの大著である。

一般には武田氏滅亡のきっかけとなったのは1575年の長篠の戦いでの大敗(44p~ )だとされている。確かに大きなダメージは被ったが、平
山氏はむしろ1581年の高天神城失陥がターニングポイントだと指摘する(455p~ )。実際、高天神城失陥後の武田氏の勢力は急速に減退し
ていっており、信長が勝頼の討滅を決意したのも高天神城陥落後のことであったという(468p~ )。

『真田丸』の主要登場人物であった真田昌幸 や北条氏政についても多くの記述があるのにも注目したい。昌幸は勝頼時代に武田氏の家老に登
用されており、武田氏の家臣や従属していた国衆たちが次々と離反していく中で最後まで勝頼への忠誠を貫いていた。一方氏政は勝頼の長年
の宿敵であり、両者は関東を舞台に死闘を繰り広げた(404p~ )。この氏政との死闘が大名としての武田氏の体力を奪っていった感は否め
ない。

ネタバレを避けたいので詳細は控えるが勝頼の最期の辺りの描写(563p~ )は小さな不運が積み重なって巨大な悲劇へと発展していく、ま
るでギリシャ悲劇のような物悲しさがある。優れた資質の持ち主だっただけに余計に哀れに感じられた。平山氏はあとがきにおいて勝頼の
滅亡の要因を「運がなかった」(749p)と書いている。まさに彼は悲運の名将であったといえよう。
76人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2021年11月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
仕方ないかも知れませんが時代背景が複雑過ぎて結局理解するには何度か読み返しが必要。結局は信玄の失策が勝頼の時代に大きく影響してしまったたか。巷で言うほど勝頼は暗君では無いが失策もあった。