今まで人事労務など経験してきた中で、何となく認識してきたあれやこれやが、本書を読むことで「そういうことだったのか!」あるいは「やっぱりね」と明確に、輪郭を持って認識できるようになった。
また今まで「なぜこんなことになっているのか」と感じてきたことも、メンバーシップ型雇用の前提となる発想や、労使双方の思惑も含めて継ぎ接ぎだらけで変遷してきた沿革を知ることで、理由が理解できるようになった。
そしてそのメンバーシップ型雇用の仕組みは、長い年月を経て成立した慣行が下地となっていて利害が入り組んでいるのでそう容易く変わるものでもなく、ゆえに日本の社会が抱える雇用にまつわる様々な歪み(過重労働、ジェンダーギャップ、非正規労働者の賃金格差など)も簡単には解決しなかったのだろう。
突き詰めると、「労働関係をお互いに配慮し合うべき長期的かつ密接な人間関係と見るのか、それとも労務と報酬の交換という独立した個人間の取引関係と見るのかという哲学的な問題」が根底にあると言える。つまり、メンバーシップ型雇用は、良くも悪くも日本社会の価値観を反映した仕組みなのである。
ちなみに、他の方のコメントにもあるように、本書は現状の解説と問題点の指摘は鋭いが、「ではどうあるべきか」という提言は直接的には書かれていない。それは読者が、本書で得た視座をもとにそれぞれ考えるべきことなのだろうと思うしかない。そこで、本書の内容に即して、私なりに少し考えてみたい。
例えば、購買力平価の1人あたりGDPや最低賃金水準も隣国の韓国をも下回るほど停滞している我が国経済の現状に関し、このかつては誉めそやされたメンバーシップ型雇用がネックになっているのかどうか、もし関連があるのならそれを改善するために何をしていけばよいのか。
おそらくその点は「日本においては特定の職務の専門家になるのではなく、企業内の様々な職務を経験して熟達していきます。何に熟達するかというと、我が社に熟達し、いわば我が社の専門家になるわけです」という指摘に一つの答えがありそうだ。つまり、雇用の流動性が必然的に低く、労働者の価値を客観的に評価する機会が乏しい構造になっており、所得も上昇しづらいのだ。そして、企業側は相対的に人件費を抑えられるので、生産性の向上に取り組む行動にもつながらない。
ただ、ではそのゴマンといる「我が社の専門家」のマインドで人生を歩んできた人たちに、梯子を外すようなことが容易にできるのか。また本気でジョブ型雇用にしようとすれば、企業側は「採用判断の自由」も、融通無碍な「配置の自由」も全て手放すことになるがその覚悟はあるのか。そしてジョブ型雇用社会になると論理的には新卒一括採用は成り立たなくなるが、得てして実業を嫌う教育界がそれについていけるのか、また若年失業率の上昇を日本社会は受け入れられるのか。そういったことを知らずに(あるいは敢えて触れずに)安易に「ジョブ型」をもてはやす風潮があることに、筆者は怒りを覚えているのだろう。
加えて言えば、今後の急速な人口減少とそれに伴う深刻な労働力不足から、否応なく現状の仕組みが様々な点で変わらざるを得なくなることも大いに予想される。場合によっては、10年後、20年後には本書の指摘が大変に「時代遅れ」のものになっている可能性もあろう。とはいえ、その変化が働く者にとって良い変化なのか、あるいは多くの仕事がAIに取って変わられて労働観が激変を迫られる未来なのかは分からないけれども…。
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ジョブ型雇用社会とは何か: 正社員体制の矛盾と転機 (岩波新書 新赤版 1894) 新書 – 2021/9/21
濱口 桂一郎
(著)
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前著『新しい労働社会』から12年。同書が提示した「ジョブ型」という概念は広く使われるに至ったが、今や似ても似つかぬジョブ型論がはびこっている。ジョブ型とは何であるかを基礎の基礎から解説した上で、ジョブ型とメンバーシップ型の対比を用いて日本の労働問題の各論を考察。隠された真実を明らかにして、この分析枠組の切れ味を示す。
- 本の長さ306ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日2021/9/21
- 寸法10.7 x 1.3 x 17.3 cm
- ISBN-104004318947
- ISBN-13978-4004318941
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商品の説明
著者について
濱口桂一郎(はまぐち けいいちろう)
1958年大阪府生まれ。1983年東京大学法学部卒業。同年労働省に入省。東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授を経て、2017年4月より、労働政策研究・研修機構労働政策研究所長。
専門―労働法、社会政策
著作―『新しい労働社会――雇用システムの再構築へ』(岩波新書、2009年)、『日本の雇用終了――労働局あっせん事例から』(労働政策研究・研修機構、2012年)、『若者と労働――「入社」の仕組みから解きほぐす』(中公新書ラクレ、2013年)、『日本の雇用と中高年』(ちくま新書、2014年)、『働く女子の運命』(文春新書、2015年)、『働き方改革の世界史』(共著、ちくま新書、2020年)等多数。
1958年大阪府生まれ。1983年東京大学法学部卒業。同年労働省に入省。東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授を経て、2017年4月より、労働政策研究・研修機構労働政策研究所長。
専門―労働法、社会政策
著作―『新しい労働社会――雇用システムの再構築へ』(岩波新書、2009年)、『日本の雇用終了――労働局あっせん事例から』(労働政策研究・研修機構、2012年)、『若者と労働――「入社」の仕組みから解きほぐす』(中公新書ラクレ、2013年)、『日本の雇用と中高年』(ちくま新書、2014年)、『働く女子の運命』(文春新書、2015年)、『働き方改革の世界史』(共著、ちくま新書、2020年)等多数。
登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (2021/9/21)
- 発売日 : 2021/9/21
- 言語 : 日本語
- 新書 : 306ページ
- ISBN-10 : 4004318947
- ISBN-13 : 978-4004318941
- 寸法 : 10.7 x 1.3 x 17.3 cm
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2023年7月17日に日本でレビュー済み
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2021年10月8日に日本でレビュー済み
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1.ジョブ型雇用制度に関する本が次々に出版される背景(日本型雇用制度の行き詰まり)
この本で著者が冒頭に指摘しているように、昨年来、「日本企業はジョブ型雇用制度を導入すべきではないか」という論調が俄に高まっている。背景には、日本企業の雇用制度(日本型雇用制度)が行き詰まっていて、何らかの手直しが必要であると広く認識されており、その手直しの方向性の一つがジョブ型雇用制度の導入と考えられているということがある。
なぜ、日本型雇用制度の行き詰まりが感じられているのか。この「失われた30年」に、多くの日本企業は、イノベーションを生み出せず、グローバル化やデジタル化の波にも乗り遅れるなど、成長期待がますます持てなくなっている。いろいろな要因が考えられるのだが、人的資本の可能性を引き出せていないことも、大きな要因ではないか。無限定な異動や転勤は、能力開発のやる気を妨げていて、同じ会社で中高年まで働いても専門性がまるで身に付かない。年功序列を重視する待遇は、若者のチャレンジ精神を発揮させない。男性・正社員・日本人を中心にした働き方は、この本で書かれているように、女性、非正規社員、外国人を会社から疎外し、経営にダイバーシティをもたらさない、などなど。したがって、日本企業が果敢に新しい事業にトライし、新しいサービスを打ち出して、成長軌道に復するためには、現在の人事制度を見直す必要があるのではないか。
こうした問題意識から、ビジネス書界隈では、今年になって、毎月1〜2冊のペースで、人事系のコンサルティングファームが書いたジョブ型雇用に関する本が発売されている。彼らがこれを商機として見て、煽っているのは明らかだ。しかし、この本は、そうした「日本企業はジョブ型に移行すべきだ」という勇ましい煽りとは一線を画し、労働法の専門家が「そもそもジョブ型とは何か、メンバーシップ型とは何かという認識論的基礎」を提示するために書いた、やや固い読み物である。議論されているテーマは多岐にわたり、決して読みやすい本とは言えない。しかし、正確にジョブ型雇用という概念を理解するためには、本書は必読と言えよう(なお、著者が、ジョブ型/メンバーシップ型という対概念を作った人である)。
2.ジョブ型とメンバーシップ型の違い
さて、この本の白眉は、ジョブ型とメンバーシップ型の概念整理にある。簡単にスケッチすると、以下のようになる。
・ジョブ型は、日本以外の社会で採用されている雇用システムで、労働者が遂行すべき職務(job)が雇用契約に明記されている。採用は、具体的なポストに対する欠員募集として行われ、具体的なポストに就職する必要があるため、就職しようとする人は、企業外で専門の教育訓練を受ける必要がある。賃金はジョブに値札が貼ってあり、職務内容により決定される。人事査定は、エリート層を除いて行われない。
・メンバーシップ型は、日本で採用されている雇用システムで、雇用契約に職務は特定されない(日本における雇用の本質は、職務(job)につくことではなく、会員(membership)になることである)。採用は、具体的なポストに対するものではないため、新卒一括採用になり、就職しようとする人は、会社で必要な学識を習得していないため、OJTで教育訓練を受ける。賃金は、職務内容で決定するのが困難であり、年功賃金となる。人事査定は、末端労働者まで行われる。
やや極端な例をあげると、私が大学で財務会計を学んでいた学生であり、日本企業に就職しようとした場合、応募はポストが決められておらず、採用に際して問われるのは大学の偏差値であり、学校で得た知識は参考にされる程度だ。だから採用されても、メンバーシップになっただけであり(「就職」ではなく「就社」とも言われる)、希望の経理部門には配属されず、営業担当者になることは普通にある。給料は、新卒者横並びだ。
一方、外資系企業に就職しようと思えば、経理部門のポストの募集という形になるし、会社から問われるのは、財務会計の知識が、会社の即戦力として使えるかどうかだ。そして、採用されれば、経理部門以外に配属されることはない。給料は、そのポスト(職務)に応じたものになる。
もし、あなたが、学生時代に非常に勉強して、専門分野を身につけていたら、日本企業に入りたいと思うだろうか。配属は専門分野と全く関係ないし、その後の異動もブラックボックスで、全く希望どおりにはならない。そして、学生時代にすごく勉強していても、給料は、学生時代に遊んで暮らした同期と一緒だ。このこと一つとっても、メンバーシップ型の雇用システムが、優秀で真面目な人材にとっていかに魅力がないかがわかるだろう。これだけが要因ではないが、優秀人材が日本企業を敬遠し、日本企業は、ますます競争力を失うことになっているように思われる。
そして、日本企業に入った人材は、将来のキャリアパスが全く読めない一方、メンバーシップであることに安住して、新しいことを学習したり、自己啓発することを怠る。年功序列で給料が高くなる一方で、専門性がなく会社に貢献できない、大量の中高年社員ができあがるのである。
3.メンバーシップ型からジョブ型への移行は容易か
「そんなにメンバーシップ型が問題ならば、ジョブ型に移行すれば良いではないか」というが、話は簡単ではない。その第1の理由は、ジョブ型の世界が絶対的に優れているとは、言い切れないからである。例えば、ジョブ型になればみんな勉強するのかと言えば、9割の社員は人事査定が行われず、給与も変わらないため、ワーク・ライフ・バランスを楽しんでいるとされる。企業がジョブ型に移行すれば、イノベーションが次々と生まれるかといえば、果たしてそうではない。だとすると、なぜ日本企業はジョブ型に移行しようてするのだろうか。著者は、ジョブという物差しを持ってきて、中高年社員の高給を是正することが目的ではないか、という見方をしている(155頁)。
しかし、若くてよく働くときは、安い給料で、会社側の都合で好き勝手に異動させて、専門性を身につける機会を奪っておきながら、中高年になって行き場がなくなってから、またジョブの物差しで給料を厳しく査定される、というのではディストピアである。おそらくそれでは、ますます優秀な人材が惹きつけられなくなるため、いずれ、採用の入口からジョブ型にし、賃金カーブの形状を見直さざるをえないのではないかと、私は考える。
ジョブ型に移行することが難しい第2の理由は、雇用システムがそれだけで完結しているわけではなく、ほかのシステムのあり方と密接に関わっていることである。この本に則して例をあげれば、教育システムを見直す必要があるだろうし、子育てをどうするかという問題がある。
まず、今の教育システムは、「とりわけ高度成長期以後の日本社会においては、学校教育における評価基準が一般学術教育に偏し、職業という観点が軽視されて」きた(71頁)。これは、日本企業がメンバーシップ型で、採用に際して、学生時代に学んだことを問わないことに対応しており、もし、日本企業が採用からジョブ型にするのであれば、学校教育に職業訓練の要素を入れ込まなければならないだろう。
もう一つの子育ての問題というのは、いまのメンバーシップ型の年功序列賃金というのは、生活給的な色彩が色濃くあり、子育てする余裕も、それにより生まれている。しかし、ジョブ型への移行により、日本企業が全体の賃金を抑制するのであれば、多くの家庭で、ますます子育てをする余裕がなくなり、少子化に一段と拍車がかかるかもしれない。であれば、ヨーロッパ諸国のように、家族手当(子ども手当)を国の社会保障制度として、もっと充実させる必要があるが、日本では民主党政権の看板政策であった「子ども手当」が、自民党政権への復権とともにバラマキと指弾され、所得制限付き児童手当に戻った(173頁)。企業の雇用制度とのリンクを意識して、子ども手当のあり方を再考をする必要があるのかもしれない。
4.本書の評価
以上書いてきたようなことを整理するためには、本書は必読文献と言ってよい。しかし、先述したとおり、本書は「認識論的基礎」に重点を置いていて、日本型雇用制度のあるべき姿を論じているわけではないし、また、議論されているテーマも多岐にわたり、決して読みやすい本とは言えない。だから、早急な結論を求める読者には向いてないと思うし、日本企業の成長期待が低下しているなかで、もっと価値判断や政策提言があってもいいような気がした。第一線の著者が日本型雇用制度のあるべき姿についてグランドデザインを描き、それにより論争を巻きおこすことも必要ではないか、そのような感想を抱いたのである。「優秀な作品」として☆4つと評価した。これは私の書いた29番目のレビューである。2021年10月8日読了。
この本で著者が冒頭に指摘しているように、昨年来、「日本企業はジョブ型雇用制度を導入すべきではないか」という論調が俄に高まっている。背景には、日本企業の雇用制度(日本型雇用制度)が行き詰まっていて、何らかの手直しが必要であると広く認識されており、その手直しの方向性の一つがジョブ型雇用制度の導入と考えられているということがある。
なぜ、日本型雇用制度の行き詰まりが感じられているのか。この「失われた30年」に、多くの日本企業は、イノベーションを生み出せず、グローバル化やデジタル化の波にも乗り遅れるなど、成長期待がますます持てなくなっている。いろいろな要因が考えられるのだが、人的資本の可能性を引き出せていないことも、大きな要因ではないか。無限定な異動や転勤は、能力開発のやる気を妨げていて、同じ会社で中高年まで働いても専門性がまるで身に付かない。年功序列を重視する待遇は、若者のチャレンジ精神を発揮させない。男性・正社員・日本人を中心にした働き方は、この本で書かれているように、女性、非正規社員、外国人を会社から疎外し、経営にダイバーシティをもたらさない、などなど。したがって、日本企業が果敢に新しい事業にトライし、新しいサービスを打ち出して、成長軌道に復するためには、現在の人事制度を見直す必要があるのではないか。
こうした問題意識から、ビジネス書界隈では、今年になって、毎月1〜2冊のペースで、人事系のコンサルティングファームが書いたジョブ型雇用に関する本が発売されている。彼らがこれを商機として見て、煽っているのは明らかだ。しかし、この本は、そうした「日本企業はジョブ型に移行すべきだ」という勇ましい煽りとは一線を画し、労働法の専門家が「そもそもジョブ型とは何か、メンバーシップ型とは何かという認識論的基礎」を提示するために書いた、やや固い読み物である。議論されているテーマは多岐にわたり、決して読みやすい本とは言えない。しかし、正確にジョブ型雇用という概念を理解するためには、本書は必読と言えよう(なお、著者が、ジョブ型/メンバーシップ型という対概念を作った人である)。
2.ジョブ型とメンバーシップ型の違い
さて、この本の白眉は、ジョブ型とメンバーシップ型の概念整理にある。簡単にスケッチすると、以下のようになる。
・ジョブ型は、日本以外の社会で採用されている雇用システムで、労働者が遂行すべき職務(job)が雇用契約に明記されている。採用は、具体的なポストに対する欠員募集として行われ、具体的なポストに就職する必要があるため、就職しようとする人は、企業外で専門の教育訓練を受ける必要がある。賃金はジョブに値札が貼ってあり、職務内容により決定される。人事査定は、エリート層を除いて行われない。
・メンバーシップ型は、日本で採用されている雇用システムで、雇用契約に職務は特定されない(日本における雇用の本質は、職務(job)につくことではなく、会員(membership)になることである)。採用は、具体的なポストに対するものではないため、新卒一括採用になり、就職しようとする人は、会社で必要な学識を習得していないため、OJTで教育訓練を受ける。賃金は、職務内容で決定するのが困難であり、年功賃金となる。人事査定は、末端労働者まで行われる。
やや極端な例をあげると、私が大学で財務会計を学んでいた学生であり、日本企業に就職しようとした場合、応募はポストが決められておらず、採用に際して問われるのは大学の偏差値であり、学校で得た知識は参考にされる程度だ。だから採用されても、メンバーシップになっただけであり(「就職」ではなく「就社」とも言われる)、希望の経理部門には配属されず、営業担当者になることは普通にある。給料は、新卒者横並びだ。
一方、外資系企業に就職しようと思えば、経理部門のポストの募集という形になるし、会社から問われるのは、財務会計の知識が、会社の即戦力として使えるかどうかだ。そして、採用されれば、経理部門以外に配属されることはない。給料は、そのポスト(職務)に応じたものになる。
もし、あなたが、学生時代に非常に勉強して、専門分野を身につけていたら、日本企業に入りたいと思うだろうか。配属は専門分野と全く関係ないし、その後の異動もブラックボックスで、全く希望どおりにはならない。そして、学生時代にすごく勉強していても、給料は、学生時代に遊んで暮らした同期と一緒だ。このこと一つとっても、メンバーシップ型の雇用システムが、優秀で真面目な人材にとっていかに魅力がないかがわかるだろう。これだけが要因ではないが、優秀人材が日本企業を敬遠し、日本企業は、ますます競争力を失うことになっているように思われる。
そして、日本企業に入った人材は、将来のキャリアパスが全く読めない一方、メンバーシップであることに安住して、新しいことを学習したり、自己啓発することを怠る。年功序列で給料が高くなる一方で、専門性がなく会社に貢献できない、大量の中高年社員ができあがるのである。
3.メンバーシップ型からジョブ型への移行は容易か
「そんなにメンバーシップ型が問題ならば、ジョブ型に移行すれば良いではないか」というが、話は簡単ではない。その第1の理由は、ジョブ型の世界が絶対的に優れているとは、言い切れないからである。例えば、ジョブ型になればみんな勉強するのかと言えば、9割の社員は人事査定が行われず、給与も変わらないため、ワーク・ライフ・バランスを楽しんでいるとされる。企業がジョブ型に移行すれば、イノベーションが次々と生まれるかといえば、果たしてそうではない。だとすると、なぜ日本企業はジョブ型に移行しようてするのだろうか。著者は、ジョブという物差しを持ってきて、中高年社員の高給を是正することが目的ではないか、という見方をしている(155頁)。
しかし、若くてよく働くときは、安い給料で、会社側の都合で好き勝手に異動させて、専門性を身につける機会を奪っておきながら、中高年になって行き場がなくなってから、またジョブの物差しで給料を厳しく査定される、というのではディストピアである。おそらくそれでは、ますます優秀な人材が惹きつけられなくなるため、いずれ、採用の入口からジョブ型にし、賃金カーブの形状を見直さざるをえないのではないかと、私は考える。
ジョブ型に移行することが難しい第2の理由は、雇用システムがそれだけで完結しているわけではなく、ほかのシステムのあり方と密接に関わっていることである。この本に則して例をあげれば、教育システムを見直す必要があるだろうし、子育てをどうするかという問題がある。
まず、今の教育システムは、「とりわけ高度成長期以後の日本社会においては、学校教育における評価基準が一般学術教育に偏し、職業という観点が軽視されて」きた(71頁)。これは、日本企業がメンバーシップ型で、採用に際して、学生時代に学んだことを問わないことに対応しており、もし、日本企業が採用からジョブ型にするのであれば、学校教育に職業訓練の要素を入れ込まなければならないだろう。
もう一つの子育ての問題というのは、いまのメンバーシップ型の年功序列賃金というのは、生活給的な色彩が色濃くあり、子育てする余裕も、それにより生まれている。しかし、ジョブ型への移行により、日本企業が全体の賃金を抑制するのであれば、多くの家庭で、ますます子育てをする余裕がなくなり、少子化に一段と拍車がかかるかもしれない。であれば、ヨーロッパ諸国のように、家族手当(子ども手当)を国の社会保障制度として、もっと充実させる必要があるが、日本では民主党政権の看板政策であった「子ども手当」が、自民党政権への復権とともにバラマキと指弾され、所得制限付き児童手当に戻った(173頁)。企業の雇用制度とのリンクを意識して、子ども手当のあり方を再考をする必要があるのかもしれない。
4.本書の評価
以上書いてきたようなことを整理するためには、本書は必読文献と言ってよい。しかし、先述したとおり、本書は「認識論的基礎」に重点を置いていて、日本型雇用制度のあるべき姿を論じているわけではないし、また、議論されているテーマも多岐にわたり、決して読みやすい本とは言えない。だから、早急な結論を求める読者には向いてないと思うし、日本企業の成長期待が低下しているなかで、もっと価値判断や政策提言があってもいいような気がした。第一線の著者が日本型雇用制度のあるべき姿についてグランドデザインを描き、それにより論争を巻きおこすことも必要ではないか、そのような感想を抱いたのである。「優秀な作品」として☆4つと評価した。これは私の書いた29番目のレビューである。2021年10月8日読了。
2022年2月1日に日本でレビュー済み
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● NHKTV番組「視点・論点」20150316「働き方改革の基本路線」で話す濱口氏に、すぐ注目した。それは「ドチラモ間違イデス」との断言による。略記すると:【昨年6月閣議決定された日本再興戦略改訂2014で、女性の活躍推進と働き方改革を旗印に、雇用制度改革の方針が出された。最大の問題は、賛成側も反対側も雇用制度改革を規制緩和だと思い込んでいる点にある。前者は、日本の労働法が硬直的なために自由な働き方ができず、女性が活躍できない、後者は、労働法を柔軟化することが長時間労働をもたらし、女性の活躍を阻害する、と考えているようだ。しかし、ドチラモ間違イデス。】
⚫︎このあとの話の筋は:
・労働法の労働時間規制が、例外規定で空洞化し、労働時間無限定になっている実状。
・底流にある日本特有のメンバーシップ型労働と、他国のジョブ型労働とを比較。
・賛成反対双方の主張の誤りを指摘。
⚫︎放送の締め括り:【女性活躍推進のための働き方改革とは、労働法規制の緩和でなく強化である。これを関係者がどこまで痛切に理解できるかに働き方改革の成否がかかっている。】
⚫︎録画タイトルに「同意見」と付加してあった。ジョブ型もメンバーシップ型も初めて知ったのに同意見とは? 当時の新聞TV、野党や労組も、導入予定の高度プロフェッショナル制度を、労働時間無制限を問題とせず「残業代ゼロ法案」と騒いでいた。過労死問題の解決が発端であったのに、肝心の労働時間制限が行方不明。違和感と疑念を感じていた所、これをハッキリと指摘されたことで「同意見」としたのだった。
●上の放送後、著者の本4冊を読んだ。中で『新しい労働社会ー雇用システムの再構築へ』(岩波新書2009)は、「日本の労働社会全体をうまく機能させるために、どこをどう変えていくべきかについて、現実的で漸進的な改革の方向を示す」ものである。
その内容は、働き過ぎの正社員(健康を守り、生活と両立できる労働時間規制へ)、非正規労働者問題、賃金と社会保障(教育費、住宅費、職業訓練、生活保護に言及)、職場の民主主義(非正規労働者を含めた労働者代表組織など)など、広範囲に及ぶ。長期間をかけて漸進的にジョブ型雇用制度を導入していくという、著者の提案が各項目に示される。
●苦心の提案にも拘らず、安直になされるジョブ型導入論議への、著者のイラダチとイカリの表現が本書であると思う。
著者は「十二年前の『新しい労働社会』の読者にも本書の付加価値は大きいはず」と書く。逆に、本書の読者も、前著を読むべきだと思う。
●目次と概要を以下に記す。なお、イライラ・イカリ表現を 《 》で括って示す。
⚫︎はじめに
・『新しい労働社会』(2009)で、メンバーシップ型とジョブ型の対比によって日本の労働社会の様々な矛盾を指摘し解決方法を提示した。日経連がジョブ型を打出した2020年に、多くのメディアに「ジョブ型」があふれた。しかし、その意味は、著者が最初に用いた概念とは、 《似ても似つかぬ 》ものだった。
・本書は、ジョブ型とメンバーシップ型の基礎を示した上で、様々な領域ごとに、 《浅薄なジョブ型論者》が見落としているポイントを解き明かしていく。
⚫︎序章 間違いだらけのジョブ型論
・おかしなジョブ型論:《トンデモ系の記事》を取上げて、どこが変なの指摘する。《商売目的の》経営コンサルタントやその《おこぼれを狙う》メディアは、《新商品》として《ジョブ型を売り込もう》と思っているのではないか。
・「解雇自由」がジョブ型の特徴などと主張するのは《嘘偽りも甚だしい》。
・メンバーシップ型の矛盾:日本型雇用で得をしたのは、仕事の能力が無くても新卒採用された若者や、年功制を享受できた中高年だが、いずれも男性の場合。割りを食っていたのは女性だった。日本型雇用の評価が1990年代から下降し、非正規・派遣の問題が生じ、《日本独特の男女均等法》のもとで、また女性が厳しい運命をたどる。
⚫︎第1章 ジョブ型とメンバーシップ型(日本型)の基礎の基礎
・契約:ジョブ型の職務明記に対して、日本型の職務不特定。
・入口:ジョブ型は欠員募集、採用権限は職場の管理者に。日本型は新卒一括採用、採用権限は人事部局に。ジョブ型は就職、日本型は「就社」。
・出口:ジョブ型の、職務が無くなることによる整理退職に対して、日本型の定年退職。
・労働組合:ジョブ型では職業組合、日本型では社員組合。
・法律と裁判:日本も法律は欧米同様にジョブ型で書かれている。しかし日本の雇用システムはこれとは逆の仕組み。裁判所は法律でなく雇用慣例に従って判決してきた。《司法による事実上の立法》。21世紀にコレら判例が労働契約法と成る。
⚫︎第2章 入口と出口
・採用差別の相違:ジョブのスキルが高い人を人種・性別・年齢等により採用拒否しスキルの低い人を採用するのがジョブ型での採用差別。日本の最高裁は信条が理由の雇用拒否を容認。
・学歴詐称:ジョブ型では低学歴者の高学歴詐称が問題、学歴は正当な採用基準。日本の判例では、低学歴詐称による懲戒解雇を認め、高学歴詐称は解雇理由にならない。
・中途採用:ジョブ型では新卒一括採用は無く全て中途採用。日本型では一括採用が普通で中途採用が異例。
・入口以前:教育と職業の《密接な無関係》。ジョブ型ではジョブのスキルを与えるのが教育だが、日本の教育界は、職業訓練校ではないと《頑固に》主張する。教育と訓練が一体で広義の社会保障政策の一環である西欧諸国に対し、両者を峻別する考え方は日本独特。《そろそろ大学人たちも考え直した方がいい》。
・経団連会長中西宏明のジョブ型志向:経団連での「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」報告書2020で、採用の在り方について、卒業時期、在学年数の多様化と修士・博士を対象とするジョブ型採用につながるインターンシップの試行などの提案(これには好意的)。
・定年と高齢者雇用の矛盾:ジョブ型社会では定年制は年齢差別、今の日本の定年は処遇の精算年齢であり年功制による不当な高賃金の矛盾解決のため。定年後再雇用と組合せ。
・解雇をめぐる誤解:整理解雇(リストラ)は、ジョブ型社会では最も正当な解雇理由。ジョブ型では採用後の短期間にスキル不足による解雇があり得る。日本では中高年の「能力」不足による解雇が多いが、この理由による解雇は出来ず仕事の無い部署や遠距離へ配置転換する。日本型正社員に転勤拒否の権利は無いと《最高裁が高らかに宣言》。
⚫︎第3章 賃金 ー ジョブの値段、ヒトの値段
・賃金の決め方:職務に基づく固定価格がジョブ型の賃金。日本型の賃金は、生活給に最近は「能力」主義を加味? この「能力」はスキルと異なる不可視の概念。「能力」査定とは、《会社に逆らう輩に対する懲罰の道具》。成果主義の目的は中高年の不当な高給の阻止。
・同一労働同一賃金:これはジョブ型社会では基本原理。日本では、正社員は複雑な「職務給」(生活給+能力+成果)、非正規労働者は最低賃金に若干上乗せした程度の職務給という二局分解状況であり、それを変えずに、同一労働同一賃金など実現不可能なはずだが、《同一労働同一賃金の看板を掲げた常識外れの立法政策》により、パート・有期法と労働者派遣法に均等・均衡処遇規定が設けられた。《同一労働同一賃金を掲げて均等・均衡政策を売る》もの。
・家族手当、児童手当:欧州では家族手当を国の社会保障とする政策が進む。戦後、世界労連報告書が家族手当を批判したが、労組は家族手当を守る。所得倍増計画1960が「年功序列型賃金制度の是正、全世帯一律の児童手当」を唄い、児童手当は成立したが、政治の都合で対象や期間が変転。家族手当は賃金制度の中に《根を張り続ける》。
⚫︎第4章 労働時間
・ジョブ型社会の法定労働時間は物理的労働時間の上限、日本の法定労働時間週40時間は、それを超える時間に残業代が付く基準点。日本では《残業代さえ払われれば一件落着》。
・労働基準法改正2018により時間外労働の上限が設けられたが、その水準は過労死認定基準以下というもの。《野党側が、歴史的な時間外労働上限規則の実現より、残業代ゼロ法案つぶしに血道を上げたことは、歴史に記録する値打ちがある》。生活でなく《いのちのワークライフバランス》。
⚫︎第5章 メンバーシップの周縁地帯
・男女雇用平等法1985により、総合職と呼ぶ基幹業務に従事する職種と一般職と呼ぶ補助業務に従事する職種とを区分し、対応する人事制度を用意。男女共に総合職にも一般職にもなれるという意味で男女平等。この法律でいう職種はジョブと無関係の《日本独特の概念》。総合職は転勤要件付きなので、家庭負担の大きい女性には困難、働く女性の運命は厳しい。
・技能実習生:米国務省から労働搾取目的の人身売買だと繰り返し批判された研修・技能実習制度について、初めての単独法として技能実習法2016が成立。特定企業や農家で技能実習を受けることが前提で、同業他社に移れず、異議申し立てが抑止される危険性が残る。
⚫︎第6章 社員組合のパラドックス
●日経新聞20220110記事「日立、全社員ジョブ型に」と著者の反応
・日経記事:小見出しは「必要スキル、社外にも公表」「高度人材、内外から募る」。450の職種で職務記述書を作成、新卒採用でジョブ型インターンシップ開始、社員が別の職種に就くにはその職務記述書で期待される能力が必要、など。
・著者の反応:著者のブログ「hamachanブログ(EU労働法雑記帳)」の当日の記事に日経記事への反応が載っているが、次のような表現:
《ちょうど一昨年の今頃から日立製作所をネタに始まった日経新聞主導の「ジョブ型」祭りは、今年もますます燃料を投下しつつ続けていくようです》に始まり。記事のリード文に対し《さすがに、一昨年の頃のいい加減な記事に比べると、言葉の使い方に若干注意が払われた跡が見受けられます》。次に3面の囲み記事「きょうのことば ジョブ型雇用」の冒頭を掲げ《これからの新商品として売込んでいきたいという商魂だけは見事ににじみ出ている記事》。日立の取組みへのコメントを期待したが、ナシ。
⚫︎このあとの話の筋は:
・労働法の労働時間規制が、例外規定で空洞化し、労働時間無限定になっている実状。
・底流にある日本特有のメンバーシップ型労働と、他国のジョブ型労働とを比較。
・賛成反対双方の主張の誤りを指摘。
⚫︎放送の締め括り:【女性活躍推進のための働き方改革とは、労働法規制の緩和でなく強化である。これを関係者がどこまで痛切に理解できるかに働き方改革の成否がかかっている。】
⚫︎録画タイトルに「同意見」と付加してあった。ジョブ型もメンバーシップ型も初めて知ったのに同意見とは? 当時の新聞TV、野党や労組も、導入予定の高度プロフェッショナル制度を、労働時間無制限を問題とせず「残業代ゼロ法案」と騒いでいた。過労死問題の解決が発端であったのに、肝心の労働時間制限が行方不明。違和感と疑念を感じていた所、これをハッキリと指摘されたことで「同意見」としたのだった。
●上の放送後、著者の本4冊を読んだ。中で『新しい労働社会ー雇用システムの再構築へ』(岩波新書2009)は、「日本の労働社会全体をうまく機能させるために、どこをどう変えていくべきかについて、現実的で漸進的な改革の方向を示す」ものである。
その内容は、働き過ぎの正社員(健康を守り、生活と両立できる労働時間規制へ)、非正規労働者問題、賃金と社会保障(教育費、住宅費、職業訓練、生活保護に言及)、職場の民主主義(非正規労働者を含めた労働者代表組織など)など、広範囲に及ぶ。長期間をかけて漸進的にジョブ型雇用制度を導入していくという、著者の提案が各項目に示される。
●苦心の提案にも拘らず、安直になされるジョブ型導入論議への、著者のイラダチとイカリの表現が本書であると思う。
著者は「十二年前の『新しい労働社会』の読者にも本書の付加価値は大きいはず」と書く。逆に、本書の読者も、前著を読むべきだと思う。
●目次と概要を以下に記す。なお、イライラ・イカリ表現を 《 》で括って示す。
⚫︎はじめに
・『新しい労働社会』(2009)で、メンバーシップ型とジョブ型の対比によって日本の労働社会の様々な矛盾を指摘し解決方法を提示した。日経連がジョブ型を打出した2020年に、多くのメディアに「ジョブ型」があふれた。しかし、その意味は、著者が最初に用いた概念とは、 《似ても似つかぬ 》ものだった。
・本書は、ジョブ型とメンバーシップ型の基礎を示した上で、様々な領域ごとに、 《浅薄なジョブ型論者》が見落としているポイントを解き明かしていく。
⚫︎序章 間違いだらけのジョブ型論
・おかしなジョブ型論:《トンデモ系の記事》を取上げて、どこが変なの指摘する。《商売目的の》経営コンサルタントやその《おこぼれを狙う》メディアは、《新商品》として《ジョブ型を売り込もう》と思っているのではないか。
・「解雇自由」がジョブ型の特徴などと主張するのは《嘘偽りも甚だしい》。
・メンバーシップ型の矛盾:日本型雇用で得をしたのは、仕事の能力が無くても新卒採用された若者や、年功制を享受できた中高年だが、いずれも男性の場合。割りを食っていたのは女性だった。日本型雇用の評価が1990年代から下降し、非正規・派遣の問題が生じ、《日本独特の男女均等法》のもとで、また女性が厳しい運命をたどる。
⚫︎第1章 ジョブ型とメンバーシップ型(日本型)の基礎の基礎
・契約:ジョブ型の職務明記に対して、日本型の職務不特定。
・入口:ジョブ型は欠員募集、採用権限は職場の管理者に。日本型は新卒一括採用、採用権限は人事部局に。ジョブ型は就職、日本型は「就社」。
・出口:ジョブ型の、職務が無くなることによる整理退職に対して、日本型の定年退職。
・労働組合:ジョブ型では職業組合、日本型では社員組合。
・法律と裁判:日本も法律は欧米同様にジョブ型で書かれている。しかし日本の雇用システムはこれとは逆の仕組み。裁判所は法律でなく雇用慣例に従って判決してきた。《司法による事実上の立法》。21世紀にコレら判例が労働契約法と成る。
⚫︎第2章 入口と出口
・採用差別の相違:ジョブのスキルが高い人を人種・性別・年齢等により採用拒否しスキルの低い人を採用するのがジョブ型での採用差別。日本の最高裁は信条が理由の雇用拒否を容認。
・学歴詐称:ジョブ型では低学歴者の高学歴詐称が問題、学歴は正当な採用基準。日本の判例では、低学歴詐称による懲戒解雇を認め、高学歴詐称は解雇理由にならない。
・中途採用:ジョブ型では新卒一括採用は無く全て中途採用。日本型では一括採用が普通で中途採用が異例。
・入口以前:教育と職業の《密接な無関係》。ジョブ型ではジョブのスキルを与えるのが教育だが、日本の教育界は、職業訓練校ではないと《頑固に》主張する。教育と訓練が一体で広義の社会保障政策の一環である西欧諸国に対し、両者を峻別する考え方は日本独特。《そろそろ大学人たちも考え直した方がいい》。
・経団連会長中西宏明のジョブ型志向:経団連での「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」報告書2020で、採用の在り方について、卒業時期、在学年数の多様化と修士・博士を対象とするジョブ型採用につながるインターンシップの試行などの提案(これには好意的)。
・定年と高齢者雇用の矛盾:ジョブ型社会では定年制は年齢差別、今の日本の定年は処遇の精算年齢であり年功制による不当な高賃金の矛盾解決のため。定年後再雇用と組合せ。
・解雇をめぐる誤解:整理解雇(リストラ)は、ジョブ型社会では最も正当な解雇理由。ジョブ型では採用後の短期間にスキル不足による解雇があり得る。日本では中高年の「能力」不足による解雇が多いが、この理由による解雇は出来ず仕事の無い部署や遠距離へ配置転換する。日本型正社員に転勤拒否の権利は無いと《最高裁が高らかに宣言》。
⚫︎第3章 賃金 ー ジョブの値段、ヒトの値段
・賃金の決め方:職務に基づく固定価格がジョブ型の賃金。日本型の賃金は、生活給に最近は「能力」主義を加味? この「能力」はスキルと異なる不可視の概念。「能力」査定とは、《会社に逆らう輩に対する懲罰の道具》。成果主義の目的は中高年の不当な高給の阻止。
・同一労働同一賃金:これはジョブ型社会では基本原理。日本では、正社員は複雑な「職務給」(生活給+能力+成果)、非正規労働者は最低賃金に若干上乗せした程度の職務給という二局分解状況であり、それを変えずに、同一労働同一賃金など実現不可能なはずだが、《同一労働同一賃金の看板を掲げた常識外れの立法政策》により、パート・有期法と労働者派遣法に均等・均衡処遇規定が設けられた。《同一労働同一賃金を掲げて均等・均衡政策を売る》もの。
・家族手当、児童手当:欧州では家族手当を国の社会保障とする政策が進む。戦後、世界労連報告書が家族手当を批判したが、労組は家族手当を守る。所得倍増計画1960が「年功序列型賃金制度の是正、全世帯一律の児童手当」を唄い、児童手当は成立したが、政治の都合で対象や期間が変転。家族手当は賃金制度の中に《根を張り続ける》。
⚫︎第4章 労働時間
・ジョブ型社会の法定労働時間は物理的労働時間の上限、日本の法定労働時間週40時間は、それを超える時間に残業代が付く基準点。日本では《残業代さえ払われれば一件落着》。
・労働基準法改正2018により時間外労働の上限が設けられたが、その水準は過労死認定基準以下というもの。《野党側が、歴史的な時間外労働上限規則の実現より、残業代ゼロ法案つぶしに血道を上げたことは、歴史に記録する値打ちがある》。生活でなく《いのちのワークライフバランス》。
⚫︎第5章 メンバーシップの周縁地帯
・男女雇用平等法1985により、総合職と呼ぶ基幹業務に従事する職種と一般職と呼ぶ補助業務に従事する職種とを区分し、対応する人事制度を用意。男女共に総合職にも一般職にもなれるという意味で男女平等。この法律でいう職種はジョブと無関係の《日本独特の概念》。総合職は転勤要件付きなので、家庭負担の大きい女性には困難、働く女性の運命は厳しい。
・技能実習生:米国務省から労働搾取目的の人身売買だと繰り返し批判された研修・技能実習制度について、初めての単独法として技能実習法2016が成立。特定企業や農家で技能実習を受けることが前提で、同業他社に移れず、異議申し立てが抑止される危険性が残る。
⚫︎第6章 社員組合のパラドックス
●日経新聞20220110記事「日立、全社員ジョブ型に」と著者の反応
・日経記事:小見出しは「必要スキル、社外にも公表」「高度人材、内外から募る」。450の職種で職務記述書を作成、新卒採用でジョブ型インターンシップ開始、社員が別の職種に就くにはその職務記述書で期待される能力が必要、など。
・著者の反応:著者のブログ「hamachanブログ(EU労働法雑記帳)」の当日の記事に日経記事への反応が載っているが、次のような表現:
《ちょうど一昨年の今頃から日立製作所をネタに始まった日経新聞主導の「ジョブ型」祭りは、今年もますます燃料を投下しつつ続けていくようです》に始まり。記事のリード文に対し《さすがに、一昨年の頃のいい加減な記事に比べると、言葉の使い方に若干注意が払われた跡が見受けられます》。次に3面の囲み記事「きょうのことば ジョブ型雇用」の冒頭を掲げ《これからの新商品として売込んでいきたいという商魂だけは見事ににじみ出ている記事》。日立の取組みへのコメントを期待したが、ナシ。