本書は、作物や園芸植物に限定されない植物一般が有する「植物性」ないし「植物らしさ」とは何かについて、自然科学としての植物学の枠にとらわれない人文科学的な観点から論じるとともに、「植物性」が人間精神や現代の人間社会に対してもつ意義を抽出し考察することを意図された作品です。またそれと同時に、文系と理系との分離を超えて両者を融合する実践例となるという意図も示されています。その動機として、文理融合を謳っている学部に行ってみても実際に文系と理系との融合研究に取り組んでいる研究者はほとんど見られないという現状を指摘しておられます。
指摘されているように、学際性を看板としながら、実際には異なる複数の分野の専門家がただ一緒にいるというだけの学科やプロジェクトがたくさんあります。真の学際的研究のために本当に必要なことは、一人の研究者が同時に異なる複数の学術分野の専門家として通用する存在になるということです。そのためには、ふつうの専門家からみると二つの異なる研究領域の間に一本の境界線があるように見えるところに、面的な研究領域が存在することに気づく、いわばふつうの人には見えない次元を見ることのできるような才能が必要になります。また、境界領域の学問をしている人の中には、単に趣味や物好きが嵩じて副業として異分野の研究に手を出しているだけの場合も多いのですが、真に新しい研究分野を立ち上げるにはそれだけでは不十分で、学術や文化全体の発展のためにその領域を可視化して研究努力を注ぐことがどうしても必要だという、具体的な確信を抱いて研究を推進できる強い意志を持った学者が必要です。著者の藤原さんは、私は全く面識がありませんが、おそらくそのような特殊な才能と意志の両方を持っておられる方なのだと拝察します。
本書『植物考』は、特に前置きはなく、「植物性」の概念を打ち出す1章から、各論の章を経て、「「植物を考える」とはどういうことか」と題された総論的な9章までと、短いあとがきとから構成されています。そのうちの前半から中盤あたりまでは、正直に言うと、趣味や物好きが嵩じたレベルのとりとめのない蘊蓄話のように見えなくもありません。しかし少なくとも第8章の「種(たね)について」という章では、新しい分野を切り拓く著者の熱意と本気度のようなものを私は感じました。それなので本書を読み始められた読者の方には、途中でやめずにぜひ最後まで読むことをお薦めします。本書は冗長でも退屈でもありませんので、読み通すのはまったく苦痛でないと思います。
ただひとつ、注意が必要なところは、本書では『植物考』というタイトルにもかかわらず陸上の種子植物だけしか視野に入っておらず、特にあらゆる種類の水生植物が完全に無視されているという点です。陸上の種子植物に関する事柄だけでも本書の意図を実現するために十分に豊富な話題があるので、その点では問題ないのですが、ただ本書の中でたびたび大気中の酸素が葉を持つ陸上の種子植物によって形成され維持されているかのように受け取られる表現がなされていることは気になります。これは明白な誤りです。植物が最初に陸上に進出した約5億年前の時点で、大気中の酸素濃度はほぼ現在と同じになっていたと推定されています。そうでなければオゾン層ができないのでそもそも陸上植物が存在できません。したがって大気中の酸素を形成したのは葉を持たない水中の植物なのです。
また本書の中で「植物性」として植物一般の共通した特徴のように言われている事柄の大部分は、陸上種子植物のみに当てはまることで、水生植物には全く当てはまりませんし、種子植物以外の陸上植物にも当てはまらない事柄が多数あります。こうしたところは私は本書の読者の皆さんに注意を促したく、また著者の藤原さんには、この次に植物考の続編を執筆される機会があれば、ぜひ水生植物のことも考慮に含めていただきたいと願っています。水生植物ならではの「植物性」というものもあると思います。
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植物考 単行本 – 2022/11/17
藤原辰史
(著)
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人間の内なる植物性にむけて――
はたして人間は植物より高等なのか?
植物のふるまいに目をとめ、歴史学、文学、哲学、芸術を横断しながら人間観を一新する、スリリングな思考の探検。
はたして人間は植物より高等なのか?
植物のふるまいに目をとめ、歴史学、文学、哲学、芸術を横断しながら人間観を一新する、スリリングな思考の探検。
- 本の長さ240ページ
- 言語日本語
- 出版社生きのびるブックス
- 発売日2022/11/17
- 寸法12.8 x 17 x 18.8 cm
- ISBN-104910790071
- ISBN-13978-4910790077
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商品の説明
著者について
1976年生まれ。京都大学人文科学研究所准教授。専門は農業史、食の思想史。2006年、『ナチス・ドイツの有機農業』(柏書房)で日本ドイツ学会奨励賞、2013年、『ナチスのキッチン』(水声社/決定版:共和国)で河合隼雄学芸賞、2019年、日本学術振興会賞、『給食の歴史』(岩波新書)で辻静雄食文化賞、『分解の哲学』(青土社)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、『カブラの冬』(人文書院)、『稲の大東亜共栄圏』(吉川弘文館)、『食べること考えること』(共和国)、『トラクターの世界史』(中公新書)、『食べるとはどういうことか』(農山漁村文化協会)、『縁食論』(ミシマ社)、『農の原理の史的研究』(創元社)、『歴史の屑拾い』(講談社)ほか。共著に『農学と戦争』、『言葉をもみほぐす』(共に岩波書店)、『中学生から知りたいウクライナのこと』(ミシマ社)などがある。
登録情報
- 出版社 : 生きのびるブックス (2022/11/17)
- 発売日 : 2022/11/17
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 240ページ
- ISBN-10 : 4910790071
- ISBN-13 : 978-4910790077
- 寸法 : 12.8 x 17 x 18.8 cm
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