多くの人が意識無意識に躊躇し言葉にするのを止めてしまう、そんな事を声に出し人に伝えるのに、どれだけの勇気が要っただろう。その内容が記されたこの本をお勧めしたい。
シャネル・ミラーは、聡明な作家、アーティストで、優しさと明るさ、忍耐強さ、ユーモアもある女性だと思う。
彼女はカルフォルニアの大学を卒業し働き始めた。ある日、妹達と大学のフラタニティー・パーティーに行きキャンパス内で、スター的競泳選手による性暴力に遭う。起きたことを把握しきれない状況から、煩悶しながら過ごし裁判を経験する。その間味わった屈辱や混乱、周りにも影響が及ぶ様、落ち込みながらも本当の声を取り戻していく様を著した実話だ。
犠牲者が本を出したと言うより、ある日優れた作家になるであろう人が性暴力に遭ってしまい、そのことを本にした、と思えるくらいシャネルには文才があり、観察眼がフェアで鋭く感情の言語化が秀逸だと私は思う。軽い話ではない。苦しみや迷いが伝わってくる。一方、最近よく聞くヴァルネラビリティ（自分の弱さや傷付きやすさを率直に表すこと）を持ちながら、本物の強さ、優しさがページのあちこちに感じられる。特に終盤では希望がどこからか湧き上がってくる様な爽やかささえ感じたことをお伝えしたい。
読みながら、日常私が心の奥で感じながら言語化できていなかった感情にそこかしこで触れ、「ああ、こんな風に感じていいんだ、他の人も同じ様に感じるんだ。私がおかしかったんじゃないんだ。」と、承認された様で心が温かくなり、自分の心に寄り添うことができた。人は、言語化できない感情を誰かが明言してくれたと知った時、ホッとするのではないだろうか。様々な事柄に於いて。
性暴力の背景にある声を上げ辛い社会的構造。中国系アメリカ人として生まれ育ったシチュエーション。シャネルがその中で声を上げこの本を執筆した意義は非常に大きいと思う。ただ、彼女の勇気に感謝したい。 彼女が読んだ「被害者が受けた影響に関する陳述書」は瞬く間に広がり人々の心を打ち、ホワイトハウスのジョーバイデンから手紙が届いたり、ヒラリー・クリントンは大統領選の敗北宣言はこの陳述書からインスパイヤされたと語っているそうだ。
それから、翻訳者の押野さんにもお礼を言いたい。この題材をよく読みやすく忍耐強く日本語にしていただき有難うございました。文化的背景への理解とそれなりの精神力が求められたことと想像します。題材は軽くないけれど、読みやすい(特にテーマが単純でない場合大切だと感じます)。恩恵を受ける人が多いと思います。
そして、あまりにも沢山ある印象的な文章の中から幾つか紹介したい。
My pain was never more valuable than his potential.
私の苦痛は彼の可能性ほどの価値はなかった。(裁判官が被告有利に進行した時へのシャネルの記述)
“Fight because it is your life.”
決して戦うことを止めないでください。(だってあなたの人生だから。)
“Never underestimate the power of your voice.”
あなたの発する声の力を決して過小評価しないでください。
読者によっては読み進めなくて良い時期があるかもしれない。私は一気には読めなかった。でも、読後、そこはかないパワフルなエネルギーを感じることができた。それは、じわっと心の底から湧いてくる様な本物のパワーだと感じた。人知れず辛い思いを抱えている人もこの本を読んでみてほしい。勇気と生きる力を得ることができるだろう。また、性暴力という題材に関わらず、性別を問わず、この本をお勧めしたい。
なお、シャネルが出演した60minuitsや、トレバー・ノアのザ・デイリーショー他、数々のインタビュー動画がyoutubeにあがっている。彼女の伸びやかさ、内に秘めた強さなど、きっと感じ取れるのではないだろうか。
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