15年戦争は陸軍の「暴走」によるものだ、などと簡単に片付けられがちだが、陸軍を動かしていたのは日本のトップエリートたちであり、決して「脳筋」ではない。
彼らがどのような思想のもとに戦争へと突き進んでいったか理解するのに最適な本。
NHKスペシャル「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」の陸軍編、指導者編などと合わせて読むとよりよく理解できる。
プライム無料体験をお試しいただけます
プライム無料体験で、この注文から無料配送特典をご利用いただけます。
非会員 | プライム会員 | |
---|---|---|
通常配送 | ¥410 - ¥450* | 無料 |
お急ぎ便 | ¥510 - ¥550 | |
お届け日時指定便 | ¥510 - ¥650 |
*Amazon.co.jp発送商品の注文額 ¥3,500以上は非会員も無料
無料体験はいつでもキャンセルできます。30日のプライム無料体験をぜひお試しください。
¥968¥968 税込
発送元: Amazon.co.jp 販売者: Amazon.co.jp
¥968¥968 税込
発送元: Amazon.co.jp
販売者: Amazon.co.jp
¥64¥64 税込
配送料 ¥350 6月7日-8日にお届け
発送元: はりはりや【商品説明をご確認の上ご注文お願いします】 販売者: はりはりや【商品説明をご確認の上ご注文お願いします】
¥64¥64 税込
配送料 ¥350 6月7日-8日にお届け
発送元: はりはりや【商品説明をご確認の上ご注文お願いします】
販売者: はりはりや【商品説明をご確認の上ご注文お願いします】
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
昭和陸軍の軌跡 - 永田鉄山の構想とその分岐 (中公新書 2144) 新書 – 2011/12/17
川田 稔
(著)
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥968","priceAmount":968.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"968","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"FlDemUxTdr93OpsoHRpIpc3Twytp0UdINYYacyupSsGr4ELfwl3KNiyVSJqD%2Fcp3pz20AMrTSvX7q1Ve3C53t2zvc0LKFsbpFt33kA2GzTeRzGqLOts6NsmZj7B1pu70s901dKHE7NE%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}, {"displayPrice":"¥64","priceAmount":64.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"64","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"FlDemUxTdr93OpsoHRpIpc3Twytp0UdIPm9vbv9ZZ2J327mgMoTtFRrcCT3aqliG%2FhDI2Ckw4p4WqMxwPQ9MbCVNmjBLI%2B81N1snsk4f0HRIQ5NPt3idJ9CWbPKghS2NPU5gmEXC%2BvQfiTXa64vyy2Z8v%2F8NuXk8WXKHt5BSsldtQp%2BgN68Lng%3D%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"USED","aapiBuyingOptionIndex":1}]}
購入オプションとあわせ買い
交渉継続か断固開戦か。国運をかけた議論のなか、なぜ陸軍は対米開戦を決意したのか。永田鉄山の構想を分析し、新視点で迫る。
- ISBN-104121021444
- ISBN-13978-4121021441
- 出版社中央公論新社
- 発売日2011/12/17
- 言語日本語
- 本の長さ343ページ
よく一緒に購入されている商品
対象商品: 昭和陸軍の軌跡 - 永田鉄山の構想とその分岐 (中公新書 2144)
¥968¥968
最短で6月6日 木曜日のお届け予定です
残り6点(入荷予定あり)
¥1,078¥1,078
最短で6月6日 木曜日のお届け予定です
残り2点(入荷予定あり)
総額:
当社の価格を見るには、これら商品をカートに追加してください。
ポイントの合計:
pt
もう一度お試しください
追加されました
一緒に購入する商品を選択してください。
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (2011/12/17)
- 発売日 : 2011/12/17
- 言語 : 日本語
- 新書 : 343ページ
- ISBN-10 : 4121021444
- ISBN-13 : 978-4121021441
- Amazon 売れ筋ランキング: - 205,354位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2021年5月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2013年5月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
戦後の総括として、日本国として何百万の戦争犠牲者に対して終わっていない無責任さは一体何が原因なのかこの本を読み進むにつれてエリートと呼ばれている思いあがった一部の人間によって国体としての方向性が間違っているのにだれも責任を取らない組織に現在も形が変わっていても悪しき体質が・・・年金問題も含めて無反省と言う体たらくに繋がっているものだと改めて思う。。。
TONちゃん
TONちゃん
2020年1月9日に日本でレビュー済み
昭和の日本陸軍にはドイツ留学組が多かった。ドイツも女性のお手伝いさんを付かせるなどの厚遇をした。そのせいもあってか日本陸軍の参謀は「ドイツ軍学を学んだからアメリカに負けない」と豪語した。しかし、ドイツの有名な機械化部隊の真似はせず白兵戦を主眼に置いて軍隊を運営した。機関銃は列国に比し圧倒的に貧弱で、夜戦を採らざるを得なかった。零戦は日本の名機だが、その制作には名人芸を必要としたのだが、戦争が進むにしたがって技術者に赤紙招集をかけて、製造能力を低下させるまでになったドイツでは技術者を尊重し戦中は飛行機の製造が増えている。また製造した飛行機を飛行場に運搬するのに道路が未整備で、一度分解して牛で運んだ。なぜ工場を飛行場に近接して建設しなかったのかが理解できない。南方地域での戦争でも、暑さに弱い馬を連れて行ったのは対ソ戦争のマニュアルに沿ったものであるが、馬はばてて死に大型武器は分解して人力で運ぶことになり、平均体重60kgの兵士が40㎏の荷を背負ってジャングルを行軍することになった。食料も不十分の兵隊の酷使を意味しており、餓死、病死が蔓延する原因となった。軍靴、軍服でも材料が不足して、酷使に堪えない品質で、長期戦が予想された近代戦では末端の兵隊にしわ寄せがいった。自動車などの数も品質も劣っているのに、中国のような広大な領域を支配する戦略を構想すること自体に無理があり、多くの兵隊を分散して配置する愚を犯してしまった。ブルトーザーにしてもアメリカは極短期間で飛行場を建設したのに対し日本は人力で作業し、完成したところを爆撃されていた。ラヴァウルなどはその典型で制空・制海権とも奪われて、戦争後半には周囲から隔絶されて戦略的価値を失った。ブルトーザーの有無が日本の敗れた原因とまで言われた。部隊間の連絡においても有線に拘ったため、敵の攻撃で連絡網が寸断されることも多く、無線を優先したアメリカのスピードに後れを取った。日米戦争前に、ある研究会で日米戦の机上演習を行って日本の敗戦が結論されたが、陸軍参謀は「あくまで机上のことで、日本軍には大和魂がある」と封印してしまった。
大東亜戦争はアメリカに強要されて始めたという論調が流行っているけれども、経済力の劣った現実を直視せず、ドイツ軍学を学んだという自慢は空転するだけで、開戦を決定した東條英機を筆頭とする日本陸軍はいったい何者かという疑問が残ったままである。
大東亜戦争はアメリカに強要されて始めたという論調が流行っているけれども、経済力の劣った現実を直視せず、ドイツ軍学を学んだという自慢は空転するだけで、開戦を決定した東條英機を筆頭とする日本陸軍はいったい何者かという疑問が残ったままである。
2023年10月9日に日本でレビュー済み
従来の日中戦争、アジア太平洋戦争に関しては左翼系学者による「無謀な戦争」という見解が定着しているが、本書は「異論」を述べている。昭和初期の政党政治は脆弱ではなく、かなり安定した体制で、陸軍反対勢力が、どのようにこれを突き崩すことが出来たのかを冷静に分析している。
その起源を永田鉄山の構想と一夕会の中堅幕僚の国際情勢を加味した実行力に求めている。永田は第一次世界大戦が総力戦であったことを踏まえ、複数国が100万人以上の軍隊で戦う場合は総力戦になることを読んでいた。石原は戦争は持久戦になるが、自給自足経済は満蒙と台湾・朝鮮に留め、その範囲内で国民党との協力関係を築く構想を描く。武藤は戦争の大義(=「アジアを欧米から解放する正義の戦争)を整理し、自給自足経済圏を華北・華中まで広げ、更に戦争継続に必要な資源獲得を求めた。田中は泥沼化した日中戦争と欧州戦争でのドイツの勝利による政治的空白ができたアジアでの石油・ゴム・錫などの重要資源確保に向けた総力戦体制を構築する努力を試みた。日米開戦に対しては、武藤は極力回避策を模索し、田中は海軍同様、石油備蓄の脆弱性に加え、日米艦艇比率が41年以降対米比7割を切り43年には5割を切り、日本の軍事対抗力がなくなる前に戦争を行う必要性を感じていた。
開戦前の国策再検討のポイントは、①欧州戦局の見通し②物的国力判断の問題③対米交渉条件の緩和などであった(P294)が、完全に抜けている検討項目は、①ドイツのソ連との戦争における敗北の可能性。(ノモンハン事件で、日本がスターリンの「赤軍大粛清」で二軍でしかない軍隊と判断して仕掛けた戦争で敗北したにもかかわらず!)②物的国力の検討で負けを何故明確化しなかったのか?(そもそも、満蒙を中心とした円ブロック経済圏が真に作動していたのかを含め、石油確保を目的とした蘭印進出は採掘・運搬・人材確保面などで問題があると何故検討しなかったのか?など)③対米交渉の前の段階で、永田から始まる米国の対日開戦意欲の過小評価がある。
かって、レーニンは、米国が第一次世界大戦に参加した理由を「未来の対日戦争の準備」(『戦争と革命』1917年5月14日)と言っている。米国は、スペイン戦争で獲得したフィリピンを日本がアジア進出した際に植民地化するという想定で、「オレンジ作戦」なるシュミレーションをしており、これは、武藤が、米国に利害がない仏印に日本軍が進出しても輸出規制などしないだろうなどと考えていたことが如何に馬鹿げた発想であったか物語っている。これは日本のファシズムの特徴で、独伊はファシスト(政治家)と軍隊が分離していたが、日本は近衛などの政治家が自己保身に走り、軍隊出身者に決定権を委託する(例えば、東条が陸相と首相を兼務するなど)という政軍融合が生まれていた為、国際情勢に関する総合的な判断に欠ける嫌いがあったと言える。
又、昭和陸海軍には、日本の左翼運動が初期に簡単に鎮圧され、共産党の転向が起き解体されていた為、中国の国共合作などの反帝国主義運動(=民族自決運動)などを無視できる環境があった。この為、農業不況を契機に社会不安に乗じた農民出身から成る陸軍では「変革」意識が高かった。この動きが日本の軍隊を支持した基盤であるが、逆に、これが命取りにもなった。石原が考えていたように、民族独立を唱える陣営を一部体制に加えながら、国民党と初期に手を握っていれば、敗戦を免れ、320万人に上る戦争犠牲者を出さずに済んだかもしれない。
筆者は最近、武藤章に関する本を出版しているが、筆者に期待したいことは、満蒙を含む台湾・朝鮮の円ブロック経済が、どこまで働き、どの点で行き詰まったかなどを研究して発表して頂きたい。
その起源を永田鉄山の構想と一夕会の中堅幕僚の国際情勢を加味した実行力に求めている。永田は第一次世界大戦が総力戦であったことを踏まえ、複数国が100万人以上の軍隊で戦う場合は総力戦になることを読んでいた。石原は戦争は持久戦になるが、自給自足経済は満蒙と台湾・朝鮮に留め、その範囲内で国民党との協力関係を築く構想を描く。武藤は戦争の大義(=「アジアを欧米から解放する正義の戦争)を整理し、自給自足経済圏を華北・華中まで広げ、更に戦争継続に必要な資源獲得を求めた。田中は泥沼化した日中戦争と欧州戦争でのドイツの勝利による政治的空白ができたアジアでの石油・ゴム・錫などの重要資源確保に向けた総力戦体制を構築する努力を試みた。日米開戦に対しては、武藤は極力回避策を模索し、田中は海軍同様、石油備蓄の脆弱性に加え、日米艦艇比率が41年以降対米比7割を切り43年には5割を切り、日本の軍事対抗力がなくなる前に戦争を行う必要性を感じていた。
開戦前の国策再検討のポイントは、①欧州戦局の見通し②物的国力判断の問題③対米交渉条件の緩和などであった(P294)が、完全に抜けている検討項目は、①ドイツのソ連との戦争における敗北の可能性。(ノモンハン事件で、日本がスターリンの「赤軍大粛清」で二軍でしかない軍隊と判断して仕掛けた戦争で敗北したにもかかわらず!)②物的国力の検討で負けを何故明確化しなかったのか?(そもそも、満蒙を中心とした円ブロック経済圏が真に作動していたのかを含め、石油確保を目的とした蘭印進出は採掘・運搬・人材確保面などで問題があると何故検討しなかったのか?など)③対米交渉の前の段階で、永田から始まる米国の対日開戦意欲の過小評価がある。
かって、レーニンは、米国が第一次世界大戦に参加した理由を「未来の対日戦争の準備」(『戦争と革命』1917年5月14日)と言っている。米国は、スペイン戦争で獲得したフィリピンを日本がアジア進出した際に植民地化するという想定で、「オレンジ作戦」なるシュミレーションをしており、これは、武藤が、米国に利害がない仏印に日本軍が進出しても輸出規制などしないだろうなどと考えていたことが如何に馬鹿げた発想であったか物語っている。これは日本のファシズムの特徴で、独伊はファシスト(政治家)と軍隊が分離していたが、日本は近衛などの政治家が自己保身に走り、軍隊出身者に決定権を委託する(例えば、東条が陸相と首相を兼務するなど)という政軍融合が生まれていた為、国際情勢に関する総合的な判断に欠ける嫌いがあったと言える。
又、昭和陸海軍には、日本の左翼運動が初期に簡単に鎮圧され、共産党の転向が起き解体されていた為、中国の国共合作などの反帝国主義運動(=民族自決運動)などを無視できる環境があった。この為、農業不況を契機に社会不安に乗じた農民出身から成る陸軍では「変革」意識が高かった。この動きが日本の軍隊を支持した基盤であるが、逆に、これが命取りにもなった。石原が考えていたように、民族独立を唱える陣営を一部体制に加えながら、国民党と初期に手を握っていれば、敗戦を免れ、320万人に上る戦争犠牲者を出さずに済んだかもしれない。
筆者は最近、武藤章に関する本を出版しているが、筆者に期待したいことは、満蒙を含む台湾・朝鮮の円ブロック経済が、どこまで働き、どの点で行き詰まったかなどを研究して発表して頂きたい。
2012年2月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
新書版の小品ながら力作である。本書の扱う昭和史の素材自体は目新しいものではないが、一廉の政治史研究者らしい著述の手堅さと実証性を感じさせる。日本近・現代史に興味を持つ方々に推奨したい一冊である。
2012年1月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
総力戦として戦われた第一次世界大戦が軍官僚の戦争観を変えた。
当時欧州で総力戦の実体と連合国及びドイツの戦争遂行の過程をつぶさに見て、
大きな衝撃を受け、真摯に研究を重ねた陸軍の中堅幕僚たち
彼等は欧州の地から長州閥主導の旧態依然たる陸軍に危機感を持ち
総力戦体制構築へ陸軍を改革しようとする革命的情熱から昭和は始まる。
永田鉄山はその中心人物、何十個師団の持とうが何十万トンの艦艇を持とうが
継戦能力がなければただの張子の虎という透徹したリアリズム
そして将来最終戦争不可避という石原莞爾の呪縛、熱病のように広がる資源、資源、資源の獲得大合唱
5ヵ年計画による重工業化で急速に軍備を拡張するソ連との緊張。
満州事変そして満州国建国へ、陸軍長州閥を放逐し、国際協調の浜口・若槻政党内閣を打倒した、
もう動き出した機関車は止まらない、永田鉄山はテロで倒れ、継いだ石原莞爾は対中戦争不拡大で
陸軍を追われる、そして昭和陸軍の実権は東條英機・武藤章・田中新一へと繋いで行くが人物のスケールは小さくなっていく。
永田構想は破綻したが、その後継者達には明確なクランドデザインなどある訳がなく
ソ連・中国・ドイツの動き、英米の反応等国際情勢に翻弄され
ただただ追い込まれて、弥縫策は次々と破綻していく。
関特演にアメリカが強い危機感を持ち以降戦争覚悟の対日強硬策に踏み切ったことに納得させられた、
ドイツのバルバロッサ作戦で苦境に追い込まれたソ連が後背に攻撃を受ければアメリカにとって最悪も事態も想定される
すなわちソ連の敗北即ちイギリスの屈服、これはアメリカにとっても死活的問題。
国家の方針が陸軍に顔を立て、海軍に顔をたて北進か南進かはたまた外交交渉かフラフラしている内にアメリカの顔がみるみる変わった。
陸軍あって国家なし、海軍あって国家なし、今の省益あって国益なしに通じる。
現実を踏まえての合理的判断よりも自分の地位・立場からの判断する戦争指導者達
日本軍兵士戦死者230万人の大部分、民間人死者50万人のほとんどはサイパン陥落以後の犠牲者、政略も戦略もない継戦
もはや戦争指導に価しない、昭和陸軍は日本人にとって何だったのか。
当時欧州で総力戦の実体と連合国及びドイツの戦争遂行の過程をつぶさに見て、
大きな衝撃を受け、真摯に研究を重ねた陸軍の中堅幕僚たち
彼等は欧州の地から長州閥主導の旧態依然たる陸軍に危機感を持ち
総力戦体制構築へ陸軍を改革しようとする革命的情熱から昭和は始まる。
永田鉄山はその中心人物、何十個師団の持とうが何十万トンの艦艇を持とうが
継戦能力がなければただの張子の虎という透徹したリアリズム
そして将来最終戦争不可避という石原莞爾の呪縛、熱病のように広がる資源、資源、資源の獲得大合唱
5ヵ年計画による重工業化で急速に軍備を拡張するソ連との緊張。
満州事変そして満州国建国へ、陸軍長州閥を放逐し、国際協調の浜口・若槻政党内閣を打倒した、
もう動き出した機関車は止まらない、永田鉄山はテロで倒れ、継いだ石原莞爾は対中戦争不拡大で
陸軍を追われる、そして昭和陸軍の実権は東條英機・武藤章・田中新一へと繋いで行くが人物のスケールは小さくなっていく。
永田構想は破綻したが、その後継者達には明確なクランドデザインなどある訳がなく
ソ連・中国・ドイツの動き、英米の反応等国際情勢に翻弄され
ただただ追い込まれて、弥縫策は次々と破綻していく。
関特演にアメリカが強い危機感を持ち以降戦争覚悟の対日強硬策に踏み切ったことに納得させられた、
ドイツのバルバロッサ作戦で苦境に追い込まれたソ連が後背に攻撃を受ければアメリカにとって最悪も事態も想定される
すなわちソ連の敗北即ちイギリスの屈服、これはアメリカにとっても死活的問題。
国家の方針が陸軍に顔を立て、海軍に顔をたて北進か南進かはたまた外交交渉かフラフラしている内にアメリカの顔がみるみる変わった。
陸軍あって国家なし、海軍あって国家なし、今の省益あって国益なしに通じる。
現実を踏まえての合理的判断よりも自分の地位・立場からの判断する戦争指導者達
日本軍兵士戦死者230万人の大部分、民間人死者50万人のほとんどはサイパン陥落以後の犠牲者、政略も戦略もない継戦
もはや戦争指導に価しない、昭和陸軍は日本人にとって何だったのか。
2015年2月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
陸軍とか関東軍とか大きな括りでしか捉えていなかった自分の認識を改めることができた。
永田鉄山が生きていたらどうなっていたかと思うが、結局は欧州の大戦に関わり、英米との戦争は免れなかったであろう。
満州事変の首謀者の石原莞爾が華北工作に反対し、その華北工作を進めた武藤章が対米戦争回避に向けた交渉に最後の力を注いだ、というのは皮肉でしかない。となると、田中新一、東條英機が永田の統制派の正統な後継者であり戦争の責任者であるが、田中が戦犯にならなかった理由はわからない。
でもそもそも永田はどうして欧米と戦争しなければならないと考えたのか。満洲国と朝鮮だけ死守し、英米と組んで日中戦争など早期に解決しておれば、中国共産党が国民党を駆逐することなく、ソ連も南下することなく、日中が対等な関係でいられたのではないか。
東亜新秩序、欧米の植民地支配をアジアの代表として先頭に立って打破するという考えはいつから芽生えたのか。人種差別への反感はあったと思うが、あと出しジャンケンなのか。
ただこの考えのもと立ち上がったことは全く問題なく、いまの中国がやっていることを先取りしただけであろう。だからこれ自体を交戦国から非難される筋合いはないし、東京裁判はセレモニーでしかなく、戦争犯罪なんて概念は無意味である。
ただ、海軍が自信がなくとも開戦せざるを得なくなった戦争を、原爆を2発も落とされるまで終わらせることができなかった戦争指導者の、日本国民への責任は重大であることには間違いない。
いずれにしても、陸軍や関東軍のやったことは、すべて永田鉄山の考えをもとにしたある意味一貫性のある行動であることがわかったことが一番の収穫であった。
永田鉄山が生きていたらどうなっていたかと思うが、結局は欧州の大戦に関わり、英米との戦争は免れなかったであろう。
満州事変の首謀者の石原莞爾が華北工作に反対し、その華北工作を進めた武藤章が対米戦争回避に向けた交渉に最後の力を注いだ、というのは皮肉でしかない。となると、田中新一、東條英機が永田の統制派の正統な後継者であり戦争の責任者であるが、田中が戦犯にならなかった理由はわからない。
でもそもそも永田はどうして欧米と戦争しなければならないと考えたのか。満洲国と朝鮮だけ死守し、英米と組んで日中戦争など早期に解決しておれば、中国共産党が国民党を駆逐することなく、ソ連も南下することなく、日中が対等な関係でいられたのではないか。
東亜新秩序、欧米の植民地支配をアジアの代表として先頭に立って打破するという考えはいつから芽生えたのか。人種差別への反感はあったと思うが、あと出しジャンケンなのか。
ただこの考えのもと立ち上がったことは全く問題なく、いまの中国がやっていることを先取りしただけであろう。だからこれ自体を交戦国から非難される筋合いはないし、東京裁判はセレモニーでしかなく、戦争犯罪なんて概念は無意味である。
ただ、海軍が自信がなくとも開戦せざるを得なくなった戦争を、原爆を2発も落とされるまで終わらせることができなかった戦争指導者の、日本国民への責任は重大であることには間違いない。
いずれにしても、陸軍や関東軍のやったことは、すべて永田鉄山の考えをもとにしたある意味一貫性のある行動であることがわかったことが一番の収穫であった。
2014年2月9日に日本でレビュー済み
昭和陸軍の軌跡を、いわゆる統制派の祖ともいえる、永田鉄山の構想を、その後継者たちと対比しながら、
日本が戦争に歩んでいった道のりを、丹念に追っていく。
永田は、第1次世界大戦後のヨーロッパを訪れ、列強の争いが、総力戦の時代に入ったことを実感する。
帰国後、永田は、自分の構想をもとに陸軍を押し進め、政治家も巻き込んで、新しい日本を建設しようとした。
永田の後継者たちは、いくつかの差はあっても、その構想を押し進めようとしたが、
アメリカ、イギリス、ドイツ、中国などの利害が絡む国際情勢の中では、巧く実現できず、
結果的には、アメリカとの破滅的な戦争への道を歩んでいった。
政治は、その構想がいくら現実的で、素晴らしくても、結果が全てだ、という思いを強くした。
日本が戦争に歩んでいった道のりを、丹念に追っていく。
永田は、第1次世界大戦後のヨーロッパを訪れ、列強の争いが、総力戦の時代に入ったことを実感する。
帰国後、永田は、自分の構想をもとに陸軍を押し進め、政治家も巻き込んで、新しい日本を建設しようとした。
永田の後継者たちは、いくつかの差はあっても、その構想を押し進めようとしたが、
アメリカ、イギリス、ドイツ、中国などの利害が絡む国際情勢の中では、巧く実現できず、
結果的には、アメリカとの破滅的な戦争への道を歩んでいった。
政治は、その構想がいくら現実的で、素晴らしくても、結果が全てだ、という思いを強くした。