本書はハイデガーの『存在と時間』への入門書である。多くの書は『存在と時間』「について」の入門書である中、その読み解きの具体性において群を抜いているがゆえに『存在と時間』「への」入門書であるとあえて書きたい。『存在と時間』という著作の成立とその思想的背景に関しては轟孝夫氏の『ハイデガー「存在と時間」入門』が本書でも決定版と言われているように現在手にし得る最も詳しい本であると思われるが、本書はハイデガーに初めて触れる読者もそれなりに読んできた読者をも、ハイデガーが『存在と時間』において取り組んだ問いへとダイレクトに招く本である。
ハイデガーに関する本を幾つか読んでいくと時折指摘されるように「ハイデガー語」と呼ばれるような独特な言い回しに出くわす。そうしたことの一つひとつを剥いでいく作業が近年の研究の特徴であるとも言えるのだが、その中で本書は群を抜いてハイデガー語を感じさせることなく直接に読者をその問題へと招く本であるように思う。副題にもあるように本書はハイデガーの『存在と時間』における世界内存在をめぐる分析がなされていくのだが、訳者による他書にはないダイレクトな訳文を通してハイデガーの問いそのものが多数の引用とともに明らかにされていく。その問いかけの深みを確かめるためにいくつかの訳文を比較検討することを通して読者は自然とハイデガーのテクストへとも導かれていくのである。
私たち一人ひとりが固有の生を生きるにはどうするべきか、いかに生きるべきかという問いが『存在と時間』を貫いている。世界内存在として現存在である私たちはどのような世界に生き、どのような生を享けているのか。本書はその具体的な問いかけの積み重ねを通して生き生きとハイデガーの思考へと読者を導いてくれる。中でも印象的なのは社会の中で私たちが与えられてきた性の役割への問いかけでクィアの話題が取り上げられたことである。今までのハイデガー本でこれほどまでに直接的に私たちの生の諸相に分け入り、本来性そのものを問いかけ、新たな地平をひらこうとする本はなかったのではないだろうか。それほどに本書は強烈な印象を残した。
ここまで書くと今までの読解を無視した本であるとの印象を持たせてしまうかもしれないが、そうではない。むしろ凝縮された叙述は著者のハイデガー研究の積み重ねへの敬意を感じさせるものであり、なおかつそれらの不十分なところを補い、そのうえで直接にハイデガーのテクストそのものと向き合うことを読者に呼びかけているのである。
プライム無料体験をお試しいただけます
プライム無料体験で、この注文から無料配送特典をご利用いただけます。
非会員 | プライム会員 | |
---|---|---|
通常配送 | ¥410 - ¥450* | 無料 |
お急ぎ便 | ¥510 - ¥550 | |
お届け日時指定便 | ¥510 - ¥650 |
*Amazon.co.jp発送商品の注文額 ¥3,500以上は非会員も無料
無料体験はいつでもキャンセルできます。30日のプライム無料体験をぜひお試しください。
¥2,310¥2,310 税込
発送元: Amazon.co.jp 販売者: Amazon.co.jp
¥2,310¥2,310 税込
発送元: Amazon.co.jp
販売者: Amazon.co.jp
¥1,604¥1,604 税込
ポイント: 16pt
(1%)
配送料 ¥350 6月7日-9日にお届け
発送元: 宅配買取のエコマケ(発送は原則ゆうメールのため土日祝の配達は無し) 販売者: 宅配買取のエコマケ(発送は原則ゆうメールのため土日祝の配達は無し)
¥1,604¥1,604 税込
ポイント: 16pt
(1%)
配送料 ¥350 6月7日-9日にお届け
発送元: 宅配買取のエコマケ(発送は原則ゆうメールのため土日祝の配達は無し)
販売者: 宅配買取のエコマケ(発送は原則ゆうメールのため土日祝の配達は無し)
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
極限の思想 ハイデガー 世界内存在を生きる (講談社選書メチエ) 単行本 – 2022/2/10
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥2,310","priceAmount":2310.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"2,310","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"gb1DKTSYRyhIjCbCqPzfuqGZScF2dqJ1NCNQkSANdOqW5D1ban7KS8OQjXk%2B7GDxquopwgvGXD%2BX19T5%2FMUnJ6Gfj2tMvlsUde66q%2BV8RaGUuacLfd5aYsOH5aWeXzUDI9d6zRshRVI%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}, {"displayPrice":"¥1,604","priceAmount":1604.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"1,604","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"gb1DKTSYRyhIjCbCqPzfuqGZScF2dqJ1p6RS6Zehbit1kHd%2FvBXqOyZqBGHP2oE%2BsYjdyzrrVGLQrT4A2d3lbGUjIFjkpYXBkj3wWSp%2BSaEDNLdxWPM%2FtVEacB7Bf%2Fc82eV4u8o6SGoK4MlPX8kLat4gaJQaBBfIIGkBGOGwEXL8ISyhDgfM%2Fg%3D%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"USED","aapiBuyingOptionIndex":1}]}
購入オプションとあわせ買い
大澤真幸・熊野純彦両氏の責任編集による叢書「極限の思想」第4弾!「自らの思考を極限までつき詰めた思想家」たちの、思想の根源に迫る決定版。21世紀のいま、この困難な時代を乗り越えるには、まさにこれらの極限にまで到達した思想こそ、参照に値するだろう。
本巻は『存在と時間』の精密な読解を通して、ハイデガーの思想の精髄にせまる!
ハイデガー自身が執筆し公刊された唯一の体系的な著作にして、未完の大著『存在と時間』。難解をもって鳴るこの哲学書をどう読むべきか。
「私たちがそれぞれそうであるところの存在者」を「現存在」と呼び、また、私たちが「世界の内にある」在りようを「世界内存在」と呼ぶ。このように、さまざまな概念を次々に出しながら、ハイデガーが分析しようとしたこととは何だったのか。私たちがそれぞれの「私」を生きているとはどういうことか。本来的な自己とは。――その哲学的果実を味読する力作。
【目次】
第一章 『存在と時間』という書物
第二章 世界の内にあること
第三章 空間の内にあること
第四章 他者と共にあること
第五章 ひとりの私であること
第六章 本来的な在りかた
第七章 自己であること
終章 世界内存在を生きる
本巻は『存在と時間』の精密な読解を通して、ハイデガーの思想の精髄にせまる!
ハイデガー自身が執筆し公刊された唯一の体系的な著作にして、未完の大著『存在と時間』。難解をもって鳴るこの哲学書をどう読むべきか。
「私たちがそれぞれそうであるところの存在者」を「現存在」と呼び、また、私たちが「世界の内にある」在りようを「世界内存在」と呼ぶ。このように、さまざまな概念を次々に出しながら、ハイデガーが分析しようとしたこととは何だったのか。私たちがそれぞれの「私」を生きているとはどういうことか。本来的な自己とは。――その哲学的果実を味読する力作。
【目次】
第一章 『存在と時間』という書物
第二章 世界の内にあること
第三章 空間の内にあること
第四章 他者と共にあること
第五章 ひとりの私であること
第六章 本来的な在りかた
第七章 自己であること
終章 世界内存在を生きる
- 本の長さ250ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2022/2/10
- 寸法13 x 1.6 x 18.8 cm
- ISBN-104065269407
- ISBN-13978-4065269404
よく一緒に購入されている商品
対象商品: 極限の思想 ハイデガー 世界内存在を生きる (講談社選書メチエ)
¥2,310¥2,310
最短で6月8日 土曜日のお届け予定です
残り11点(入荷予定あり)
¥2,310¥2,310
最短で6月8日 土曜日のお届け予定です
残り4点(入荷予定あり)
¥2,750¥2,750
最短で6月8日 土曜日のお届け予定です
残り2点(入荷予定あり)
総額:
当社の価格を見るには、これら商品をカートに追加してください。
ポイントの合計:
pt
もう一度お試しください
追加されました
一緒に購入する商品を選択してください。
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
商品の説明
著者について
高井 ゆと里
一九九〇年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得満期退学。博士(文学)。現在、石川県立看護大学看護学部人間科学領域講師。前職は国立がん研究センター特任研究員。専攻は哲学・倫理学。論文に「ハイデガーの〈ひと〉論」(『現象学年報』第36巻)、「何が行為を意図的にするのか : ハイデガー『存在と時間』の視角から」(『倫理学年報』69巻)、「臨床研究からの妊婦の排除という倫理的問題」(『生命倫理』32号)ほか。
一九九〇年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得満期退学。博士(文学)。現在、石川県立看護大学看護学部人間科学領域講師。前職は国立がん研究センター特任研究員。専攻は哲学・倫理学。論文に「ハイデガーの〈ひと〉論」(『現象学年報』第36巻)、「何が行為を意図的にするのか : ハイデガー『存在と時間』の視角から」(『倫理学年報』69巻)、「臨床研究からの妊婦の排除という倫理的問題」(『生命倫理』32号)ほか。
登録情報
- 出版社 : 講談社 (2022/2/10)
- 発売日 : 2022/2/10
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 250ページ
- ISBN-10 : 4065269407
- ISBN-13 : 978-4065269404
- 寸法 : 13 x 1.6 x 18.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 242,461位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 540位講談社選書メチエ
- - 2,314位哲学 (本)
- - 3,722位その他の思想・社会の本
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2023年6月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
アカデミズム界の世代交代を予感させる新しいハイデガー解釈。博士課程を終えてすぐこれを書いたというのだから感服する
2022年2月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
これまで私が読んだ「存在と時間」に関する
入門書・解説書の中では
ダントツに分かりやすい本です。
あまりにも分かりやすいので、
著者の解説を信じて大丈夫なのか迷ったほどです。
1巻目だけ読んで挫折した熊野純彦訳「存在と時間」に
もう一度チャレンジする意欲がようやくわいてきました。
ありがとうございます。
入門書・解説書の中では
ダントツに分かりやすい本です。
あまりにも分かりやすいので、
著者の解説を信じて大丈夫なのか迷ったほどです。
1巻目だけ読んで挫折した熊野純彦訳「存在と時間」に
もう一度チャレンジする意欲がようやくわいてきました。
ありがとうございます。
2022年5月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
とても丁寧に書かれている書籍で好感が持てました。また旧来のよくある形而上の解釈にとらわれず、地に足がついた内容です。同著者がフッサール、メルロ=ポンティについて解説して欲しいとも願いますし、ジョンRサール以降の脳科学と実験と哲学をテーマとしたようなところから、さらに先にある心の哲学についても読んでみたいと思いました。
繰り返しになりますが地に足がついた解説はあるようで、今まで数少なく、ガブリエルに代表されるような批判される余地を外していく文章を書くことが、個々人の個性的思考の余地をも削ることになってしまう書籍が多い中、著者の今後の活動にも期待が持てると思います。
繰り返しになりますが地に足がついた解説はあるようで、今まで数少なく、ガブリエルに代表されるような批判される余地を外していく文章を書くことが、個々人の個性的思考の余地をも削ることになってしまう書籍が多い中、著者の今後の活動にも期待が持てると思います。
2022年2月18日に日本でレビュー済み
本書は、1990年生まれの若いハイデガー研究者によって書かれた『存在と時間』の入門書である。
結論から言うと、とても良かった。以下、良かったところを四つに分けて紹介したい。
【①説明が丁寧】
本書の説明は極めて丁寧だ。それぞれの章で「この章では○○を説明する。」「○○は前章とこのように繋がっている。」「第一節では××、第二節では△△…と順番に説明する」などの見取り図がちゃんと示され、自分がどこまで読んだか、自分がここまで何を学んできて、これから何を学ぶのかということが分かりやすい。
また、重要な部分は適宜説明が繰り返されるので、何度か読めば少しずつ分かってくる。個人的な感覚としては、第二章と第四章が難しかったのだけれども、第三章と第五章が前の章をそれぞれ補完/展開していくようなかたちになっていたので、対照しながら読み進めることで、何とか理解することができた。
あと細かいところだけれども、「「手元のもの存在論」は本来かなりの形而上学的正当化が必要であるように見える」と言ったような、「実は読みながらそう思ってたけど「これが理解できないなんてお前は馬鹿か」と言われるのが怖くて言えなかった」タイプの素朴な疑問に対するケアも要所で入っていて、初心者としては安心しながら読み進められる。
本書の文章は、総じてリーダーフレンドリーである。何だか目の前で懇切丁寧な講義を聞いている気分になった。
なお強いて言えば『存在と時間』の引用箇所について、ドイツ語原文だけでなく、日本語訳のいずれかのページもつけてくれるとより嬉しかった。これを読んでいきなり次にドイツ語原文を読むというのはなかなかに難しいので、引用箇所を遡って日本語訳を読むという形で挑戦していけたらよかったかもしれない、と少し思った。せっかく『存在と時間』の翻訳者がこのシリーズを監修しているのだし…
とはいえ、「この議論は『存在と時間』の第何篇第何章第何節に出てくる」というのは毎回章の冒頭で必ず言及されるので、ちゃんと該当箇所を探せば引用箇所もそれほど苦労せずに見つかるのだろうとは思う。だから、そこまで気になりはしなかった。
【②解釈が丁寧】
本書の議論は『存在と時間』の引用と解釈が基本にある。そしてこの引用に対する解釈が非常に丁寧だ。
引用箇所に何が書いているのかを、ときには引用箇所の四〜五倍ほどの文字数を用いて丁寧に解釈する。総じてクリアで、どこが重要なところなのか(例えばハイデガーが「頽落」に否定的な価値判断を下していないなど)もよく分かった。
ところで単なる自分語りだが、わたしはまず自分で引用箇所を読んで何が書いてあるか理解しようとしてみて、そのあとで著者の解釈を読むということを繰り返しながら読み進めていたのだが、こうすると心なしかより理解が進んだような気がする。
自分語りを離れて言うと、そのような奇妙な読み方ができるくらいに著者の「引用→解釈」という論の進め方がしっかり定まっており、ストレスなく読み進められたということでもある。
【③具体例が豊か】
「あとがき」にも少し書かれているように、本書の具体例はとても豊かである。本書にはアクロバティックな飛躍や読者を煽るような檄文があるわけではなく、むしろどちらかと言うと正統派な「引用→解釈」の繰り返しで議論が進んでいくのだけれど、そこに本書独自の強い個性を与えているもののひとつが具体例という要素だ。
ハイデガーの解説で「スカイツリー」とか「Netflix」とかの話が出てきた本を読んだことがあるだろうか?わたしはない。
『存在と時間』という本の魅力を説明するために、われわれのある意味「取るに足らない」とも思われるような日常に目を向け、例を拾い上げてくる著者の態度は、非常に誠実に感じた。
なおあるページの記述を読んだとき、文字の配置の妙も重なり、古書店で買った本のなかに前の持ち主の手紙が入っていたかのような、すごく不思議な感情になったことを付記しておく。これを読めただけでも紙で買って良かったなと思う。
【④議論が面白い】
本書は入門書・解説書であると同時に、既存の議論を批判し自らの立場を示す学術書でもある。
そうした議論の中で特に面白かったのは、①『存在と時間』を「実存主義の哲学」や「存在の哲学」とは違う仕方で読むという本書の方針を示したところ、②ハイデガーには「身体」が欠落しているという批判に対して(物理的)身体性が無いからこその長所もあると反論したところ、③ハイデガーの「死へと先駆しつつ決意すること」は単に独善的なものでもないし「強者」のみに妥当するものでも無いと述べたところ、などである。これらもまた「具体例」同様、著者の個性がはっきりと見られる箇所だろう。
以上のように、本書は様々な美点を持つ。値段は他のハイデガー入門書に比べると割高だが、内容は充実しており、買って損は無い一冊だと思う。とても面白かった。著者の次の本が早くも楽しみである。
結論から言うと、とても良かった。以下、良かったところを四つに分けて紹介したい。
【①説明が丁寧】
本書の説明は極めて丁寧だ。それぞれの章で「この章では○○を説明する。」「○○は前章とこのように繋がっている。」「第一節では××、第二節では△△…と順番に説明する」などの見取り図がちゃんと示され、自分がどこまで読んだか、自分がここまで何を学んできて、これから何を学ぶのかということが分かりやすい。
また、重要な部分は適宜説明が繰り返されるので、何度か読めば少しずつ分かってくる。個人的な感覚としては、第二章と第四章が難しかったのだけれども、第三章と第五章が前の章をそれぞれ補完/展開していくようなかたちになっていたので、対照しながら読み進めることで、何とか理解することができた。
あと細かいところだけれども、「「手元のもの存在論」は本来かなりの形而上学的正当化が必要であるように見える」と言ったような、「実は読みながらそう思ってたけど「これが理解できないなんてお前は馬鹿か」と言われるのが怖くて言えなかった」タイプの素朴な疑問に対するケアも要所で入っていて、初心者としては安心しながら読み進められる。
本書の文章は、総じてリーダーフレンドリーである。何だか目の前で懇切丁寧な講義を聞いている気分になった。
なお強いて言えば『存在と時間』の引用箇所について、ドイツ語原文だけでなく、日本語訳のいずれかのページもつけてくれるとより嬉しかった。これを読んでいきなり次にドイツ語原文を読むというのはなかなかに難しいので、引用箇所を遡って日本語訳を読むという形で挑戦していけたらよかったかもしれない、と少し思った。せっかく『存在と時間』の翻訳者がこのシリーズを監修しているのだし…
とはいえ、「この議論は『存在と時間』の第何篇第何章第何節に出てくる」というのは毎回章の冒頭で必ず言及されるので、ちゃんと該当箇所を探せば引用箇所もそれほど苦労せずに見つかるのだろうとは思う。だから、そこまで気になりはしなかった。
【②解釈が丁寧】
本書の議論は『存在と時間』の引用と解釈が基本にある。そしてこの引用に対する解釈が非常に丁寧だ。
引用箇所に何が書いているのかを、ときには引用箇所の四〜五倍ほどの文字数を用いて丁寧に解釈する。総じてクリアで、どこが重要なところなのか(例えばハイデガーが「頽落」に否定的な価値判断を下していないなど)もよく分かった。
ところで単なる自分語りだが、わたしはまず自分で引用箇所を読んで何が書いてあるか理解しようとしてみて、そのあとで著者の解釈を読むということを繰り返しながら読み進めていたのだが、こうすると心なしかより理解が進んだような気がする。
自分語りを離れて言うと、そのような奇妙な読み方ができるくらいに著者の「引用→解釈」という論の進め方がしっかり定まっており、ストレスなく読み進められたということでもある。
【③具体例が豊か】
「あとがき」にも少し書かれているように、本書の具体例はとても豊かである。本書にはアクロバティックな飛躍や読者を煽るような檄文があるわけではなく、むしろどちらかと言うと正統派な「引用→解釈」の繰り返しで議論が進んでいくのだけれど、そこに本書独自の強い個性を与えているもののひとつが具体例という要素だ。
ハイデガーの解説で「スカイツリー」とか「Netflix」とかの話が出てきた本を読んだことがあるだろうか?わたしはない。
『存在と時間』という本の魅力を説明するために、われわれのある意味「取るに足らない」とも思われるような日常に目を向け、例を拾い上げてくる著者の態度は、非常に誠実に感じた。
なおあるページの記述を読んだとき、文字の配置の妙も重なり、古書店で買った本のなかに前の持ち主の手紙が入っていたかのような、すごく不思議な感情になったことを付記しておく。これを読めただけでも紙で買って良かったなと思う。
【④議論が面白い】
本書は入門書・解説書であると同時に、既存の議論を批判し自らの立場を示す学術書でもある。
そうした議論の中で特に面白かったのは、①『存在と時間』を「実存主義の哲学」や「存在の哲学」とは違う仕方で読むという本書の方針を示したところ、②ハイデガーには「身体」が欠落しているという批判に対して(物理的)身体性が無いからこその長所もあると反論したところ、③ハイデガーの「死へと先駆しつつ決意すること」は単に独善的なものでもないし「強者」のみに妥当するものでも無いと述べたところ、などである。これらもまた「具体例」同様、著者の個性がはっきりと見られる箇所だろう。
以上のように、本書は様々な美点を持つ。値段は他のハイデガー入門書に比べると割高だが、内容は充実しており、買って損は無い一冊だと思う。とても面白かった。著者の次の本が早くも楽しみである。
2023年9月5日に日本でレビュー済み
ハイデガーの思考を内在的に緻密に追う。丁寧で分かりやすく、非常に面白い。良書です。
2023年7月17日に日本でレビュー済み
圧倒的な読書体験であった。本書はAI時代の人間の意味を考える際の有用な手引きとなるだろう。20世紀もっとも重要な哲学書ともいわれるハイデガー『存在と意味』に対する正確かつ具体的な事例コンテキストを提示してのテキストの読みを通して、現代の問題意識に届くアクチュアルな意味が浮上する。存在論の名を騙って実は人間とは何かを憎たらしいくらいの言語センスで今まで見聞きした中で最高の「本質観取」をデモンストレーションして見せるハイデガーの超絶演技。それをきちんと一般人にもわかるように淡々と(実は熱い思いを秘めて)丁寧に提示する高いユトリある文章の構築力(たぶん過去の解説書の中で最もわかりやすい)。おかげで、ハイデガーが後にアフォーダンス理論と呼ばれることになる現象学的世界内行為論を自家薬籠中のものとしていたことが明確にわかったし、いわゆるDas MAN世人と呼ばれる概念が否定的な意味をもつわけではなく世界内存在としての〈ひと〉という避けがたい人間のあり方のことを指しているということも理解できた。それを反転させて世の中で流通している決断主義礼賛に直結するわけではない(つまりハイデガーの反ユダヤ主義的行動と安易に結び付けた解釈にはならない)ということも理解した。そして最後に改めて「あとがき」を読むと本文と著者の人生とがメビウスの帯のように結びついていることがわかり、「はじめに」の最後の「後悔させない知的冒険をもたらすことができる」という著者の覚悟が並大抵のものではなかったことに思い至るのであったマル。今後、本書は数ある「存在と時間」解説書の中でもまず読まれるべき<ほん>となるであろう。しかし、この極限の思想シリーズで彼女をハイデガーにぶつけた編者の大澤 真幸と熊野 純彦の貢献も大きい。
2023年1月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
それなりにわかりやすく書かれているものの、
本書でも言及されている通り既に数多存在する『存在と時間』解説書に比べても
わかりやすいかと言うとそうでもない
若手の著者ということでか、文章に硬さが抜けきっていないし
同業者から批判を意識してか奥歯に物の挟まったような言い回しも散見される
特に視点に真新しさがあるというわけでもない
屋上屋を架すだけのように思える
ハイデガーは日本では人気なので解説書をいくら出してもそれなりに売れるのだろうけど
やはりもう少し新しい視点が欲しい
本書でも言及されている通り既に数多存在する『存在と時間』解説書に比べても
わかりやすいかと言うとそうでもない
若手の著者ということでか、文章に硬さが抜けきっていないし
同業者から批判を意識してか奥歯に物の挟まったような言い回しも散見される
特に視点に真新しさがあるというわけでもない
屋上屋を架すだけのように思える
ハイデガーは日本では人気なので解説書をいくら出してもそれなりに売れるのだろうけど
やはりもう少し新しい視点が欲しい