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感想・レビュー・書評
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貴金属を取り入れて貨幣が発展したヨーロッパとは違い、中国では銅、錫、鉛と言った卑金属が貨幣の材料として使われてきた。印刷技術も唐代にはできており重くて運びにくい貨幣に代わる紙幣はフビライ・ハンの時代に現代の姿に近づいたがインフレのため15世紀には姿を消し19世紀まで再び現れることはなかった。
ヨーロッパでは1664年にストックホルム銀行が、1694年にイングランド銀行が銀行券を発行した。しかしイングランド銀行の銀行券が法定通貨としての地位を確立するのは1844年の銀行法までかかる。世界で初めて本格的かつ近代的な不換紙幣を発行したのはアメリカだ。1729年当時23歳のベンジャミン・フランクリンは「紙幣の本質と必要性に関する愚考」を自費出版した。その後紆余曲折を経た紙幣は何度もインフレにさらされ1973年にブレトン・ウッズ耐性の崩壊により本格的に不換紙幣に切り替わった。
本書のテーマは特に高額紙幣を廃止することで決済の透明性を高めることができ、脱税や犯罪の防止に大いに役立つことと、中央銀行がマイナス金利政策を効果的に取るようにできることだ。
2015年の米ドル換算の現金保有高はスイス8759$、日本6456$、アメリカ4172$、ユーロ圏3391$などだ。もっとも国外保有高の多い米ドルにしても50%程度なので、平均値と中央値はかけ離れている。おそらく相当な額の現金が地下経済を流通していることになる。地下経済のGDP比はアメリカ7%、日本9%ヨーロッパ主要国で10〜20%という。ただしこの推計では非合法・市場外の経済は含めておらずあくまで所得税や消費税などの脱税の規模を計るのが目的だ。アメリカでは税収ギャップが4500億$あり、現金取引の個人事業主の過少申告がその半分を占める。
脱税以外にも汚職や犯罪の取引などには特に高額紙幣が欠かせない。匿名性、使い勝手の良さ、輸送や保管のしやすさなどがその理由だ。本書ではまず高額紙幣を廃止することを提案しているが、そうなった場合例えば金での取引あれば最後の現金化がネックになるし、少額紙幣だと持ち運びが大変になる。個人の現金決済は主に100$未満の少額決済で現金が好まれているのに、現金保有高は主に高額紙幣なのでスマホ決済などのインフラを準備すればおそらく高額紙幣を廃止しても日常生活の不便はない。実際に中国では既にスマホ決済が主になっている。元々100元札(14$)が上限で偽札も多くクレジットカードは使われてないところにスマホとwechatの普及で一気に広まった。カナダ、シンガポール、スウェーデンなどは実際に最高額紙幣は廃止された。例えば最終的に重くて大きい5$硬貨以下になれば高額の現金決済は大きく制限を受ける。また電子取引は全て追跡可能だ。
紙幣をなくすもう一つの狙いがマイナス金利政策だ。伝統的な金融政策はゼロ金利化では利下げが機能しない。期待インフレ率に働きかけるという触れ込みの量的緩和についても日銀とECBの実績を見る限り「無制限のマイナス金利が可能な場合に取りうる標準的な金利政策ほどの効果はなかった」。アメリカのQE1では1時間の間に国債利回りが0.4%下がった。しかし長期的な効果についてははっきりしない。日銀はGDP比70%を上回る水準まで国債を買いまくったが、今のところインフレ押し上げ効果は短期的にも、長期的にもぱっとしない。インフレ目標値を短期的に大幅に上回ってもやるんだという強い意志を示していればもう少し違っていたかもということだが。2015年の執筆中の段階では量的緩和がインフレ誘導にどの程度効果があったかどうかもよくわからない。
マイナス金利はインフレ誘導に対して効果がありそうだが、現金の保有に誘導してしまう。そのため特に高額紙幣の廃止が効果的と言うのが本書の主張だ。現金の物理的な保管や輸送のコストが高くなれば銀行に預けてマイナス金利を受け入れるという事が現実的な選択になるわけだ。理論的には日本は経済規模の大きな国で高額紙幣を廃止する最初の国になってもおかしくない。詳細をみるコメント0件をすべて表示