アルタイの片隅で

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  • Amazon.co.jp ・本 (242ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784924914698

感想・レビュー・書評

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  • 世界で一番海から遠い場所、新疆ウイグル自治区北部に位置したアルタイ地区。
    著者・李娟(リージュエン)さんのおかあさんは、この地区の遊牧地域で裁縫店兼雑貨店を開く。
    遊牧民たちは乾燥し痩せた地味から、羊の飼料や水を求めて、一年中、北と南を行き来し、漢民族の李娟さんたちの店も、彼らの移動にあわせて移動して行く。
    この『アルタイの片隅で』は、李娟さんたちのお店にやって来る遊牧民たちや、彼らとの生活を描いた散文集だ。

    “世界の片隅にある雑貨店”は、小さな、コンビニよりもまだ小さなお店なのだけれども、遊牧民たちにとっては憩いの場所であり、自分の体型にあった服を作ってもらえ、お酒をカウンターでちびちび飲み、ジョウロ(山奥の林のなかで!)さえ売っている、非日常感をちょっぴり味わえる摩訶不思議な場所だったに違いない。

    自然とともに移り行く遊牧民たちの日常を追っていると、幸せってどこから生まれてくるんだろうと改めて考えたくなる。
    幸せって、気温マイナス30度の極寒の冬でも、40度にもなる夏の砂漠でも、真っ暗闇の夜でも、砂嵐の大地のなかでも、どんなに過酷な状況のなかだとしたも、人と人が出会えば生まれてくるものなんじゃないか。

    幸せは、冬の雪の夜に10元で買った1匹の野うさぎ。
    幸せは、トラックに乗ってやってくる彼のために、川への水汲みに行くときさえ頑張ってスカートを履き続けた日々。
    幸せは、カンテラの下に集まって、歌い、酒を飲み、語らう長い夜。
    人生で初めて森に入ったおばあちゃんの言葉に幸せを感じ、編みの粗い不良品の布で仕立てた小さい半袖の上着を毎日得意げに、できた穴を数えながら着続けた女の子にも幸せを感じる。
    迷子の子羊を懐のなかに入れたウイグル人のおばあさんのニコニコした顔。
    子羊にお乳をあげるために、冬になると店でいちばん売れる哺乳瓶のゴムの乳首。
    学校にもいったことなくて、ちょっととろくて、一日中笑顔で、懸命に働くことだけしか知らなかった妹の恋。
    幸せの形は人それぞれで。
    そこにはいつもキラキラした笑顔があった。

    そんな日々のなかで李娟さんは思う。
    おかあさんとおばあちゃんの年齢で望む幸福のすべてや素晴らしい生活に対する理解と、私のそれらはきっと同じじゃないと。
    『私が思うのは、いつかここを離れるときがくるということ。でもおかあさんやおばあちゃんはきっとこう思っているでしょう。ここでずっと暮らしていくのも悪くないさ、って……。』
    なにが幸せかは人それぞれだ。
    人それぞれの幸せの形があること、それがいい。
    けっしてそれらを否定したり、ましてや幸せの名の下に皆が同じ生き方をすることを強制する権利は誰にもないはずだ。

    自然と調和し営まれてきた遊牧という彼らの生活も、中国政府が進める遊牧民の定住プロジェクトにより、ゆっくりと形を変えていく。
    今、消えゆく彼らの日々を知ることができたこと、その意味をわたしは考える。地球上から偉大な歴史がまた1つ途絶えるかもしれない、その意味を考える。

    ここには幸せな瞬間があった。そのことはこれからもひとりひとりの胸のなかで消えることはないでしょう。そして世界は、そのことを忘れてはいけないんだと思うのです。

    • shokojalanさん
      地球っこさん、
      ご丁寧にありがとうございます。
      私はむしろ、いつも地球っこさんのレビューの深さ(人間模様を見る視線の鋭さ・共感・温かさ)...
      地球っこさん、
      ご丁寧にありがとうございます。
      私はむしろ、いつも地球っこさんのレビューの深さ(人間模様を見る視線の鋭さ・共感・温かさ)に心動かされています。

      新しい分野に触れて、そのときはすぐには全てを理解しなくても、あとから繋がって理解が深まるのも楽しいですよね。

      本当におっしゃる通りで、だからといって遊牧民としての生活を続けることを当事者全員が望むとは限らないというのが難しいところだと私も思います。
      その土地に根づいて編み出された生活の知恵は、その場所において一番持続可能で理に適っている場合が多いのですが、政府の意向、またはある程度当事者の意向によって、変化していっている、というのが現実な気がします。『熱源』を読んだ時も、まさにこのテーマで「どうしたらいいんだろう」とぐるぐる考えた記憶があります。

      ここは不勉強な領域でふんわりした理解ですが、少数民族の保護政策も、国によって様々なようですね。(例えば、近代教育は全員に施し「国語」は学ばせたり、自由にさせるがほぼ隔離状態で没交渉だったり)
      2022/02/19
    • 地球っこさん
      shokojalanさん

      考え続けることが大事なんでしょうね。

      「熱源」も読んでみます!

      梨木香歩さんがエッセイ『ここに物語が』で、塩...
      shokojalanさん

      考え続けることが大事なんでしょうね。

      「熱源」も読んでみます!

      梨木香歩さんがエッセイ『ここに物語が』で、塩野米松著『失なわれた手仕事の思想』の一文をあげておられました。
      「私たちは手仕事の時代を終焉させてしまったのである。それなのに、今現在、手仕事の時代に代わって進もうとする方向性は指し示されてはいない」

      この一文に。なんか通ずるものを感じました。

      梨木さんはこの「失われてゆく」でも、「失われようとする」でもなく、『失なわれた』としたタイトルに、著者の思いが込められていると書いておられました。

      今ならまだ振り返ることができる。今書き留めて置かねば、という使命感が感じられる、と。
      それは、感傷的なものとか、警鐘的なものではなくて……。

      きっと李娟さんもそうだったのかもしれないなぁと思ってます。

      実は中央アジアらへんのことにちょっと興味を持ち始めたところなので、こういうこともこれから少しずつ勉強していきたいと思ってます。

      また、いろいろ教えてくださいね♪
      2022/02/19
    • shokojalanさん
      地球っこさん

      「ここに物語が」気になっていたんです。ご紹介いただいた一文、とても刺さりました。

      中央アジア、素敵ですね!レビュー楽しみに...
      地球っこさん

      「ここに物語が」気になっていたんです。ご紹介いただいた一文、とても刺さりました。

      中央アジア、素敵ですね!レビュー楽しみにしています。
      青色が大好きなのでウズベキスタンは憧れの土地です。旅行というものが遠ざかって久しいですが、いつか行けたらいいな…!

      お付き合いありがとうございました(^^)
      2022/02/19
  • 新彊北部、アルタイ地区で暮らしていた著者が、実家の裁縫店兼雑貨店を訪れる遊牧民のとの交流や生活を描いた散文集。

    著者の李娟は漢民族の生まれ。定住を基本とする彼らが、冬にはマイナス30度を下回るという厳しい自然環境の中、言葉もわからない状態で店を開き、客を求めて何度も移動するのだから、決して楽な生活ではなかっただろう。それでも、彼女が語る遊牧民の人たちとの交流エピソードは、くすっとしてしまうようなユーモアや温かみにあふれている。

    ツケで洋服を購入した男性の居所がわからず、たまたま立ち寄った遊牧民らしき男性に聞いてみたら、購入した覚えがないがノートの文字は自分の字だ、と費用を分割で支払っていったという『普通の人』のエピソードが大好きだ。いつ会えるかわからない遊牧民なのにツケが成り立ち、購入したかどうかもあいまいなのに支払ってくれる律儀さというかおおらかさに、自分とは全く違う価値観で動く世界があるんだな、と驚いてしまう。

    『お酒を飲む人』では、酒に飲まれるちょっと困った人たちが大勢登場する。酔っぱらうと電気代の集金に行き、取り立てが終わると今度は電気を1軒1軒止めて回る人、店が閉まっていても開けてくれるまで何時間も扉をたたき続ける人、氷点下の雪の中で眠ってしまい、危うく命を落としかけたのに懲りずに飲み続ける人。トンでも人間の面白さの中に、酒を飲んでやり過ごしたい生活の厳しさも感じられてちょっと切なくもなる。

    著者の李娟は、20歳の時に文章を書く練習としてこの散文を綴ったそうだ。ぎこちなさが残る部分もあるが、雄大な自然の描写はハッとするほど美しく、食事作りを中心とした生活行為の描写は臨場感にあふれていて心を打たれる。
    中国の政策によってなくなりつつあるという遊牧民の生活を垣間見ることができるという点でも貴重な本だ。

  • 遊牧民の生活に興味があって手に取った本。
    期待どおり遊牧民や大自然の様子を堪能したが、素朴で飾らない文体が良かった。伝えたい思いがありすぎて、もじもじしてる感じがして、何だか可愛らしい印象。(もじもじしてる文体って面白い)

    漢民族と遊牧民との組み合わせは、政策としてどうなのよと思うところは色々あるが、本書のように、違いがあるからこそ互いの良さを享受し、上下や優劣なく対等に存在できればいいのにと願う。

  • 中国の話とは思えないくらい、純朴な世界。これを中国で読んだらやられるよね。乾燥と、放棄と、希薄さと。中国は、大きい。

  • 著者20歳前後の身辺雑記。訳文であっても、まだ文章が小慣れていないのがわかる。ただ本書が貴重なのは、ゴビ砂漠あたりで遊牧民相手の雑貨商を営む漢族一家の少女の身辺雑記である点だ。国家の政策により定住化が強制されつつある遊牧民の、それ以前の暮らしぶりや、彼らを相手に商売を営む漢人の生態が等身大で描かれており、その地の人々の生活のあり様をリアルにイメージさせてくれる。老若男女様々な人々、そして子羊・犬・ニワトリ・金魚などの動物たちのことが、一つひとつ愛情を持って描かれている。

  • 新疆の遊牧地域で雑貨店や裁縫店を営む生活を綴ったエッセイ。読んでいるだけでこちらまでも寒くなってしまうほどの厳しい環境の中での生活。それでも日々のささやかな楽しみや人とのつながりが穏やかな時間を繋いでいく。どんな人にも平和に暮らしていく権利があり、それは誰にも侵されてはいけない。

  • 河崎みゆき(翻訳):國學院大學非常勤講師。

    ※國學院大學図書館
     所蔵なし

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著者プロフィール

【著者プロフィール】

李娟(リー・ジュエン)

作家。1979年、中国新疆生まれ。1999年ごろから、新疆北部のアルタイ遊牧地域で、母親が営む雑貨店を手伝いながら散文を書き始め、「南方週末(Southern Weekly)」紙などにコラムを持つようになる。2018年『遥遠的向日葵地』で中国文学最高栄誉である魯迅文学賞を受賞。他にも上海文学賞、人民文学賞、第二回朱自清散文賞など多くの文学賞を受賞している。代表作は『冬牧場』『羊道』三部作など。新疆在住。

「2021年 『冬牧場 カザフ族遊牧民と旅をして』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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