玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ(1400円+税 ナナロク社)

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  • Amazon.co.jp ・本 (136ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784904292778

作品紹介・あらすじ

男子高校生ふたりの七日間をふたりの歌人が短歌で描いた物語、二一七首のミステリー。最注目の新世代歌人、初の共著。

感想・レビュー・書評

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  • 木下龍也さん・岡野大嗣さんによる「男子高校生ふたりの七日間をふたりの歌人が短歌で描いた物語、ニ一七首のミステリー」とのこと。

    この歌集、ヤバい!
    最高にミステリアスで、木下さん岡野さんのプロット勝ち!
    何か起きているのかもしれないし、起きてないのかもしれない。
    (そもそも短歌とは自由なので、彼ら少年の内面を歌っただけかもしれないから)
    ちょっと中二病入ってるかな~なんて思いながらも、この設定を存分に楽しんだ。
    と言いつつ頭が混乱してもいる。
    読み解けなくて謎な部分も多いのだ。


    信長の歌から、彼らは18歳だと見てとれる。

    【木下さん側の少年】
    父親を亡くしている。
    殴ったり蹴ったりするような父親だったようだが、現在の母親に対しても何かありそう。
    こんな短歌がある。
    「うつむいて何も言わない母さんに殴られたくて遺影を殴る」
    繊細で、尖った感じの印象を受けるけれど、別の歌に「油まみれのぼくのたましい」という表現もあって、きっと自分でも嫌気がさしているんだろうと思われた。
    やり場のない気持ちを感じる。
    やり場のない、何か物足りない感じについては、この言葉からも伺えた。
    「THEのような何かがぼくの日々に足りない」

    また、何か錠剤を噛んだりシリカゲルを口に含んだような表現もあって危うい。
    『カラマーゾフの兄弟』を読んでいる。(確か、父親殺しの疑いをかけられた子の話だった?)

    「きみ」とは、想いを寄せている女の子の事だろうか。
    ただ、「きみがまだ生きていたなら」と歌われてるのに、すぐ後にも「きみ」が登場したりと、生死の概念が不明。
    それとも、"きみ"って、特定の個人ではないのだろうか?

    「ひとつかみ百円でいいだれかだれか心の穴に手を入れてくれ」
    この歌は、彼の精一杯のヘルプだろうか。

    印象的だった歌は、
    「目をそらし話をそらしファミレスのこのひとときを弱火で生きる」

    【岡野さん側の少年】
    一人っ子。
    自室は四畳なのだろう。
    二段ベッドの下では母親が寝ている。
    何度か"僕ら"と出てくるし、お互いの歌に返歌もあるので、木下さん側の少年とは友人と思われる。

    「置いてかれたんじゃなく好きで残って」や、
    「帰りたくなかっただけだった」や、
    "夜毎何か話があるような顔で母はおやすみと言う"等、こちらも親子間で確執がありそう。
    「シャチハタの回転棚に探すとき許せなくなる自分の名字」
    「帰る場所は買える 父さんは買いました プライスレスな何かのために」
    「マッチ棒を並べて作った〈父〉の字は焦げ終わっても〈父〉をしていた」
     
    そして彼もまた、
    「わずかだけ期待がよぎる金魚鉢のぞくとき共食いのシーンの」など、
    生と死の意味や、言い表せぬ思いを抱えている。
    「持ち主のよくわからない絶望はさわらずに海へお叫びください」

    木下さん側の少年の「THE」の歌と響き合うように、"ダイソーにも肉眼で確認できる程の「ザ」が付いていて傷付く"という内容の歌がある。

    少年二人は、境遇も少し似ているのではないか。
    何か同じ思いも共有しているように思えた。

    印象的だった歌は、
    「瓶ラムネ割って密かに手に入れた夏のすべてをつかさどる玉」


    日付順に並んでおらず、妙な位置に挿入される7月7日。
    文字が斜体となって乱れる歌があり、帯で"ミステリー"の文字を読んでいた私は一気に不穏なムードに支配された。
    特に木下さん側の少年の短歌、
    「ね え見て よ この 赤 今後 見せ られる ことな いっすよこの量の 赤」
    え?何これ。
    赤って血?
    何かやらかした?
    岡野さん側の少年も
    「Googleに聞いてもヒット0だったからまだ神にしかバレてない」
    と歌う。
    けれど、そんな彼らの短歌には、お寿司を食べているらしき歌もある。
    何も起きていない………の?



    放課後や弁当などの青春時代には欠かせないワードや、スプライトや夏などのキラキラ感の合間に、不穏な気配が見え隠れする。
    死と生と性への憧れと動揺。
    目次を見ると7 /1からの7日間を歌った歌集のようだけれど、何故か7/7が、7/4と7/5の間に位置している。

    青春の1ページに関しては、男性が読むと一層共感できるんだろうか。
    若くて青くて、持て余してるものが何かも分からないまま突っ走ったあの頃…が、溢れていた。
    でもそれらが、歳を重ねた私には眩しい。
    そして危なっかしい。
    未熟と成熟の同居。
    熱いと思うと急に冷めたり、本気かと思うとシラケていたり。

    舞城王太郎さんによる「特別付録冊子」の1つ目は「掌握1」。
    歌集の男子生徒と同級であると思われる女子たちの他愛もない日常。
    猫を探して川縁へ。
    他愛がないのだけれど、かけがえのない日常。
    「大した内容じゃなくていい。どうせ電車が走り続ければいいだけの、そのときだけのものだ。」
    「だから適当に持ち合わせてたチラシを空に撒くみたいにして続ける会話のほうが安心だ。」

    「特別付録冊子」の「掌握2」も女子たち。
    "私"が「掌握1」の"私"なのかも、ここに居る女子たちが「掌握1」に混じっていたのかも定かではない。
    ただ、ひょんなことから"死"や"お化け"の話になる。
    それでも彼女たちは何事も無かったかのように青木慎一郎の家をあとにするのだけれど。
    木下さんと岡野さんが詠んでいる二人の男子高校生のうち、1人は青木慎一郎なんだろうか??
    けれど、木下さん側の"きみ"とは、烏丸ちゃんなのではないか?
    彼女は、彼氏でも友達でもないなんて言っているが、それこそ女の子特有の小悪魔的な感覚というか。


    何の解説もないまま、不穏なムードを漂わせたまま、しかしそれら全てが空想(何も起きていない)ではないかとも思わせたまま、歌集は終わる。
    個人的には、何も起きていないで欲しい。
    この危うくも眩しく揺らいでいるのが青春だと。

    ラストページ、救われるような一首が。
    (二文字下げているので、詠んだのは岡野さんかしら?)

    「倒れないようにケーキを持ち運ぶとき人間はわずかに天使」

    これってバースデーケーキ?19歳を迎えたってことかな?
    そうだったらいいなぁ。
    色んな事で悩みながら、傷付きながら、いつしか大人になってゆくものだから。

  • 高校生ふたりの七日間を短歌で描いたという設定、思春期特有の男子の心情をふたりで詠むという独特な世界観が描かれた、『最注目の新世代歌人』、初の共著。
    短歌の頭の位置で高い方が木下さん、二文字下げて始まる方が岡野さん作。交互に詠むページもあれば、同じ歌人の連作が並ぶページだったりする。最初は区別がつかないけれども、後半になるとどちらの歌人の歌かなんとなくわかるような気がする。斜め文字にしたり横書きにしたりと実験的な試みもある。新鮮で全く今まで読んだことのない到底真似ができない歌が並び、付箋だらけとなった。同じぺージでどちらも惹かれる組み合わせを抜粋。YouTubeナナロク社動画部ではお二人の朗読が聴ける。

    ベランダで翼を癒す七月の風を六畳間に入れてやる
      やすっぽいチーズケーキを食べながら途中から観る深夜のシネマ

    トローチに刻まれている文字列を舌先で読みながらおやすみ
      折り入って何か話があるような顔で夜ごとの母のおやすみ

      目ん球を画鋲にされた候補者が画鋲で見据える日本の未来
    愛(業務用)をください。愛(家庭用)は誰かにあげてください。

    先日、木下龍也さんと岡野大嗣さんのトークイベントに参加した。書肆侃侃房さんのたじまさんが司会で、出版業界の歌集にまつわる裏話が聴けた。ギリギリの到着だったためか一番前で聴講できるという贅沢。
    少し前まで歌集は贈呈文化で人にあげるものとされ売るものではなかったとはビックリ。歌集ブームと言われて10年、歌集を買う人は10割詠む人だったのが、歌を詠まない人も歌集を手にするようになった、歌集売り場の面積はかなり大きくなったとのこと。歌集を出すことについての大変さ、どうにか選択肢を広げたいという想いが皆さんからひしひしと伝わりあたたかい会だった。
    岡野さんは「短歌そのものが居場所」、木下さんは「短歌は大好きだが作るのは苦しい」という。木下さんの「短歌を作り始めた頃は言葉の方がやってきてくれたが、今は言葉を自分から迎えに行かないといけない」と語った。言葉に秘めた可能性、「短歌を続けることが大事」とお二人とも強調。終始お二人の仲良しぶり、時々じゃれ合い、お互いを尊敬しあっている素敵な関係だなと思った。
    最後はサイン会となり、岡野さんは色がかわる色鉛筆で可愛いサイン、オンラインで短歌教室開催予定という話が聴けた。木下さんにはブグログで評価高くてファンクラブみたいになってますよという話を伝えたら、「読書メーター?」と言われちょっと残念。以前購入したサイン本の犬のイラストの話をしたら、「描きましょう、それしか描けないんです」って満面の笑みが眩しすぎた!!!先月は多忙で心身ともに憔悴していたがこのイベントに参加して本当に元気を頂いた。短歌つくりこれからも励もうと思った。

    • 111108さん
      ベルガモットさん、お返事ありがとうございます♪
      fukayanegiさん、5552さんもこんばんは!

      ベルガモットさん、本のレビューだけで...
      ベルガモットさん、お返事ありがとうございます♪
      fukayanegiさん、5552さんもこんばんは!

      ベルガモットさん、本のレビューだけでなくイベント報告これからも大歓迎です!ドキッとするこの本読みたいです。
      fukayanegiさん、『オールアラウンドユー』図書館へのリクエスト通ったんですね!おめでとうございますパチパチ!レビューお待ちしてます♪
      5552さん、この本がなんとお手元にあるとは!積読段ボールは宝箱ですね♪ぜひ探し当ててくださいね。
      2022/12/04
    • 傍らに珈琲を。さん
      ベルガモットさん、こんばんは!
      皆さんもこんばんは。

      コメント出遅れましたっ。
      先日オールアラウンドユーを手にしてから、繊細なのにユーモア...
      ベルガモットさん、こんばんは!
      皆さんもこんばんは。

      コメント出遅れましたっ。
      先日オールアラウンドユーを手にしてから、繊細なのにユーモアもある木下さんの短歌にうっとりしています。
      トークイベント参加されたんですね、いいなぁ。
      お会いして、直接お話も聞けて、サインも頂けて、全てがベルガモットさんの宝物になって、全てが励みになりますね。
      こういう機会って、心の泉が満たされますよね~。
      ここ数年は行動しづらかったので、好きな美術館巡り・お寺巡りが出来ずに、私は泉が干からびてます笑

      話がそれました。
      高校生二人の七日間を描いてるんですね。
      タイトルも瑞々しいですし、とっても気になります。
      機会があったら読んでみたいと思います♪
      2022/12/04
    • ☆ベルガモット☆さん
      皆さん、こんばんは!コメント嬉しくて読み返しております。

      fukayanegiさん、『オールアラウンドユー』図書館へのリクエスト通って...
      皆さん、こんばんは!コメント嬉しくて読み返しております。

      fukayanegiさん、『オールアラウンドユー』図書館へのリクエスト通ってお手元に届いたタイミングとは素晴らしい!!!レビュー楽しみにしていまーす。これでお住まいの方が手にする機会を設けてくださり短歌界の後押しになりますな♪

      111108さん、本のレビューとともにこれからもイベント報告しちゃいますね!
      岡野さんは赤のカーディガンに赤の靴下で木下さんは緑のセーターで「クリスマス仕様です」と木下さんがニコニコしながら話していたんですよ~
      可愛い息子たちを見ている気分でした☆

      傍らに珈琲を。さん、短歌にうっとり、トークにうっとり至福のひとときでした☆私の名前を記したサインの字が美しくて、何度も眺めております♡「心の泉」素敵な表現ですね!美術館やお寺巡りこれからできると良いですね!(私はこっそりしております)
      2022/12/05
  • 男子高校生の視点から書かれた歌集だからか、性や死に関する青臭いとも言える真っ直ぐにぶっ刺してくる歌が多い。

    ぶっ刺さった歌が多過ぎて全部はとても書けないけど、一首だけ。

    知ってる場所で解体工事が始まってて建ってたものを思い出せない

    巻末の舞城王太郎氏による女子高生達を主役にした短編もエモくて良かった。


    それにしても7/7の歌は文字が微かに斜めになっていて
    右へ、左へと
    不安定に揺れる感じ
    7/4の後に中途半端に挟まれてるし
    あれ、なんなんでしょうね


  • <内容>
    最注目の現代歌人、木下龍也と岡野大嗣による初の共著。男子高校生ふたりの7日間を、217首の短歌によって描き出す。挿込特典として、舞城王太郎によるスピンオフ小説2篇も。

    <感想>
    まず、本の構成がとにかく新鮮で面白かった。
    「ぼく」(木下による作)と「僕」(岡野による作)という2人の男子高校生の目線で詠まれた短歌が、1日を1章として各章に30首ほど配置されている。ただ交互に並んでいるわけではなく、どちらか1人の短歌だけで構成された章(7月3日/7月4日)があれば、「ぼく」と「僕」の短歌が絡み合うように交互に並ぶページもある。「ぼく」と「僕」の短歌は頭の位置が違う(「僕」のほうが2字下げて配置されている)ため、1人称が入っていなくてもどちらの短歌かがわかる。

    このような仕掛けによって、視点の異なる1首1首を繋ぐ文脈が生み出され、7月1日から7月7日までの1週間のストーリーが見事に紡ぎ上げられていた。ただの歌集ではなく物語なのだ。本の帯にはミステリーと書かれているので、ミステリーとしての文脈を追ってみると、変則的に突然挿入されている「7月7日」の章が際立って意味を持ってくる。

    【ねえ見てよこの赤今後見せられることないっすよこの量の赤】

    【Googleに聞いてもヒット0だったからまだ神にしかバレてない】

    心の調子を表すかのように、書体のバランスも崩れてしまっている。この日、決定的な何かがあったのだろう。遡って1週間の短歌からは、少年たちの心のゆらぎが読み取れる。

    【きみがまだ生きていたならきみが蹴る空き缶だろう 昨日もあった】

    【消しゴムにきみの名を書く(ミニチュアの墓石のようだ)ぼくの名も書く】

    【この世から発つ時間だけ教えられ日々がこわくてたまらなくなる 】

    「ぼく」はきっと大切な誰かを亡くし、また誰かを失いそうになっているのだろう。そんな喪失感と死へ憧憬を持て余し、7月7日の【この量の赤】に至る。

    【帰る場所は買える 父さんは買いました プライスレスな何かのために】

    【僕たちはカラーボックス・ベイビーズ四畳一間を自慰で満たして】

    【シャチハタの回転棚に探すとき許せなくなる自分の名字】

    一方「僕」のほうは家族との関係において、反発や歯車の狂いを感じているのかもしれない。そんなモヤモヤから起こした行動が露呈することを怯えながら、いっそのことバレて楽になりたいとも願い、この日ついに「やりました!」とブログを更新する。

    なにぶん31音の短歌であり、解説もあとがきも何もない。物語は結局のところ読者次第なのだと思うし、上記も僕が勝手に読み出したひとつの解釈でしかない。丁寧にストーリーが描かれる小説とはまた違い、余白の多い短歌による物語を追うことは思った以上に楽しい体験だった。


    もちろんストーリーを読み解かずとも、2人の何気ない一瞬を切り取った短歌には輝きがあり、歌集としても秀逸だ。

    【まだ味があるのにガムを吐かされてくちびるを奪われた風の日】

    【カラフルな花火がぼくの空洞を打つからきみに入りたくなる】

    【この夏を正しい水で満たされるプールの底を雨は打てない 】

    ただ爽やかで、キラキラと眩しくて、ほんのり甘酸っぱいだけが青春ではない。満たされない欲望、ひりつくような焦燥、未成熟であるが故の不安定さ。ドロリとした衝動を持て余し、何かから逃れるために社会や自分に反発してしまう。埋火のようなくすぶりがあれば、勝手に大きく燃えてしまう思いもある。揺れ動く心の火力を表すような短歌が並び、この不安定さもまた青春の一側面なのだと気づかされた。そして鬱屈とした雰囲気を孕む短歌のなかでこそ、等身大の退屈な日常もいじらしく輝く。

    【夏服に透けるホックを念力で外す訓練中の童貞】

    【頼りない夏のからだのお守りにずっとなめてるうめぼしのたね】

    【ボストンバッグでボストンバッグを殴るそれが僕らのおはようの所作】

    梅雨が明けるか明けないか、夏が来るまでの1週間。
    鬱屈とした思いも、いつかきっと晴れる日がくるだろう。

    【しあわせになりたくないと書きましょう願ったことは叶わないから】

    7月7日の屈折した願いのように、2人のこの先に希望があればよいなと思う。

  •  そもそも本の感想を誰かと共有するということは自分にとってはすごく難しいことで、十人十色の気に入ったフレーズなり心に残った部分なりがあるだろうし、鈍感な私は多分他人より時間をかけなければ筆者の仕掛けに気が付かないからほんとうに申し訳ないと思う。

     この本は独特の装丁で話題になっていて、バズっていた当初は正直あまり気にしていなかったけれど、ふと本を読みたくなった時に意識に上ってきたのだった。厨二病だから「生」とか抽象的なタイトルとかが好きなんだよ。

     要するにいつものジャケ買いと大差ない感じで購入したのであった。だから、タイトルを正確に思いだすために「光のように生まれたはずだ」とググるまで本書が歌集であることすら知らなかった。そこで帯も見て、「ゆらぐ青春。」とアオられていたんでもう買うしかないかな、と思った。男子高校生の青春に思いを馳せるのはライフワークである。

     大学の講義で短歌をかじっておいてよかったなぁと思う。そうでなければ歌集か~、と一歩引いてもしかしたら一生読むことはなかったかもしれない。
     読後感はやっぱり短歌ってちゃんと考えなきゃインパクトが強いキャッチコピー以上の感想を抱けないなあというもの。キャッチコピー大好きですよ。でも、とにかく早く読み切ってしまいたいという気持ちで急いてしまって、まずは読み切ってしまうので、またこのあと一首ずつ味わわなきゃなぁ、という思いである。

     安直だけれど男子高校生には性と汗と衝動と一掴みくらいの怠惰を求めている。それを踏まえて、一周目のお気に入りの首を紹介する。

    「ボス戦の直前にあるセーブ部屋みたいなファミマだけど寄ってく?」
     帯にある首でもあるんですけど(笑)。ゲームでボス戦の前にセーブ部屋ですることって言ったら体力を全回復して装備整えてセーブ。この首は7/2(金)のもの。暑さに茹だって水分や冷感を求めているのだろうか。しかしこの首が金曜日に詠まれたっていうのが印象的だ。高校生にとって金曜日とは、親がいない平日で、しかも次の日は休みだから宿題だって後回しにしてもいい。そしたらもう、やることは決まっていて。
     ボス戦という言葉から感じる非日常感や一種の覚悟とか。要するに、コンドームを買ってほしい。ファミマで。「寄ってく?」って、相手が隣にいる前提の言い方だと思うのだけれど、相手を試すような、気持ちを確かめるような、その「寄ってく?」という言葉遣いが印象的だった。

     それともう二首。
    「さてここで何を叫べばマンションのすべての窓がひらくでしょうか」
    「スケートのリンクでカップヌードルを食べたいあわよくばこぼしたい」
     人間が社会的動物である以上齧り付いてでもとどまらなければならないモラルの橋、みたいなものが意識の根底に存在すると思う。でもそれからふらりと外れてみたいと考えることが多いっていう人は少なくないと信じている。
     例えば、電車が迫る線路を見て、今そこに飛び込んだらどういう風にすりつぶされるんだろう、とか、談笑しながら白菜をざく切りにしている時に、今隣で笑うきみのお腹にゆっくり包丁を突き刺したらどうなるんだろう、とか。
     何年か前にお酒を飲んでも怒られない歳にを迎えてしまった今では、駅の人や他の人たちにかける迷惑の事とか、法律とか、遺される家族への申し訳の無さとか、そういうことも一緒に意識できるようになってしまったけれど、高校生で被扶養者でぬくぬく自己中心的だった頃は、かなり強い確信めいたものをもって、よくそういうことを考えていた。

     その、何ももたらさない自己中心的で爆発的な破壊衝動に似たなにか、悪質な好奇心。そういったわけのわからない(わからなかった)感情を詠んでくれたような気がした。共感を抱いたのだと思う。

     これ以上は長くなりすぎるので、気に入った首を記すに留めることとする。


    「おまえとはできないことをしたくなるおまえの部屋でだらけていると」
    「モラルから夜から簡易ベッドから落ちかけながら交わっている」

  • 木下龍也と岡野大嗣による合作。それでいて舞城王太郎の掌編も入ってる豪華な作品だ。まずは木下龍也の短歌から。
    死ねとつぶやいた翌日エアリプのように置かれる隣町の死
    岡野大嗣
    倒れないようにケーキを持ち運ぶとき人間はわずかに天使

    エロもあり笑いもあり憎しみもあり遠いような近いような危うい死もあるそんな思春期の男子高校生を綴った作品集だった。舞城王太郎が読みたい方だけでも面白いかもしれない。

  • 男子高校生の気持ちが現された短歌。とても新鮮だった。どうやら二人の男子高校生の一週間を唄ったミステリー仕立てらしいけど(二段下がってるかで詠み人見分けるそうだ。最後の著者紹介の段と同じなのだろう)、不穏な短歌があるなー、くらいでミステリーはわからなかったなぁ。
    中学生以上にオススメ。短歌意外と面白いって思いそう。
    『人肉と人工肉の違いってたった三画だけなんですね』『下敷きを敷かずにできた筆跡の溝に時間の妖精がいた』『消しゴムにきみの名を書く(ミニチュアの墓石のようだ)ぼくの名も書く』『夏服に透けるホックを念力で外す訓練中の童貞』『ボス戦の直前にあるセーブ部屋みたいなファミマだけど寄ってく?』『瓶ラムネ割って密かに手に入れた夏のすべてをつかさどる玉』『平日のイオンモールをきみといく嫌いな奴の名を言い合って』『ひとつかみ百円でいいだれか心の穴に手を入れてくれ』『神は僕たちが生まれて死ぬまでをニコニコ動画みたいに観てる』

  • 「青のすみか」にハマっていて、最近無限ループしている。青春、というのは自分が青に喩えられるようなみずみずしさを失ってから知るものなんだという気が最近している。7月、夏のはじめ、目まぐるしく変わる天気と、気温と情景の合間で、二人の男子高校生の7日間がゆるゆらと見えている。大人になる直前期の、万能感と閉塞感の狭間で、「青春」がワンカットされ、ラベリングされていく。持て余した性欲に支配されて獣になったり、ワカモノらしくバカになってみたり、ふと肉体の生命力を振り切るように死に手を伸ばしてみたり。くだらなくても、きっと二人、必死に生きていた7日間だったんだろうと思う。タイトルの一句のように、それが全てだった青春の日々も、やがて美化された解釈が付けられていって、思い出になるのかもしれない。わたしの短歌入門本でした。とても面白く、引き戻されそうになりながら夢中で読み切りました。

  • 詩集はほとんど読まないのだけれど、タイトルに惹かれて読んでみた。
    文章そのものが美しく感じるものよりも、情景が浮かんでくるものや、自己矛盾を含んだひねりのあるほうが好き。
    「泣いていると誰か止めにくるから、死にたければ笑っていろ」みたいなやつがあって、強烈に印象に残っている。

  • 歌詞を書く身としてはキャッチーでポップで、なおかつ深遠な言葉が無いかといろいろ自分の引き出しを引っ張り出しますが、これを読むと、やはり短いセンテンスで想像を掻き立てる短歌や自由律俳句とか楽しそうであこがれる。でも自分だとやっぱり歌詞として成立させたいと思うからなかなか手が出ないです。いい本です。

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著者プロフィール

1988年、山口県生まれ。歌人。2013年に第一歌集『つむじ風、ここにあります』、16年に第二歌集『きみを嫌いな奴はクズだよ』(ともに書肆侃侃房)を刊行。18年に岡野大嗣との共著歌集『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』、19年に谷川俊太郎と岡野大嗣との詩と短歌の連詩による共著『今日は誰にも愛されたかった』、20年に短歌入門書『天才による凡人のための短歌教室』、21年に歌集『あなたのための短歌集』(すべて、小社)を刊行した。同じ池に二度落ちたことがある。

「2022年 『オールアラウンドユー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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