- Amazon.co.jp ・本 (572ページ)
- / ISBN・EAN: 9784894345041
感想・レビュー・書評
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ー Kaはしばらくの間イペッキのそばに座って、彼女の手を握っていた。彼女に彼の部屋に来るように言った。彼女にそれ以上近づけないことが苦痛になり始めたので、一人で自分の部屋に上がった。そこには覚えのある木のにおいがあった。外套をドアの後ろの鉤に丁寧に掛けた。 ベッドの端にある小さいスタンドを点けた。疲労が地下から来る唸り声のように身体と目蓋のみならず部屋もホテルをも包んだ。そのために思い浮かんだ新しい詩をすばやくノートに書き取っている時、今その端に座っているベッドや、ホテルの建物や、雪の降ったカルスの町が全世界につながっているのを感じた。
その詩に『革命の晩』という題をつけた。子供の頃の軍のクーデタの夜、家族は皆起きていて、パジャマ姿でラジオから来る行進曲を聴く所から始まっていた。しかしまたその後で、皆そろって食べた祝祭日の食事の場面に戻った。そのために、後になってその詩が彼が体験した革命ではなくて、記憶から思い出されたものと考えて、六角の雪の図の、「記憶」の軸の上にそのようにおかれたのだ。その主題の一つは、世界で惨事が続いている時、詩人が頭の一部をそれらに対して閉ざすことができるということについてであった。それができる詩人は、現在を想像の世界に生きることができるのであった。詩人が成し遂げることが困難なのはこのことであった!Kaは詩を書き終えてから、煙草に火をつけて、窓から外を眺めた。 ー
宗教と政治の事件に巻き込まれた恋愛小説。
Kaは恋愛のことで頭がいっぱいなのに、それに集中しようとすればするほど、宗教と政治の暴力の深みに嵌ってしまうなんとも面白い作品。
でも、これをどう捉えたらいいのかよく分からない。背景知識が薄いので、そのまま言葉通りに捉えていいのか分からない部分がある。
中村文則の『逃亡者』からの高橋和巳の『邪宗門』からのオルハン・パムクの『雪』と宗教、政治、戦争、テロ繋がりで文学鑑賞。
せっかくパムクを読んだので次は『わたしの名は紅』を読むか。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
トルコでは雪は神が降らせるという
イスラム原理主義と政教分離主義の
衝突を描いた政治小説
雪の結晶が主人公の行動を支配し
作者が物語を辿る構図が面白い
雪が降らなければ、争いもなかったのな…
「人は幸せな時には、幸せであることがわからない」その言葉が無念だ -
トルコの街での出来事。現代トルコの世俗主義とイスラムと軍国主義が混沌とした世相を背景としているため、「私の名前は赤」ほどのカタルシスはなく、重々しい展開。しかしやはり筆力は高く、一流の作品。新訳があるそうだが、そちらはもう少し読みやすいのだろうか。
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オルハンパムク 「雪」 西欧化を推進する世俗主義(政教分離主義)と イスラム原理主義の対立を軸とした トルコ社会を描いている
テーマは 「苦悩と貧困の中にある イスラム世界の人々をどこまで 理解できるか」
著者は 「神との一体感」に イスラム理解の目付けをしている
*苦しみや貧困から逃れたいのではなく なぜ自分が この世にいるのか、あの世でどうなるのか に関心を持っているから
*神はいる〜天国はある→神がいないのなら、天国もないことになる〜一生を貧困と苦悩で過ごした人々は 天国にさえ行けない
人間に 貧困や苦悩をもたらす神と 「雪」の美しさをもたらす神をシンメトリーとして 説明した箇所は わからなかった。一人の神の対称的役割とするより、別々の神とする方が 自然な気がした
西欧の個人主義「人生は 幸せになるために生きること〜幸せとは 貧しさ、惨めさを全て忘れられる個人の世界を見つけること」との違いは感じた
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独特の文体で読みづらい気もする。
新訳は読みやすいが、作風が崩れているという感想もあったため、本書を読んでよかったと思っている。
トルコの地方都市はなんとなく暗い印象がある。(十年前に旅行したときの印象だが)その暗さが文章からよく伝わってくる。
スカーフをかぶる・かぶらないことについては、本人が恥ずかしさを感じるならば、かぶるべきで、指図されることはセクハラに等しいということをあるイスラム学者が言っている。
スカーフ問題は、西洋世界対中東世界だけの問題ではないのだと思った。 -
トルコ西部の町カルスを舞台とする小説。政治的イスラムと宗教的イスラムの違い、考え方の理解に役立つ。情景描写が素晴らしく、町の風景が目に浮かぶよう。話は一貫として暗め。宗教、軍によるクーデター、恋愛、裏切り、ヨーロッパへの憧憬等。近代トルコの実情を知ることができる。
ただ邦訳なのでしようがないが読みにくい。さくさく読み進めることができず時間がかかった。 -
90年代、トルコの地方都市カルスを舞台にした小説。
主人公の詩人Kaの心理描写が素晴らしい。
人間の弱さ、人との関わりを欲する本能、葛藤など人臭さがよく伝わる。
民族間の軋轢など、トルコ特有な背景があり、理解しにくい部分もある。
宗教、政治、貧困、人がなぜ それを信じるのか、何のために大きなものに立ち向かうのか、何が暴力を生むのか。とても丁寧に描かれている。
残念なのは、翻訳。直訳に近い、意味をとりにくい部分が多々あり、原作の魅力を削いでいると思う。誤字脱字も目立つ。
トルコ語で原作を読めたらいいのだが。 -
訳文が非常に読みづらいが、これがひょっとしたら独特のトルコ的リズムなのだろうか(トルコ語が解らないので、調子の本当のところはわからないが・・・)
難解な文章だが、読み続けると独特の倒置法が心地よいリズムになる。新約版もちらっと読んでみたが、こちらのほうが実はずっと印象に残るような気がする(頑張って読み続けることができれば、だが)
パムク氏が来日された際、大同工業大学で大江健三郎氏と対談されたことが懐かしい。確かに大江氏も、この翻訳文章の独特のリズムについて言及されていたことを思い出す。
全編にわたる物悲しいリズム。後戻りできない展開。まさに傑作。 -
どうもパムクの邦訳には当たりはずれがあるらしい。前回読んだ「無垢の博物館」は情熱的で一時も手放せずに読み切ったのに、今回はとにかく「読みづらい」という気持ちが先行してしまった。文語体と口語体がごちゃ混ぜだし、男と女が会話を交わす場面で訳語が両方「私」だったりして、誰の言葉か判別しにくい。一方、神と世俗の間に悩むトルコの皮肉な政治的葛藤と、Kaという人物と深い雪の情景は、なんとなくパムクのイメージに重なるものがあった。
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2013/4/15購入