プラヴィエクとそのほかの時代 (東欧の想像力)

  • 松籟社
4.10
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感想 : 15
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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784879843838

作品紹介・あらすじ

ノーベル賞作家(2018年)トカルチュクの名を一躍、国際的なものにした代表作。
ポーランドの架空の村「プラヴィエク」を舞台に、この国の経験した激動の二十世紀を神話的に描き出す。

感想・レビュー・書評

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  • 『昼の家、夜の家』が人気のノーベル文学賞作家(2018年)オルガ・トカルチュク(1962~ポーランド)。この作品はそんな彼女の初期作品だ。まるで散文詩のように美しく、神話のような世界にひきこまれていく。

    「プラヴィエクの時」「ゲノヴェファの時」「ミシャの天使の時」……といった具合に、84の断章はひとつひとつが短くて読みやすい。ときにはキノコ(菌糸体)の気持ちだったり、天使の驚きや水霊カワガラスの独白もあれば、果樹園が沈思黙考するからおもしろい。どれもが静寂で、その愛おしい語りはとても印象的だ。汎神論やアニミズム、あらゆるものが生を得て、魂や思考が宿り、古代ケルトのような雰囲気がそこらじゅうに漂っている。もちろん神とは必ずしもキリストではないし、ときには目の前の「物」と一緒になって存在論を思考したり、夢のようなうつつのような「荘子」を体験することもできるのだ。
    こんなレビューだと、どんな破局した物語なのか? と不安にさせて心苦しいけれど、どうぞご安心を。巧いストーリーテラーによってはじまるので。

    ***
    1914年夏、田舎町プラヴィエクで製粉業を営むミハウ。彼は戦地へ赴いてしまい、妻と幼い子どもたちが残された。小さな集落のいくつかの家族のファミリーサガのようでありながら、ナチスドイツの侵攻やロシア軍の占領といった歴史も描かれていく。それらがいかにもさりげないのは驚きで、人類史にとどまらない宇宙的広がりをみせるところはとても印象的だ。

    解説によれば「プラヴィエク」とは、「太古」を意味するよう。ここでは架空の町として存在しているのだが、おそらくポーランドの縮図となっていて、宇宙の中心をイメージさせる。でも世界をみわたせば、そのような中心はどこにでもあって、どこにもない。神がどこにでもいて、どこにもいないように。このプラヴィエクという架空の町を中心にした物語は、宇宙や神の視点から見た人間、植物、菌糸体、動物、霊魂、あらゆる神秘的世界を射程に入れた、壮大な神話のような様相になっている。たとえばこんな感じ……。

    ***
    カワガラスと呼ばれた農夫がいた。ある日、泥酔して池で溺れると、自分でも気づかないうちに死んでしまった。彼の魂は水魂となってあたりを漂い、ときには霧に姿を変えてあらわれる。人間にすこしでも近づきたい孤独なカワガラス、でも人々はなぜ自分のことを厭わしく思うのかわからない。

    「酔った肉体に囚われた素面(しらふ)の魂、免罪されていない魂ははるかかなたの神に通じる地図もなく、水草のあいだで石のようにどんどん硬くなる身体の傍らに、犬のようにとどまるしかなかった」

    まるでアイルランドのダンセイニ作品のようでびっくりする。自分の水死体に何世紀も閉じ込められた魂の、苦渋と滑稽に満ちた独白を描いたケルト的作品を思い起こさせる。トカルチュクの文章は易しくて美しい。その内容は多様で理解に苦しむところもあるけれど、しだいに彼女のリズムに慣れてくると、散文詩のような詩情とリアリズムにおもしろさが詰まっていることに気づく。

    おなじ中欧作家で『悪童日記』を描いたアゴタ・クリストフのような、ある種のぼかしのテクニックや、抒情を排したクールな筆致も感じられるから不思議だ。
    ほかにも古代ギリシャ、古代ケルト、キリスト、J.L・ボルヘス、イタロ・カルヴィーノ、大江健三郎、インド哲学、仏教、宮沢賢治……と連想はつきない。読む人によって無限に扉は開かれていき、それらが繋がって壮大な神秘的空間が広がっていくような気がする。一度ならず、時間をおいてゆっくり読んでみたい滋味深い作品だと思う。

    そうしてつらつら想うのは、もうこのレベルに達した作家たちというのは、ボルヘスにしても、大江健三郎にしても、イヴォ・アンドリッチにしても、目に見えるもの見えないもの、聞こえるもの聞こえないもの、すべてのものが相互に繋がっていて、一つの全体を形成している世界観に身を置きながら遊んでいるよう。神話的世界の豊かさは、深層に眠る心と魂を目覚めさせ、見えないものや聞こえないものを明確にして具体化するのだろう。それらにさまざまな音や色や言葉が加わりながら、創造(想像)や憑依(共感)する力を与えていくのかもしれない(2022.10.6)。

    • アテナイエさん
      地球っこさん、こんばんは!

      レビューをお読みいただき、またコメントもいただいて嬉しいです。ありがとうございます(^^♪

      オルガ・...
      地球っこさん、こんばんは!

      レビューをお読みいただき、またコメントもいただいて嬉しいです。ありがとうございます(^^♪

      オルガ・トカルチュクの『昼の家 夜の家』は人気ですよね。地球っこさんも読まれているのですね。中休みされるのはわかる気がします。わたしも休み休みです。というのも、文章は易しいのですが、全体が散文詩のようで、いろいろなメタファーが入り込んでいて、ゆるい時系列をとっているのですが、いくつかの断章をパズルのようにつなげていく必要があるので、なかなか一筋縄ではいかない感じです。
      ですが、わたしの印象では、彼女の作品は神話や深層世界のような静かな空間に運んでくれるので落ち着きます。ゆっくり楽しんでくださいね~。

      ちなみに、この『プラヴィエクとそのほかの時代』のほうが、断章の切断具合が低く、わりと時系列で繋がっているので読みやすいかもしれません。
      また地球っこさんが気にかけられている『優しい語り手』のほうは、とても端的で読みやすいのでお薦めです。中欧文学とはなに? という彼女の説明がとても興味深いです。
      2022/10/07
    • アテナイエさん
      追記です。大事なことを書き落としてしまいました。

      「そろそろ私もトカルチュクの本に呼ばれてる気がしてきました。」

      いいですね、地...
      追記です。大事なことを書き落としてしまいました。

      「そろそろ私もトカルチュクの本に呼ばれてる気がしてきました。」

      いいですね、地球っこさんの詩的な表現ににんまりしてしまいました。

      ときどき本屋に行っても、ちっとも本が声をかけてくれないときは、かなりしょんぼりしてしまいます(笑)。
      2022/10/07
    • 地球っこさん
      アテナイエさん

      文章は易しくても一筋縄でいかない小説があることを知りました。
      はい、ゆっくり楽しみたいと思います♪

      海外文学って宗教や政...
      アテナイエさん

      文章は易しくても一筋縄でいかない小説があることを知りました。
      はい、ゆっくり楽しみたいと思います♪

      海外文学って宗教や政や歴史や、いろんなことを知っておくともっと楽しめますね。
      また逆に、文学を読むことで世界を知りたくなります。
      少しずついろんな世界文学を読んでいきたいと思います(’-’*)♪

      かなりしょんぼりしてるアテナイエさん、なんだか可愛いです~
      2022/10/07
  • 再読
    約3年前に読んだときに、とにかく衝撃を受けた記憶がある。戦慄くほどに。「優しい語り手」のレビューを拝読したのをきっかけに再読にいたった。

    何がそんなに怖かったのか思い返してみたのだが、、、イワン・ムクタがイズィドルに教えた不安ということになるのだろうか。
    再読しても理解できているとは言えないが、今回は「優しい語り手」を読んで感じた著者の深い愛情や信頼を感じながら読むことができたと思う。

    ポーランドの南西部、国境地帯にあるとされる架空の村プラヴィエク。そこに暮らす人々の日常。閉じられた空間から、普遍的な神話的な広がりを感じる静かな迫力がある物語。

  • トカルチュクの代表作『昼の家、夜の家』を初めて読んだ衝撃が忘れられず、いっきに翻訳されている本を読み進め、結局彼女の比較的初期の本作が最後となった。時系列に進んでいることもあり、物語の世界に比較的すんなりと入っていけた。『昼の家』と似た世界観ではあるが、なるほど『昼の家』ほどの゙むせかえるような土臭さ、豊潤さ、豊饒さは感じられなかったが、ポーランドが辿った過去100年間弱を、この国の縮図として描かれているプラヴィエクを、時に神や魂の世界に立ち寄りながら、より素直にシンプルに詩的に物語っている。

    という感想でおしまいの筈が、最後に訳者あとがきを読み、自分の読みの浅さに唖然とし、すぐに最初から読み直した。
    初読では注意を払わなかった「プラヴィエクは宇宙の中心である」という書き出しの意味。作品中にはいろんな『神』が出てくる。一神教の神、八百万の神、そして宇宙の秩序としての神も。まさしく、天から啓示を得た作者が描いた『創世神話』の宣言のよう。
    それと対象的なのは戦争がもたらす残酷なシーン。淡々と語っているので、初読では残虐さを認識することなく読み過ごしてしまったが、ふと思い出したのがアゴタ・クリストフの゙『悪童日記』三部作。当時ハンガリー人の作者が移民先の言語であるフランス語で書いたとして話題になり読んだ。その感動が忘れられず何年か経過したころ映画化され視聴、映像を見て初めて外残虐行為のシーンが多いのに愕然としたのを思い出した。中欧・東欧文学にあまり馴染みがなく比較する対象も乏しいが、トカルチュクを読み始めた当初からなんとなく似ていると感じた共通点は、作品から醸し出る土の匂いは勿論のこと、物語の事象を詳しく描写するのでなく、淡々と歯切れの良いテンポで進んでいくスタイルであり、それ故悲惨な場面を読み過ごせた点だったのかもしれない。

    また、訳者あとがきでもうひとつ気になったのは、「共生の思想」をキノコで象徴し、子や種でなく菌糸によって歴史をつないでいくという視点である。これはあとがきを読んで初めて知ることができた見方だ。勿論この100年に満たないプラヴィエクで起こったとされる物語は、家族が子や孫をなし続いていくのだが、子孫や財を増やした者が必ずしも心穏やかに命を全うするとは限らない。そこに作者の、生きる意味の目線が感じられるし、共感できる点でもある。

    読み直せば読み直しただけ新たな発見や感じ方がありそう。初期の作品とはいえノーベル文学賞を受賞する作家の描く世界はかくも深いのか。『ヤクプの書物』の翻訳が待ち遠しいが、敢えて先に本書を紹介くださったこと、大変有難く思う。

  • 中欧のプラヴィエクという村が舞台。
    戦争が起こり侵略され、体制が変わり持ち物を没収される。
    村の人たちは激動の歴史の中、地道に生き抜き、しっかりとその跡を残していく。
    人間も変化するし、神も聖人ではない。
    そうやって世界は続いていく。

  • ポーランドは大国に侵略された歴史と切り離せないが、現代の同国の隣国の戦争がリンクし、彼らの戦争の体験にリアリティを生む。女性作家として、というと紋切り型だが、作家の視点はしかし、激動の戦争や政治ではない。その中で女性や弱きものたちが体験する多くの悲しく辛い出来事を、淡々と描きつつも優しく寄り添う。イメージや表現の深さ、豊かさがすばらしい。

  • ★4.0
    架空の村プラヴィエクを舞台に描かれるのは、そこで暮らす人々の日常と歴史。84もの断章で綴られるため、誰もが主人公となり、時には神の視点でも描かれる。そして、全ての章タイトルには“時”が用いられ、時間の流れをまざまざと感じる。実際に、作中では約70年の月日が流れ、かつて若かった者も老いて死に、家族が集った家からも徐々に人が減っていく。が、悲しくもあるその事象を肯定し、自然界の摂理を改めて説いてくれる。それにしても、国としては大事なスターリンの死が、流れていく景色のように描かれているのが妙にリアル。

  • 最初は馴染みのない人名や地名で何度も前に戻って確認しなければならず、なかなか物語の世界に入っていけなかったけど、
    そういったものに少しずつ馴れていくと、逆に物語の中に吸い込まれて夢中で読んでしまった。

    静かに淡々と語られる物語は、叙事詩のようであり神話のようであり、その中に浸っているのが心地よかった。

    ポーランドという激動の歴史(解説で言うところの「大文字の歴史」か)に振り回された国で、大文字の歴史の下で人々がどのように生きてきたのかも興味深かった。
    ポーランドの歴史をある程度学んでから読むと、また違った見方ができるんだろうな。
    乏しいヨーロッパ史の知識しか持ち合わせない身としては、戦争中に闖入してくるドイツ兵とロシア兵の関わりぐらいしか歴史的な面白さを見つけることはできなかったのが、ちょっと残念。

    作者がノーベル文学賞を受賞したことも知らずただ気まぐれで手に取っただけの本だったけど、いや、掘り出し物でした。

  • 記録

  • ①文体★★★★☆
    ②読後余韻★★★★☆

  • 絶対に一読じゃ全てを理解できないし、ポーランドについてほとんど知らないけどなんでだか好きなんですよねえ。

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著者プロフィール

現代ポーランドを代表する作家のひとり。国内で最も多くの読者に支持されるとともに、国外にも広く翻訳紹介されている。
1962年、ポーランド共和国西部スレフフ生まれ。1993年の『本の人々の旅』で本格的に文壇デビューを果たす。本作『プラヴィエクとそのほかの時代』(1996)で、ポーランドの架空の村を舞台に、この国の経験した激動の二十世紀を神話的に描きだし、国外にもひろくその名を知られるようになった。その後も『昼の家、夜の家』(1998、邦訳:白水社)、『最後の物語』(2004)などコンスタントに話題作を発表、『逃亡派』(2007、邦訳:白水社)ではポーランドの権威ある文学賞ニケ賞を受賞。扱うテーマはメソポタミア神話から政治、フェミニズムまで多彩である。
2018年のノーベル文学賞を受賞。

「2019年 『プラヴィエクとそのほかの時代』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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