脱出記: シベリアからインドまで歩いた男たち (ヴィレッジブックス N ラ 1-1)

  • フリュー
4.22
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  • Amazon.co.jp ・本 (449ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784863329249

作品紹介・あらすじ

こんな極寒の地でこのまま朽ち果てたくない-第二次世界大戦のさなか、ポーランド陸軍騎兵隊中尉だったラウイッツは無実にも関わらずソ連当局にスパイ容疑で逮捕された。苛烈な尋問と拷問の末、下された判決は25年間の強制労働。そしてシベリアの強制収容所へと送られた。意を決した彼は6人の仲間と収容所からの脱走を計画し、見事成功する。なんとかシベリアの原野を抜け、徒歩で一路南へと移動を始めた彼らだったが、その前途には想像を絶する試練が待ち受けていた!極限状況を生き抜いた男たちの、壮絶なるノンフィクション。

感想・レビュー・書評

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  • 枕元にはいつも人形が四体座り込んでいる。
    リラックマとがまくん&かえるくん、そして、イエティ。
    ずいぶん前からいるのでさして気にも留めていなかったのに、昨晩、床に入って本書後半部に取り掛かるまえに俄かにイエティが気にかかった。白い体毛に覆われ、三頭身ほどにデフォルメされた青顔の巨人。どこを見ているとも掴みがたい彼の目をしばし憑かれたように注視したのち、栞を開いた。読み進めると自ずと分かるが、ラウイッツの「逃走」の途上にはイエティ二人組が登場する。未確認生物として人心を惹きつけてやまない巨人が、とくに何もしてこないことでむしろ奇妙にリアリティを帯びて、物語に屹立している。ふと枕元の人形を見やると、それが口元に浮かべている謎めいた表情に神秘を感じ、しばし私の鼓動が速まった。

    このように本書『脱出記』はイエティの描写を含んだことでトンデモなフィクションと見做される向きもあるようだが、伝説を調査しにきた英国記者ダウニングによってラウイッツの壮絶な体験の全体像が引き出され、広く世に伝えられたことを考えれば、そう論難するには当たらない気がする。

    脱獄から幾多の困難を経て、インドに辿り着くまでのどのシーンについてもラウイッツの記憶が鮮明かつ詳細なのには舌を巻いた。脱走経路、交わした会話、食べたもの、手にしたもの、寄った宿や出会った人の様子、天候、病変、身振り、ジョーク。
    「逃走」の記録というには描写があまりにも豊饒だ。どことなく懐かしさを覚えながらしばらく読み進めたのち、そうかゴールデンカムイ、と閃いた。闇鍋を謳ったあの大長編マンガに匹敵する満足感が終始みなぎっていた。どの場面も脱獄者たちの存亡にとって切実なものだから、発せられるジョークもそこここにある発見も、単体で独立してはいない。人格や感覚が危険なほど研ぎ澄まされていた彼らの五感には、周囲の膨大な情報量がそのまま雪崩れ込み、貪欲に消化され、記憶されたのだろう。人類学のフィールドノートとして捉えても傑出している。

    ページを読み進めながら、無意識のうちに教訓を引き出そうとしている自分に気づく。が、読後のいま本書の記述を振り返っても、そう容易く単純化して明晰な言語に落とし込むことを容認してもらえないように思われる。シベリアからインドへ。その道行きに呆気に取られ、唖然とすることだけが、唯一開けた道なのかも。
    それでも、諸言語や身体言語、幾世代も受け継がれてきた知恵や技法を知っておくと、のちのち身を助けるとは言えそうである。「無駄なことでも触れよう」と一段下げて扱うのではなく、敬意を込めて謙虚に。

    本書は、偶然ブクログで見かけてからずっと読みたかったが果たせずにいた。
    「脱出記」よりも副題の「シベリアからインドまで歩いた男たち」に目を奪われ、トンデモなコメディ要素を嗅ぎ取って楽しみにしていた。「いやー、ビッグな男になりたくてシベリアからちょっくらインドまで歩くことにしたんだ!」みたいな、トーマス・トウェイツっぽい砕けた筆致なのかと考えていたから、筆者ラウイッツの祖国ポーランドの経た受難を厳粛に語る「はじめに」を読みはじめて数分、大いに裏切られて仰天した。感情のギャップはすぐには埋まらなかったが、目次に続くページ見開きに大写しされたユーラシア大陸地図と、脱獄者の辿った道筋のスケールとにたいする驚嘆を原動力に読了できた。

    本書の残した巨大な感慨は、黙して語らぬイエティのごとく、私の胸中に永く屹立することだろう。

  • いやあ、凄いものを読んでしまった。
    電車で読み始めて、喫茶店、居酒屋とハシゴして今、家で読み終わった。
    6500キロを徒歩で歩く、しかも飲まず食わずに極寒のシベリア、灼熱の砂漠を超えて、世界の尾根のヒマラヤを徒手空拳で超えていく
    まったくすごいやつらだ
    当初の逃避行から、南へ、自由へという目的への為にただ歩き続けるその旅路にひたすら畏敬の念を感じる。
    人は簡単に死んでしまうが、また力強いものだと改めて感じてしまいました。
    やっぱり、本当の体験には敵わない
    クリスチーナが亡くなるところでは涙が溢れました。

  • 著者の実体験に基づく、という触れ込みだが、BBCによる検証の通り、ほぼフィクションなのだろうと思う。ただ、前半三分の一を占める、ソ連による捕縛・尋問・収容所に関する話は脱出の部分とは異なり、細部に渡る描写が実体験らしさを出している。映画化されたものはこの部分がバッサリなくなっているので、物足りない。とはいえ、フィクションであろうがなかろうが、ロードノベルとしては読む価値があった。

  • 凄まじい話だった。
    文字通り手に汗を握って読む展開ながら、泣きどころも笑いどころもある。
    結局一番泣けたのは全てが無事に終わったラストのカルカッタの病院で、毎晩スラヴォが正気を失ってパンと寝具を抱えて逃げ出そうとするところ。これだけの体験のリハビリをするにはほぼ一生かかっただろうことは想像に難くない。
    「終わりに」の「何よりも大事なことは、自由は酸素と同じように大切だと、心底から感じることであり、自由はいったん失われたら、それを取り戻すのが困難だという事実を、本書を読んで思い出していただけたならこれに勝る喜びはない」という一文が、心に痛く染み込む。

  • すごい話だった。
    クマが森林で木を傾け、弦楽器のように音楽を奏でるところを目撃した箇所が印象にのこった。

  • もう尋常ではない厳しい旅だったのかとは思うんだけど、ちょっとやりすぎ感というか、マジで?ってなってくる面もある。でも深く考えずに楽しむ手もある。
    まずシベリアからゴビ砂漠、そしてヒマラヤ越え。もう何がなんだか分からないよ。ヒマラヤとか、フル装備でも凍傷で腕を失ったとか、そんな話を読んだこともあるけど、ほぼ道具無し、食料もほとんどなく、ページ数もほとんど割かれず、そしてイエティにまで遭遇して、グイグイ突き進む。
    とまぁ何だか疑ってる感が出てしまった。
    でも蛇を狩ったり、何しろ羊やらなんやら飯を食うことは何より大事っちゅうことは分かった。その生活感あふれる勢い故に、やっぱマジなんかなーって感じやね。
    と、この飽食の時代に生きる日本人が言ってみる。

  • 書かれていることが、どこまでが真実でどこまでがフィクションなのか分からない。あまりに信じ難いような苦難を乗り越えているからで有る。でもそんなことは大した問題では無い。

  • 「面白い」と言ってしまっていいのだろうか。
    書評を書くにあたり、そう自問せざるを得なかった。

    第二次世界大戦中、ソ連からスパイ疑惑をかけられて当局に拘束され、尋問と拷問の末に有罪が確定、シベリアの強制労働書送りにされた著者。400ページ超の本書のうち、最初の100ページちょっとはこの拘束から尋問、モスクワから極東ヤクーツクまでの移送の様子に費やされる。強制収容所に辿り着くまでのここまでですら、あまりにも苛烈な環境とソ連兵の仕打ちに怖気が止まらない。

    この本のメインテーマである「脱出」は、まだ始まってもいない。実際に脱出するまでにはさらに80ページ以上の積み重ねがあり、余談のない準備があり、周到な計画がある。収容所のソ連人も一様ではなく、ごく一部ながら著者に味方してくれる人もいて、地獄に仏とはまさにこのこと、と読みながら感動させられる。

    そしていよいよ脱出。著者は収容所内で綿密に計画を立てて準備を進め、同志を募って脱出する。ここからがこの本の真骨頂。サブタイトル通り、著者と仲間たちは「シベリアからインドまで」、文字通りに歩いて逃げ続けるのである。冬のシベリアの過酷さは言わずもがな、食事や水にも常に事欠き、衣類や靴も自作しながら進み続け、極めつけはゴビ砂漠の縦断である。
    北欧や東欧の出身の著者と同志たちにとって、ただでさえ砂漠の暑さは体験したことのない地獄。しかも、著者たちは水もほとんど携行せず、砂漠用の装備や衣類もないままで突入するのである。著者も書いていた気がするが、「砂漠のことを知っていたら絶対にやらない」ようなことを敢行しており、生還できたからこそ良かったものの、一歩間違えれば即全滅という、まさに間一髪のところでたまたま、命を拾うことができたというだけなのだ、ということが分かる。

    著者と同志たちには、途中で同じようにソ連から逃げてきたある人物が加わる。その人物を含めて一行は7人になるのだが、その全員が無事にインドまで辿り着けたわけではない。また、インドまで逃げることができたメンバーがその後、数十年にわたって友情を育み続けた、というわけでもない。
    このあたりがまさに「現実世界ならでは」であり、作り話ではない真実なのだな、というリアリティを実感させられる。

    冒頭に書いた通り、「面白い」という表現は適切ではないかもしれないが、読んでよかったと思える本のうちの一冊。そして、ロシア(ソビエト)のやっていることは第二次世界大戦のころから2023年の今に至るまで、本質的にはほぼ変わっていないんだな、ということも分かり、こういう性質の国がキャスティングボードの一角を担っている以上、国連が機能不全になるのも不思議ではない、と暗澹たる気持ちにもさせられる。

  • ソ連に捕まったポーランド人の脱出記。すさまじい体験だ。 著者は2004年に亡くなったそうだ。ベルリンの壁が崩れて、共産圏が崩壊するのを見ることができてよかったなぁと思う。 後書きを読んで感心。この体験を語る講演会の収益はポーランドの孤児のために使っているそうだ。立派な人だなぁ。

  • ドイツ人とロシア人、捕まるとしたら、どちらがよかったか?

    キャンプ設営の仕事に関して、たまに激しい言い合いが起きると、たいてい巨漢のコレメノスが始末をつけた。コレメノスは、決して誰とも争わず、すっと歩き去っていって、なんなりと必要なことをすませてきた。コレメノスは、常に自分の割り当て以上の仕事をこなしていた。疲れ知らずで、寛大で、どこからどこまで見事な紳士だった。

    解説(椎名誠より)
    漂流記と脱出記はおもしろい。どちらも事実であるし(たまにフィクションもあるがロビンソンクルーソーと十五少年漂流記以外はたいてい面白くない)生還している人が書いているケースが多いので、途中でハラハラしても最後は「よかったよかった」のカタルシスがある。
    たとえば江戸時代の頃に日本人が外国に漂流して生還すると、鎖国の時代に外国を見てしまったということで過酷な取り調べがあったり幽閉されたりと、命を得ても結果的に不幸な顛末になる、ということが多かったからである。
    その点、脱出記ものはそれが欠ける、ということはすなわち自由が約束されている、ということである。すさまじい脱出記を体験していても、その立場上、誰にも語れない、ということもたくさんあるような気がする。つまり、そういう体験記を書いてしまうと命が危ない、というようなケースである。

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