アルジェリア、シャラ通りの小さな書店

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  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784861827846

作品紹介・あらすじ

1936年、アルジェ。21歳の若さで書店《真の富》を開業し、自らの名を冠した出版社を起こしてアルベール・カミュを世に送り出した男、エドモン・シャルロ。第二次大戦とアルジェリア独立戦争のうねりに翻弄された、実在の出版人の実り豊かな人生と苦難の経営を叙情豊かに描き出す、傑作長編小説。
ゴンクール賞、ルノドー賞候補、〈高校生(リセエンヌ)のルノドー賞〉受賞!


 一九三六年十一月十九日
 開店以来、大勢のお客さんが《真の富》に押しかけ、本を買ったり借りたりする。客たちはけっして急いでおらず、あらゆることについておしゃべりしたがる。作家たち、表紙の色、文字のサイズ……。客はとりわけ教師や学生や芸術家だが、小説を買うために金を貯めている労働者もいる。大冒険が始まった。

 一九三九年一月三十一日
『結婚』という美しい表題のついたカミュの原稿を読む。ここには人がアルジェリアで体験することのすべてがある。すごく感動し、興奮した。彼とその話をするとしたら、僕とアルベールのあいだにある奇妙な遠慮のせいで、この感激を抑えなくてはならないだろう。五月にこれを、大部数で出すつもりだ。初版千二百二十五部。
(本書「エドモン・シャルロの手帳」より)

感想・レビュー・書評

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  • 「読書する一人の人間には二人分の価値がある」

    「木を植えた男」の著者ジャン・ジオノの作品に「真の富」というエッセイがある。
    書店の名前にしたいという手紙をジオノ宛にしたためると
    「もちろんその名前をお使い下さって結構です。それは私の所有物ではありません」という温かい返事があった。
    1936年5月、こうしてアルジェリア・シャラ通りに[真の富書店]は生まれた。
    冒頭の言葉は、その扉に書かれた言葉。
    本書は、本への情熱だけで出版社兼書店を始め、文学と地中海を愛する仲間たちのための場を築いたエドモン・シャルロの話。
    30年以上にわたり多くの優れた文学書を世におくり出した、実在の人物だ。

    殆ど知られることもなかった彼の業績を掘り起こしたのは著者・カウテル・アディミ。
    仮構の手帳を創造して半生を生き生きと描き上げている。並行して流れるもうひとつの現在形の物語は、リヤドという若者と元「真の富」の書店員だったアブダラー老人の交流。
    更にフランスによる植民地時代、第二次大戦、独立戦争という激動の歴史の流れも語られ、重層的に話が展開される。
    この構成が抜群に巧く、頁をめくる手も止まらない。

    カスバの丘から地中海を見下ろす装画が美しい。
    昔見た「アルジェの戦い」という映画を思い出した。もうひとつ「望郷」という映画も。
    奇しくもシャルロが「真の富」を開店した年と同じ1936年に撮られたのが「望郷」。
    プロローグの「アルジェ・2017年」で、映画そのままの入り組んだ路地と街の混沌が描写される。見知った土地のような高揚感に包まれる出だしだ。
    連想するものの更にもうひとつは「異邦人」を書いたカミュの存在。
    2つの映画と一冊の本が、時を経てここでひとつに重なる。
    ああ、このような状況下を生きた人たちだったのか。
    シャルロが嘆いた「本を出す紙もなく閉じる紐もない」のはこんな時代だったのか。
    言論弾圧とテロと虐殺の日々。語りたい・表現したいとどれほど渇望しただろう。

    「真の富」はシャルロから弟へ、弟の妻へ、アブダラーへと受け継がれる。
    2017年は本に興味のないリヤドが、アブダラーを通してシャルロの夢と志に触れる。
    文字を学ぶことがなかったが、本の中にいるのが好きだというアブダラーの言葉に「図書館逍遙」の中の「移民の町の図書館」を思い出す。
    本の中に、知恵や宝物、神秘と冒険が詰まっていることを知っているのだ。
    たとえ読めなくとも、シャルロと「真の富」に集う仲間たちがそれを教えてくれた。
    今よりもはるかに生きにくかった時代。
    しかし今よりもはるかに「豊か」だった時代でもある。

    「人は本当はその場所に住むのではなく、場所が人に住むのだ」
    アブダラーの言葉が心の中で鳴り響く。そんな場所を私は持っているだろうか。
    「真の富」はその名前だけ残して、今は揚げ物屋さんとして形をとどめているという。

    頻繁に登場するカミュは良き友人として「真の富」を手伝っている。
    サン=テグジュペリの最後の飛行前の素顔も描かれ、ジッドと食事する場面もあったりと、小さな挿話も随所にあるのが楽しい。巻末には登場する作家たちの紹介付き。
    読後しばらくは、アルジェリアの地図から目が離せなかった。
    文学臭を抑えた、からりと乾いた文体が心地よい。お薦めです。

  • アルジェリアのアルジェにかつてあった書店「真の富」を巡る物語は、フランスの植民地の時代から第2次世界大戦、アルジェリア独立戦争を経て、現在までの歴史の中での変遷を語っている。
    店主エドモンド・シャルロが書店兼出版社兼貸本屋を運営する日々を手記の形で描く。
    戦争中の用紙・インク不足、言語統制、投獄!資金不足、様々な困難にぶつかりながらも、良い本を世の中に出すことへの熱意は衰えなかった。その想いに共感するカミュやサン=テグジュペリを始め多くの作家たちとの交流、本を愛する人たちの熱い想いに胸打たれる。
    カミュと言えば今話題の『ペスト』もアルジェリアが舞台だったっけ。
    シャルロの手記が書店を巡る過去を伝えながら、平行して書店を解体整理をすることになった今も描かれる。それを担うのは、本に全く感心を持たない若者リヤド。
    書店最盛期の情熱と全てが終わった後の静けさとの対比が切ない。本を熱望する人々と本に価値を持たない人との対比も。
    そしてもう一人重要な人物、元書店員の老人アブダラーは、雨降るなかでも歩道に立ち続けて書店を見つめている。今にいながら過去を見つめている。アブダラーは書店の過去と今を繋ぐ不思議な存在だ。
    リヤドがアブダラーや町の人々から受け止めたものは、書店の歴史であり、そこに関わってきた人々の想いであり、書店がここにあった意味だったのだろう。

  • フランス領下のアルジェリア生まれのエドモン・シャルロ は21歳でアルジェで書店を開き出版にも乗り出す。アルベール・カミュ、サン=テグジュペリ、アンドレ・ジッド、フィリップ・スーポー、ジャン・ジオノ等の文学者と交友関係が綴られ興味深く、第二次大戦後の独立運動に対する植民地政府による大虐殺等の歴史的背景も記され学ばされる史実の多い本でした。

  • 文学を愛する人々の交流の場『真の富』書店 | フランス文学の愉しみ | Bunkamura
    https://www.bunkamura.co.jp/bungaku/essays/tanoshimi/book11.html

    作品社|アルジェリア、シャラ通りの小さな書店
    http://www.sakuhinsha.com/oversea/27846.html

  • 本(読書)にまったく興味のない大学生のリヤドは、大学の実習の単位のためにアルジェにやって来た。元書店、その後図書館になったが今は使われておらず、カフェにするために本を片付け書棚を取り払うように言われる。仕事を始めるリヤドに、書店の元顧客が本を捨てるなんて、と驚く。
    2017年のリヤドと、1930年代にこの書店を開業したエドモンド・シャロルの日記が交互に展開されていく。シャロルは実在の人物で、書店と小さな出版社を営んでおり、カミュやジャン・ジオノなどの作家の作品を出版し交流もあったという。世界大戦やアルジェリアの独立などで翻弄されるシャロルと、ただ本屋の整理のためにやって来たリヤドの変化を描いていく。

    初めは、たんたんとした流れに感じたが、徐々に20世紀のシャロルに引き込まれていく。それにつれてリヤドの変化にも興味が注がれていく。面白い設定で、中盤からは先が気になって仕方がなかった。

  • 第二次世界大戦を挟んで相次ぐ資産難、物資難に見舞われながらも本、出版に対する熱い想いを失わず、絶えず世に良き文学を送り出そうとしたエドモン・シャルロとアルジェリアの小さな書店の仮構の手記に補われた現実に基づく物語。

    どちらかというとぶきらぼうな文体で、淡々と流れるように語られる物語だが、その中に息づく本、文学、出版に対する熱量がすさまじすぎて心が粟立つ。

    過ぎ去った時間と創出された足跡、重みに反比例するようにあっさりと失われる歴史とわずかに芽生える愛着。
    解の提示のない自らで咀嚼する系の物語。

  • アルジェリアというと、20年前のフランス留学中に、アルジェリアのどこかの村で斧や鉈で殺された住民達の遺体が見つかったというニュースをかなり頻繁に聞いたことを思い出す。それまでほとんど耳にすることのなかった中東やアフリカの時事問題をよく目や耳にして、日本との違いを感じたものだ。フランスにいた時は、日本はとっても遠い世界の果てのように感じ、中東やアフリカが身近だった。地理的にも近いし、歴史的な関わりも濃いのだから当然だ。でも、アルジェリアというと、混乱した治安のものすごく悪い危険な国というイメージがついてしまった。
    そのアルジェリアで、書店兼出版社を作った人の波乱万丈の半生を描いた作品。私が怖いなと思っている国でも人々は日々生きて生活している。
    正直もう少し書き込んで(踏み込んで)欲しいなと思ったけれど、雰囲気のある一作だった。

  • 買って、帰りの電車でページをめくりだしたらもう一気読み。
    アルジェで、21歳で書店を開き出版社を起こした主人公エドモン・シャルロもいいが、アブダラーもムーサもリャドもいいなあ。

    いい小説を読んだ。

  • 【最終レビュー】

    図書館貸出。

    図書館休館前、是枝監督の著書と同時に貸出した著書の一冊。

    たまたま、以下の配信内容をチェックして、自然と興味が沸いたのがキッカケ。

    https://www.sankei.com/smp/life/news/200112/lif2001120013-s1.html

    実在した、現地の書店を舞台に、出版人を中心にした

    小さな出来事のひとこまの数々を綴ったエピソード。

    昨年、ヴェネツィアの出版人を既読して以来かと思う。

    *既読レビュー(19.2.9)

    https://booklog.jp/users/sapphire913/archives/1/4861827000

    今、SAVE the CINEMA!の活動詳細に賛同している立場柄か

    正直、痛感の一言しか浮かんでこない。

    これだけかけ離れてしまった

    この著書を通しての

    世界とは真逆の流れ

    文化、芸術に対しての゛格差゛を…

    深みある情緒が込められた『光景』から伺いしれる

    『審美眼ある雰囲気に包まれた「世界観の数々」』

    しんみりした感覚に陥っていくかのようであった。

    主人公と真逆の人物との対比や

    戦前~戦時中~戦後の

    アルジェリアとフランスにおける『実際の歴史的な関係性』

    時代を交錯しつつ、一人一人、それぞれの思惑が交わりながら

    書店、出版社、書籍に携わる

    あらゆる立場柄の人間模様の数々、上手く組み込まれている印象です。

    こういった空気感が、少なくなってきたからこそ、逆に

    今の時期、こうして、海外の翻訳本で良かったなと思っています。

    映画の影響って、やはり自分にとっては大きい…

    久しぶりのレビュー、いささか緊張もしながら(笑)

    淡々と、気負うことなく、一冊、一冊…既読後、時間が作れた時、レビューはまとめていくだけ…

    改めて、切実に訴えたい

    《WeNeedCulture!~文化=生身の人間を育むための“糧”となることを~》

  • フランスの単館系映画を観たような、心地よい味わいと読後感。

    あんまりフランス文学には詳しくないけど、ある程度知識のある人にはたまらないんだろうな。
    フランス文学について何冊か読んでから、もう一度手に取ってみたい本だった。

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著者プロフィール

(Kaouther Adimi)1986年、アルジェ生まれ。2011年に発表したデビュー作L’ENVERS DES AUTRES で、18歳から30歳の作家を対象にしたPrix litteraire de la vocation を受賞。長編第三作の本書NOS RICHESSES で2017年のゴンクール賞、ルノドー賞の候補となり、〈高校生(リセエンヌ)のルノドー賞〉を受賞した。

「2019年 『アルジェリア、シャラ通りの小さな書店』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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