兵士のアイドル 幻の慰問雑誌に見るもうひとつの戦争

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  • 旬報社
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784845114665

感想・レビュー・書評

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  • 柔らかい印象を与えるタイトルだが、内容は相当の気骨を感じさせる。
    慰問雑誌「戰線文庫」「陣中倶楽部」などの誌上で、女優や芸妓、歌手ら(=アイドル)が果たした役割を検証する1冊である。

    慰問雑誌とは、戦地にいる兵士に支給された娯楽雑誌である。
    雑誌は、一般に、書籍よりも、流行廃りに敏感で、より世情を映す。グラビア等には、当時どのような人が人気を集め、人々が楽しんでいた娯楽はどういった種類のものなのかが如実に表れる。だが、ある意味、読み捨てである雑誌には、書籍に比べ、残りにくいという欠点がある。慰問雑誌は、その性質上、敗戦後は「残すべきでない」との判断もあったのだろう。国会図書館にも所蔵されていなかった。
    近年になって、雑誌「戰線文庫」のかなりの巻が、編集者の息子から公的機関に寄贈された。本書の成立は、この再発掘された「戰線文庫」から得られる知見によるところが大きい。

    兵士向けである慰問雑誌は、苛酷な戦場で戦う兵士を励まし、癒そうという目的を持つ。
    堅い論評よりも、肩の凝りをほぐすような読み物、話題の映画の紹介などが主であった。その中で、特に開戦当時には、目も眩むような美しい女優や歌手たちのグラビアがひときわ目を引く。時に清楚に、時に妖艶に、場合によっては時節柄国内の通常の雑誌ではとても許されないような大胆なポーズで、彼女らはまぶしく微笑む。添えられている一文は、どれも似通っていて、おそらく女優ら自身の言葉ではないのだろうが、兵隊さんへの感謝の言葉、励ましのひと言である。「皆様のおかげで銃後は安心です」「出来ることなら慰問袋(*兵士あてに、タバコや雑誌、嗜好品などを詰めた袋)に入って皆様の元へ伺いたい」「皆様のご苦労を思うと感謝感激に耐えません」といったような熱烈な言葉が並ぶ。時には、自らの住所を記し、「どうぞお便りをくださいませ」と、まるでスターと私的な文通が可能であるかのような文言もある。
    戦況が厳しくなるにつれ、華美な衣装などは減っていくが、一貫して、こうした雑誌に顕著なのは、その「女性性」である。「兵隊さん、頑張って。ありがとう」というメッセージが常に根底にあった。
    彼女らは兵士たちの擬似恋人=アイドルであったのだ。

    アイドルたちは、誌面から微笑むだけでなく、実際に戦地に慰問に行くこともあった。慰問団には男性もいたが、喜ばれるのはやはり女性たちで、彼女らが歌い、踊るさまに兵士たちは熱狂し、熱烈な拍手を送った。
    戦地の慰問は危険を伴い、慰問団の中には戦闘に巻き込まれ、命を落としたものもいる。

    「戰線文庫」は海軍の慰問雑誌であり、編集は興亜日本社が行った。これは、文藝春秋社の実質的な子会社で、菊池寛の部下らが出向する形で編集に当たった。一般向けの「モダン日本」という雑誌が社の看板であった文藝春秋系の「戰線文庫」は、知的で都会的なモダニティが持ち味であった。
    「陣中倶楽部」は陸軍の雑誌で、大日本雄辯會講談社が編集を委託されていた。野間清治率いる講談社である。「講談倶楽部」が人気だったこちらは、「戰線文庫」に比べて庶民性を売りにしていた。
    幾分かのテイストの違いはあれ、どちらも軍部から依頼され、慰問雑誌を作っている。だがこれが、軍の「いいなり」だったかはなかなか難しいところである。もちろん戦意高揚の方針は崩せないが、原則を守れば一般雑誌に比べてむしろ自由が効く部分もある。統制が厳しくなる中、編集者は編集者なりに、戦時でも何とか文化の灯火を絶やさぬようにと懸命だった節もある。それはグラビアに登場した女優らや映画俳優、読み物を寄せた作家も同様だったろう。

    そうした意味で、「戰線文庫」の付録である慰問文集「海の銃後」に協力した「輝ク部隊」が注目される。長谷川時雨率いる女流作家のグループである。
    時雨は明治12年生まれの作家である。とにかく女性の地位向上に力を尽くした人で、自身も作品を執筆したが、他の女流作家の支援に奔走した人物である。一時は「女人藝術」という雑誌の刊行にこぎ着ける。しかし、「女文士」が何かと叩かれがちな風潮や、執筆者間の思想上の対立もあり、時を経ず、廃刊の憂き目にあう。熱意はあるが、実務上は不器用であった時雨は、資金繰りにも悩まされる。今度こそは、と結成した「輝く会(輝ク部隊)」に提案されたのが、慰問雑誌への寄稿だったわけである。時雨はこの仕事にのめり込み、実際に戦地への慰問にも出かけるようになる。これが結果的には彼女の寿命を縮めることになった。
    時雨は、戦争に協力したことになるのだろうが、純粋で一途な彼女が目していたのは、後輩女流作家の発掘であり、その支援であった。時雨の元から、林芙美子、円地文子、吉屋信子、村岡花子らが巣立った。
    時代が戦時でなければ、時雨は別の方策を取りえたのかもしれない。

    慰問雑誌から見えてくるのは、戦争に組み込まれていくことの怖ろしさである。
    あでやかに笑う彼女らは、戦争協力したことになるのかもしれない。けれど、彼女らの中には、自分の写真がどのように使われたのか知らない者も多かった。戦争へと国が突き進んでいく中、時流に即した、時代が求める「科白」をいうものもあったろう。それは、その場にいなかったものが、安全な場所から非難できるものではない。
    文化や芸術が持つ力は大きい。それは人の魂を揺さぶり、心に訴えかける。それがひとたび戦争に利用されたとき、何が起こるか。

    我々は、本当に歴史から学ぶことが出来るのだろうか?

  • 華やかな芸能(少女歌劇を含む)と、
    戦時下の意外な関係。

  •  タイトルは柔らかいですが、類書のなく気骨溢れる、懸命の取材に裏付けられた辞書並みの本です(第1:元祖アイドルと幻の慰問雑誌。第2:慰問雑誌発行の背景。第3:新体制運動とアイドル像の変容。第4:戦場に飛び出したアイドルたち。第5:慰問雑誌の終焉とアイドルのラストステージ)。
     李香蘭とか原節子とか高峰秀子とか知っている名前もけっこうでてきます。一番みなが知ってるのは森光子かな。これをもとにNHKスペシャルとかつくってほしい、文字だと読破で疲れました。あとがきが本全体をコンパクトにまとめているので、あとがきだけ読んでも一応は堪能できる本です、そのほかの情報は辞書のように使うのがよいか
     印象に残った記述「国民は政策や法によって心を動かさない。政策や法は国民を物理的に動かしても、内面からは動かさない。内面から動かすには文化なのだ」「恤兵(じゅんぺい)という用語は戦後使われない。慰問と解釈してよい、ほとんどの国民は強制されることなく、自発的に国家に金属を供与し、最後の最後まで恤兵(じゅんぺい)活動をし続けていた」「近代西洋の思想の中核である、自由主義・個人主義を排除することを決意した、戦時下の日本においては、むしろ国家統制こそ日本独特の試写会を実現するための合理的方策だというコンセンサスが成立していた」
     

  • ノンフィクション
    戦争

  • 戦前の海軍、陸軍が兵隊の慰問用に作っていた雑誌、「戦線文庫」、「陣中倶楽部」などの内容を分析して、女性アイドルなどが、どのように戦時体制に「動員」されていたかを考察しています。これらの雑誌がほとんど現存せず今日では知名度もないため、これまで知られていなかった内容を紹介した労作です。
    著者の分析・評価にはやや疑問もありますが、近代の国家総力戦ではどの様な事態が発生するのか、参考になります。
    なお、映画関係などの記述、表記に誤植が多いのはちょっと残念です。(「漫才師・古川緑波」、「成瀬己喜男」など)

  • 知られざる「戦線文庫」。
    70年前、戦時中にも勿論アイドルはいた。
    何をしていたかと言うと戦意高揚の為に慰問していたのだ。
    これは軍部が作っていた官制娯楽雑誌。
    露出は少ないし、作られた言葉の様にも感じられるが、紛れもなく彼女たちの生身の姿なのだ。
    今となっては、とっても貴重。本物が見たいな。

  • もともと、古写真とかが好き+アイドルが好きな私はキュンキュンするタイトルであります。本文も丹念に調査が重ねてあっていいんだけど、さらにグラビア部分は秀逸!現代のアイドルと違って「品」があるような感じがします。

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著者プロフィール

中央大学経済研究所客員研究員。出版社勤務を経て、2008年、上智大学大学院文学研究科修士課程修了、2014年、横浜市立大学大学院都市社会文化研究科博士課程単位取得退学。専門はメディア史、歴史社会学、大衆文化研究。著書に『兵士のアイドル』(旬報社)『抹殺された日本軍恤兵部の正体』(扶桑社新書)、共著に『戦争と芸能』(小社刊)などがある。

「2022年 『元祖アイドル「明日待子」がいた時代 ――ムーラン・ルージュ新宿座と仲間たち――』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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