クラウド増殖する悪意

著者 :
  • dZERO(インプレス)
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784844376019

作品紹介・あらすじ

善良な市民が正義を振りかざし、厳罰化を求める。大勢が寄って集って一人を叩きのめす。メディアは抗うことをやめ、萎縮し、何事もなかったかのようにふるまう。これが日本なのか、日本人なのか。

感想・レビュー・書評

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  • ドキュメンタリー作家 森達也が、様々な媒体に書いたエッセイをまとめたもの。
    複数の媒体にまたがっているが、各章のタイトルとサブタイトルを見ると著者の意図がわかってくる。

    第一章 加害者と被害者 - 加速する厳罰化と発せられる罵声
    第二章 無知と自覚 - 外なる「悪魔」、内なる「善」という思い込み
    第三章 憎悪と報復 - 加虐的に、とめどなく
    第四章 同調圧力 - 集団は敵を探し、強い管理統制とリーダーを求める
    第五章 覚悟 - 表現するということは

    全体としてなかなかまとめづらいので、ここでは、いくつか印象的なフレーズを取り上げる。

    ・第一章で取り上げられた『苦界浄土』は高橋源一郎にも最上の敬意をもって取り上げられた。「要するに僕はまだ『苦界浄土』を語れるレベルにすら達していない」という『苦界浄土』は一度は目を通しておきたい。

    ・足利事件などの冤罪事件や死刑囚再審に対する論考の中で、「個人の場合に働くはずの摩擦が効かなくなる。なぜなら「赤信号みんなでわたれば怖くない」状態になるからだ。そしてこの状態が少し続くだけで、赤信号であることすら忘れてしまう」というのは、森達也が常に意識することだ。オウム以来、暴走する組織のロジックや、「しない」ことの冷酷さは著者の大きなテーマだ。

    ・精神鑑定について、「かつて精神鑑定は、被告人の権利を守るための重要な要素だった。オウム以降、加速する厳罰化の流れにおいて、その意味付けは逆転した。検察側の主張を補強する材料として、恣意的に使われることが多くなった」というのは『A3』での大きなテーマ。検察の恣意性というのは、組織として「しない」ことを選択することでさらに強化されている。拘留請求がほとんど裁判所で受理されるといのが、司法全体で熟考が働かなくなっている証左かもしれない。

    ・「遺族の感情が死刑の理由になるのであれば、もしも親類や知人をまったく持たない人が被害者となったとき、その犯人の罰は(応報感情を抱く遺族がいないのだから)軽くてよいということになってしまう」という著者はこの点で全面的に正しい。光市星殺害事件に対するメディアと一般市民の声を論じるに当たり大いなる違和感を発する。このテーマは、『「自分の子どもが殺されても同じことが言えますか」と叫ぶ人に訊きたい』にも通じるテーマだ。本書のタイトル『増殖する悪意』もこれを表現している。

    ・有名なミルグラムの実験を取り上げて、「人の自由意志はこれほどに危うい。簡単に操作される。そして操作されていることに気づかない」とする。また、ホロコーストを例に挙げて、「誰もがヘスになりうる。誰もがアイヒマンになりうる。もちろん僕も。そこからスタートしなくてはダメなのだ」という。オウムの件でいうと信者は「洗脳されていた」ということで済ませてはいけない。

    ・「メディアはうそをつかない ... 視聴率や部数を上げるために危機を煽り、悪と規定された存在の異常さを強調し、視聴者や読者が望む方向に誘導する(念を押すがメディアが望む方向ではない)」... 最後のところが重要。
    「恣意的でありながらルーティン・ワーク。むしろこちらのほうがうそより怖い。なぜなら加工をしているとの自覚がない。後ろめたさや抵抗がない。だからつるつる滑る。こうして「凡庸な悪」が誕生する」というのが、組織の暴走に対する著者の認識だ。「人は普段着のままで買い物帰りに、取り返しのつかない間違いを犯す生きものだ。その意識をもう少しだけ多くの人が持てば、メディアはおそらく変わるはずだ。でも人々が変わるためにはメディアがかわらなければならない。救いのない堂々巡りだ」というのは著者が確信する、マスメディアが必然的に内包する問題だ。

    ・「恣意性のない編集など存在しない。虚を撮って(自分にとっての)真実を紡ぐ。表現として再構成する。これがドキュメンタリーの作法であり本質だ。事実と表現のあいだに生じる乖離に煩悶して当たり前なのだ」や「情報は常に誰かの意見や思いのバイアスがかかっている。意見や思いのフィルターを透過している。ニーチェが残した箴言である「事実など存在しない。ただ解釈だけが存在する」の意味を、メディアの人たちはもっと噛みしめるべきなのだ」というのは著者のドキュメンタリーとメディア批判に共通する姿勢だ。

    ・「第一に被害者と遺族の地位は、ほとんど聖域化しており、彼らに反対尋問をするとか、彼らの主張に疑問を差し挟むということはほとんど不可能であるということ。第二に、被害者と遺族が被告人に死刑を望むと発言することを、日本の裁判官が止めるということはなく、実際に多くの遺族は、家族や友人、さらには検察官からそのように後押しされているということだ」。これは著者の意見ではなく、オウム裁判に対する、日本の刑事司法の研究者のデビッド・ジョンソン氏の言葉になる。これは正論でもあるが、実際に通用しない少数派であることも確かだ。

    ・「宗教は生と死を転換する装置でもある。だから宗教は戦争や殺戮と相性がいい」というのが、著者の宗教に対する考え方。

    ・拉致被害者の会の蓮池透との対談が掲載されている。蓮池さんは、当初拉致被害者蓮池薫さんの兄で、被害者の会の事務局長を務めていたが、北朝鮮への対応が強硬派に流れるに至り、違和感を覚えて対立し、近年は互いに距離を置いているという。

    著者の煩悶と熱意が伝わる。

  • 日本のメディアの低俗化・低脳化と、それに対する
    国民の同調性。またそれを利用する政治の
    ポピュリズム化。
    いろいろ最近の出来事について、ちょっとおかしい
    のではと思うことが、多くなってきていることは、
    事実なのでは。
    右傾化・ネットでの中傷・オウムや3.11からの集団化。。。これらの日本の現状や民族性を考えると、本当に
    歴史は繰り返され、自分の子どもの時代にはまた
    民族の破滅に突き進むのではないかと、どこかで思って
    しまう今日この頃です。

  • クラウド増殖する悪意

  • いつもの森達也。すでにどこかで読んだ文章も入っていたような気もするし。
    蓮池透さんとの対談には、すごく考えさせられた。

  • タイトルでインターネット上の悪意の話かな?と思ってたらもっと広い意味で群衆(crowd)の悪意の話の本。

    いろんなことに関して寄せ集めな内容になっているけど、全体を通して一貫した内容になっていました。すべてに同調することはないけれど、言ってることはわかるということは確かにありました。

    ただ、具体的な内容までここに書いておきたいと思うようなことはありませんでした。

    (以上、ブログ全文です。)

    ブログはこちら。
    http://blog.livedoor.jp/oda1979/archives/4859461.html

  • タイトルは、ITのクラウドと思いきや、crowd of peopleとのこと。BeatlesのA day in the lifeの一節。
    ユダヤ問題など、様々な問題が扱われているが、77人を殺害した犯人をなぜノルウェーは許したのか、が一番興味深い。報復は求めない、死刑は復活させないという強さがある。

  • いつもの森達也さん。人間が犯してしまう暴走、そして同調圧力を批判している。
    直球すぎるこのスタイル。定番すぎて食傷気味やけど、やはりこのひとにはずっと戦い続けてほしい。

  • 304

  • なんか心にひっかかってたけど、うまく説明できない、どうしてそうなるか理解できない的なことが解消されたところがあった。すべてに同意するわけではないけど。
    「増殖する悪意」って、なるほどなタイトルだ。

  • 人は集団になると敵を作り出す。日本のマスコミが微妙なのは各社が周りに合わせようしてしまっているからなのかな。疑問に感じた著者は昔一人だけ違う番組構成を作成して、批判を浴びて干されたらしい。最近はネット経由で間接的に個人を批判する人が多いけどその発言の責任を持てるのだろうか。自分は発言に責任を持てる人間になりたい。

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著者プロフィール

森 達也(もり・たつや)
1956年、広島県呉市生まれ。映画監督、作家。テレビ番組制作会社を経て独立。98年、オウム真理教を描いたドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。佐村河内守のゴーストライター問題を追った16年の映画『FAKE』、東京新聞の記者・望月衣塑子を密着取材した19年の映画『i-新聞記者ドキュメント-』が話題に。10年に刊行した『A3』で講談社ノンフィクション賞。著書に、『放送禁止歌』(光文社知恵の森文庫)、『「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔』『職業欄はエスパー』(角川文庫)、『A2』(現代書館)、『ご臨終メディア』(集英社)、『死刑』(朝日出版社)、『東京スタンピード』(毎日新聞社)、『マジョガリガリ』(エフエム東京)、『神さまってなに?』(河出書房新社)、『虐殺のスイッチ』(出版芸術社)、『フェイクニュースがあふれる世界に生きる君たちへ』(ミツイパブリッシング)、『U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面』(講談社現代新書)、『千代田区一番一号のラビリンス』(現代書館)、『増補版 悪役レスラーは笑う』(岩波現代文庫)など多数。

「2023年 『あの公園のベンチには、なぜ仕切りがあるのか?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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