文庫 セレモニー黒真珠 (MF文庫 ダ・ヴィンチ み 3-1)

著者 :
  • メディアファクトリー
3.90
  • (65)
  • (103)
  • (68)
  • (8)
  • (2)
本棚登録 : 667
感想 : 99
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784840142816

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • あなたは、自分の『葬儀』に何を望みますか?

    人はいつか死を迎えます。人が生物である限りそんな未来は誰にも必ず訪れます。昨今、”エンディングノート”という言葉を聞くようになりました。人が亡くなる前に遺される人に対して要望を伝えるための書類と定義もされる”エンディングノート”。そんな書類には、自分がこの世で最後の瞬間を飾る葬儀のことも記すことができます。

    しかし、私たち日本人は”縁起が悪い”という言葉と共に、死にまつわる事ごとを口にすることを避ける傾向にあります。そんな結果論の先に、遺された者が『「人が死んだ」という事実に動転』する中に『膨大な情報からひとつの葬儀屋を選ぶ』必要が生じてしまいます。そう、一つのビジネスとして、人の最期を『セレモニー』として彩ってもいく葬儀会社の存在がそこに浮かび上がります。では、身近なようで知る機会のないその”お仕事”の裏側にはどのような世界があるのでしょうか?

    さてここに、『地元密着型』の葬儀会社を舞台にした物語があります。女性二人、男性一人の三人の従業員に光が当てられていくこの作品。葬儀会社の”お仕事”の裏側に見えるようで見えなかった世界を垣間見るこの作品。そしてそれは、『セレモニー黒真珠に入社したのは、その名前に惹かれたからだ』という思いのその先に、死者に向き合い続ける従業員たちの姿を見る物語です。

    『このたびは本当にお悔やみ申し上げます』と、『何度目か判らないその言葉を遺族に残し』、『契約書を抱えて』車へと戻ってきたのは笹島と木崎。そんな二人が『さすがに一年は難しいんじゃないの?』と『三月末から雇った二十一歳の派遣女子』・妹尾(せのお)のことを話題にしていると当の本人から電話がかかってきました。『隣町の老人病院で檀家の男性がひとり死んだ』という『懇意にしている寺から』の情報。『一番早くに故人側へ営業をかけることができれば、半分以上が決めてくれる』という結果論に基づき、二人は『電話で聞いた病院へ向かい』ます。場面は変わり、事務所へと戻ってきた二人に『冷たい麦茶を』持ってきてくれた妹尾。『「セレモニー黒真珠」で働き始め、三ヶ月と少し』という妹尾は、『三十五歳くらいにしか見えない老け具合と落ち着き具合も評価されて』います。そんな妹尾に『この仕事の前ってなにしてたの?』と訊く
    木崎に『スナックとか、そういう地味な水商売です』と返す妹尾。再び場面は変わり、『週があけて』、妹尾は『日々の営業にも一緒に回りたいと言い出し』ました。そんな妹尾に『もしかして社員になるつもりがあるの』と訊く木崎に、『…人が死ぬのを待ってるんです』と答える妹尾。『意味が判らず』『顔を見合わせる』笹島と木崎に、『今日いった病院に入院しています。あの病院でホトケさんが出たとき、一番最初に電話する葬儀屋が、セレモニー黒真珠なんですよね』と語る妹尾は『派遣会社に登録したとき、黒真珠さんの仕事がきたら絶対に回してくださいって言いました』と続けます。それを聞いて『天職は葬儀屋じゃなくて興信所なんじゃないのか』と思う笹島。そして、『オフィスに戻った三人』という中に一本の電話がかかってきました。『お電話ありがとうございます、真心と信頼の旅立ち、セレモニー黒真珠です』と対応する妹尾に、『十一仁病院の美濃です』と語り出した相手は、『ホトケさんがひとつ、男性で三十四歳。多発生骨髄腫。もう遺族きてるんで至急笹島さんと寝台車寄越してくれませんか』と続けます。そして、電話を置いた妹尾に『男?女?遺族は?年齢は?』と矢継ぎ早に尋ねる笹島に『男です。遺族はおそらくお母様がひとり、年齢は三十四歳で癌で、身長は一八五センチなので棺と骨壺はLLサイズが必要だと思います』と答える妹尾。それに『美濃のオッサンがそこまで詳しく言うかね、っていうか棺は三サイズあるけど、骨壺はワンサイズしかないよ』と返す笹島に、妹尾は『…たぶん、私が待っていた人です』と答えます。そんな妹尾に『一緒にくるよう』指示する笹島ですが、『でも、家族には会えませんので私は』と『怯えた表情で訴える妹尾に』、『いや、アナタの都合とかじゃなく。身長一八五で男性とかだと、正直私と木崎だけだと遺体運ぶのきついのよ…』と笹島は説明しますが『大丈夫です。死因は癌ですし、もともと痩せてましたし』と妹尾は頑なに断ります。『せめて世間にひしめく普通の妻のように、骨を拾うことはできない代わりに、あの人の死に水を取りたい。そう思ってこの業界に入ったのに、現実はあまりにも重』いと思う妹尾。そんな妹尾は『このときを、待っていたのではなかったのか、私』と自問します。葬儀会社「セレモニー黒真珠」で働く三人の従業員一人ひとりに光を当てながら葬儀会社の”お仕事”が描かれていきます。

    “小さな町の葬儀屋「セレモニー黒真珠」を舞台に、シッカリしすぎなアラサー女子・笹島、喪服が異常に似合う銀縁メガネ男子・木崎、どこかワケあり気な新人ハケン女子・妹尾の3人が織り成す、ドラマティック+ハートウォーミングストーリー”と内容紹介にうたわれるこの作品。兎にも角にも強烈な印象を与える表紙に心を奪われた私。はい、この作品はいわゆる”ジャケ買い”をした作品になります。小説の表紙は作品の内容を表すものだと思いますが、この作品の表紙はそんな次元を超えて、私が今までに見てきた小説の表紙の中でもNo.1に位置するくらいに一度見たら忘れられないインパクトを与えてくれました。

    そんな作品の魅力は本の内容も同様です。ノリに乗った宮木さんの筆の力で、ぐいぐい読ませてくれる、そんな魅力がこの作品にはあります。まずは、そんな宮木さんのコミカルな筆致を少し見てみましょう。

    ・『女は地上四十階、夜景の見えるレストランでプロポーズ』を受けたという場面で登場するこんな表現です。

    ・『咀嚼していたタピオカ入りココナッツプリンを盛大にふき出した(鼻からも)』。
    → 本来ロマン溢れるシーンにも関わらず、『男の顔が生真面目なのに鼻の下に粒胡椒が付きっぱなし』という光景を見た先に起こったこの反応。『鼻からも』というのが良い味です?

    ・『鉄の蓋の上に漬物石を三十個くらい重ねるレベルで封印していた。それなのに、こんな紙切れ一枚でガラガラと崩れるものなのだなぁ、と妹尾は思う』。
    → これも上手い表現だと思います。『鉄の蓋の上』に『漬物石を三十個』という厳重な封じ込めが『紙切れ一枚』で崩れるという例え。描かれているシーン自体はかなり深刻な場面なのですが、この軽妙な表現が入ることで深刻になりすぎない中に絶妙なバランスの物語が描かれています。

    ・『あと一ヶ月で三十歳になる。ということすら忘れて生きてきた』

    ・『免許証の更新葉書を伴って、日本郵政株式会社が否応なく年齢を告げにやってきた』。
    → 要は三十歳の大台に乗るという前の心境を表した箇所ですが、そんな年齢感をまさかの『免許証の更新葉書』を使って表現する宮木さん。こんな離れ技のような表現、どうやったら思い浮かぶのでしょうか。宮木節とも言えるこういった表現の数々、抜き出しでは十分に伝わらないと思いますが、一度ハマると抜けられない魅力があると思います。

    そして、この作品の何よりもの特徴は「セレモニー黒真珠」という葬儀会社の”お仕事小説”が描かれていくところです。葬儀会社を舞台にした小説は多々あります。私が読んだ中ではなんと言っても町田そのこさん「ぎょらん」が印象的でした。”人が死ぬ際に残す”という珠=「ぎょらん」を噛み潰すことで死者の最期の願いがわかるというその物語はインパクト絶大です。一方で宮木さんのこの作品は町田さんのような飛び道具はありませんが、葬儀会社で働く三人の従業員に順に光を当てていくのが特徴です。では、まずはそんな葬儀会社を描いた箇所を見てみましょう。

    ・『葬儀屋は基本、土日出勤が欠かせない。たいていの葬儀は土曜日に通夜、日曜日に告別式が行われるからである』。
    → 確かにそうかもしれませんね。参列者のことを考え、また喪主側の事情もあって週末にかかるようにスケジュールされることが多いように思います。ということで、『週末の火葬場は争奪戦である』という状況が生じます。そこに、従業員の大変さが描写されます。

    ・『夏場は遺体が腐りやすい』という中に、『葬儀屋が毎日バイクに積んでドライアイスを届けることになる』という展開。

    ・『ドライアイス保存をしていると、日数が経つにつれ死後硬直も手伝って、だんだん遺体が青白く透き通った蠟人形っぽくなってゆく』
    → なんともゾクッとするリアルな描写です。『蝋人形っぽくなってゆく』『遺体』…考えただけで怖いです。しかし、葬儀会社の『社長はそういう状態の遺体が美しくて良い』と考えるのだそうです。う〜ん、どうなんでしょう。思い浮かべるとどんどん怖くなってくるのでこのあたりにしておきましょう(笑)。とは言え、もっと怖い話を最後に一つ…。

    ・『霊感のある者は、よほど強靭な精神を持っていない限り、簡単に取り憑かれる』。

    ・『四十度を超える高熱、丑三つ時の徘徊、自らの記憶にない記憶による発言…』。
    → ちょっと、ゾゾゾゾゾ…という表現を抜き出しましたが、はい、この作品には単なる”お仕事小説”の枠を超えて、ちょっとだけスピリチュアルな世界が顔を出します。目が光り輝いてきたあなた、そう、この作品はそんなあなたが(を)待っていた作品かもしれませんね(笑)。

    葬儀会社の”お仕事小説”が描かれるこの作品は上記した通り三人の従業員に光を当てていきます。

    ・笹島: 女性、29歳だが42歳くらいに思われている。表紙の主。

    ・木崎: 男性、25歳(年相応)。

    ・妹尾: 女性、21歳だが35歳くらいにしか見えない。

    この作品は六つの短編が連作短編を構成していますが、そんな六つの短編の中に、それぞれに一癖二癖ありそうな登場人物に隠された素顔が明らかになっていきます。ジャケットに描かれた和装の女性・笹島は作品冒頭に『結婚しよう、いや、してください』という男性の台詞の先にプロポーズを受けたことが明らかにされます。しかし、『仕事と俺とどっちが大切なんだ』と言われた言葉の先に今の葬儀会社で働く姿が描かれています。一体、そんな彼女に何があったのか?そのキーワードが、

    『好きな人の葬式と結婚式、出たくないのどっち?』

    です。さて、そこにはどんな物語が描かれるのでしょうか?次に、男性で光が当てられるのは25歳の木崎です。『幼少のころから「葬儀屋になりたい」という夢を持っていた』という木崎は地元の葬儀会社である「セレモニー黒真珠」に就職します。そんな彼のキーワードが、

    『火葬場の煙を見るのが、好きだった』

    です。『葬式のあの何とも言えない荘厳さと悲しさが好き」という理由で入社』したという、このキーワードそのまんまな木崎ですが、二人の女性の人生に良い塩梅に絡んでいきます。そして、冒頭謎の存在として登場するのが派遣社員の妹尾です。『大抵が日雇いと同じで、ひとつの葬儀が終わればまた別の会社の葬儀へ、というのが葬儀業界の派遣の常』にも関わらず、『三ヶ月と少し』という期間、「セレモニー黒真珠」で働き続ける妹尾は素性が怪しさ満点です。そんな彼女のキーワードが、

    『人が死ぬのを待ってるんです』

    です。もう怪しさ満点ですね(笑)。しかし、そんな妹尾は

    『今の妹尾にとって、セレモニー黒真珠は彼女の居場所だった。掛け替えのない、居心地の良い居場所だった』

    という思いの中に日常を送っています。そんな三人が繰り広げていく人間模様は人間臭さ満点に展開していきます。そこに宮木さんはさらに工夫を入れられます。登場人物三人による六つの短編…となると、一般的には一人二編ずつ視点を変えていく物語が予想されます。しかし、宮木さんはそのような単純な構成をとりません。五編目〈あたしのおにいちゃん〉は短編タイトルからどことなくその相手が予想できてはしまいますが、まさかの存在によって、三人だけの物語からは見えなかった登場人物の別の側面を見せてくれます。また、最期の短編〈はじめてのお葬式〉はもう全く予想もできない人物視点の物語が展開することで、「セレモニー黒真珠」という物語自体に奥行きを付与してもいきます。とても魅力的な三人の登場人物による六つの短編が見せていく葬儀会社の”お仕事小説”であるこの作品。こんな葬儀会社に是非自分の最期を委ねたい、そんな思いに包まれる人間臭さに溢れる物語がここにはありました。

    『お電話ありがとうございます、真心と信頼の旅立ち、セレモニー黒真珠です』。

    『地元密着型』の葬儀会社である「セレモニー黒真珠」を舞台にしたこの作品。そこには、三人の従業員がそれぞれの人生において、葬儀会社を働く場として選んだ先の物語が描かれていました。葬儀会社の”お仕事小説”であるこの作品。コミカルに、それでいてシリアスにも描かれていくこの作品。

    宮木さんの勢いのある筆の魅力に、まさに酔うように読ませていただいた、そんな作品でした。

  • お仕事小説のつながりで読みました。宮木あや子さんのこれまでの作品とはまた違って新鮮な感じがしました。テンポよくて、読みやすいです。葬儀屋の話。イラストがまた素敵。

  • 小さな町の葬儀屋“セレモニー黒真珠”に勤務する3人の物語を連作で。

    アラサーなのに42歳ぐらいに見える、所作が美しい女性社員・笹島。幼い頃から葬儀屋に就職するのが夢だったイケメンのメガネ男子・木崎。訳ありのハケン女子・妹尾という面々の、葬儀屋を舞台にしたラブコメで異色。昔ブイブイ言わせていた社長も頼もしく、さくさく読めて痛快爽快。

  • 少し前、電車で目の前に座った事務服姿の女性が集中して読んでいて、表紙が印象的だったので探した。
    登場人物が魅力的。
    読んでよかった。

  • 2015年1月18日読了。セレモニー黒真珠は出てくる人のサバサバ感が好きで、再読です。この話って主人公がはっきりしてないなと思う。主人公が笹島なのか木崎なのか妹尾なのか、この味の濃い三人が入混ざってていい雰囲気の本に仕上がってます。そして社長がいいキャラ出してくれてる。葬儀屋にそんなに興味がなかったのに、真剣一発勝負のプロ意識の高い仕事なんやなと感心しました。続編がないのがほんとざんねんなところ。もう一冊ぐらい出てくれたらええのになぁ。

  • 一話一話のボリュームが物足りない。

    話の内容やテンポはキライではないのに。

  • セレモニー黒真珠で働く人たちのお話。 タイトルと装丁から、コミカルな雰囲気かと思ったら、とてもガチでシリアス。 こんな風に思うのは何回目だろう。あまり先入観を持つのはやめよう(笑) 嫌な人がいっぱい出てくる中、最後のお話は爽やかで切なくてよかった。 最近この方のイラストをよく見るなぁ。すごく好きな絵だけど。

  • 久しぶりの再読。
    葬儀社の人々を描いたお仕事小説だが、宮木さんらしいユーモアがあちこちに見られる。
    薄幸の娘や失恋から葬儀社に転身した女や幼い頃から葬儀が好きだった青年。
    時にハードに、時にユルく、時にハートウォーミングに、こうしたバランスの上手さは宮木さんならでは。

  • セレモニー黒真珠という葬儀屋で働くのは、仕事ができる、老け顔のアラサー・笹島、霊の声が聞けるメガネ男子・木崎、アルバイトから社員になった新人・妹尾。
    3人を中心に綴られる、連作短編集。

    故人とのお別れの儀式を手際よく準備する彼らだが、身近な死にまつわるトラブルに巻き込まれたり…それでも暖かく見送る彼らのプロの姿勢に感動。
    誰もを魅了する姿勢や所作の美しさを保つ笹島も、笹島に惚れて守ろうとする木崎も、カッコいい!!
    そしてさりげなく(?)登場するセレモニー黒真珠の社長もカッコいい!!

    校閲ガールに通じる雰囲気を醸し出す、お仕事小説。
    読んだら「明日からもしっかり仕事をしよう」と思えてくる。

  • 町の小さな葬儀屋「セレモニー黒真珠」。そこで働く男女たちと、彼女たちとかかわり合う人々とのおかしくも哀しくもあるエピソードを連ねた連作短編集です。

    ざくざくとしたさっぱりした筆致で、語り慣れた男女のあれこれとともに葬儀という場であらわになる人の本性や企みを描いていきます。

    さっぱりとした描写や表現ながら書かれている内容はけっこうエグく、容赦がないと感じる部分もあります。「白真珠」の元恋人の一言はひどすぎる…。

    けれどどんな醜悪な人間の姿を見ていても、しゃきしゃき働く黒真珠の面々を見ていれば、人生捨てたものじゃないかも?と思わせてくれる、前向きさを得ることができます。

    さくっと楽しめた一編でした。作者のコミカル路線はこのくらいが私にはちょうどいいかなと思いました。

全99件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1976年神奈川県生まれ。2006年『花宵道中』で女による女のためのR-18文学賞の大賞と読者賞をW受賞しデビュー。『白蝶花』『雨の塔』『セレモニー黒真珠』『野良女』『校閲ガール』シリーズ等著書多数。

「2023年 『百合小説コレクション wiz』 で使われていた紹介文から引用しています。」

宮木あや子の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×