キリン解剖記 (ナツメ社サイエンス)

著者 :
  • ナツメ社
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感想 : 180
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784816366796

作品紹介・あらすじ

長い首を器用に操るキリンの不思議に、解剖学で迫る!「キリンの首の骨や筋肉ってどうなっているの?」「他の動物との違いや共通点は?」「そもそも、解剖ってどうやるの?」「何のために研究を続けるの?」etc. 10年で約30頭のキリンを解剖してきた研究者による、出会い、学び、発見の物語。

感想・レビュー・書評

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  • 読みたかった本。キリンが好きすぎて生業にするのはわかるが、飼育員でなくて解剖学者というところが面白い。解剖の事が具体的に描かれており学者への道の成長記としても楽しためた。博物館の理念「無目的、無制限、無計画」大事だなと同感。

  • 【感想】
    キリンは、いくらなんでも極端すぎやしないだろうか。
    自然選択の結果とはいえ、急所である首があそこまで長ければ命にかかわるケガを負いやすい。また頭の位置が心臓よりも上すぎるため、血圧を極限まで高くしないと血が脳に届かない。キリン自身でさえ、その特殊な身体の構造によって無理をしているらしく、頭の上げ下げによって脳の血圧が急激に変化し、ボーっとしているような素振りを見せることもあるそうだ。
    そもそも、キリンはどうやってあの長い首を自在に操っているのか?中身はどんな構造をしているのか?私たち人間の首と同じ仕組みなのだろうか?

    そうした奇想天外な生き物・キリンの体構造を、「解剖学」の観点から綴ったのが、本書『キリン解剖記』である。筆者の郡司さんは10年近くにわたって、亡くなったキリンを解剖してきたエキスパートである。全国各地の動物園からキリンの遺体を献体してもらい、これまで約30頭ものキリンを解剖してきたという。

    2022年12月31日時点で、日本国内の58園館で193頭のキリンが飼育されている。これはアメリカに次いで世界第2位の多さだ。しかし意外にも、国内でキリンの研究をしている人は郡司さんを除いてほぼいないらしい。そのため、解剖およびそれを足がかりにした形態研究はほぼ手探りの状況で続けられていた。

    そうした「手探り」の例として、本文中から印象に残ったものを一つ。
    郡司さんが人生で2度目の、キリンの首の解剖を行ったときのエピソードだ。

    皮膚を剥がして筋膜を取り除くと、キリンの筋肉の構造が目の前に広がっていた。どれが何筋かを特定するべく、解剖図のコピーを広げて見比べてみる。板状筋、頸最長筋、環椎最長筋……、教科書に列挙された筋肉を1つずつ確認し、筋肉がどの骨とどの骨を結んでいるかを確認する。教科書に書かれた各筋肉の説明文をじっくり読み、描かれた解剖図と目の前のキリンを見比べながら、どれが何筋なのかの特定を試みてみる。

    しかし、解剖に関してはまだ日が浅いため、さっぱり分からなかった。

    そこで、一緒に解剖に立ち会っていた科博の研究者の人に「これって何筋ですか?」と質問したところ、驚くべき答えが返ってきたのだ。
    「うーん、わからないなあ。まあ、筋肉の名前は、とりあえずそんなに気にしなくてもいいんじゃない?」「名前は名前だよ。誰かがつけた名前に振り回されてもしょうがないし、自分で特定できればいいじゃない」
    この科博の人は、解剖学の初学者ではない。むしろ鳥や爬虫類の首を研究している「首のスペシャリスト」である。そのスペシャリストが、「分からないところにはこだわらなくていい」と言ったのだ。

    解剖用語は「名は体を表す」ケースが多く、また、その名前は人間の筋肉を基準に名づけられているという。上腕頭筋は文字面だけだと上腕と頭を結ぶ筋肉だが、それはあくまで人間に当てはまるもの。キリンの場合は頭部まで到達しないため、上腕と頭を結ぶ筋肉を探していては見つかるわけがない。また、教科書に「この筋肉は2層に分かれ」と書かれていても、キリンの場合それが本当に2層に分かれているとは限らない。大切なのは目の前にある「キリンそのものの身体」であるはずなのに、筆者はそこを観察することなく、教科書に答えを探し求めてしまっていたのだ。

    筆者はかつて、先生から幾度も「ノミナを忘れよ」と念を押されていたという。ノミナ=Nominaとは、ネーム、つまり「名前」という意味をもつラテン語である。筋肉や神経の名前を忘れ、目の前にあるものを純粋な気持ちで観察しなさい、という教えだ。

    筋肉や骨の名前は、あくまで誰かに説明するための道具。そこに囚われることなく、構造の一つひとつと向き合い、観察を尽くす。それが優れた解剖学者になる第一歩なのだ。

    ―――――――――――――――――――――――
    【まとめ】
    1 キリンをどうやって解剖するのか
    平均的な大人のキリンは、首の長さは約2メートル、首から頭までの重さは約130〜180キログラムだ。キリンの身体は大きすぎるため、遺体をホルマリンやアルコールにつけて防腐処理を施したり、冷凍庫で保存したりするのは難しい。遺体が届いたら腐る前に一気に作業を行う必要がある。
    ただ、キリンは身長の割に胴体が小さいので、大型動物にしては作業が容易だ。手足や首を取り外してしまえば、1つ1つのパーツはコンパクトになる。細くて長い手足を持つので、てこの原理をうまく使えば、1人でも手足を持ち上げたり、ひっくり返したりできるのだ。ゾウやサイだと大人数での作業が必要だが、キリンの場合はやろうと思えば1人でも解剖できる。

    解剖は主に大学の施設や博物館のバックヤードで行われる。搬送の際に業者の人が、脚、首、頭、胴体と、いくつかのパーツに分けて運んでくるので、トラックのクレーンを使って遺体を降ろしていく。

    到着後、記録用の遺体の写真を数枚撮ったら、カメラを置き、解剖刀を手に取る。研ぎたての解剖刀をそっと皮膚にあて、皮膚に切れ目をいれていく。皮膚によって押さえつけられていた真っ赤な筋肉が、切れ目の隙間からせり上がってくる。大事な筋肉を傷つけないよう、丁寧に全身の皮膚を剥いでいく。
    剥皮が終わったら、解剖刀からメスとピンセットに持ち替え、脂肪などの皮下組織や分厚い筋膜を丁寧に取り除いていく。隠されていた複雑な筋肉の構造が、徐々に姿を現わす。筋肉の付着する場所や走行を撮影していく。

    ちなみに、キリンは骨格標本を作りやすい。身に油が少なく、機械で煮込めば簡単に肉が剥がれるからだ。


    2 筋肉のノミナ
    アミメキリンの「ニーナ」は、筆者が初めて解剖をした思い出のキリンだ。
    「解剖」と「解体」は、似ているようで全く違う。ただ適当に肉を削ぎ落としていくだけの「解体」ならば、正解も不正解もない。知識も技術も必要ない。一方で、「解剖」には知識も技術も必須だ。体の構造が頭に入っていなければ、解剖はできない。

    初めてのキリンの解剖は、失敗の連続だった。
    筋膜にメスを入れていたと思ったら、実は筋膜ではなく筋肉の一部である「腱」だった。キリンの場合、筋肉と骨を結びつける繊維性の丈夫な組織である腱が、筋膜と一体になっていることがある。何も考えずに筋膜を切り取っていたため、筋肉の一部である腱まで一緒に除去してしまったのだ。
    解剖というのは、破壊的な作業だ。一度筋肉や腱を切り取ってしまったら、もう元には戻らない。筋膜と一緒に腱を取り除いてしまい、「骨のどの部分についていたのかわからない筋肉の束」が生み出されてしまった。

    また、解剖図と見比べても、筋肉の部位の見分けがつかなかった。
    首の最も表層を通っている紐状の細長い筋肉をつまみ、どこからどこへ向かっているかを確認する。解剖書と照らし合わせ、散々悩んで「これは板状筋だ」と結論づけ、取り外す。それなのに、深層の解剖を始めると、さきほどの「板状筋」らしきものが再登場したりする。こんなことは、解剖を始めたばかりの頃は本当によくあった。正直にいうと、そういうことは今でもたまにある。
    こんな風に筋肉の名前が1個ずれてしまうと、これまで結論づけた筋肉の名称がドミノ式にどんどんずれ、わからなくなっていってしまう。「やっぱり、深層にあるこっちの筋肉が○○筋で、表層にある筋肉は××筋か?」などと思い直しても、その時には既に表層の筋肉は取り外してしまっているので、確認ができない場合も多い。

    4日後、ふと気がつくと、目の前のニーナの遺体はほとんどの筋肉がそぎ落とされ、骨だけになっていた。この4日間、毎日悪戦苦闘しながら解剖を続けてきたが、小さな発見1つなく、頭の中には無数の疑問が生まれただけであった。それどころか、「これが○○筋だ」と断言できる筋肉すら、1つもなかった。
    「無力感」。その一言に尽きる。

    数日後、キリンの「シロ」を解剖することになった。今度は一人ではなく、科博の研究員の人、しかも首の解剖のスペシャリストが同伴である。
    再び解剖に臨み筋膜を取り除くと、数日前に見たばかりの構造が目の前に広がっていた。今度こそ解剖図と見比べて何筋かをしっかり確認しよう……と思ったが、やっぱりよくわからない。

    そこで科博の人に「これって何筋ですか?」と質問したところ、意外な答えが返ってきた。
    「うーん、わからないなあ。まあ、筋肉の名前は、とりあえずそんなに気にしなくてもいいんじゃない?」「名前は名前だよ。誰かがつけた名前に振り回されてもしょうがないし、自分で特定できればいいじゃない。次に解剖したときに、これは前回〇〇筋って名付けたやつだな、って自分でわかるように、どことどこをつなぐ筋肉かきちんと観察して記録しておけばいいでしょ」

    筋肉の名前は、その形や構造を反映していることが多い。例えば、首にある板状筋は文字通り板状の平べったい筋肉だし、お尻にある梨状筋はヒトでは梨のような形をしている。腹鋸筋はおなか側にあるノコギリのようにギザギザした形をもつ筋肉で、上腕頭筋は上腕と頭を結ぶ筋肉だ。
    こうした筋肉の名前は、基本的にヒトの筋肉の形や構造を基準に名付けられている。そのため、ほかの動物でも「その名の通り」の見た目をしているとは限らない。多くの動物では梨状筋は梨っぽい形をしていないし、キリンの上腕頭筋は上腕から首の根本部分に向かう筋肉であり、頭部には到達しない。
    解剖用語は「名は体を表す」ケースが多いがゆえに、名前を意識し過ぎてしまうと先入観にとらわれ、目の前にあるものをありのまま観察することができなくなってしまうのだ。

    実は、さまざまな解剖学者の先生方から、科博の人に近い言葉を何度も言われている。2017年、2018年に参加した人体解剖の勉強合宿では、先生から幾度も「ノミナを忘れよ」と念を押された。ノミナ=Nominaとは、ネーム、つまり「名前」という意味をもつラテン語である。筋肉や神経の名前を忘れ、目の前にあるものを純粋な気持ちで観察しなさい、という教えだ。

    筋肉や骨の名前は、理解するためにあるのではない。目の前にあるものを理解した後、誰かに説明する際に使う「道具」である。そして解剖の目的は、名前を特定することではない。生き物の体の構造を理解することにある。ノミナを忘れ、まずは純粋な目で観察することこそが、体の構造を理解する上で何より大事なことである。


    3 キリンの首の秘密を探れ
    哺乳類では、首の長さに関わらず、頸椎の数は基本的に7個で一定というルールがある。人間もキリンも首の骨格の基本形は同じということだ。しかし、「頸椎の数は7個」という厳しい制約の中で、キリンの首はいかにしてあれだけ長くなったのだろうか。もしかしたら、キリンの首には、彼らにしかない特徴的な構造があるのではないだろうか。

    研究テーマを探していた筆者は、とある論文に出会う。その論文では、キリンとオカピの椎骨の形を比較して、「キリンでは、第七頸椎と第一胸椎の形がちょっと特殊である」ことを報告していた。
    キリンとオカピの第七頸椎は、形が全く似ていない。長さが違うだけでなく、形の特徴もかなり異なっている。キリンの第七頸椎には、オカピを含む一般的な偶蹄類の第七頸椎がもっている形の特徴が、ほとんど見当たらないのだ。では、第七頸椎に続く8番目の椎骨である第一胸椎はどうだろうか。キリンとオカピの第一胸椎は、一見よく似た形をしているようにも思えるが、棘突起の長さや傾き方、後方に飛び出した突起(後関節突起)の形状など、1つ1つの特徴はやはり大きく異なっている。そして、キリンの第一胸椎の形の特徴は、オカピの第七頸椎がもつ特徴によく似ているのである。

    論文の著者は、骨の形の特徴に加え、「キリンの腕神経叢が少し後ろ(尻尾側)にずれている」ことも報告し、キリンでは首と胸の境界が移動しているのではないかと主張していた。そして最終的に、「キリンの第一胸椎は、本来は第七頸椎だと捉えることができる」と結論づけていた。

    それを読んだ筆者はふと思った。一般的な哺乳類の第七頸椎とよく似た形をしているキリンの第一胸椎は、疑いようなく胸椎だけれども、第七頸椎のように首の運動の支点として機能するのではないだろうか。言うならば、頚椎っぽい機能を持つ、動く胸椎ではないのだろうか。

    筆者が首の根元の骨格に重点を置きながら、色々なキリンの解剖を進めた結果、以下の特殊な機構が明らかになった。
    ・哺乳類の頸長筋(首を下げる運動を担う筋肉)は普通第六胸椎までだが、キリンは第七胸椎まで伸びている
    ・オカピと違って、第一胸椎が第二肋骨に接していないため、第一胸椎の動きが制限されていない

    そして、CTスキャンによる解析と遺体分析の結果、第一胸椎は確かに動いていたのだ。
    これまでの研究では、肋骨が接しておらず動きの自由度が高い頸椎だけが、首の運動に関係していると考えられてきた。しかしキリンでは、筋肉や骨格の構造が変化することで、本来ほとんど動かないはずの第一胸椎が高い可動性を獲得したのだ。キリンの第一胸椎は、決して頸椎ではない。肋骨があるので、定義上はあくまで胸椎だ。
    けれども高い可動性をもち、首の運動の支点として機能している。キリンの第一胸椎は、胸椎ではあるが、機能的には「8番目の首の骨」なのだ。

    キリンは、進化の過程で、高い所にある葉っぱを食べるのに有利な体を獲得してきた。
    首だけでなく、四肢もとても長い。しかも、後肢よりも前肢の方が長いので、首の根元の位置自体がほかの動物に比べて高くなっている。この体形は、高い所の葉を食べるのには有利だけれど、一方で地面の水を飲むことは難しくしてしまう。
    高い可動性をもつ「8番目の首の骨」は、上下(背腹)方向への首の可動範囲を拡大し、「高いところの葉を食べる」「低いところの水を飲む」というキリン特有の相反する2つの要求を同時に満たすことを可能にした。今回の研究で得られたデータから、大人のキリンではこの特殊な第一胸椎によって、頭の到達範囲が50㎝以上も拡大されることが推定された。

  • キリン研究を志した郡司芽久さん(女性・当時23歳)は、論文のテーマが決まらなかった時、先輩にこのように言われた。「凡人が普通に考えて普通に思いつくようなことって、きっと誰かがもう既にやっていることだと思うんだよね。もしやられていなかったとしても、大して面白くないことか、証明不可能なことか。本当に面白い研究テーマって、凡人の俺らが、考えて考えて、それこそノイローゼになるぐらい考え抜いた後、更にその一歩先にあるんじゃないかな」(99p)
    まぁ、世の中の偉大な発見は「証明不可能」なことを証明してみせたり、「偶然」に見つかることが多いかもしれないけど、その辺りは「天才」に任せて、確かに凡人の私たちにはこんな処に落ち着くんだと思う。その辺りを素人の私も「楽しく」読めるように丁寧に書いている。「難しい事を分かりやすく面白く描く」これって、一つの才能だろう。

    で、偶然にも若いのにキリンを20体以上動物園から献体してもらいキリン研究をこころざして約7年間で「キリンの胸椎は、胸椎だけど、動くんじゃないだろうか?」という研究論文を書く(当時26歳)。

    200万年以上前から哺乳類は人間含めてみんな7つの頸椎しか持っていない(マナティとナマケモノは例外)のだけど、キリンは8番目の"首の骨"を持っているのではないか?ということを20代で見つけたわけだ。偶然にも多数解剖できた彼女は基本的にラッキーな所もあったとは思うが、半分以上は情熱とキリンへの愛情が論文を書かせたのだろう(現在30歳)。

    それだけである。「偉大な発見」じゃない。哺乳類の進化の鍵を見つけたというわけでも無い(と思う)。でも、進化の秘密を少しかすった(とは思う)。キリンは生き残るために、そうやって身体機能を少し変えたのだ。科学の世界が面白いのは、評価された研究ならば、まるで自分の研究成果のように「知識」として、他の研究成果を著作権料を払わずにこういう本で披露できることだ(コラムとして、他の研究成果がたくさん紹介されている)。だから、数年後に郡司さんの研究が大きな謎解明に役立つかもしれない。

    郡司さんは、「世界で1番キリンを解剖している人間」だと自分を紹介している。「解剖すればするほど、その動物のことを好きになっていく」と言っている。人間ならばホラーだけど、動物ならばあり得るかなと思う(でも、考えたらちょっと怖い)。「今は亡きキリンたちの「第二の生涯」ともいえる死後の物語を読んで欲しい」と著者は思ってこれを書いたという。そういう愛情の表現の仕方もあるのだ。

    (成る程と思ったキリン知識の一つ)
    ※中国ではキリンのことを「長頸鹿」と呼び、麒麟とは呼ばない。呼んだのはただ一度、明の時代、鄭和がアフリカからキリンを持ち帰り、永楽帝に「これが(あの伝説の)麒麟です」と奏上したらしい。その記録を読んだ『解体新書』の桂川甫周が「洋書のジラフと、この麒麟は同一だろう」と推察した。だから、日本ではキリンのことを麒麟と書くのである。因みに、インドに生息していた絶滅したキリンの仲間、ジラファ・シヴァレンスは長頸ではなく、伝説霊獣の麒麟によく似ているそうだ。むしろヘラジカのような姿をしている(鹿ではない)。なるほど、麒麟伝説は何処から来たのか、少し興味がある。

  • 読みたくて読みたくて、2カ月以上順番待ちしていた本。
    なのにあまりの面白さに一気読みしてしまい、もったいないので再読したところ。
    これはもう、皆さんにぜひともお勧め。
    「好き」を仕事にするというシンプルな気持ちが、どんな泥臭い作業でも根底から支える力になるのだと教えられる。研究の過程にもワクワクさせられ、何よりも著者の生きる姿勢や探求心そのものが感動を呼ぶだろう。
    何がしかの研究の道に進みたいという方、進路を考え始める中高生も。
    そして「そんな研究が何の役に立つの?」と思われる方には特に。

    子供の頃からキリンが大好きだったという郡司芽久さん。
    その気持ちのまま、東京大学一年の時に「キリンの研究がしたい」と思い始める。
    10年間キリン解剖に関わり、哺乳類は頸椎7個が共通だがキリンの第一胸椎は8番目の首の骨としての機能を持つということを発見する。
    その論文で博士号を取得するのだが、読ませるのはそこまでの道のり。

    世間がクリスマスで賑わう中、ひとり冷え込む解剖室で挑戦したはじめての解剖。
    しかしそこで得たのは、「何も分からなかった」という無力感と、いたずらに遺体を傷つけてしまったという罪悪感。しかも、その苦悩を乗り越えたとしても、研究者としての将来が約束されているわけでもない。
    様々な葛藤がありながらも、著者はメスを投げ出さず、研究への情熱を絶やさない。

    師や先輩のアドバイスを真摯に受け止め、よく見てよく聴き、よく考える。
    そうして優れた観察者となっていく。
    大好きなキリンたちへの愛情も忘れない。
    遺体を献体してくれる動物園スタッフや遺体を運ぶ業者さんたちへも謝辞を送る。
    訃報が届けば、全ての予定を投げ捨てて現場に駆け付ける日々。
    その格闘の末に新発見をし、名実ともに「キリン博士」となっていくところは本当に感慨深く、心に訴えるものがある。
    才能とは、努力を継続することだと、つくづくそう思う。

    「解体」と「解剖」の違い。「解剖」の過程。キリンは何種類?
    動物園での見分け方や、キリンの角の数と役割、頭の重さ、標本の製作、
    日ごろ目にすることもない蘊蓄もたくさん。
    著者によるソフトなイラストも随所に入り、とても読みやすい。
    博物館では「無目的・無制限・無計画」の三つの無が理念だということも知らなかっただけに新鮮なおどろきだった。
    「人間の都合で、博物館に収める標本を制限してはいけない。
    たとえ今は必要がなくても、100年後、誰かが必要とするかもしれない。
    その人のために、標本を作り、残し続けていく。それが博物館の仕事だ。」

    周りに強いられて知識を詰め込む「勉強」ではなく、主体的に対象を研究していく「学問」。
    その過程の限りない喜びを、教えてくれる。
    それが、本書の最大の魅力かもしれない。
    ああ、読んで良かった。

    • 夜型さん
      キリンは謎が多い生き物ですね。
      すごーく小さな声で会話をしていると大昔に聞いて以来、謎です。
      この本の作者さん、涙ぐましい努力をなさって...
      キリンは謎が多い生き物ですね。
      すごーく小さな声で会話をしていると大昔に聞いて以来、謎です。
      この本の作者さん、涙ぐましい努力をなさっているようですね…。
      「様々な分野から優秀な研究者を集めたドリームチームのような研究グループで、総力を上げて「科研費の申請書類のサイズを3MB以下に抑える」ことに取り組んでいる、なう
      (3MB以上だとオンラインシステム上ではねられて申請できない)

      いま日本各地で多くの研究者が同じことしてるのかなと思うと涙が…」
      「「1.5MBにできました!」
      「よし、アップロードだ!」

      オンラインで書類をアップ、PDF化

      「なぜか図が消えました!」
      「なぜだ!!!!」

      みたいなことを繰り返している…」
      日本はやたらと研究職に厳しいですね!博士号の価値がないです…。
      そのうち優秀な研究者たちが海外に流出して言ってしまうかも知れません。
      *キリンさんにそっくりなオカピも大好きです!
      2019/10/19
    • nejidonさん
      夜型読書人さん、こんにちは(^^♪
      コメントありがとうございます!とても嬉しいです♪
      自分でもキリンさんが好きで、動物園では真っ先に見に...
      夜型読書人さん、こんにちは(^^♪
      コメントありがとうございます!とても嬉しいです♪
      自分でもキリンさんが好きで、動物園では真っ先に見に行きます。
      (でもケンカする時はかなり怖いですよね)
      あの長い長い首の謎。その解明に挑んだお話です。
      「オカピ」はずいぶん前にズーラシアで見ましたね。
      とても綺麗な柄で驚きました。この本にも後半に登場します。
      引用されたカッコ内は切実ですね。かなり苦労されているようで。
      何がしかの賞を受賞した時は称賛されますが、日ごろはどれほど辛酸をなめているか。
      この本の中ではそこまでは語られませんが、想像に難くありません。
      好きなことをやっているのだから自分で苦労しなさいとでも言うのでしょうか?
      バックボーンもなしに、研究など続けられるはずもないのです。
      はい、すでに海外に相当流出していますよ。悲しいかな、それが現実です。
      若い研修者たちがやる気を失わないように、手立てはないものかと。。

      そうそう!今夜21時から「少年寅次郎」が始まります。
      夜型読書人さんもぜひご覧いただけたらと思います。
      2019/10/19
  • 27歳で念願のキリン博士になった郡司さんの解剖を通して、キリンの首の動きのメカニズムを解明していった過程が興味深く、挿絵もはさみながら分かりやすく書かれている

    ヒトと同じ7個の頚椎数でありながら、高いところの葉を食べ、低いところの水を飲むという相反する二つの動きを可能にしたのは高い可動性を持つ『8番目の首の骨=第一胸椎』にあった!
    明らかになっていく過程は、知的好奇心をそそられ、おもしろかったが、それにもましてこの人の迷いのない素直な考え方がとても痛快だった

    人生の大半を仕事に費やすのなら、一生楽しめる大好きなものを仕事にしたいなあ

    生まれてから今までずっと好きなものって何だっけ

    生き物が大好きだったな。動物の中でも特にキリンが好きだった

    キリンの研究がしたいです!

    なんて単純明解でストレートなんだろう
    「好きこそものの上手なれ」は、郡司さんのためにあるのではないかと思うぐらいだ
    そして、こんな郡司さんを育てたのが、お母さんなのだ
    このお母さんがとてもユニークで自由で楽しい
    郡司さん自身が語っている

    「知識は生活を豊かにし、目にとまるものに価値を与え、新たな気づきを生み、日常生活を輝かせてくれる。私は、母の姿を通じて、知識を身につけることの楽しさと素晴らしさを学んできたような気がする。そして、誰かに強いられて知識を詰め込む『勉強
    』と、自らの喜びとして主体的に知識を得る『学問』の違いに気がついたのだと思う」

    と。我が子にこんなことを言われている母親、羨ましい!

  • キリン大好きなキリン博士が、キリンを解剖しまくり、「8番目の『首の骨』」の大発見をする解剖エッセイ。
    年末年始もキリンの解剖に明け暮れ、十年間で30頭ものキリンをバラし続けたキリン博士の語るエピソードは興味深く、時に笑えて、一気に読めてしまう。
    「キリンは絶対に面白い」「ノミナを忘れよ」など印象的な言葉も多々。「標本の作りやすさもキリンと良いところ」ってのは笑いました。そこか。。笑

    本質である、キリンの身体構造を明らかにしていく過程も非常に面白く読めました。
    ・重くて長い首の上下運動を支えるために、首に強力な靭帯(項靭帯)が入っていて、キリンが死んで横に倒れると、首が反ってしまうらしい。(馬の仲間でもあるんだろうか?)
    ・第1胸椎が動く!という大発見。腱の繋がり方と、椎骨の形状がで気づいた、と。肋骨が付いているのに、13度も動くものなんだなあ。オカピとの比較解剖や、CTスキャナーを使って、形状と可動域を明らかにしていく。専門外の人にもわかりやすいアプローチでした。

    8番目の骨とか、キリンが実は貧血がち?とにかく動物園行きたくなるエピソードもたくさんです。キリンに会いたくなってきました。

  • 著者のお話しをラジオやEテレで聴いて、大変面白かったので興味を持ちました。
    文書はとても分かりやすくて、面白かったです。世界にはまだまだ分かっていないことがたくさんあるのですね。
    何歳になっても知らないことを知るのは楽しいことです。
    どうして?なぜ?と思ったら直ぐ調べて本を読もう!と思いました。

  •  新しい人になかなか出会えない老夫婦の生活です。時々帰宅するピーチ姫が持ち帰って来てすすめてくれました。キリンというのが、なんともいえずいいですね(笑)。
     若い動物学者の体験エッセイですが、素直な人柄が気持ちがよくて、新しく出会えたことがうれしい人でした。キリンとの格闘の話も、全く新しい知見で、エピソードの一つ一つが興味深くて楽しい本でした。ブログに少し詳しく書きました。覗いてやってくださいね(笑)。
      https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202205010000/

  • 哺乳類の頸椎は、一般的な定義に基づくと基本的には7個で一定だ。この基本ルールから外れる哺乳類はマナティとナマケモノだけ。マナティの頸椎は6個で一定なのでまだ許せるのだが、ナマケモノの逸脱っぷりはすごい。

    ☆そして、このキリンの骨は8個だと発表したのがこの人。
    興味を持ったものをじっくり観察した結果である。
    ここでも、やはりキーワードは
    『子どもっぽさ』。

  • ほぼ一年ほど前でしょうか
    いつものようにラジオをつけて
    車の運転をしていました
    何の番組かは忘れてしまったのですが
    「今日は キリン解剖学者のグンジメグさんが 
     スタジオにきてくださっています」
    との声が耳に入ってきました
    えっ キリンの解剖学…
    と思いつつ 聴きこんでいくと
    いやはや その面白いこと楽しいこと
    若き研究者さんの弾むような口調、
    こんなに面白いことは世の中にない!
    の思いが言葉の端々から伝わってくる

    それから ほぼ一年
    いきつけの図書館の新刊の棚を
    何気なく眺めていたら
    あっ「キリン解剖」
    あっ グンジメグさん て 郡司芽久さんなのだ

    これこそ 研究
    これこそ 学問
    これこそ 学び

    郡司芽久さんのような
    若き研究者が
    この日本に ちゃんと存在する
    もう それだけで
    豊かな気持ちになれるのです

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著者プロフィール

解剖学者。東洋大学生命科学部生命科学科助教。1989年生まれ。2017年3月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程を修了し、博士(農学)を取得。同年4月より日本学術振興会特別研究員PDとして国立科学博物館に勤務後、筑波大学システム情報系研究員を経て2021年4月より現職。専門は解剖学・形態学。第7回日本学術振興会育志賞を受賞。著書に『キリン解剖記』(ナツメ社)。

「2022年 『キリンのひづめ、ヒトの指』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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