もしも学校に行けたら: アフガニスタンの少女・マリアムの物語

著者 :
  • 汐文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (133ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784811386119

作品紹介・あらすじ

「学校に行きたい!」そんな少女たちの夢が、ようやくかなうことになったアフガニスタン。けれども、三十年以上も戦争がつづき、大地も人の心も荒れ果てたこの国で、それはかんたんなことではなくて…。

感想・レビュー・書評

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  • 戦争による空爆で
    「市民がまた巻き添えとなり、多くの死者が出ました。」
    とのニュースを耳にして心が痛んでも、
    <亡くなった多くの市民>は
    私にとって
    <多くの市民>でしか無く、
    もしかすると、誰かを悼む気持よりも、
    テロリスト達への憎しみ、戦争の無意味さへの憤りの方が強かった、かもしれない。

    だって、ニュースを聞いても何の行動もしなかったから。
    これがもし、死んだのが家族だったら?愛する人だったら?
    どうだっただろう。

    著者の後藤さんにとって、
    戦争で被害を受けた人は皆、家族であり、
    血を分けた肉親であった。
    だから、
    テロリストが未だジャーナリスト達を狙っている危険な地帯を通り抜けなければなかったとしても、
    それを承知の上で
    (一刻も早く現地へ向かい
     戦争によって働き手を失い、生活も困窮している人達の現状を世界に発信し、救助を求めなければならない!)
    と、現地へ向かった。

    それをジャーナリストとしての仕事なんだからしょうがない、と言われればそうなのかもしれないけれど、
    本を読んで感じたのは、
    後藤さんの使命感は
    仕事の範疇を遥かに越していた、様に思う。

    実際、取材先の家族に対する接し方は
    まるで(お父さん)の様だった。

    お父さんなら、
    家族が哀しみに打ちひしがれている時、
    こんな風に慰めるだろう、
    こんな風に励ますだろう、
    そして、
    幼い子供たちがしっかりと生きていけるように
    助言をしてくれるだろう。

    一家を支えていた長男を失い、
    途方に暮れていた家族に、一人のジャーナリストが与えてくれたものは本当に大きかった様に思う。

    ただ、
    お母さんが言った
    「家族思いの息子が、何故死ななければならなかったのか?私にはいくら考えてもわからないんです。」
    の一言が胸に突き刺さる。
    その問いに答えがあるとするなら、
    世界はこんな馬鹿げた戦争なんてしちゃいないだろう。

    後藤さんのご冥福を心からお祈りいたします。

  • 米軍の誤爆で長男を亡くし失意の底にいる家族。でも少女マリアムは希望を持ち学び続ける。報道されない人々の姿や思い。見ようとしなければ見えないもの。私たちが忘れていることは何か、ということなのかもしれない。

  • 後藤健二さんの著作。ようやく図書館予約がまわってきて読めました。
    子どもにもわかるようなくだけた文章なので、大人にはさらにわかりやすく、言葉と気持ちを選ぶような思慮深い文章から、そのお人柄が偲ばれます。
    同じ地球上で貧困や戦争に苦しむ人があまりにも多くいること、本当の平和ってなんだろう?ということ…後藤さんにはもっともっと伝えて欲しかったです。改めて、ご冥福をお祈りします。

  • 2001年からの取材をもとにした本。
    平和が訪れたはずだったのに、いまも続く混乱。
    作者は痛ましい死を遂げられたけど、こういうジャーナリスト魂を持った方が伝えることが何よりも浮かれた無関心な日本に必要なんじゃないかと思った。
    平和ってなんだろう。我々の援助は本当に平和につながっているのか考えなくてはいけない。

  • 子供のために買った本だが、どんなものだか少し読んでみようと読み始めたら止まらなくなり、一気に最後まで読んでしまった。
    15年前のアメリカ同時多発テロの後、アメリカがアフガニスタンに侵攻してタリバンを制圧し、アフガニスタンが初めての民主的な大統領を選出した頃の市民の様子が描かれている。
    アメリカ軍の誤爆により長男を失った家族に寄り添い、9才の妹が初めて学校に行くことになり、本人や家族の喜び、戸惑い、誤解、それから学校側の混乱、そして本人の学びたいという強い意志が、家族との会話により描かれている。
    6才になったら当然のように小学校に入学して、学校に通い始める日本で育った私には到底理解できない感情がそこにはある。後藤さんはこの家族に寄り添いながら、決して深入りせず遠くから見守る姿勢を貫いている。
    自分の子供と同じ9才の少女のことを思うと涙が出て止まらなくなってしまった。

  • マララさんの本を読んだ時も感じましたが、改めて学校で学べることのしあわせを痛感しました
    現地の人に寄り添った取材をする後藤さんの人柄も伝わってくるようでした

  • 学校に行くことが当たり前の国、時代に生まれた私。こんなにも学校に行くことを欲する気持ちを持った子供達が世界にはたくさんいる。ということに、胸が苦しくなった。
    そして、その事を伝えてくれた後藤さんがこの世にいないことに涙が出た。本当の平和とは。それを、世界に伝えるには。
    戦況のニュースは流れても、その下で被害を受けている市民の状況は伝わらない。
    自分に出来ることは何だろう。平和について考える。子供達に自分で考える力を伝える。・・・

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  • http://naokis.doorblog.jp/archives/message_from_kenji_goto.html【書評】『もしも学校に行けたら―アフガニスタンの少女・マリアムの物語』〜後藤健二さんからのメッセージ

    2001年11月、タリバーン政権崩壊直後からその後の約1年をかけて、アフガニスタンの首都カブールで、母グルマカイ、14-15歳の次男ハシュマッド、10歳の少女マリアム、3歳シャボーナの一家を取材。父はいなく、長男はアメリカ軍による誤爆で死亡、次男が一家を支えなければいけない。
    タリバーン政権は、女子教育を禁止していたが、新政府により女子教育が再開される。学校には机がないばかりか、ノート・鉛筆・教科書までが足りない。
    そんな中でのマリアムの学びたいという気持ち・姿勢には心を打たれる。表紙の彼女の笑顔がまぶしい。


    1.アフガニスタンへの道
    2.カブールー戦争の傷あと
    3.兄さんは、もういない
    4.戦争で失ったもの
    5.マリアムの笑顔
    6.学ぶことをあきらめない
    アフガニスタンという国について
    あとがきにかえてーアフガニスタンの昨日と今日、そして明日

    2015.02.01 イスラム国で殺害される。

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