- Amazon.co.jp ・本 (212ページ)
- / ISBN・EAN: 9784808310479
作品紹介・あらすじ
最年少のタイトルも偉業だが、最年長の初タイトルに心が動くのはなぜだろう
2019年9月26日、八大タイトルの一つ、王位戦で、将棋界にまた一人タイトルホルダーが生まれた。
木村一基九段。年齢は四十六歳。最年長にしてプロ入り後最遅、挑戦回数も最多の初のタイトル奪取に「中年の星」と騒がれた。まさに座右の銘である「百折不撓(ひゃくせつふとう=何度失敗してもくじけないこと)」を体現したような快挙だった。
藤井聡太七段はじめ、若い新星が次々と現れる棋界にあって、年齢による衰えは誰もが通る道。木村九段も例外ではない。「将棋の強いおじさん」「千駄ヶ谷の受け師」「解説名人」など数々の呼び名があり、人気は高いが無冠で、「もうタイトルは無理では」と思われていた木村九段の、衰えるはずの年齢での王位獲得。その長すぎる道のりを、東京新聞で「盤記者」として数々の取材や連載執筆をし、木村王位の多くの涙にも立ち会ってきた樋口記者がまとめた。
本書は「私の知らないような話や、ああそうなのかと記事を読んで初めて分かったところもあって、自分の話だというのに面白く読みました」という木村王位本人はもちろん、対戦棋士や関係者にも丹念な取材を重ね、書籍化の要望も多く寄せられた新聞連載「百折不撓の心 王位・木村一基」に加筆、再構成し、「王位獲得記念トークショー」「第六十期 王位戦七番勝負棋譜」も収録した。
感想・レビュー・書評
-
"負けと知りつつ、目を覆うような手を指して頑張ることは結構辛く、抵抗がある。でも、その気持ちをなくしてしまったら、きっと坂道を転げ落ちるかのように、転落していくんだろう。(『将棋世界』○七年五月号より)(p.56)"
将棋界には、多くのファンから愛される棋士たちがいる。「千駄ヶ谷の受け師」「将棋の強いおじさん」の異名・愛称をもつ木村一基九段もその一人。本書は、彼が2019年に最年長・最遅・最多挑戦で初タイトルを取るまでの軌跡を、丁寧な取材を通して明らかにする。
木村九段は、プロ入りこそ23歳と遅めだったが、プロ1年目には「将棋大賞」の新人賞に選ばれ、2年目には全棋士中の最高勝率を挙げるなど、当初から有望の新人として期待された。戦績も申し分なく、間違いなくトップ棋士の一人だと言えよう。しかし、そんな彼でもタイトル獲得には手が届かなかった。挑戦者には何度もなりながら、タイトル保持者の高い壁に跳ね返され続けた。プロ棋士のピークと言われる20代、30代を過ぎて、木村九段の成績は次第に下向き、タイトル戦からも遠ざかるように。その間、棋界は激動の時期を迎えていた。将棋ソフト(AI)がプロ棋士の実力を追い抜き、ご存じ藤井聡太五冠が29連勝の鮮烈なデビューを飾った。そして、木村九段はソフトを活用し、研究時間も増やしたことで再び成績を上げ、タイトル戦の舞台に返り咲いていた。2019年の王位戦、彼が挑戦する相手は、17歳年下の豊島九段。他の棋士から「序盤・中盤・終盤隙が無い」と評されるほどの実力者で、当時は名人と王位の二冠を保持していた。勝負は七番勝負のフルセットにまでもつれこんだが、最終局で木村九段が"生涯の代表局(塚田九段)"と言われる会心の指し回しを見せて豊島九段を下し、悲願の初タイトル獲得と相成った。
木村九段がファンから人気があるのは、しゃべりが上手く解説を聞いていて楽しいというのも一つあると思うが、何より彼の人柄があってこそのものだろう。あと一歩にまで迫りつつタイトルを逃すという苦渋を何度も味わいながら、諦めずに愚直に努力し続けた。その姿に惹かれ、「木村九段にはタイトルを取ってほしい」と応援したくなるのだ。
将棋の専門用語や符号はほとんど登場しないので、将棋を詳しく知らない人でも十分読んで楽しめる一冊になっている。
受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基
序 タイトルを取った日
第1部 修行の日々
第2部 タイトルの壁
第3部 不屈の魂
第4部 激闘、王位戦七番勝負
第5部 王位・木村一基
王位獲得記念トークショー
第1部 王位戦を振り返って
第2部 素顔に迫る
第六十期 王位戦七番勝負 棋譜詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
木村一基はプロ棋士、九段。1973年6月生まれなので、現在48歳である。
2019年に王位という将棋のタイトルを獲得し、注目された。木村九段にとって、これが初のタイトル獲得。その時に46歳になっており、初タイトル獲得の最年長記録、それも、それまでの37歳を大きく上回っていたため、注目を集めたのである。
藤井聡太3冠の例を見るまでもなく、強い棋士は、たいてい早くから頭角を表す。これまで中学生で棋士になったのは、加藤一・谷川・羽生・渡辺・藤井と5人だけであるが、いずれもタイトルを獲得するトップ棋士になっている。それに比べると、木村が棋士になったのは23歳の時と、かなり遅く、また、上記の通り、46歳になって初めてタイトルを獲得するという、超遅咲きの棋士である。その間の努力はいかばかりかという面、さらには、46歳になっても努力を続けていればタイトルを獲得出来るのだという事実が、中高年に勇気を与え、「中年の星」とも呼ばれた。
王位戦は地方新聞数社が共同で主催する棋戦である。そのタイトルを木村が獲得したことは、多くの人たちの関心を集め、主催者の中日新聞・東京新聞が「百折不撓の心 王位・木村一基」という題名で木村をテーマに新聞連載を行った。本書は、その連載、更に、木村が参加したトークショーの様子や、王位戦の棋譜を加え、1冊の本にまとめられたものである。
木村はファンの多い棋士であるが、本書を読めば、それが何故かが分かる。誠実な努力家であり、かつ、話がうまい。将棋に詳しくない人が読んでも面白い本だと思う。 -
「勝つことは偉いことだ」という言葉がある。あと一勝すればタイトル獲得という対局に臨むこと八回、いずれも退けられてきた男にとって、またその男を応援し、支え続けてきた人々にとって最後の一勝はどんなにか重いものだったろうか。
46歳(最年長初タイトル)、7回目のタイトル挑戦(無冠のままでの最多挑戦)で時の名人 豊島から初のタイトルとなる王位を奪取した木村一基は、奪取当時から「中年の星」などと言われて話題であったが、今にし思えば群雄割拠の四強時代から藤井一色に染まるまでの僅かな期間にチャンスをものにしていて、不撓の男に将棋の神様が微笑んだとしか言いようがないタイトル獲得であった。
本人や関係者へのインタビューをもとに本人の人柄や番勝負の緊迫感をよく再現して、東京新聞に連載した記事の単行本化。爆笑の王位獲得記念トークショーの書き起こし、王位戦七番勝負の棋譜も併録。 -
多くの方からの丁寧な取材を通じ、多面的に人物像を浮かび上がらせていると思います。
本人にまつわる多くのエピソードを丹念に押さえ、それを手がかりにして取材し、言葉を引き出すことで、織り上げるように場面と心情をまとめ、ただの礼讃本ではない深みのある一冊に仕上がっていると感じます。 -
王位を失冠してから手にして一気読み。単なる将棋の強いおじさんではない、芯の強さと人柄に惹かれる。
-
将棋の強いおじさん・受け師・中年の星が46歳で7度目のタイトル戦に挑み、フルセットで王位を勝ち取る、というものすごいことをやってのけた。自伝・インタビュー。
つらいことがありながらも、何度も立ち上がり、ソフトの力も取り入れて、悲願を成し遂げた。しかし結局のところは勉強の時間を増やした。ここだろうと思う。嫌にならずに、何十年やってきても自分で楽しみを見つけて努力し続けることの重要性。 -
受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基
樋口薫
2020年7月18日読了。
2019年。最年長、最遅、最多挑戦でタイトルを奪取した木村一基棋士について書かれた本。
2020年6月27日第一刷発行。
大好きな棋士の1人で研究の本はいくつか出ていたがこういう本は少なかったと思う。タイトル「王位」奪取に合わせて出版された本で、著者は東京新聞の樋口氏。
木村王位だけでなく、知人友人、関係者についてインタビューした内容を基に木村王位を浮き彫りにする。
少年時代から、奨励会、プロ入り、プロでの活躍とこれまでの歩みを振り返るような一冊。
ファンなら是非一読を。
コラムも良いですね。
「揮毫」
木村王位の人生の代名詞とも言える「百折不撓」
プロ入り四段になったときに選んだ言葉。そのエピソードとか。
王位を奪取することになった第60期王位戦前の記念扇子にて、対局者がそれぞれ自由に一字を扇子に揮毫するが、豊島王位が「究」と揮毫。それに対して木村九段が選んだ一字がなんとも「千駄ヶ谷の受け師」の異名を持つ木村九段「らしい」一字だった。
後半は2020年1月11日に開催された王位獲得記念トークショーを書き起こしたもの。
実は現地に参加してまして、当時の雰囲気や話の内容も思い出せてとても楽しく読めた。
会場は終始笑いと皆さん木村王位を慕う雰囲気に包まれていて良い思い出。
良く覚えてる一場面として、ファンからの質問に答える場面。
「もうすぐ娘が生まれます。『一基』にあやかって名付けたい。いい名前はありますか?」
そこで、間髪入れず
「そりゃないでしょ。自分でつけて下さいね。私がやることじゃない。親御さんが最初にあげるプレゼントなんですから。」と。
素敵な返しだし、ファンからの質問も大切にしつつサッとこうしたコメントが出る木村王位の人柄が出た一面でした。 -
序 の段階でもう泣きそう