夜中の電話 父・井上ひさし 最後の言葉

著者 :
  • 集英社インターナショナル
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  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784797673067

作品紹介・あらすじ

2010年に没した井上ひさしが『こまつ座』を継いだ三女麻矢に語った遺言ともいえる77の言葉。夜中の電話で語った言葉は、次世代を生きる誰しもの共感を呼ぶ、最後のメッセージでもある。

感想・レビュー・書評

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  • 父親は娘に対して特別な感情を抱いている。友情や恋情(に近いもの)といったものが入り混じった不思議な感情だ。
     今回のこの本の著者は自分のことを父親からの視線で自分を見ていることが素晴らしい。

     三姉妹の末娘の著者も父親のことが大好きだった。「小さい頃の思い出は、いつも父と母、そして姉達と一緒だった。あんなに楽しかった思い出は私の宝物でもある」。そんな家族の幸せはいつしか崩れていくことになる。両親の離婚を経て、父と一時は確執があったものの、やっぱり、尊敬もしていた大好きな父のもとに、劇団「こまつ座」を通して戻って来ることになる。そして果敢無げ な彼女が劇団の経理をしながら懸命に生きている姿をみていて、温情をほどこしたくなるのが父親だが、厳しさを胸に自立を促すのだ。
     やがて、父が癌を、患っていることがわかるのだが、そのことを契機に著者を社長にとして任をたくすことを決意する。「最も大切な自分の時間を割いて、、、少しでもその喜びと苦しみを伝えて」いくことになる。「命を削って、毎日のように夜中に電話」をかけている父。劇団運営を「自分の命と引き換えに伝えてくる。父は新米社長をなんとか一人前にしなくてはと熱心だった」。なんかこの辺は焦りと無念さを、感じてしまう。

     著者の父親でもある井上ひさし氏は2010年に他界しているが、彼の生い立ちが不遇で複雑なこともあって満たされない思いがあったようだ。母親から引き離され孤児に預けられた経験がある。

     親は子供と絶えず、向き合って生活していかなければならないとは思わないが、しかしながら、この親子は向き合っている。事あるごとに父親が娘にその時に感じたことを、噛み砕いて優しく説いている。時々叱ることとあるんだろう。将棋の一手一手の駒の動きのように、最善の指す手が必ずある。その時に言わなければならない言葉っていうのがあるように、それを見逃さずにきちんと進言している。またそれを素直にきちんと娘は受け入れているのだ。それも凄いことだ。素晴らしい親子関係だ。しかも彼女はメモをちゃんと残している。父親の良いところは全部吸収しようとしているにみえる。

    自分の親が離婚して、しかもそれぞれが再婚してるのだ。まだまだ多感で親の愛を必要としている時だ。この時の気持ちをこういっている。「父と母のそれぞれの恋愛などは十八歳の私の許容範囲をを超えていた。、、、明るかった性格は一変して、私は内向的になり、、、一番楽しかった青春を楽しいと思えないまますごした」。挫折と失意のなかただ絶望していたのだ。なんか捨てられた思いだったんだろう。親の離婚それぞれの再婚っていうのはこんなにも心に陰を落とすとは思わなかった。でもそれでも父親を求めていた。

     総じて、この本の感想は父親の気持ちからみた親子関係をどうしてもみてしまう。
     父、井上ひさしは自分の余命を知ることによって、諦観の境地でいたに違いない。自らの想いの結実は劇団「こまつ座」の存続にあった。娘の快諾は父の胸に希望を与えるものだった。命を削って引き継ぎをする。と同時に、生きる術の全知性を伝授する。でも、最後に残るのは生きているものに対する「愛おしさ」である。娘の逞しいく成長した姿に無念さなんかなかったんだと思う。「以て瞑すべし」だったに違いない。娘の著者が事故で意識が病院のベッドで彷徨っていた時、
    駆けつけた父が、彼女のオデコに「キス」をしたらしい。その時に「私たちは父に愛されて」いることを実感したらしい。
     ある意味このお話の底流には、別れていく父親と娘の愛の痛切な叫びがあったような気がする。

    深く胸に迫った感動の一冊です。

    父と娘との会話のなかで、心に響いて影響された77の言葉を綴っている。そのなかでも気になるひとつを紹介する。

    「むずかしいことを、やさしく、やさしいことを深く、深いことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書くこと」


  • 不器用なリア王は愛する三女の直言を聞き入れられず悲惨な最期を迎えますが、賢明なる文豪、井上ひさしは不器用な三女に、自分の化身たる劇団を託し、その運営について病魔と闘いながら伝えました。結果、早すぎる死にも思える最期もとても幸せなものになったのではないでしょうか?言葉の大切さを大切にした作家が、深夜の長電話で愛娘に託した至言の数々。もしかしたらふたりだけの秘密であったものが、作品として本になったことは、やはり、井上ひさしの伝えたいことはひとりの娘に向けてというより、人間という存在全体に向けてのものだったから、実現したのだと感じます。一方、色々、葛藤と反発と敬愛を抱えた父と娘の濃厚な時間は、離れた家族の回復の物語でもありました。「父子鷹」の勝小吉と麟太郎、「巨人の星」の星一徹と飛雄馬なと、父と息子の成長物語はありましたが、父と娘のこのパターンの関係論は非常に貴重だと思いました。

  • 井上ひさしさんの言葉言葉…。短い中にものすごく深く温かい物を持っている言葉たちであった。
    舞台が猛烈に観たい。

  • 娘への深い愛情と、最後の最後まで
    創作にかけた井上ひさしの執念が
    垣間見えた。

    むずかしいことをやさしく…
    ゆかいなことをまじめに、

    この後にさらに続きがあったのは
    知らなかった。

  • 父親の心理面をわからないではないけどへんな話だ

  • 父・井上ひさしの残した言葉を娘・井上麻矢が忘れないようにまとめた本。私は井上ひさしのファンで彼の作品の他、書いた小説やエッセイから読み取れる人柄も大好きだ。この本にも、いたるところに娘を思う気持ちや、劇団を大事に思うところが残されている。
     病のため残された生きるわずかな時を、娘・麻矢さんへメッセージをすべて伝えようとしているところがとても共感できた。

  • くろねこ・ぷぅ


    松尾堂(ラジオ)で熊谷真実さんが熱心に勧められていた本。

    ある講義で井上氏の「4千万歩の男」を紹介され興味を持った。
    4千万歩の伊能忠敬も破格だが、小説も歩数に負けずに長いらしい。

    初めは氏のゴシップへの偏見で頭が(わたしの)満ち満ちているから首を傾げつつ眉を顰めつつ少しずつ読んだ。
    読んでいくうちに公私混同してはイケナイという種類のモノか?と思う。おそらく仕事への態度、世間への態度とそこから生み出される作品と私生活はまた別個のものなのかもしれない。
    熊谷さんが言うように本当に何度も読み返す価値はあるし、良いものは学び取り入れるべきだと思った。

    残念ながら著者の筆力は未熟と思う。

  • ・「問題を悩みにすり替えない」という言葉は聖書の中から父が解釈して、出てきた言葉だと思う。問題は問題として正面から受け止め、その問題が解決しないからといって、自分を卑下しない。「私は、なんて出来が悪いのだろう」とか「あの人とは相性が悪い」とか「こんな問題も解決できない自分はどう評価されるだろう」など、いつの間にか、悩みに転嫁されてしまう。そうなるともはや問題ではなくなる。なぜできなかったのか、できない理由を改善すればいいだけである。

    ・私がシングルマザーになった後、数々の職に就きながらマッチ箱のような小さな家を建てた時、誰よりも喜んでくれたのは父である。手が届かないと思っていたマイホームを持てたので、誰より私が嬉しかったが、父にとっても相当嬉しいことだったのかもしれない。自分の境遇を悲観せず、どうしたら両親揃った家族と同じことができるかを問いかけながら進んだ道だった。
    …父に「今度、我が家に遊びにきて」と私が誘ったときに言った言葉である。
    「君は偉いなあ。親が本当に嬉しいのは、子どもが家を建てて、その家に招待された時だ」とわざわざ時間を作って遊びにきてくれた。
    小さな家の中に入り、一番太い柱を手でとんとんたたいて、「なかなかいい柱だ」とほほ笑んでいた。
    「時々ここへ寄って、おいしいコーヒーと煙草を一服吸わせてもらおう。悪いけれどコーヒーと灰皿を買っておいてくれ」と封筒に入ったものを渡してくれた。いくら上等のコーヒーを買っても有り余るお金だった。その日はインスタントコーヒーしかなく、それを飲み、煙草を一服つけた。その煙草の吸殻を私はまだ捨てられずにいる。

    ・むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書くこと。
    最後まで自分に課した創作への基本姿勢を記したのがこの言葉である。実はこの文章にはそのあとがある。
    「まじめなことをだらしなく、だらしないことをまっすぐに、まっすぐなことをひかえめに、ひかえめなことをわくわくと、わくわくすることをさりげなく、さりげないことをはっきりと」と続いているのだ。

    ・父にある日、「君はなぜそんなに職を変わるの?」と聞かれた。当然お叱りの言葉があると思っていたところ、この言葉を言われたのだ。

    「何をするべきか」三十代の君にわかるわけがない。自分も六十歳を過ぎてやっとなぜ物書きになったかわかったのだから。

    ちょうどその頃、父は『君と暮らせば』という戯曲を書いていた。原爆投下から三年後のヒロシマを舞台にした父と娘の物語である。戦争を体験した時代を生きた作家として、書かなくてはいけないと思って書いた作品だった。これを書いて、父は初めて作家になった意味を知ったと言った。
    何十年も書き続けてきたのに、六十歳を過ぎてわかるのかと正直びっくりしたのを覚えている。

    ・以前、私が恋愛で悩んでいる時、父は私が悩んでいる恋の相手にとって、一番大切なものは何かと聞いた。
    例えば大変忙しい人だったら、その人にとっては時間が一番大切だ。もし時間はあっても貧しかったら、お金が一番大切だ。その大事なものは人によってそれぞれ違う。お金持ちがいくらいいものを買ってくれても、それはお金があればだれでもできること。自分を大切にしているとは言えない。その人が一番大切にしているものを自分に割いてくれているのかを考えてごらんと。
    言葉の魔術師と思われていた父だが、それと同時に態度が伴わない言葉の空虚さをよくわかっている人でもあった。

    ・父が「その人の原風景は何かという本を出したら、例えば原風景辞典のようなものを出したら、自分はそれをきっと買うだろうな」という面白い発言をしたので、それから珍しく、父の原風景の話になった。

    ・「プロというのは、静かにやってきて黙々と仕事をし、静かに帰っていくよ。それが本物というもの。見ていてごらん。うるさく音を立てる人間は、よく観察していると結局愚痴や文句ばかり言って何をやったかわからない。仕事は静かにするものだ」
    「ついでに言う」と前置きをして次のように話した。
    「仕事場に行く時に、気分が落ち込む原因は、その場所で自分の立ち位置がよくわかっていないからだ。仕事が楽しくないのを会社のせいにしたり、自分の実力不足のせいにするのは簡単ですが、少し見方を変えて立ち止まってほしい」と父は話してくれた。

    ・父は本当に劇場を愛していた。いろいろな方に声をかけ、劇場を中心とした街づくりをするという持論を展開し、本当に劇場を作ってしまった人もいた。
    演劇を使って、町を活性化する。観ている方が目の前にいるという芝居の形式が、一番厳しく、しかし面白い、とても贅沢な芸術だと言い続けていた。

  • 910.268

  • 井上ひさしさんが三女 麻矢さんに遺した言葉。そこかしこに井上ひさしさんの素顔が垣間見えるような気がした。わがままを言えばもっともっと突っ込んだ話しが聞きたいな。

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