謎床: 思考が発酵する編集術

  • 晶文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (358ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794969651

作品紹介・あらすじ

300年、眠っていた聖書、
86400秒、眠らないネット。

門外不出、他言無用。
直伝で継承される編集術とは。

情報はどう育まれ、多様な変化を起こしていけるか?
ITと編集力が融合すると何が生まれるか?
日本文化にはどのような「謎を生み育てる床」があったのか?
連想と発想の応酬から切り開かれる、
「ジャパン・プロセス」を巡る究極のヒント集。

感想・レビュー・書評

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  •  ドミニク・チェンはわりと好き……というほどでもないのだが、どこかしら、自分の目標というか、壁というか、ぶつかる相手というか、そういうものとして見ている。
     ビッグデータの活用については、個人のビッグデータについて話している。実際、スマホの側で会話した内容や位置情報から居酒屋を読み取ってか、宣伝がスマートニュースのようにでているわけだから、便利にはなっているのだが、悪い言葉もスマホは捕まえてしまうので、単に個人のビッグデータを集めればいいというわけではない。年齢が過ぎると、ビッグデータの活用は、老人ホームと墓探しばかりになるだろう。そうではない、良い暮らしを求めていけるサイクルがどうデジタル社会のサービスとして構築できるかが、彼らの問題であるし、これからの問題でもある。
     そこで松岡が述べているのは、まずパラドックスを表現できるAIでないとだめだという。これも納得できる。というのも人間は恐ろしく矛盾した生き物なので、AI自体も、パラドックスというか、ある種のユーモアというか、ある種の他者性を持つべきだろう。そして他者であるためには、矛盾を抱えて生きていなければならない。それがAIで出来ないかと問うている。

     また、松岡正剛の指摘に、ヴァナキュラーかつグローバルなものを成立させるのは「見立て」が大事だと述べている。
     「見立て」とは「分析対象としての情報体についての推論構造がずれていっても、そこにある本来の印象をずうっと保持していくこと」である。庭石を山に見立てることによって、まわりの敷き詰められた石も湖や川に変化していく。その見立ての領域をどれくらい持つかが日本文化のエンジンだという。イメージ力を、豊かにして、現実に反映させることだ。(妄想で終わらせないこと。妄想を形にするとき、かならず完成度や洗練が求められるから)
     そして、「好き」になることと「似ている」ということは同じ意味になるとドミニクは述べる。そこから、「~である」ということよりも「~になる」ということに関心を持つのが日本人なのだと言う。この「なる」変化のダイナミズムと、「似ている=好き」がどう成り立つのか。それは「日本語の使いにくさ」にある。

     例えば「加減」とか「結構」という言葉も、「結構です」という文字だけでは、肯定なのか否定なのかわからない。また、「手前どものミスでございます」の「手前」も自分たちのことをあらわす言葉なのだが、使い方によっては「てめえ!」と相手に変じる。「手前」と「てめえ」が裏表にある。「結構」は否定も肯定も中間にもなる。常に言葉は変化し、「なる」し、同じような言葉で「似ている」し、それを使いこなすことに「好き」は宿るのである。

     ドミニクはその「好き」をいかすべく、シンクロ率の高い人同士が集まるようなSNSアプリを開発する。それは格差的になるのではなく、「好き」のテーマで集まりやすく、いいねやフォローのない世界を作ろうとしている。これがうまくいったのかどうかはわからない。ただ、TwitterモデルのSNSは、なんでも利用する左派運動家VSそのアンチ連合軍になっており、それは少なくとも五年以上はやり合い続けている。このSNSの戦争を、どんなモデルで解決するか。ドミニクの提案が欲しい。

     ドミニクの好きな言葉にプロクロニズムがある。ベイトソンのプロクロニズムについて「一個の生物がその発生過程から、いかなるパターン形成をもって形態上の問題を解決し続けてきたかの記録」と説明している。蟹は蟹の情報をもって蟹になっていく。ちょっと蟹に似ている生き物も、情報をもって、蟹にちょっと似ている生き物になっていく。この宇宙観が好きなのだ。
     松岡正剛は、グレン・グールドは「人間が最も感動し共感する芸術は、よく練られた逸脱の様式だ」と述べている。松岡のほうは、その情報と生成に対し、ズレや欠損のほうを重視する。ドミニクは完成と良き世界が念頭にあるが、松岡は完成はなく欠けていて人間はいつまでも苦しんでいいというようなところを持っているので、そこが大きな違いだろう。

     そして、松岡正剛は提言を行う。まず、「特定のAに至るためのコースが、複数のQで設定できるということが大事である」というのは、これは良いと思った。
     そしてそのQの奥には、人間が牙を失う、体毛を失うなどの、失ったものがある。
     同時に獲得したものも多くある。四則演算も、コンピュータも手に入れた。
     要するに、文明と文化だ。逆にいえば、文明と文化で、多様なQを持って、Aに至っていこうということだ。しかし、今は多様なQを持つと、差別だなんだとなるので、一つのQにしてしまおうという活動家との戦いの歴史になっていると思われる。

     そうしたことを分かっているのか、松岡正剛は、「情報解釈はあるところ(レイヤー)に差しかかったら、回答フォーマットを変えるべき」と述べる。毎日洋服を変えたり、食べ物を変えないと、自同律に耐えられない。しかし思考フォーマットもそうでないといけないのではないか。いきなり俳句のように話すとか、論文から詩に変わるとか。ヒップホップにおけるラッパーのフォーマットの変え方を評価している。
     そして、ドミニクのトランプ現象への批判について、あまり松岡は共感を示さず、オリンピックや東京電力、沖縄基地問題などに対して松岡は、「システムの過重」が露呈している。それほど大きな「悪」があるわけではないと述べているのが興味深い。
     人類の成長神話の根本にあるのは、われわれ自身の中にある不足や欠損であり、そこに何かを埋め戻そうとするとき、世界に意味が見いだされていく。これは二人にとっての根本として見いだされてはいた。
     ではこれからのメディアはどうなるのか。松岡正剛は「存在含みのメディア」になるという。その人物という能動がずっとあり続けることによって成立するもの。それがこれからのメディアの可能性だ。そのコンテンツメディアに人間がいるのではなく、人間を追いかけていろんなコンテンツメディアを見るという逆転だ。一人の人間の情報を、親以上に、その人間について知っていく。そんな時代だ。

     さて、複製では多様性は生まれない。多様性はコピーミスがつくったものだ。どの程度のミスを許せば良いのかが問題となる。今も、この問題で、Twitterは秒単位で激論されている。しかもその構図は、人間がコピーのように思考を持つように強いる方が多様性派でリベラルで、むしろ保守派のほうが人間はコピーミスで多様なのだと述べている。大きくねじれているのである。

  • 現代社会の情報の渦の中でよりよく生きるためには、情報をつなぎ合わせ物語を紡ぎ出す編集力が必要だ。本書も莫大な情報量を読者に投げつけているという意味で、情報社会の縮図となっているが、異なるのはすでに二人の大いなる知性によって「編集」されているということだ。歴史上提唱された重要概念と議論を(おそらく卓球くらいの速さで)対談という時間軸に投射することで、現代に適合した議論へと変容させ、時には創発を起こしている。このような「編集」は、どのように生み出されるのだろうか?AIに彼らのような会話が可能なのか?この「謎」を解くために本書の中でもっとも重要と感じられたのは、ホロンのような相反した二面性/異スケール性/物語抽出可能なネットワーク構造を備えた“東洋的な“思考というものをどういった具体的技術に落とし込めるかという議論であろう。著者らは解決方法への希望を、タイトル「謎床」に込めている。腐ると発酵するは糠床しだい、「謎床」しだい。「謎床システム」とは対照的であるのがフィルターバブルという二極化を生み出すシステムであるのだが、これは現代の情報メディアの大多数にすでにビルトインされている。我々は、日々利用するツールによって偏った思考をもつ人間として家畜化されているという自覚を持たねばならない。本書は、より人間らしく、自由な思考力を手に入れるために「謎床」を持ちましょうという問題提起である。そして謎床のGUIはまだ発明を待っている。

  • 本屋でセイゴオさんの本を見かけ購入。浅学でドミニク・チェンさんのことは存じ上げなかった。
    チェンさんがセイゴオさんの「空海の夢」に没入したとあり、ドキリとする。前に読んだが、歯の立たなかった本。

    二人の対談は最初ITコミュニケーションの進化についてなのだが、ヘルメティックとかアフォーダンスとか、知らない言葉が出てきて、PCで検索すること数度。現代の知性に触れるには勉強不足だと自覚した。
    (引用)
    松岡:自分の認知と対象とのあいだに場所を空けておくということかな。それこそエピジェネティックな風景の中に置いておくという感じですね。ただし、いつでもそこに向かえるようにしておくわけです。そうした仕掛けによって、若干面倒くさいんですが、便利技術や便利思想をジャンクフード化しない状態で維持できているという感じなんです。

    お二人とも知性を身体化していると感じる。自分はお勉強として頭に詰め込もうとしてるんだな。

    後半は、例えばトランプ大統領の出現は、ITが自分が見たいものにしか誘導している結果という指摘。現在のITに欠けている部分を補正しようとするチェンさんの試みから、糠床の発酵のコンテキストへと話は発展していく。

    刺激的な本だった。もう少し関連図書を探そうかな。

    僕自身は森博嗣さんのWシリーズ、WWシリーズのようにAIやトランスフォーマーと会話が出来たらいいなあと夢想するけれど、道は遥か彼方かな。

  • 時間軸、国を超えた単語が飛び交う、無重力空間での問答。
    曼荼羅がミクロになり、マクロになり、ぐるぐるした。
    謎床とはよく言ったもので、頭の中をぐうぐる捏ねくり返ってもらった。

  • 消化できないほど豊富。わかる人にはわかる連想。知の巨人のような松岡正剛さんと、ネットや近年の日本と世界に開けたドミニク・チェン。ふたりがお互いから引き出し、響きあう。思考やアイディアを拡げるとき、刺激になります。

  • 細菌話では無かった、対談でなく松岡さんだけでも

  • 新しいアイデアを探している人には、
    インスピレーションを与えてくれるかもしれません。

    「見立て」や「Qを出すコンピューター」など
    ヒントとなる内容が随所にあります

  • 縁側メタファー
    42

    素材になるとは何か?
    43

    略図的原型
    98

    数寄
    ペネストレーションの意味は?
    124

    コンピューティングは手続きをコンテンツにできるか
    127

    志向性とは何か?
    151

    広告
    180

    エピジェネティクスの意味は?
    181

    編集工学とはなにか?あ
    216

    翼のついた意味
    217

    シンギュラリティ
    244

    空海の夢
    加上
    クリエイティブコモンズとはなにか?あ
    245

    コンテキストディペンド(文脈的依存〕
    とは何を指すのか?
    もののあはれ
    切り離す
    302

    リアルタイム

    マレビトの意味は?
    323

    謎をもたらす人

  • すごいお二人のすごい対談

  • これは完全に私の問題なんだけど、知識が追いついていかなくて、まったく理解不能。おいてけぼりにされた感がすごかった。お2人がとんでもなく色んなことを知っているということだけがわかった。

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著者プロフィール

一九四四年、京都府生まれ。編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。一九七〇年代、工作舎を設立し『遊』を創刊。一九八〇年代、人間の思想や創造性に関わる総合的な方法論として″編集工学〟を提唱し、現在まで、日本・経済・物語文化、自然・生命科学、宇宙物理、デザイン、意匠図像、文字世界等の研究を深め、その成果をプロジェクトの監修や総合演出、企画構成、メディアプロデュース等で展開。二〇〇〇年、ブックアーカイブ「千夜千冊」の執筆をスタート、古今東西の知を紹介する。同時に、編集工学をカリキュラム化した「イシス編集学校」を創設。二〇〇九~一二年、丸善店内にショップ・イン・ショップ「松丸本舗」をプロデュース、読者体験の可能性を広げる″ブックウエア構想〟を実践する。近著に『松丸本舗主義』『連塾方法日本1~3』『意身伝心』。

「2016年 『アートエリアB1 5周年記念記録集 上方遊歩46景』 で使われていた紹介文から引用しています。」

松岡正剛の作品

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