経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策

  • 草思社
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794220868

作品紹介・あらすじ

不況下において財政刺激策をとるか緊縮財政をとるかは、人々の健康、生死に大きな影響を与える。世界恐慌から最近の「大不況」までの各国の統計から、公衆衛生学の専門家が検証した最新研究。長年の論争に、イデオロギーではなく、「国民の生死」という厳然たる事実から答えを導く一冊。
緊縮財政が著しく国民の健康を害して死者数を増加させるうえ、景気回復も遅らせ、結局は高くつくことを論証する。

感想・レビュー・書評

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  • どの社会でも、最も大事な資源はその構成員、つまり人間である。したがって健康への投資は、好況時においては賢い選択であり、不況時には緊急かつ不可欠な選択となる。

    一般的な予測とは異なり不況は必ずしも健康を損ねないと言う「過去の自然実験」の結果がある。「1931年はアメリカ史上にあまり例がないほど健康な年になった」1929年から33年にかけアメリカの平均所得は一気に下がり、同時に総死亡率は10%減少した。33年以降経済の回復と同じく総死亡率も上昇を見せたのだ。

    この多くは長期的な衛生状態の改善で説明がついたが、失業による自殺率の上昇が覆い隠されていた。逆に交通事故死の減少は自殺者数の増加を上回っていた。そしてこの2つの現象はリーマンショックでも繰り返され、アメリカでは4750人自殺者が増え、交通事故死は3600人減った。

    健康への影響は他にもアルコール、うつ、公衆衛生予算の削減から来る感染症の増加、健康保険の喪失そしてホームレスの増加など様々な影響を受ける。100年前はニューディール政策が多くの人を救った。アメリカで実施された公衆衛生政策としては最大規模のものである。

    東アジア通貨危機ではIMFに従い緊縮財政で予算を削減したタイでエイズによる死亡率が急増し、最初に経済が回復したのは支援を拒否し、社会保護政策への予算を増やしたたマレーシアだった。

    リーマンショックではギリシャとアイスランドが好対照を示した。タックスヘブンを目指し銀行とごく一部の国民が投機に走ったアイスランドは2007年には世界で5番目に豊かな国になったがリーマンショック後にはIMFの支援の条件として保険医療関係予算の30%減を突きつけられた。しかしアイスランドの場合政府支出乗数が最も大きいのは保険医療と教育でいずれも3を超え逆に小さいのは防衛と銀行救済措置だった。2010年大統領はイギリスとオランダへの預金の返済を拒否した。リスクの高い投資者への返済を税金で補償する必要があるのか?そのため必要以上の予算削減までのまなければならないのかと。国民が団結したアイスランドは社会保障を維持したまま経済の回復も達成した。

    一方で緊縮財政を受け入れたギリシャでは社会的弱者の命と健康が危険にさらされた。失業による自殺者の増加、ヘロインから来るHIV感染者の急増、そして政府は医療事情の悪化を無視し続けた。

    自殺やうつを減らすための失業対策としては単純な現金給付よりもスウェーデンなどが実施したALMP、積極的労働史上政策が高い効果を上げた。アメリカのように「履歴書を用意して、シャワーを浴び、スーツを着ること」と言うパンフレットを渡すのとは違い、就職斡旋や職業訓練を実施し①速やかな再就職が可能になり②ジョブトレーナーと2人3脚で取り組むことで、しっかりとした社会支援があると思えることで精神衛生上のリスクを軽減し③失業の不安のある就業者にもなんとかなると安心感を与える。スウェーデンでは失業率が10%以上上昇したのにも関わらず、自殺率は一貫して減少し続けた。この研究によるとALMPに一人当たり190ドル以上の投資をした国では、失業率と自殺率の相関がゼロになっていた。ホームレス対策とともに健康にも経済の回復=財政再建にも効果が大きい。

    現在アメリカでは史上最高レベルで失業者が増加している。日本もこれからだが過去の自然実験をぜひ無駄にして欲しくない。

  • 国民の健康を守ることが国家の責務であるという命題のもと、社会保障政策が財政を破綻に追い込むどころか、人々の命を文字通り救い、さらに用法さえ誤らなければ経済を刺激して景気を押し上げることを示唆する本。

    この本の内容をリベラル風に読んでいまの日本を憂うことは読み方によってはできそうだが、
    本書の分析の対象はどれも短期間で大きく経済が落ち込んでいる極端な事例なので、それを平常時の政策に持ち込むことがどこまで妥当なのかは自分にはわからなかった。

    いずれにせよ、自分は経済政策に生かされているとか考えることも(ありがたいことに)普段はないので、勉強のきっかけをくれるいい本だった。

  • 本年の春先あたりにはあちこちの書店で話題書平積みになっているのをよく見かけた。

    本書の結論はズバリ「国民の命は経済政策に左右される」。経済悪化時に緊縮財政、特に社会保障と保険医療分野をケチると絶対にロクな事にはならないぞ、結果として高くつくんだ、という事がわかりやすい文章と資料で示されている。出てくるグラフは素人でも充分理解可能な簡潔さ。

    日本の場合はどうなんだろう…と考え、調べるきっかけになった意義豊かな一冊。


    5刷
    2020.12.27


  • 緊急事態宣言解除直後に読む。支援は必要だけど、どんどん使った後が怖いなんて思っていたが、根拠ある動きだったのだなーと、ちょっと安心。

    ブログ「新型コロナ自粛期間の読書一覧」
    https://hana-87.jp/2020/06/02/jishuku/

  • 経済政策が人々の健康に及ぼす影響を公衆衛生の観点から評価した本。緊縮政策は国民の身体的・精神的健康に悪影響を及ぼすだけではなく、経済効果も乏しい。それに反して正しく運営された積極財政は健康のためだけではなく経済的にも有効である・・ 経済政策にも医学と同じような厳密な評価が必要である。
    確かに小さな政府と新自由主義は国民の1%に大きな利益をもたらすかもしれないが、99%には経済的、精神的な負担を強いる・・ 行き詰まったとしかいいようのない現状の再評価のために豊富なエビデンスに基づいた事実を提示してくれています。おすすめ

  • 公衆衛生学の立場から、不況下における経済政策(緊縮政策)が悪意なく人を殺すということを、事例に基づき述べる本。たとえばソ連崩壊時に何が起きたかを知りたい場合にお薦め。

  • 大不況に於ける経済政策が、人の生命にどのような影響を与えるのか、実際に起きた具体例を基に公衆衛生学からわかりやすく分析をした一冊です。主として緊縮政策で公共支出を削減したことで起こる様々な人々に対する弊害を例として挙げています。難しい経済用語は殆ど無いので、とても分かりやすく読みやすい本でとても為になりました。

  • たまたまインスタで読んでる人が回ってきて、タイトルが興味深くて読んでみたい!と思った本
    図書館に置かれてて、これまた興味本位で借りたけど難しい内容ではあったけどすごい感慨深い内容だった。
    読み始めは、公衆衛生学ってなに?って状態だったけど、わかりやすくまとめてあるこの本を読み終えてからは、経済政策によって公衆衛生が悪くなり、それが人の命にも関わる問題になることを知った。
    今コロナによって不安定な状況にある世界は、一種の臨床試験(経済政策の)に巻き込まれてるようなものなのかもしれない。
    日本はこれまで医療費などの国民を守るための制度を削らなかったから、コロナによる死亡者が世界と比較して少ない方ではあるけど、それでも医療状態は逼迫してる…そう考えると緊縮財政政策を掲げて、保険福祉予算を極端に削ったイギリスやギリシャはコロナの流行で医者の数が足りず十分な医療を提供できないから、死亡者数が増えていくのも納得…
    これを読んで思うのは、大不況の中で日本の福祉医療費を削ろうとする、変な政治家が「まだ」いなくてよかったなと、、
    難しい本だけど、新しい知識を得られて満足満足
    自分の専門分野ではないけど、こういう本を読むのも興味と視野が広がるから大切だね!

  • 不況時の緊縮財政施策、特に公衆衛生に関する施策の縮小は長期にダメージを与える、と。
    IMFに言われていきなり緊縮財政を採用して悲惨な結果に陥った国もある。それに比べると日本はなんだかんだ言って急激な変化に対してのらりくらり前例維持で反応してて、でもそれが結果として、良くも悪くも急激な変動を鈍らせて、民衆が各自対応できるようになるための時間的猶予を確保することになるのかも。各自への負担はあるけれど安定した社会の実現という点で日本は優れてる。

  • この本を読むまで、公衆衛生学がどういうものなのかすら分かっていなかったけれど、過去の大不況時の各国の経済政策の事例が分かりやすく、財政緊縮策を取るか、財政刺激策を取るかで、一人一人の生活にこんなに影響を及ぼすんだと、とても参考になった。
    今後、選挙の時など各政党の政策を比較する時にも参考にしたい。

    2014年刊行なので、コロナ後まで網羅した最新版も出してほしい!

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著者プロフィール

デヴィッド・スタックラー(David Stuckler)
公衆衛生学修士、政治社会学博士。イェール大学、ケンブリッジ大学、オックスフォード大学などで研究を重ねる。オックスフォード大学教授を経て、現在イタリアのボッコーニ大学教授。著書にSick Societies: Responding to the Global Challenge of Chronic Diseaseがある。

「2022年 『文庫 経済政策で人は死ぬか?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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