おばあちゃんが、ぼけた。 (よりみちパン!セ)

著者 :
  • イースト・プレス
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感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (173ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784781690155

感想・レビュー・書評

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  • 「ぼけてもいいよ」と一緒に図書館で借りたけど、これもちゃんと買って家に一冊置いておくべき本。家族みんなで読むべき本。

    勉強になったこと、印象に残ったこと、感じたことを箇条書きにする。

    ・「監禁」は“周りの人”を平穏にするためのもの。
    ・自分が何もわからない、どうしたらいいのかわからない、無力だ。そう感じるならそれを自覚して素直に振り回されることが大事。
    ・縛り付けることで安静や安心を守る?守るべきことは、自分でトイレに行こうとする意志ではないか?ジョボジョボとおしっこをする爽快感を忘れるな!
    ・どこかへ帰ろうとする行動。それは制止するのではなく、どこまでも帰ることに付き合うこと。毎日毎日。本当は帰る場所なんてないんだってことに気づくまで付き合い続けること。それが私たちのできること。
    ・混乱をなくす努力ではなく、混乱に付き合う努力。
    当人たちは大真面目に取り組んでいるんだから。
    ・ぼけて自分の子どものことがわからなくなる。それは子どもを忘れてしまったんじゃない。本人が二十歳の頃にタイムスリップしてしまっただけ。だから子どもだって赤ん坊。だから大人のあんたは誰?になっちゃうだけ。忘れたんじゃない。常に子ども(赤ん坊)のことを気にしてる。
    ・失敗する前に先手を打つのは、命に関わることなどのみ。それ以外は先手を打たず、失敗してから、さてどうしたらいいかって一緒に考ればよい。

    本当に大切なことを学べました。今自分のまわりにぼけた人はいない状況だけれど、いつかの日の参考になるし、いつかの子育てにだって同じことが言えるはず。
    こちらでコントロールしてお世話するのではなく、一体誰が主役なのかを考えること。その主役がこんな行動をとっている時、どんな気持ちなんだろう、どんな葛藤を抱えているんだろうって寄り添って考えてみることが大事なんだ。

    中学生以上向けということで、とてもわかりやすいし、100%orangeの絵がとても良い。村瀬さんの体験をかわいい絵で4コマにしてるのだけど、本当にかわいくておかしくて愛おしい。

    「死につきあう」の項は泣きそうになってしまった。
    さらに最後の「ふつうに生まれてふつうに死ぬこと」の項へ続くわけだけど、自分が生まれてから死ぬ瞬間までを一瞬のうちに体感できるような内容で、少し自分がぼけて死ぬまでの過程をほんの1mmだけど頭で感じられた気がした。

    ただ、これを読んでも死に立ち会った時もわからなかったことだけど、自分が飲めず食えずになってしまった時ってどうして欲しいと思うのだろう。本当にこのまま穏やかにいかせてくれって思うのかな。とにかく助けてくれ!なのかな。本人の気持ちが聞けない分、周りの私たちが想像するしかない。それが正しいのかなんてわからない。話を美化することなんていくらでもできるけど、どうして欲しかったんだろうって永遠にわからないんだよな。。

  • うちのおばあちゃんは、現在、齢94歳。
    本当だったら、もっと早くボケがきていても、おかしくなかったのですが、今、着々とボケが進行しているのが、同居していて感じられます。

    一番感じた出来事が僕を含め、家族の帰りが遅いとわめき出すこと。
    普段はおとなしかった、おばあちゃんが夜中に奇声を発する姿は、孫ながら驚きを隠せなかったです。
    日に日に進行していくボケ。
    ちゃんと正面から向き合わないといけないと、頭でわかってはいるものの行動に出すのは、難しいです。

    ただただ敬遠することは良くないことだとわかりきっています。
    でも、世の中の家族の中で、こういった類の老人は家族内で厄介者と見られていることが過半数だと思います。

    僕も、そんななかの一人です。
    そんな自分が嫌で、少しでも理解しようと手にしたのが本書です。

    様々なケースを見ていると、本当に作り話のような現実が、そこにはありました。
    やさしい文章で描かれている中にあるいき場所を失った人たち。

    ボケは自然の摂理です。
    そんな人たちに一歩、歩み寄っていくことに、これ以上、最適な本というのはないと思います。

  • ・p.96
    ぼくたちはその混乱につきあうことにした。混乱をなくす努力ではなく、混乱につきあう努力だ。
    ・p.112
    彼らの生活において職員が先手を打つときは「命」や「権利の侵害」に関わるときだけ。それ以外は彼らの出した結果からともに歩む。


    改めて勉強になることばっかり。

  • 特養での利用者との接し方はどういうものか
    知ることが出来ました!
    ついの住処でその人らしく暮らせる援助がどれほど素敵なことか…
    そのように考えた本でした!

  • 高齢期や福祉のあり方、だけではなく、生きるとはなんなのか、ということも考えさせられた。
    自分の老後より、親や配偶者の老後をより深く想った。ややもすると、不都合な存在として見られがちな高齢者を、チャーミングに描き、わかりやすい。

  • お年寄りの醸し出す不思議な世界と、我々若者とは全く違う時間の流れ。でも介護の現場は時間との戦い。少ない人手で効率よく済ませることがカギ。(人手が足りないのは行政のせい。介護人にいくら気持ちがあってもそれを許さない仕組みになっているのだもの。そして良心は疲弊していくんだ!)
    果たしてそれはお年寄りにどう映るのか?いずれ行く道。焦らない。

  • この本を読んで、高齢者施設でお年寄りをサポートしてくれる人が全員村瀬さんのような、お年寄りのことを第一に考える人だったらいいのに、とおもった。元気になって帰っていく病院とは違って、帰るときは死ぬときというようななんとも切ない場所だけど、その長い長い人生の最後に寄り添うって素敵なことなのかもなとおもった。

  • 100%ORANGEのイラストだったので手にとってみました。
    母がこういうところで仕事をしているので勉強のつもりもあり。
    おもしろおかしく書いてあるけど、母の話を聞いたりしていると実際はもっと壮絶なんだろうなぁと思う。

  • ボケるって素晴らしい。老いるって素晴らしい。寄り添えるってシアワセ。

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著者プロフィール

宅老所よりあい(福岡県)代表。1964年生まれ。福岡県飯塚市出身。1996年2月から、「第2宅老所よりあい」所長を務める。著書に『ぼけてもいいよ 「第2宅老所よりあい」から』(西日本新聞社)、『おばあちゃんが、ぼけた』(よりみちパン!セ 25)など。

「2016年 『認知症をつくっているのは誰なのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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