散文精神について

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  • 本の泉社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784780719055

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  • 文アルより。著者の本は初めて読んだ。というより、読んだことのある人の方が少ないだろう。
    冒頭の「徳田秋声論」を除いて、他はどれも断章的で、論考というには短く、エッセイに近いかもしれない。本格的な論考や論文ということにはならないのだろうけど、短い文章ながら、文体も簡潔できびきびした印象を受けるため、(主張の内容の正当さ等は置いておくにしても)論旨が明快である。
    他の作家や評論家のコメントを受けての反論やそれを踏まえての意見という体裁のものが多いが、かと言って、頭ごなしに感情的に反論を述べ立てるという内容にはなっていないと思われた。批評したい対象となる文章を引用し、丁寧に問題点を抽出し、著者本人の意見を述べる。オーソドックスな書き方だと思うが、相手の主張も一旦は受け止め、一定の理解は示した上で、見解の異なる箇所について端的に述べる、という手法は、学ぶべきものがあるのではないかと思う。
    □『徳田秋声論』について
     そもそも、著者は徳田秋声を高く評価していると思われるが、著者の言う徳田秋声文学の特徴として、以下が挙げられる。
    ・庶民階級を題材にしている。英雄的人物も、卑しい身分の者も、徳田秋声は誰を特別視することもない。現実の事象に対して何らかの価値判断をせずに、そのままを描く。
    ・また、徳田秋声にとっては、何らかの倫理観やイデオロギーに基づく小説は、高い価値を持たない。
    (このことは、『散文精神について』で広津が述べている、「みだりに悲観もせず、楽観もせず」現実に対して結論を急がずに、冷静に見るべきものを観察し行き通していく姿勢、に通じると思う。徳田の小説に対する姿勢が、そのまま個人としての現実に対するあり方と通底するようなところがあるのは興味深く感じた。)
     徳田から正宗白鳥への反論で、人生は全て相対的なもので、芸術もまた然りという言葉があった。これは、散文芸術について広津が「人生と隣り合わせのものである」とした発言に関わってくると思う。すなわち、作家は小説をものするが、小説という芸術は、徳田や広津にとっては作家自身(もしくは作家自身とその身辺)を離れることはないのだと思う。広津は芸術を音楽・絵画等と散文(小説)とに分類し、前者は言ってみれば芸術のための芸術であるが、後者は、いわば「人生的な芸術」になるわけである。現実から乖離することで純粋に芸術的になるということではなく、現実との関連において成立する純粋な芸術のあり方があると言っている。そしておそらく広津に言わせれば徳田と対極にあるのは鏡花である…。

    □『散文芸術諸問題』について
     『散文芸術諸問題』には他の文書とやや異なる観点(あるいは深化する観点)から広津の文学観が語られていると感じた。
     素材主義について、これまで述べた通り、広津は、小説には実人生の新たな要素を不断に取り入れていくべきとしているし、それが小説(散文芸術)の発展に不可欠としている。一方で、「素材」となるその新たな現実をそのまま作品とすると「ルポルタージュ」となるが、優れた小説が出るのは、最も素材を貪欲に吸収する「混乱」した期間を経て、芸術が現実から乖離しようとする、まさにその時期であるとしているのは、興味深かった。つまり広津は、散文芸術は実人生から素材を取り入れるべきだが、程よく現実からも乖離しているべき、と考えている。散文芸術の位置は、詩と現実との間で、中途半端にその中間という意味ではなく、その中間そのものが純粋に芸術として成立するような、そのような位置関係にあるものを散文芸術と考えてはどうかと述べている。
     次に形式主義についても述べている。散文芸術では形式(スタイル、描かれ方ということなのだろうか)こそが本質的であって、書かれようとする内容に重点を置かないという態度については、批判的に論じている。なお、表現と素材、フォームとマッターと言い換えてもいる。
     表現が重要と言っても、広津曰く、表現が素材に影響されることは不可欠である。その作家の独創的な表現の手法というものは、結果的に確立することがあるかもしれないが、作家がまず行うべきは先に述べた素材の不断の吸収と実践(創作に落とし込むこと)であって、表現の方法を先に云々すべきではないのでは、としている。
     この主張は、徳田秋声論につながってくると思う。徳田秋声は、生涯を通じて庶民階級の(あるいは自身の)人生を描き続けたが、その態度は、広津によると長距離ランナーのように、ストイックに創作をものし続けたと読み取れるからである。

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