- Amazon.co.jp ・本 (424ページ)
- / ISBN・EAN: 9784778314385
作品紹介・あらすじ
人類はそれを厄介払いできない!もっとも冷酷な寄生生物-50万年の長きにわたって人類と蚊とを手玉に取り続ける、マラリア原虫の驚異的な生存戦略。その進化の秘密を解き明かす。
感想・レビュー・書評
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2016.9.192016.9.30
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SDGs|目標3 すべての人に健康と福祉を|
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「闘い」と言うけれど、まともなバトルになっていない印象。確かにマラリアは厄介な敵ではあるけれど、それと同じかそれ以上に、人間側が愚かすぎて。
その原因は、ひとえに人間側の足並みが揃っていないことにある。「明日から本気出す」ではないが、マラリア撲滅は万物の霊長たる人間様が「本気」を出せば、今や絶対に不可能なことではなくなっていると思われる。
要するにいろいろな意味で、マラリアは「絶妙」なのだろう。先進国の上流層にとって、癌のように「明日は我が身」ではなく、エイズや天然痘のように「確率は低くとも、もし罹ったらと思うだに恐ろしい」ものでもない(もちろん、いつ劇症化するかわからないのだが、今のところは罹患=死といったものではない)。病の原因も、感染経路も、対策も、何もかもわかっているマラリアがどうしても撲滅できないところに、技術的なものとは別の意味での人類の限界、そして敗北を見たように思った。
マラリアという古くて新しい病、とても今日的なテーマである。
2018/1/3〜1/5読了 -
・マラリア原虫は、宿主の行動を感染に有利なように操作する。蚊は人を刺したくなり、ヒトも蚊に刺されやすくなる(p31-32)。知らないうちに行動を操られているかもしれない。興味深く、怖い話。
・マラリアに対抗するために、対マラリア以外の面では不利なはずの遺伝子が現れ、生き残っていく。人類全体の遺伝子構成にさえ影響する。
・一方、原虫の方も遺伝子の試行錯誤を繰り返し、次々に薬品への耐性を獲得していく。救世主だったはずの特効薬を安易に使いすぎることによって、薬が効かなくなる。また薬の介入で人体の側の防御システムが解除されたために、次の段階ではさらに大きな災いが起きることもある。
・その背景には、医療への不信や杜撰なマネジメント、資金調達や政治的事情などが複雑に絡む。遺伝子=ジーンだけでなく、ミームも一緒になった闘いの軌跡。 -
マラリアと人類の闘いの起源は実に50万年前、ヒトが火を使い始めた頃に遡れるという。病原体自体はそれ以前から存在し、サルや鳥を宿主としていた。
以来、現在に至るまで、ヒトとマラリアとの闘いは続いている。本書によれば、毎年3億人ものヒトが感染し、100万人が死亡する。おそらくはこれほど多くの人類を死に至らしめた要因は他にはまずないと言ってよい。
キニーネ、クロロキン、DTT、アルテミシニンといった有効な薬がありつつも、根絶に至っていないばかりか、無視できない数の犠牲者を生み続けているのだ。
これほど手強い敵であるのはなぜか。
最大の理由は、マラリア病原体の複雑な生活環にある。
マラリアはプラスモジウム属の単細胞生物、マラリア原虫によって引き起こされる。ヒトに感染するものとしては主に4種が知られる。
これらは、ヒトの体内にだけ住むわけではなく、媒介生物である蚊(ハマダラカ)の中でも生きる。有性生殖を行うのは蚊の体内である。蚊の中で増えたマラリア原虫の胞子は、蚊がヒトを刺す際に、ヒトの体内に入る。胞子は肝細胞へと移動し、そこで分裂体と呼ばれる構造を作る。分裂体は血球に移動して無性生殖を行うか、有性生殖のための生殖母細胞を作る。蚊が吸血して生殖母細胞が取り込まれると、これらが有性生殖を行って、次の周期が始まる。
こうした生活環の中で、マラリア原虫は実に7回もその姿を変える。宿主であるヒトや蚊の攻撃を巧みにすり抜けて、生き延びていくわけである。
生活環の中のどこか1点を叩いても、それで原虫が根絶できるわけではない。息の長い取り組みが必要となってくる。
マラリアはまた、貧困と強く結びついた疾患でもある。
水道などのインフラが整っていない場合、往々にして、水たまりなど、蚊の増えやすい場所が放置されがちである(病原体が判明するまでには、紆余曲折があり、長らく瘴気(毒のある空気)や沼地のせいとされてきた。蚊が淀んだ水で増えやすいことを考えると、あながち的外れでもない)。網戸などの家の遮蔽も整っていなければ、蚊に刺され放題になる。
マラリアのせいで働けない間の負の経済効果も見逃せない。これが貧困に拍車を掛ける悪循環の一因ともなりうる。
さらに困ったことには、蔓延地域の人々にとっては、マラリアは「日常的」な「ちょっと厄介なもの」なのだ。冒頭に挙げた感染者3億のうちの100万人は大変な数のようだが、逆にいえば、感染者のうち、死亡にまで至るのは300分の1であるということである。大抵の場合は、感染はするが一時期のことで、死亡するのは不運で稀な例にも見える。これに本当に真剣に取り組むのはなかなか厄介なことだろう。
殺虫剤を塗布した蚊帳の配布も行われているが、現地の人からすると、暑苦しい蚊帳を「ありきたりな病気」のために使うのか、ともなりかねない。配布されている蚊帳がどの程度有効に使用されているか、著者は疑問を呈しているが、これも重要な視点だろう。
1950年代、DDTを使った根絶作戦は惨敗に終わった。
DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)は、マラリア原虫というよりも、ヒトとの間で原虫をやりとりするもう一方の宿主、蚊を叩くことを目的とした。
これには2つの問題があった。1つはこの薬剤による環境に対する害、もう1つはこの薬剤に対して耐性を持つ蚊が生まれたことである。DDTは当初、害虫である昆虫全般に効き、ヒトには害がない、夢の薬と見なされていた。だが、生態系を大きく崩し、環境中に長期に残留するこの薬が危険なものと見なされるにはそう時間は掛からなかった。一方で集中して大量に撒布されたがために、耐性蚊はすでに生まれてしまっていた。一時は絶好の解決策が見出されたと考えられたため、マラリア自体の研究も下火になってしまっていた。
戦い済んで日が暮れて、残ったのは解決されないマラリア禍であるという事態を招いてしまったのだ。
マラリアは、先進国にとっては過去のものに感じられるかもしれないが、途上国にとっては現在進行形の大きな問題である。このグローバル化社会において、それはつまり、先進国でもまた現在・未来の問題になりうることを意味する。マラリアが「感染症」であるからだ。
現在ではマラリアが見られない地域であっても、温暖化が進み、マラリアを媒介するハマダラカの生育に好ましい気温になれば、一気に感染が広がる可能性もある。先進国では、すでにマラリアに免疫がないヒトがほとんどだ。マラリアはヒトからヒトへは感染しないが、感染したヒトから吸血した蚊が広まれば、大流行に至る可能性は低くない。
マラリアの歴史を知ることは、マラリアだけでなく、感染症全般について考えるため、多くの示唆を含む。
そのための1冊として挙げられる本だろう。 -
温暖化がすすむ高温多湿の日本はいつマラリアが蔓延してもおかしくはない。人類はマラリアに勝てそうにないことに驚く。