- Amazon.co.jp ・本 (144ページ)
- / ISBN・EAN: 9784763408754
作品紹介・あらすじ
あの日を境に、私は「軽さ」を失った――
シャルリ・エブド襲撃事件生存者、喪失と回復の記録
2015年1月7日、パリで発生したテロ事件により12人の同僚を失うなか、
ほんのわずかな偶然によって生き残ったカトリーヌ。
深い喪失感に苛まれながらも、美に触れることによって、
彼女は自分を、その軽やかさを少しずつ取り戻す。
序文:フィリップ・ランソン(2018年フェミナ賞受賞)
ウォリンスキー賞(ル・ポワン誌主催)、ジュネーヴ・テプフェール賞受賞
アングレーム国際マンガフェスティバル作品賞候補最終ノミネート
感想・レビュー・書評
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二日前に岸田総理の選挙演説会場で爆発騒ぎがあった。死傷者が出ずに犯人もすぐ取り押さえられたのは不幸中の幸いだったが、そういったテロ事件がまた起きたことにひどく動揺してしまっている。
去年の夏の安倍元首相の暗殺事件もまだ風化してないのに…テロリストは何を考えているんだ?
偶然にもシャルリ・エブド事件の生存者の本を2冊図書館で借りて積読していたので、実際に読むことにした。
爆破事件のニュースを知ったとき、言いたいことがあるならどうして言葉を使わないんだと思ったものだけど、この漫画には「テロってのは言葉の天敵」(p.52)という台詞がある。みんな言葉に執着するべきだ。言葉じゃなくても、植物を植え替えたり絵を描いたり音楽を作るのでも…とにかく可能な限り創造性のあることを。なぜかというと生きているのが好きだから。
今回の事件はショックだったけど、少なくともシャルリ・エブド事件とそれに続くパリ同時多発テロ事件に比べたらずっとマシだわ…こんなふうに比べるのはさもしいことだけど、冷静になる役には立つ。 -
シャルリーエブドに勤めていたイラストレーター。
彼女がどのように事件の少し前、当日、そのあとを過ごし、自分自身を取り戻しつつあるのか、ということを美しいイラストで語る。言葉だけでは表せないような感情の揺れ動き、少しずつ色がついていくようなマンガ仕立ての本。
芸術を通して、現実を乗り越え苦しみと戦おうとする。
当時世界ではJe suis Charlie.とみなが叫び、共感を表明したけれども、違った視点、というか当事者の視点からこの事件について知る機会は初めてだったので、印象深かった。
いろいろ事件は起こるしいろいろな境遇に立たされる人びとすべてを理解することなんてできないけれど、他人に対する想像力をもっと育てたいと思った。 -
パリ「シャルリ・エブド」事件で、偶然にも生き残ってしまった著者による、自身を主人公としたバンドデシネ。事件の前日、主人公は恋愛に関する悩みでクヨクヨしていたことから朝寝坊し、出勤時間に遅れる。そして、そのことによってテロリストによる襲撃の被害に遭わずに済む。もちろん、死なないで済むこと、それ自体は喜ばしいことだが、それにしても、10年働いた会社の同僚を、テロ事件で10人近くいっぺんに殺される、という経験はめったにあるものではない。そして、その生き残りによる漫画というのは、あまりに重すぎる話だ。
ハードな皮肉・風刺を売りにして生活してきた彼女だが、事件の後には感性や感情の機能がストップし、心を動かされることがなくなってしまった。常に警察に厳重に警備された状態での、心に穴が空いた生活。
その彼女が、再び心の「軽さ」(軽やかさ、ざっくりと感性と言っても良いかもしれない)を取り戻すまでの物語。テーマのわりには、イラスト自体はポップではある。しかし、翻訳と文化の違い(フランスの文学やなんやらに関する固有名詞と、その注釈が多い)によって、読み進めるのにはそれなりに集中力がいると思った。
問答無用の虐殺事件の生存者であるわけだから当然だが、テロの実行犯の立場や、なにがテロを生んだのか、といったことについて考察している本ではない。そこに違和感がないわけではなかった(が、そこまで求めるのは酷なことかもしれない。) -
バラバラな気持ちの断片をそのまま並べてある感じでした。実際の心の中も、こんなにバラバラなのかと思いました。