大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件―なぜ美しい羽は狙われたのか

  • 化学同人
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784759820133

作品紹介・あらすじ

2009年6月.ロスチャイルド家がヴィクトリア時代に創設した博物館から,数百羽の鳥の?製が消えた.世にも美しい鳥が行きついた先は,希少な羽で毛針を制作する愛好家たちの世界だった! この奇想天外な窃盗事件を偶然知った著者は,最初は好奇心から,やがては正義感から,事件の調査に乗り出す.羽毛をめぐる科学史と文化史,毛針愛好家のモラルのなさと違法取引,絶滅危惧種の保護問題,そして未来へのタイムマシンとなりうる標本と,それを収集・保存する博物館の存在意義.スピーディーに展開されるノンフィクション.

感想・レビュー・書評

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  • いや、これも凄い本だった。
    ミステリー好き、博物館好き、鳥好き、あらゆる方におすすめしたい!
    感想をどう書けばいいのか、しばし悶絶…。


    最初は推理小説だと思っていたのだが、とんでもない、実話のルポだった!

    著者であるカーク・ウォレス・ジョンソン氏は、イラク戦争後のファルージャで、アメリカ政府系組織の都市再開発計画に携わっていたが、PTSDによる夢遊病状態で、窓から転落し大怪我をする。
    アメリカに帰国後の回復期に、現地で共に働いていたイラク人通訳、翻訳者、医師などが、アメリカに『協力した』ことを理由に迫害されていることを知ると、アメリカに亡命させるためのNPOを立ち上げる。
    その活動において、数千人の避難者をアメリカへ迎え入れたものの、全員を救えるわけではなく、資金集めもままならず、精神的に追い詰められてしまう。

    そこで出会ったのが、渓流釣り(ブラピの若い頃の映画「リバーランズスルーイット」を思い出す…内容はほとんど忘れたが…)。
    これが彼にとっては、無心になれ、非常にリラックスできる最高の気分転換だった。
    渓流釣りは、素人がいきなり出来るモノではなく、ガイドを頼むのだが、そのガイドのスペンサーと意気投合。スペンサーから、美しい毛針を見せてもらう(彼のは合法的な鳥の羽を使っている)。
    そして、この本の本題である、「大英自然史博物館珍鳥標本盗難事件」の触りを聞かされる。
    大いに興味を持ったジョンソン氏は、ままならないNPOのストレス解消手段として、この事件について調べ始めるのだが、毛針世界の闇と、神秘的な美しさを放つ希少鳥の奥深さを調べることにハマってしまい、本業そっちのけになってしまう(いや、その探究心たるや尋常じゃない)。

    本書は三部仕立てで構成されている。

    第一部は、19世期ダーウィンの時代まで遡り、自然回帰主義が隆盛し、人類がアマゾンやインドネシアの密林で希少生物を次々と発見し、進化論などの生物学の新しい見地に辿り着く経緯を追っている。
    特に、この本で取り上げられている毛針に多用される希少鳥を採集し、人類による乱獲と絶滅を危惧し警鐘を鳴らしたウォレス(著者のミドルネームと同じ!)について詳しく書いている。
    また同時代は、ご婦人方のお帽子に鳥の剥製が丸々乗ってたりするファッションが大流行する(なんて残酷!)ほど、乱獲されまくりだったことも書かれている…正直この一部はなかなか読み進まなかった。

    第二部は、盗難事件について、犯人の証言をもとに経緯を書いている。
    犯人は、子どもの頃から毛針製作に夢中になり、その世界では、希望の星と言われるほどの存在だったらしい。
    毛針と言っても色々あるが、中でも「ヴィクトリアン・サーモン・フライ」なる王道レシピがあり、それには現在は絶滅危惧種に指定されているような鳥達の羽が用いられている。
    現在はワシントン条約など様々な法制度によって、希少動物は守られている。が、象牙やサイの角に比べ、珍鳥の取締りは甘く、闇で恐ろしいほどの高値で流通している。
    どう考えてもこの犯人、用意周到な犯行に見えるのだが、結局アスペルガー症候群による突発的な犯行とされ、執行猶予のみとなる。

    第三部では、ジョンソン氏がコトの真相を知ろうと、犯人の交友関係や、裁判に関する資料、毛針交流サイトなどを根気よく調べた経過が書かれている。いや、もう探偵ですかってくらいに調べまくっている。
    犯人とも直接会って、8時間以上に渡って話しているのだが、犯人の周囲から聞いた話でも、会った印象からもアスペルガー症候群とは思えなかった。
    恐らく、診断を出した精神科医(後にこの医師の診断方は、否定的な捉え方をされている)の前では、アスペルガーの特徴的な振る舞いを真似たのではないか?と結んでいるが、確か医師もそれは可能だと半ば認めている(アスペルガー症候群ではなく、サイコパスだったのでは⁉︎と中野信子さんの「サイコパス」を思い出してしまった)。 

    犯人に刑が下されても、下されなくても、珍鳥標本の多くは戻らず、例え戻っても採集年と地理的情報が書かれたタグが外されていたら、標本としての価値は無くなってしまうのだそうだ。
    予算が貰えない博物館は、警備の厳重化が難しいことも書かれておりました。

    まだ交通手段も、通信手段も発達していなかった時代、黄熱病やマラリアに苦しみながら、地球の神秘を集め、種の進化と絶滅危惧を説いた人々の努力を顧みず、渓流釣りなど全くしないくせに、ヴィクトリアン・サーモン・フライ作りに夢中になる輩(失礼)には、呆れるばかり。そういった人の中には、進化論など全く信じないカルト宗教を信じる人もいる…。
    そんな愚かしさも、人類の悲しい性なのかなぁ…。

    この本は、TBSラジオのsession22で、「外出自粛の今、あなたのおすすめの過ごした方は?」というような企画が3月にあり、その中で、リスナーの方が紹介していたのだ。
    荻上チキさんの著書を読んで以来、ラジオも愛聴しているが、知らない事、知るべき事を教えてもらえるオススメ番組である。2020.5.4

  • 【感想】
    凄い。「博物館から鳥が盗まれた」という地味な題材だけで、ここまで面白いミステリーが描けるとは。

    17歳でロンドンの王立音楽院にフルート奏者として入学した、音楽のトップエリート。その彼が魅せられた「毛針製作」というコミュニティはまさに見栄と欲望の界隈であり、罪を犯してまで高価な羽を盗む事態に発展した。

    本書が素晴らしい本なのは、こうした一界隈の闇の部分を取り上げつつ、木が枝を張るように話題を各方面に伸ばしていることだ。人々が何故動物の乱獲に熱狂したか、博物館が何故同じ動物の標本を何点も所蔵しているかまで風呂敷を広げながら、各要素を絶妙につなぎ合わせて一本のミステリーを作り上げている。

    筆者「しかし、調べれば調べるほど謎は深まり、何としてもその謎を解きたいという私の思いも強まった。私はいつの間にか自らの正義感に導かれるように、羽をめぐる地下世界、毛針作りに熱中するマニアや羽の密売人、頭のいかれた連中や大型動物を狙う狩猟家、元刑事や怪しげな歯医者など、魑魅魍魎が跋扈する世界に入っていった。そこには嘘と脅しがあり、噂と真実が入り交じっていた。(略)その過程で、私は人間の自然界に対する傲慢さのようなものを知った。どれほどの犠牲を払ってでも手に入れたいとする、美への飽くなき欲望についても」

    驚くべきは、筆者がこの事件に何も関係していないばかりか、毛針製作を全く知らないただの門外漢だったことだろう。未知の界隈に身一つで潜入し、毛針製作者たちから脅しを受けながらも「正義感に導かれる」まま事件を追っていった行動力は脱帽せざるを得ない。

    筆者の行動力とストーリーテリング能力にぐいぐい引き込まれ、あっという間に一冊を読み終えてしまった。是非オススメしたい。

    ―――――――――――――――――――――――――――――――――
    【まとめ】
    1 フライフィッシングと動物たちの乱獲の歴史
    剥製や標本の収蔵、モダンファッションの製作のために狩られ、絶滅に追い込まれていく動物たち。進化論ではなく創造論が信じられていた時代においては、動物は人間の興味と欲望を充足するためだけに狩られる存在だった。もちろん、鳥類もその対象だった。

    19世紀半ば、新世界において鳥類が乱獲された理由の一つに、フライフィッシングのための毛針作りがあった。
    釣りの目標であるサーモンからしてみれば、水中から見えるのは毛色の違いだけであり、質の違いによって釣果に差が出ることはない。しかし、ジョージ・ケルソンを始めとした毛針業界の第一人者たちは、毛針の芸術性を強調した。見かけの美しさと材料の希少性を重視し、毛針は華美さを競い合う路線に入る。一個の毛針を作るために異国の珍しい鳥の羽をふんだんに使い、なかには150種類以上の材料を使うこともあった。釣り人たちは「毛針作りとは単に適当な羽をフックに結べばいいものではなく、もっと深遠ななにかがあるはずだ」と考えるようになっていく。

    21世紀になっても毛針に芸術性を求めるコミュニティは健在である。しかし、新世代の毛針愛好家は、ワシントン条約が存在せず、動物保護の意識が薄かった旧世代と比べて不利な立場にあった。
    新世代の愛好家も過去と同様の芸術性にこだわったが、実際に制作するには法の壁が立ちはだかる。そこに登場したのがインターネットだ。インターネットは、希少な羽の流通を一時的に増やした。イーベイには、祖母の屋根裏部屋から探し出したヴィクトリア時代の羽帽子が出品された。一九世紀の飾り棚を取引するオンライシオークションサイトでは、自然界の名品珍品が詰まった飾り棚が売りに出され、そこに異国の鳥が含まれていることもあった。


    2 希望の星
    13歳のエドウィン・リストもヴィクトリア様式の毛針に魅了された人間の一人である。
    10歳のときに毛針作りに出会ったエドウィンは、めきめきと製作の腕をあげ、毛針界の希望の星と言われるまでに頭角を表していた。
    彼も旧来のサーモンフライ作りを心から愛していたが、どれだけ鍛錬を積もうとも、「本物の」羽をもっていないという事実によって、心が満たされることがなかった。どれだけ練習をくり返し、ヴィクトリアン・フライを作るのに必要な腕を磨いても、所詮は代用品を使って作ったまがいものである。彼は自分の作品に決して満足できなかった。
    数枚の羽を買うために何時間も骨の折れる薪割り作業をし、掘り出し物がないかと売却家屋や骨薫品店に無駄足を運び、脱皮した羽を分けてもらおうと動物園に電話し、希少な羽がイーベイで金持ちに買われていくのを横目に見ながら安価な代用品で毛針を作っていく。毛針作りは常に資金との闘いであり、当時学生だったエドウィンには手が出せる限界があった。

    エドウィン「毛針作りはただの趣味ではなく、寝ても覚めても頭から離れない一種の病気です…羽の構造を調べ、毛針の設計をし、自分がこうしたいと思うものを正確に表現するために新しい技法を絶えず探しています」

    2008年11月5日、エドウィンはトリングにある博物館のバックヤードを訪問し、鳥類の完全な標本の数々を目の当たりにする。何十万点もの鳥の仮剥製の数々は、価値にして数千万ドルはくだらない。この鳥たちが市場に出れば、いったい毛針界にどれほどの革命が起こるのか。そしてこの鳥をもし自分のものにできたら、金のことは一切気にする必要がなくなる。ヴィクトリア様式の毛針を一生分作り、毛針界の歴史に名を残すことができる。

    希少な鳥を手に入れたいという欲求は、日に日に彼の中で強まっていく。
    そしてトリングを初訪問した日から7ヶ月後の2009年6月11日、彼はついに博物館への侵入を実行したのだ。

    彼は16の鳥類種とその亜種に及ぶ299点の仮剥製を盗み出した。
    エドウィンはその後1年近くにわたって、イーベイで鳥の仮剥製と羽を売りさばきまくる。しかし、狭い業界で大胆に活動したため、当然足跡は大量につく。博物館に侵入してから507日後、警察に逮捕された。

    量刑は12ヶ月の執行猶予だった。医師による「アスペルガー症候群」の診断が情状酌量の余地ありとみなされ、牢屋に送られることは免れたのだった。

    盗まれたのは299点。完全な状態で戻ってきた、バラバラになって売られていたが追跡できたなど、ありかが確認できたものはそのうち193点である。
    さて、残りの106点はどこに消えたのか?


    3 共犯者
    この犯罪には共犯者がいたと考えられている。盗んだ鳥の売買を委託されていたゴクーというアカウント。ノルウェーに在住しているロン・グエンというエドウィンの友人だった。

    筆者は黒幕のエドウィンにインタビューを敢行する。

    エドウィン「私は私のことを泥棒だと思っていません。私がイメージする泥棒というのは、だれかが通るのを道で待ち伏せしてポケットから財布を抜き取り、翌日また別の人からスリを働くような人です。(略)私としては、自分が泥棒だとは思いません……私は泥棒ではありません。たとえて言うなら、誰かが私のところに財布を置いていったんです。私は盗るつもりはなかったけど、たまたまだれの財布を見つけた。もし、中に身分証明書が入っていたら、それなりのところに届け出て、あとでお返しするでしょう」

    8時間近くにわたるインタビューを行うも、残りの盗品を保管し続けているという決定的な証拠は得られなかった。

    続いて、共犯と考えられていたロンの元を訪れ、話を伺った。

    エドウィンは、何も知らないロンを犯罪に引きこんだ。博物館が強盗に気づいてイギリスの警察が捜査を始めたことを知りながら、ロンを盗品販売の代理人に仕立て、売上代金を転送するよう頼んだ。私がデュッセルドルフでエドウィンにインタビューしたときは、正式に捜査の手から逃れて何年も経っていたが、そのときでさえエドウィンは、ロンが自分のことをまだ友人だと思ってくれていることにあぐらをかいていた。

    ロンは筆者に、「単純に友人を信じた」と語っている。学生があれほど高価なものを持っていることに疑問を抱かなかった、と。そしてロンはいま、毛針制作より肉食のほうが環境にダメージを与えているのではないかと言っている。毛針マニアたちは、トリングの羽や皮が売られているのではないかと疑ったとしても、すぐにそれを打ち消す。博物館はまともに管理をしていないのだから、盗まれたと言いつつ実は何もなくなっていないのだと考えて、良心の安寧を得ている。自らすすんで犯行を認め、自分のしたことを反省する人間はいないのか?筆者は誰かにそれをしてもらいたいと望んでいた。

    ロンが犯罪の片棒を担いだのは間違いないが、彼は同時に、あわれな被害者でもあったのだ。

    ロンは葛藤していた。自分は間接的ながら罪を犯したという反省の気持ちと、コミュニティから不当に非難をされるほどのことはしていないという開き直りの気持ち。
    だが、ついにその日が来た。筆者に真実を打ち明け始めた。エドウィンの代理で20点の仮剥製を売ったことを認めたのであった。


    4 毛針界の闇
    国際毛針制作シンポジウムでは、さまざまな毛針を展示しながら、鳥の皮や羽が公然と売買されている。その鳥は明らかに不正取引されているものである。また、インターネットのイーベイでは、南国の珍しい鳥たち――ワシントン条約で売買が禁止されている種でさえも――が高値を付けられている。エドウィンだけでなく、毛針界全体が違法取引の闇の中にある。

    死んだ生き物の標本を保存することは、時代を越えて人間性を信頼することなのだ。代々のキュレターたちはこのコレクションが人類全体の知識向上に不可欠であるという信念のもと、害虫、日光、ドイツ軍の爆撃、火事、盗難などから連綿と守ってきた。そして彼らは、現段階ではまだ浮上すらしていない疑問についても、この鳥たちが未来のどこかで答えてくれると知っている。

    博物館のキュレターらが標本窃盗の話を共有するようになり、その発生件数が予想外に多いことがわかってくると、筆者はトリングの鳥についてのストーリーに横たわる、二種類の人間性を思わずにいられなかった。
    一方には標本を守ろうとしたキュレターたち、そして標本を使ってこの世の謎をひとつまたひとつ解き明かそうとしている科学者たちがいる。こうした人たちは、自然史標本を守り抜くという信念のもと、100年単位の時代を超えてつながっている。まだ見ぬ未来の人ともつながっている。科学の進歩により、同じ古い標本でもそこから新たな知見を得られると信じているからだ。
    もう一方には、エドウィンのような人や、羽の不法取引の闇世界にかかわる人たちがいる。それだけではなく、富と地位を求めて自然界を搾取しまくり、他者が所有していないものを所有したいという欲にかられる男女は昔もいまも変わらずいる。
    長期的な英知と短期的な私欲がぶつかる戦争で、勝ってきたのはいつも後者のようだった。

    トリングから盗まれた仮剥製の残りは、いまだ見つかっていない。

  • ノンフィクションだけど、フィクションみたいな話。
    タイトル通りの事件だけど、冒頭でその鳥の羽の標本をウォレスなどの学者が命がけで収集してきた事が描写されているので、それが簡単に私利私欲の為になきものにされてしまうのがあまりにも切ない。
    毛針というものに魅了されてしまう気持ちも分からなくもないけれど、それでもあまりにも身勝手な行動、そして全くの反省のなさになんだか気持ち悪さを覚えた。
    結局真実が解明されたとしても、羽は戻ってこない訳で、モヤモヤは残る。最後に一人の青年が改心する所だけが唯一の救いかな。

  •  原題を訳すと。ただの「羽根泥棒」となる。邦題の付けかたは、漢字16文字で推理小説を連想させるもので、購買意欲をそそらせる。もちろん推理小説ではない。学術的に貴重な鳥類の標本が、博物館から盗まれる。その羽根を、フライフィッシングで使う毛針の材料にするためだ。本事件の犯人は本の中盤で逮捕される。その後の展開が非常に面白いのだ。結局、何も解決しないのだが、人間の持つ心の闇、偏執狂、強欲といったものが、筆者によってさらさせる。
     科学系の出版社からの発行であるが、よくこの本を出版してくれたものだ。感謝。

  • 基本フォーマットは、タイトル通り、珍鳥の標本が大英自然史博物館から大量に盗まれるという事件の犯罪ルポ。でも、この事件、蓋を開けたら予想以上にいろいろな問題のてんこ盛り。
    珍鳥の羽毛をめぐる歴史的・文化的背景から始まって、その羽毛を使って作られる毛針のマニアックな世界、毛針愛好家たちによるエゴと不法取引、絶滅危惧種保護の問題、そして博物館の存在意義まで。どれを取っても重量感があって、それだけで本が一冊書けてしまいそうな問題ばかり。これらが300ページ余りの単行本の中で次から次へと立ち現れるのだから、息つくヒマがない。
    しかも、この疾走感あふれるルポを書いた著者は、これまでに犯罪調査の経験もルポライティングの経験もゼロ、鳥の生物学や博物館学についても素人だというのだから、驚愕もの。最初はちょっとした好奇心から始まった調査が、徐々に正義感に燃えるようになり、警察と裁判所が見切った事件を切り崩すに至る。著者の熱量がどんどん上がっていく様は、前述した問題のてんこ盛りと並ぶ、本書の読みどころだ。

    ところで、本書の発行者は京都に本社がある科学同人社。全く知らない出版社だったのだけれど、本書に挟んであったチラシを見ると、なかなか面白そうなラインアップを揃えている。今後、要watch。

  • 読み物としてはとても面白かった。ノンフィクション。筆者は2009年6月に大英自然史博物館(ロンドンではなくトリングの方)から299の標本を盗んだ事件と主犯エドウィン・リストから5年にわたり取材している。読んでいてバーダーにもフライタイヤー(日本語がわからん、毛ばりを作る人?毛針師?)にも非常に怒り悲しみを抱かせられる、涙無くしては読めないつらい話。作者は鳥にはまったく関係もなく、ヴィクトリアンサーモンフライも知らず、アメリカ人であるところが事件から程よい距離を保ち全体を読みやすくしていると思われる。
    イー湾やメル仮など個人が非合法の品物を売り買いできるウェブサイトの問題点を考えさせられる。例えば大手の南米河ですら、時折違法物品を見かけて(しかも廉価で)驚くことが多い。商品名を少し変えるだけでAIの網をくぐりぬけられたりするのだ。イーベイやメル仮で検索すると大量に違法野生生物物品が出てくる、そういう事実は自分でもブラウズ中にポッと出てくることもあるので知っていた。こうして実際に起こった犯罪を読むと本当に危機感を感じずにはおれない。

    The Feather Thief" on Dialogue
    IDAHO PBS
    https://youtu.be/hlEVbVJ139s

  • 博物館から鮮やな羽をもつ鳥の標本が盗まれるという、2009年に実際に起きた事件のルポ。すごく面白かった。
    第1部は事件の背景である、美しい鳥の羽にまつわる歴史。第2部は事件の経緯と犯人の逮捕。第3部では著者が残された事件の謎を追う。
    博物館が標本を保存する科学的な意義、美しいものを欲しがる人間の欲望、欲望を正当化しようとする心理、裁判の公平性、インターネットで出所の怪しいものを売買するマニアたちなど、色々なテーマが盛り込まれていて飽きない。特に中盤あたりからは引き込まれて一気に読んだ。

  • 大英自然史博物館から珍しい鳥標本(剥製)が300点が盗まれた。後日犯人が逮捕され、それは若いフルートプレイヤーを目指す学生だった。

    ノンフィクションだけど、映画みたいな話の展開で、読んでいるうちにドンドンと引き込まれていく。毛針制作マニア、標本の価値、進化論、ワシントン条約、密猟、美しい鳥の羽、毛皮のコート、乱獲、などなど気になるキーワードがてんこ盛りです。

    著者自身のキャラクターもたっているので
    かなり読み易かった。おススメです。

  • 嘘のような本当の話。
    そういえば、私の知人にも釣り人がいて、彼は非常に器用に毛ばりを作成する。一度、もらったことがあるが、美しすぎて使わずに取ってある。そういえば、アメリカに行った時には、お土産として毛ばりをピアスに作り替えたものを見かけた。

    野鳥ファンがいるのもわかるし、愛好家が希少で貴重なものを蒐集したがるのもわかる。しかし、博物館に修蔵されている仮剥製の鳥の羽が、よりにもよってこんな使われ方をするなんて、想像を絶する事件だ。一時期、博物館関連施設に勤務していただけに、ショッキングな内容であり、非常に興味を持って読むことができた。

  • 鳥好きには読むのが辛い。
    美しいものを所有したいと言う気持ちは責められることではないと思うが、博物館に忍び込んで貴重な鳥の標本を盗み、売り飛ばして金儲けをし、科学的価値も顧みずに一片の反省もしない人びとを擁する閉鎖的なコミュニティが心底恐ろしかった。
    毛針作り愛好家が家族同然に大切に飼っている希少な鳥を、飼い主の入院中に預かったガールフレンドを言いくるめて買取り、鳥を殺して美しい羽を高額で売り飛ばした同じ愛好家仲間のエピソードなど、自分の欲望のためになんでもする人っていうのがいるのである。

    専門家でもない著者が好奇心と正義感だけで真実に迫っていく様はノンフィクションだけど推理小説のような読み心地。
    めでたしめでたしとはならないけれども、最後、愛好家コミュニティの中から改心する人物が現れるのがせめてもの救い。

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