さぶ (ハルキ文庫 や 7-8 時代小説文庫)

著者 :
  • 角川春樹事務所
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  • Amazon.co.jp ・本 (361ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784758434652

感想・レビュー・書評

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  • 「ーーーいろいろなことがあるんだなあ」
    「生きていればな」
    「生きているうちはな」

    山本周五郎の代表作とされる60歳の作品。
    とても味わい深く、もう一度必ず手に取りたいと思う。年齢を重ね環境や経験が変われば、新たな気づきがある様な気がする。

    私もこの作品を手掛けた山本周五郎さんと同年齢。

    「世の中という海」がいかに冷たく、深く、厳しく、またある時はどんなに温かく、美しく心地よいものかを一端ではあっても知り始めた気がする。
    そしてまだまだ自分には知らない世界があることも。

    「一生懸命がんばれは努力は報われる」
    「夢は叶う」
    「思いは伝わるもの」
    世の中はとかく美談を求めるが現実は厳しい。

    思わぬ不運に遭遇し、大切な人や物を失い、希望という光を失い、見つめる先は自らの足下だけ。

    なぜ自分だけがこんな目にあうのか。
    誰がこんな自分の不幸を理解してくれるものか。
    どうせ自分はいくら頑張っても報われることなどない。

    本作『さぶ』の主人公は「さぶ」ではない。利発で上手く立ち回って生きてきた同じ表具職人「英二」が濡れ衣を着されれたことによりすべてが一変。器用な生き方を選べない「さぶ」と表裏一体となり、「生きる糧」に気づく過程を丁寧に綴っている。

    「友情の物語」と説く感想も見受けるが、そんな単純な咀嚼を私は好まない。
    多種多様な身分の登場人物がこの2人を取り囲み、世の中や人間の複層性を描き出す。

    人はある時はかくも優しく、美しく、またある時はかくも恐ろしく、醜く、弱く脆い存在であるか。
    還暦の山本周五郎が見聞きして経験を重ねた先の人物像の奥行に心揺さぶられる。

    災害、病気、親子関係、失業等々生きていれば何かしかの不運不幸に見舞われるのが生きる道。

    「親ガチャ」などという言葉で世を儚み厭う風潮があるけれど、「親」や家族ごときで自分の人生全てを諦めてしまうなど勿体ない。私も自分に言い聞かせる。
    文中度々繰り返されるこの表現。
    「ーーー人間の人生は、一枚の金襴の切れなどでめちゃめちゃにされてはならない」
    (※作中主人公の英二は金襴の切れ1枚を盗んだ罪を着せられ、職場も人間関係も失った。)

    だから自分はもうダメだなどと諦めず、助けが必要な自分に気づき、相応しい人や存在に手を伸ばすことで切り拓ける世界がもう一つ生まれる。
    人は人に絶望するが、人によってのみ救われる。

    「風の肌さわりに秋を感じたり、送られてくる花の匂いをたのしんだことがあるか」(241頁)
    「運不運などということは、泣き言めいているし、うんざりするほど聞き飽きた言葉だ、たが、運不運ということはあるのだ」(243頁)
    「この爽やかな風にはもくせいの香が匂っている、心をしずめて息を吸えば、おまえにもその花の香が匂うだろう、心をしずめて、自分の運不運をよく考えるんだな」(同243頁)

    世の中の儚さを感じ味わいながら日々を重ねたいもの。
    そんなゆったりした気持ちになり、零れる涙を拭いて頁を閉じた。

    長きにわたり、舞台化、映像化され続け人々の心を揺さぶり続けた名作に出逢えてよかった。

  • 私淑する学者が若い頃に貪るように読んでいたとのことから、手にしたもの。

    オーディブル聞き流しを併用。時代もの。

  • 頭がよく経師屋としてもうでのたつ栄二と不器用て愚直なさぶの青春の描いた作品。
    無実の罪をかぶった栄二のひねくれ加減が半端なく、意固地なまでに復讐心に囚われてしまうが寄場での人の親切に触れ次第に大人になっていく様は現代の若者の頑固さと幼さ、人との関わりを通して成長していく道筋と何ら変わりはないなと思いながら読んだ。
    栄二を好いているおのぶが「亭主が仕事にあぶれたとき、女房が稼いでどうして悪いの、男だった女だっておなじ人間じゃないの、この世で男だけがえらいわけじゃないのよ」と仕事がなく女房のおすえに内職をさせていることをぼやいた時にいった言葉も女性である私には印象的な言葉だった。

  • 愚鈍で真面目なさぶが主人公と思いきや、さぶの親友で頭の切れる、男前の栄二がメインの物語。無実の罪で安定した生活を追われどん底に叩き落とされた栄二は、人間不信となり復讐を誓い心を閉ざしてしまうが、さぶを始めとした他人の温かみに触れて更生していく。心に沁み入る金言が散りばめられている。

  • 題名はさぶだけど、主役はさぶじゃない?
    素直だけど、要領があまりよくないさぶと、手際はいいが、自分でも少し持て余すぐらいのプライドとちょっぴりのやんちゃ度を持つ栄二は同じ店で働く親友同士。
    どちらかと言うと、栄二を主役に物語は織られていく。

    栄二は或る時、無実の罪を着せられて、店を放免となってしまう。心の底から心配するさぶを横目に、プライドが邪魔をして世間をうまく渡りきれない栄二。意地を張りとおして、最終的に、人足寄せ場で働くこととなる。

    最初は長年働いた自分の話を聞く事も無く自分を駆逐した店の関係者を恨んだり、目付を恨んだりするが、同じく社会からのはみ出し者が集められた寄せ場での経験を踏まえて、事情を知り、栄二に親切な役員や仲間達と出会い成長していく。

    人足寄せ場は世間より理不尽な事が、実は少なかった。そこから出たくないと怯える人足も多くいる。栄二もそう思い始めたが、ついに、自分を見舞うことで店をくびとなり、さらに余裕のない実家でも冷遇されるさぶ、そして思いを寄せる女性と人足寄せ場の外に出て、立ち上がる決心をする。

    その頃には、栄二の心から復讐心がなくなっていた。そんな時、嫁として迎えたおすえが、嫉妬心から栄二を陥れた張本人だと発覚。おすえを許す栄二。

    犯人がおすえにした理由って、人生は想像しているほど悪くもないってことかな?さぶをタイトルにした理由は、栄二目線から見た物語で栄二にとって大切な存在だからだろうか?

    いい本だったし、読む人はみんな栄二の幸せを願いながら読む本だと思うけど、うまく感想がまとめにくい本。世の中、ままならぬ事が多いけど、一生懸命生きていれば、それなりに悪くない世界であるってことかな?

  • 人はどんなに賢くっても、自分の背中をみることはできない…。当たり前の事なのだが、私たちの多くはこの事実を受け入れていない。傷つけられ、痛みを抱えた人間だけがもつ優しさ、それは自分の弱さを受け入れたゆえの優しさである。人は権力や力ずくでは変えられない。弱さを知る者の粘り強い優しさが頑な心を溶かしていくものなのだとあらためて感じた。

  • 江戸の表具店に弟子入りしたさぶと栄二を見舞う不幸と、それに抗ううちに成長する栄二。周五郎最高傑作、集大成と煽られ読む。なるほど味わい深き一遍です。
    冒頭のシーンから引き込まれる。表題から主人公はさぶだと思いきや、栄二であることが髄分読み進めて見て気づく。最初こそ逃げ出す素振りを見せたさぶだが、終始ぶれない姿勢、自分を、呼び戻してくれたことに対する栄二への恩義を貫き通すし、主人公の栄二はプライドの高さから自分を貶めてくすぶり続ける。石川島でのエピソードも計算され尽くした構成で読み手を引き込む。栄二世間への批判から殻に閉じこもる内情の変化が徐々に現れるところが秀逸。
    綺麗事だけではない、おすえの終盤の告白など人の悲し性も悲しくも表現され、人の生き方において大事なことを教えてくれる。
    周五郎作品をもっと読みたくなる傑作。

  • 名作。
    人間は簡単に人を疑ったり、思い上がったり、何かあると、すぐに不運、幸運と決めつけたり。でも、「お前は気がつかなくとも、この爽やかな風にはもくせいの香が匂っている」に全ての答えがある。
    能力があり、どこにいても一目置かれ、優遇される栄ニ。何をしても不器用でとろく、馬鹿にされるさぶ。この本が問うのは、その事実だけからはわからない本質の部分。
    結末には、ちょっと言葉がでない。
    最後のエッセイと解説もよかった。

  • 秋風に香るモクセイの匂いがわかるか???

    この物語はすべてここに集約されてると思います。今の私たちが、今一番考えなければならないことなのかな。秋風に良い香りがすることに気づいて感謝して生きて行く。

    物語的にもとても面白くて、どのキャラクターも魅力的で、話自体も満足なのですが、そのなかで伝わるこうした教訓のようなものが心に残るからこそ、多くの人が一生大切にしたいと思う名作たりえてるのだろうと思います。

  • 22年間の短い人生の中では一番涙を流した本。

    栄二やさぶより少し長いくらいの人生しか生きてないので、彼らが幼いとかよくわからなくて、誰も救えないところまで塞ぎこんだ栄二の心がゆっくりゆっくり開いていく過程にただ涙。

    江戸っ子言葉が気持ちいい!

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著者プロフィール

山本周五郎(やまもと しゅうごろう)=1903年山梨県生まれ。1967年没。本名、清水三十六(しみず さとむ)。小学校卒業後、質店の山本周五郎商店に徒弟として住み込む(筆名はこれに由来)。雑誌記者などを経て、1926年「須磨寺付近」で文壇に登場。庶民の立場から武士の苦衷や市井人の哀感を描いた時代小説、歴史小説などを発表。1943年、『日本婦道記』が上半期の直木賞に推されたが受賞を固辞。『樅ノ木は残った』『赤ひげ診療譚』『青べか物語』など、とくに晩年多くの傑作を発表し、高く評価された。 

解説:新船海三郎(しんふね かいさぶろう)=1947年生まれ。日本民主主義文学会会員、日本文芸家協会会員。著書に『歴史の道程と文学』『史観と文学のあいだ』『作家への飛躍』『藤澤周平 志たかく情あつく』『不同調の音色 安岡章太郎私論』『戦争は殺すことから始まった 日本文学と加害の諸相』『日々是好読』、インタビュー集『わが文学の原風景』など。

「2023年 『山本周五郎 ユーモア小説集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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