ナショナリズムの狭間から

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  • 明石書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (303ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750328188

作品紹介・あらすじ

「慰安婦」問題はどのように認識されてきたのか。その解決のために今いかなる努力が求められているのか。女性学の胎動する90年代韓国で「慰安婦」問題解決運動に携わった著者による性暴力とナショナル・アイデンティティをめぐる思考と葛藤の軌跡。

感想・レビュー・書評

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  • 回送先:川崎市立高津図書館

    旧日本軍軍性奴隷問題(従軍慰安婦では生ぬるいというのが評者の見解である)について日韓双方の抹殺的なナショナリズムを見てきた山下が語る一つの時代記。姜尚中の『母(オモニ)』とはちょうどコインの裏表のような作品であり、評者ならば山下の本書の方が評価が高いと考えている。

    山下自身が在日コリアンと言うには在日コリアンではなく(母親が日本人であり、山下は日本国籍を保有している)、「山下」という母の苗字と「崔」という父の苗字、「英愛」を「えいあい」と読む母の国と「よんえ」と読む父の国に板ばさみになった青春時代(そして筆者が取ったのは双方の思いを汲んだ「やましたよんえ」という選択であった)、韓国の梨花女子大で出会った女性学とその後の韓国女性運動、そして90年代の「挺身隊」運動とその後の「国民基金」による分断―当人が考えるよりも激動だったこの20年を淡々と語っていく。

    本書が恐らく黙殺されたのは―日本の異性愛男性にとっては見たくない「軍性奴隷」という暗部があることもそうだが―日韓双方にとって大変都合のいい「排外型ナショナリズム」で大衆を動員した方が国民統合が図れるときに障壁となる部分に山下がたどり着いていることへの恐怖心があるのではないだろうかと考える。特に、性奴隷にされたハルモニたちを、「悲劇のハルモニ」として国民統合の道具にした韓国のナショナリスト(ここには韓国のフェミニストも含まれる)への山下の忌憚なき批判はそのような作業仮説を保障する一面として機能する。ハルモニが求めたのは韓国のプライドではない。自分の青春時代の尊厳なのだと言うことを日韓双方が集団抹殺したのがこの20年なのだ(その上、国連のタクスワラミ報告はそうしたハルモニたちの尊厳を抹殺しなかったが、政府の対応は全くの真逆だった)。
    同時に韓国でも未だに「対日協力者」というレッテルの下に沈黙を余儀なくされている「労働挺身隊」へのまなざしも慈愛に満ちている。そしてその向こうに、かつて在日コリアンとして振る舞わなければという強迫観念に囚われていた山下の母の姿が見えてくる。

    現在同じ明石書店では『在日コリアンの歴史』という本が刊行されているが(これも機会があれば登録する予定でいる)、これが在日コリアンの正史というのであるならば、山下の本書は在日コリアンの主流では取り上げられることさえない分断のそのまた分断の歴史だ。フェミニストだけではなく、実のところBL関係者も読むべき本ではないのかと一読後しみじみ思っている。

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著者プロフィール

一九五九年、東京に生まれる。多摩美術大学(絵画科)・津田塾大学(国際関係学科)卒業。同大学修士課程(国際学修士)・梨花女子大学女性学科碩士課程(文学碩士)修了。同大学博士課程(単位取得)。専門は女性学、日韓比較社会論など。東国大学(在ソウル)招聘教授、ワシントン大学(在シアトル)、ブリティッシュ・コロンビア大学(在バンクーバー)にて客員研究員。現在、立命館大学非常勤講師。
共編
『日本軍「慰安婦」関係資料集成(上・下)』明石書店、二○○六年
訳書
韓国女性ホットライン連合編『韓国女性人権運動史』明石書店、二○○四年
権仁淑『韓国の軍事文化とジェンダー』御茶の水書房、二○○六年
チョン・ギョンア『まんが「慰安婦」レポート1』明石書店、二○○七年

「2008年 『ナショナリズムの狭間から』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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