大英帝国の盛衰:イギリスのインド支配を読み解く (MINERVA歴史・文化ライブラリー 35)

著者 :
  • ミネルヴァ書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (428ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784623086405

作品紹介・あらすじ

世界の4分の1を支配した大英帝国の要に位置づけられたインド。このインドをめぐってイギリスはいかなる政策を展開し、それにインドはどう反応したのか。本書では、東インド会社設立から始まり、幾多の試練を乗り越えてインド支配を確立したものの、二度の世界大戦を経て動揺し、遂にスエズ以東撤退を決断するに至る経緯を辿る。また帝国支配が母国イギリスに及ぼした影響を検討することで「帝国主義」の光と影を考察する。

感想・レビュー・書評

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  • 大英帝国はインド支配とともに始まりインド独立をもって終わる。近代イギリスにとってインド支配とは何であったか。それはイギリスとインド、そして世界に何を残したか。著者の専門は比較政治学ということになっているが、各国の近代化プロセスを比較国制史の観点から解明しつつ、それを伝統社会に規定された政治文化との関わりにおいて論じるアプローチは狭義の政治学というより歴史社会学と言った方がよい。その成果は主著『大転換の歴史社会学』に収められているが(思えば著者の処女作にして博士論文『インド史の社会構造』も副題は「カースト制度をめぐる歴史社会学」だった)、本書では最終章を除きそうした歴史社会学的アプローチは後景に退き、オーソドックスな政治外交史のスタイルをとる。従って著者の本領である歴史の理論的・構造的把握より歴史叙述に重きが置かれるが、巧みな筆致でインド統治の実像が克明に描かれている。

    著者は帝国主義を余剰製品の捌け口としての植民地争奪戦と見做すレーニンの経済的理解を退け、あくまで政治的動機に突き動かされたものとみる。平たく言えば国の威信をかけた陣取りゲームだ。植民地はそれを維持するコストを考えれば割に合わないとしたグラッドストーンも、帝国の威信の源泉としてのインドの重要性は疑わなかった。実際イギリスの海外投資の大半は白人自治領であり、植民地の経済的バランスシートはマイナスであった。海軍国イギリスにとってインドの最大の価値は軍事力であったが、それとてスエズ運河からメソポタミア、イラン、アフガニスタンを経てインドに至る「インド・ルート」をロシアの南下とバクダッド鉄道の敷設を企てるドイツの脅威から守るためだ。真の国益が貿易の利益ならば、航行の自由と安全、そして契約の自由と履行を保証する「法の支配」を確保すればよく、領土は必ずしも必要ない。だがそれは所詮後知恵に過ぎない。自由貿易がそのタテマエにも関わらず「強者の論理」でしかないとすれば、誰もが我先に勢力圏を固めようとしたのも無理はない。そのオーバープレゼンスが結果的に帝国の衰退を早めた。

    ではイギリスのインド支配はインドに何を残したか。プラス面は曲りなりにも自由主義的な国民国家だ。だが独立と印パの分裂がほぼ同時であったことが招いた混乱と流血は悲劇という他ない。一方興味深い負の遺産は、インド高等文官のメンタリティだ。彼らを輩出したパブリック・スクールはゼネラリストの養成を志向し、古典的教養を重視して専門知を軽視した。それは実利と能率が求められる近代的行政官にはおよそ不向きであった。この伝統が現代イギリスの経済停滞にも陰を落としているが、高等文官の後を継いだインド人行政官にもそのメンタリティは受け継がれたという。もっとも著者はこの貴族主義的で反時代的なメンタリティに存外共感を抱いているように見える。一面ではそれが支配の要諦としての「威信」の基盤となっていたことも確かだ。

    そして結局大英帝国は世界に何をもたらしたか。幾多の戦争・抑圧・収奪にも関わらず、パックス・ブリタニカによる平和が産業発展をもたらし、自由貿易と「法の支配」は多元的で自由主義的な国際システムを生み出したと著者は言う。しかし考えてみるとパックス・ブリタニカがそのような恩恵をもたらしたのは、イギリスが圧倒的に強かった時期に限られる。そのパワーが相対的に低下し、新興勢力との競争と緊張が高まる時、国際システムはその脆弱性を露呈した。巨視的に見るならば、他の追随を許さない圧倒的パワーが存在する時、世界は安定と繁栄を享受するがそれは決して永続しないという、古来より繰り返された歴史のひとコマに過ぎないとみた方がよさそうに思える。周知のようにそれは70年代にキンドルバーガーが提唱し、80年代にギルピンやモデルスキーによって彫琢された覇権安定論の説くところでもある。

    最後に実は評者が最も面白いと感じたのは、幕間のように挿入された「現代インド外交と大英帝国」と題するコラムだ。大英帝国へのインドの寄与は武力のみならずこの地でインドが元々持っていた影響力だという。帝国形成期にはインドを起点とするアジア間貿易に参入することでイギリスはその勢力を拡大できたし、アジアの広範な地域に帝国の尖兵として移住したインド人がその地で受け入れられたのも、それに先立つインド文明の浸透があったからだ。これは大英帝国にも似たインドのソフトパワーであり、リージョナルパワーとして台頭するインドが大英帝国の政策へと回帰するというキッシンジャーの観測とも符号する。実に興味深い論点であり、次著でさらに詳しく論じてもらいたい。あとがきで著者は自分に「残された時間は多くない」と漏らしているが、教え子の一人として切に願う。

  • 2023年11-12月期展示本です。
    最新の所在はOPACを確認してください。

    TEA-OPACへのリンクはこちら↓
    https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=BB00548925

  • 東2法経図・6F開架:225A/Ki39d//K

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著者プロフィール

2019年11月現在
京都大学名誉教授

「2020年 『大英帝国の盛衰』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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