福田恆存―人間は弱い (ミネルヴァ日本評伝選)

著者 :
  • ミネルヴァ書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (284ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784623063888

作品紹介・あらすじ

福田恆存(一九一二〜九四)、昭和期の評論家・劇作家・演出家。戦後日本を代表する保守派の論客として、新劇の劇作家・演出家として、翻訳家として、多岐にわたり活躍した福田恆存。彼が展開した演戯論・平和論・恋愛論・国語論はいかにして形成されたのか。その生涯と思想を追う。

感想・レビュー・書評

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  • 民衆の営みと凡庸な日常にこそ真実を見出し、処世と後ろめたさから精神論や理想をうたうインテリを疑った。人間の矛盾、肉体的エゴイズムを肯定した・・嘘を見抜く類稀な感性と屈しない頑固さを持つ人だったということがわかる。著者の福田への敬愛と共感がそこかしこに感じられるのにいい加減な解釈がひとつもなくこれだけ非常にきちんとした論文というのが素晴らしい。

    全体を感じながら個を生きる。答えを出さずに問い続けられる相手がいることは幸せである。現在は存在しない/現在を基準にするというのは基準を持たないというのと同じ・・なんてクール。いちいち膝を打つ。

    [more]<blockquote>P5 「四角いものを四角いと言って原稿料を稼ぐのは、ちょっと気が引けるという福田の職人芸を重んじる思考

    P28 自分を「個人」としてみる意識、言い換えると「自意識」は、近/現代人の病理となっているとも言える。誰も彼も他者とは異なる自分を追い求めている。他者よりも優れた自分であろうとする。その「権力欲」が他者との結びつきを切断している。

    P61 知的俗物を、福田は「文化主義者」と呼んだ。文化の立場から、あらゆる問題に介入し、発言しようとするからである。彼らは、それによって、おのれの政治的影響力を確かめ、自己満足にひたる。発言権はあるが責任を問われることはないから、「文化主義」はどんどん蔓延する。福田はその無責任を見過ごすことはできなかった。

    P67 それにしても、知識人/文化人はどうしてこうも軽薄なのだろうか。なるほど、処世は大切だ。しかしあまりにもためらいがなさ過ぎる。言い換えれば、彼らには純情というものが見られない。

    僕はあらゆる冷たさというものに対して猜疑の目を向けざるを得ない。僕は粗雑であり、戦争の重責に堪え、受けた傷を秘め隠そうとしている東京に限りない愛情を覚える。芸術を失い、美意識を忘れ、満員電車に揺られながら毎朝職場に通うその住民たちに深い信頼感を寄せている。【中略】全力を挙げて戦っている同時代を叱咤する心はいったいどんな心であらうか。

    P76 手っ取り早くいへば、三流の精神にとつては、生きるためには「物」の支へが是非とも必要だと言ふことであります。【中略】僕たちは俗人であり、凡人であって、決して聖者でも賢者でもない以上、適度に物の重要性に敬意を払はなくてはなりません。あまりに思ひつめた生活は、きつとその人の精神を狭隘なものと化し、卑小な存在と堕しめてしまふに相違ありません。

    P79 現実の醜悪さ、人間性の奥深くに潜むエゴイズムーかうしたものに直面したとき、ひるがえつて正義や善の観念にすがりつくことしか知らぬ人々にむしろ強い反発を感じるのだ。

    P91 彼らは高い精神を説く。しかし、高い精神とこのような打算は相容れないはず。民衆のエゴイズムを批判するが、自分たちもエゴイズムにとらわれている。インテリの方が、もって回っている分民衆よりたちが悪い。
    奸智にたけたエゴイズムが愚直なエゴイズムを罵倒し処刑せんとするーひと呼んでこれを啓蒙といふ。

    P104 僕は心の弱さを、隠さない人を信頼する。弱い人間があるのではない、人間は弱いのだ、いたはり、おもひやり、やさしさ、それ以外の何をよりどころとして僕たちはこの無意味な人生を生きのびえようか。

    P118 (花田清輝・楕円論)楕円が楕円である限り、それは、醒めながら眠り、眠りながら醒め、泣きながら笑い、笑いながら泣き、信じながら疑い、疑いながら信ずることを意味する。【中略】楕円は円と同じく一つの中心と明確な輪郭を持つ堂々たる図形であり、円はむしろ楕円の中の極めて特殊な場合に過ぎず、楕円の方が円よりも遥かに一般的な存在であるとも言える。人は敬虔であることもできる。人は猥雑であることもできる。【中略】我々は、なお、楕円を描くことができるのだ、それは誠実な人間にだけ、可能な仕事だ。しかも、描き上げられた楕円は、ほとんど、常に、誠実の欠如という印象を与える。

    P161 自分は「全体」の筋書きの中で一定の位置を占めているという実感、つまり「宿命感」が、逆説的に人々に「自由感」を与えてくれる。それは安心感ということでもあろう。こうして人々は、自分の人生の意味にとらわれることなく、自由闊達に、のびのびと生きることができる。【中略】人間・個人を超えた「全体」を感じながら「個人」として力一杯生きることが、真に劇的な人生をもたらしてくれる。

    P179 問い続けるに値する相手が見つかれば、とても幸せだと言っている。そもそも、愛も、人間も、非合理なものだ。だから、合理的な答えは出ない。出たとしてもそれは嘘の答えだ。そして、答えが出ると、飽きてしまう。さらに、答えを手にした人間は、往々にして、現実や他者を答えの中に閉じ込めてしまう。これは、愛ではなく暴力だ。

    P186 人間は経験するだけの動物ではない。人間は経験を意識し、自覚し、再現しようとする動物であります。この再現ということは、かならずしも時を隔てておなじことを二度やろうということを意味しません。言い換えれば、それは二重に生きようとすることであります。【中略】人間は生き、かつその生を味わい尽くそうとする。そのために様式が要るのであり、またその結果として様式が生まれるのであります。【中略】別の言葉で言えば、様式とは人生の流れをせき止めるための枠であります。結婚式とか正月とかいうものは、時の流れをせき止め、これから新しい経験が始まるのだということを自他に印象づけ、さうすることによつて未来を過去と区別し、別の箱に入れて整理しようということに他なりません。これからの生をよりよく味わうために。【中略】弱き個々人も、共同的形式の力を借りることで、生の充実感を味わうことができるのである。【中略】昔から祭日は骨休めやレクリエーションじゃなかった。ひとつの社会集団が、日常生活とは次元を異にした、生きがひの充実せる一日を過ごすためのものだつたはずだ。

    P201 生き方といふものはつねに歴史と習慣のうちにしかない。【中略】現代そのものからは、生き方は出てきません。なぜなら、未来はもとより現代もまた存在していないからです。現実に存在しているのは常に過去だけです。【中略】現在は基準にはならない。現在を基準にするといふのは、基準を持たないといふのと同じ意味です。

    P219 神意は自分の支配できないもの、自分には何かわからないものだというのは、私は原始キリスト教にはあったと思うんです。</blockquote>

  • 川久保剛『福田恆存 人間は弱い』ミネルヴァ書房、読了。常に人間の本質を見つめ続けた批評家・福田恆存。http://www.minervashobo.co.jp/book/b102521.html 「人間は弱い」(副題)との自覚こそ福田の出発点であり徹底的な懐疑の源泉である。本書は保守派論客の軌跡と探究を甦らせる初の本格的評伝。

    福田には保守反動という票が絶えずつきまとうが、チャタレイ裁判のように、一所に還元できない柔軟な生き生きとした思考が核にある。その源泉となるのが、徹底的な懐疑であろう。神田の職人の子として生まれた「生」の感覚がそれを担保する。

    俗流インテリの風見鶏的態度に対する福田の批判的態度は、生命への信頼と同時に理性の無謬主義への嫌悪である。「見下し」を廃した福田の生き方は、あらゆるイズムを超え、近代主義の「仮象」を撃つ。若手研究者が生誕百(2012)年を言祝ぐ。

  • 戦後日本を代表する保守の思想家・福田恆存(つねあり)。でも、
    福田恆存って誰?昔の気難しそうな論客?
    恋愛論、国語論等々…著作を読んでみたいけど、難しそう…。
    思想、演劇、翻訳と、多面的すぎて摑めない…。
    という方も多いのではないでしょうか。本書は、そんな方々におすすめ、福田の人生のみならず思想へのガイドブックともなる評伝です。人間は弱い。じゃあどう生きたらいいのか。探究し続けた思想家の生涯、是非御覧ください。

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