74歳の日記

  • みすず書房
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感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622088523

作品紹介・あらすじ

『70歳の日記』のサートンは、つねに若々しく前向きだった。しかし73歳のとき、軽い脳梗塞を患い、不整脈もつづき、それが生活や仕事におよぼす影響を身をもって知る。執筆も庭仕事もできないなかで、「とにかく率直な日記をつけよう」と決める。こうして読者は、サートンがついに元気になるまでの道程を伴走することになる――友人たち、手紙をくれる読者、ペットの犬と猫、庭仕事、ふたたび湧き始めた詩。チャーミングな日録を、年齢を意識しはじめるすべての読者に。

感想・レビュー・書評

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  • 「だから今、私が自分のしわを気にしているとしたら、それは私が自分の内面で起きていることに向かって「上昇(アセンション)」していないから。内面への上昇──それはひょっとしたら人生で最大の冒険であり、挑戦なのだ。富と名声も関係ない。人間存在のありようを受け入れるために欠かせないもの。」

    冒頭から、具合が悪そうなメイ。読みすすめることがとても不安になってしまった。なんと脳梗塞をおこしている、、!! 泣きそうになった。そしてブランブルの病気と安楽死。そしてタマスまで。泣いた。
    具合がわるいひとのそばにいること、その対応などについて、日々わからないことが多すぎるので(実家の母がほぼ寝たきり)、率直であるメイの言葉に真剣に耳をかたむけていた。彼女には助けてくれる友だちのなんと多いこと!時々寂しさにおしつぶされそうになりながらも、友人たちがあちこちから愛の花束をくれる。
    おなじく脳梗塞を患ったメイの友人からの手紙。
    「けれどもこの旅は、ワンダーランドの境界への旅なのです──言葉が信用を失い、シンボルがそれ自体の力で、音楽のように語る世界。時間は消滅します。私は夜中に目ざめ、真っ昼間に眠る。なんの味もしない食べ物が美味を帯びます。オートミールがさながら香りの詩のように思われ、卵が私の病んだ脳に、えもいわれぬ命を吹きこむのです。」
    なんと人は強く美しくありえるのだろう。
    つづいてメイは心臓もわるくなってしまったのだけれど、手術を積極的に待ち望んでいて、なんて勇気があるのだろうと、あいもかわらず感心してしまう。おっぱいもさくっと切除しちゃったり(歯も全部抜いてしまったり)、なんだかこちらが励まされているような心地になる、不思議。そして病のための悲しみと怒りの鬱のただなかでメイはおもう。
    「楽しみなことは何もなく、日々をただゾンビのように生き長らえ、眠ることと忘却することをひたすら待ち望んでいる。」
    いまの母もそうなのだろうか。母にとって〈希望〉となりうるものは、なんだろう。
    そして、女性がその芸術活動において、時間的金銭的余裕が男たちより断然少ないこと、あるいはまるでないことを、彼女は常に語っていた。女性たちが家事をしている間に男たちは創作活動が悠々とできるのだろう、と。関係ないかもしれないけれど、たしかに、ミニシアターのお客はほとんどが男性(おじさん)だし(平日にもかかわらず)、ディスクユニオンでレコードをあさっているのも男性(おじさん)しかいないし、ブックフェスの様子を写した写真をみても90%くらいがこれまた男性(おじさん)。それをおもうとカルチャーを創ってきた(享受もふくめて)男性なのだろうか?なんて思ってしまうし、なるほど、もしかしたら暇を持て余している(余暇を余裕をもって愉しむ)のも男性(おじさん)なのかもしれないなんて思ったり。推し活だとかいうはなしになると何故か女性を連想する。カルチャー論にまったく通じていないのでわからないけれど。
    余談。メイやその友だちからいわせれば「結婚の究極の目的は友情だ」だって。なんだか嬉しくなっちゃった。あと、老年の、メイの偏屈ぐあいがとても愛おしい。彼女の日記を読んでいるといまはもうほとんど会うことのなくなってしまった旧友のことをたびたび想う。老年でこんなに友人がいるのも悪くなかったかもしれない、なんて思うようになった。きっとそれらの友情は、人生を豊かにしてくれたにちがいないから。




    「今、この瞬間を、そのいちばん中心のところを生きていたい。」

    「彼によれば、表面的はエネルギーがないのは、まず体のなかにエネルギーを溜める必要があるからだという。」

    「そして聴きながら、音楽を聴かなければならないとつくづく思う。また天上の食べ物を食べて、違う次元に生きるようにしなければ──十分な深みに達することで、いろんなことが気にならなくなるように。」

    「こういう日記を読んでいると、自分もその人生に寄り添って生きている気がしてくる。そして良い日記が人の心を揺さぶるのは、そこで起きる大きなできごとゆえではなく、庭でお茶を飲むとか、そんなささいな日常のできごとのなのだと思い知らされた。」

    「だから寂しかったのは、本質的には自分自身を失って寂しかったということ。」

    「さいわいなことに自分が小説に何を望むかについての考えが明確になった。それは奥深さ、複雑さ、そして生のリアリティだ。」

    「そう、無秩序は秩序でもある──それは、意味のあるものを選び出すことで自然の秩序をつくること。だから私は家事はからきしダメだけれど、友だちとしていい線行っているといえるだろう。」

    「なんといっても、孤独のほうが退屈よりましだ。独りでいるおかげで私は退屈とは無縁でいられる。ただ時おり、ある種の実存的な苦痛に襲われるだけ──でもそうでない人なんているだろうか?」

    「芸術は人間の寿命を超えて生きるものだから。その意味では、芸術作品が破壊されるのを目撃することは、現在だけでなく、未来に対する攻撃を目の当たりにすることに等しい。」

    「宗教に対する確信は、ともすれば閉ざされた心を生む。優越感を助長し、包みこむのではなく排除し、愛への道ではなく憎しみへの道を拓く──それはアメリカの宗教的原理主義者たちの態度やふるまいを見れば一目瞭然だ。」

    「あらゆる領域での腐敗に嫌気がさして、人のために役立ちたいという、人間としての願望が蝕まれてしまったのだろうか?何かやっても、どうせむだじゃないか。今の時代、不正直者が幅を利かせているんだら、と。」

  • ゆっくり読んできたメイ・サートンの日記も、残り二冊になってからずっと積んできた。読み終わるのがとても寂しくて…。とうとうあと一冊になってしまったから、大切に読みたい。
    冒頭から愛猫ブランブルの死について書いてあり、先月大好きだった実家の猫が死んでしまったのを思い出して泣いてしまった。ブランブルの死、ボヤ騒ぎ、脳梗塞などが重なって最初の数か月は日記も嘆きと怒りと寂しさに包まれているが、8月に新しい薬が効いてからはどんどん彼女らしい調子が戻ってくる。
    庭の花たちを世話して、友人を招いて食事を楽しみ、朗読会やサイン会をこなし、永遠に終わらない手紙の返事書きに苛立ち、本を読み、自然に満ちる光を眺める。そうしてサートンの日常が戻ってくると、読書の感想やいろいろな思索も日記に混ざってくるようになり、体と精神が「不死鳥のごとく」よみがえっていくのをこちらも感じ取ることができる。生活を楽しむということが半ば死んでいた精神の畑を耕し、生き生きとした思考の脈が動き出すのだ。
    夕暮れていく海の色の移り変わりや、自然を描写する言葉の美しさが胸に迫る。外界は自分の感情の反響だということを前にサートンは書いていたけれど、彼女の回復とともに外界の美しさが立ち現れてくるのはまさに、という感じ。

    「今、この瞬間を、そのいちばん中心のところを生きていたい。ナンシーが花の苗を植えながらピエロに話しかけている声。そして遠くから──永続性をもたないすべてのものをさえぎって──聞こえてくる、やさしい海のとどろき。」
    これはまだ体調の整わないうちの言葉だけど、世界において連続する瞬間とただ一人向き合うという、サートンに決定的に必要な、そして愛する孤独をあらわしていると思う。
    サートンの日記を読むといつも、雑然としていた心に花を一本さしてもらうような気持ちがする。そうして芯がすっと立つ。ずっと読んでいきたい。

  • 2020年6月7日
    74歳なのにどこか瑞々しい。

  • ふむ

  • After the stroke
    図書館に入ってた。

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著者プロフィール

(May Sarton)
1912-1995。ベルギーに生まれる。4歳のとき父母とともにアメリカに亡命、マサチューセッツ州ケンブリッジで成人する。一時劇団を主宰するが、最初の詩集(1937)の出版以降、著述に専念。小説家・詩人・エッセイスト。日記、自伝的エッセイも多い。邦訳書『独り居の日記』(1991)『ミセス・スティーヴンズは人魚の歌を聞く』(1993)『今かくあれども』(1995)『夢見つつ深く植えよ』(1996)『猫の紳士の物語』(1996)『私は不死鳥を見た』(1998)『総決算のとき』(1998)『海辺の家』(1999)『一日一日が旅だから』(2001)『回復まで』(2002)『82歳の日記』(2004)『70歳の日記』(2016)『74歳の日記』(2019、いずれもみすず書房)。
*ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。

「2023年 『終盤戦 79歳の日記』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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