- Amazon.co.jp ・本 (344ページ)
- / ISBN・EAN: 9784622075363
作品紹介・あらすじ
物質変換の威力,あるいは魔力。人工窒素固定、化学兵器、IGファルベンを生みだしたボッシュとハーバー。彼らが人類史上に果たした役回りは、ロバート・オッペンハイマーのそれにも比べうる。人と炭素の未来を映しだす、窒素の物語。
感想・レビュー・書評
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現在、ハーバー・ボッシュ法によってつくられる固定窒素の量は、自然に作られる量に匹敵する。畑にまいた化学肥料のうち、半分は作物の栄養になり、残りのほとんどは雨水や灌漑用水に溶けて水系に入る。ミシシッピ川の硝酸塩濃度は、1900年の4倍、ライン川はミシシッピ川の2倍になっている。汚染水に含まれる窒素は藻類や海草の成長を促し、それが進むと日光を遮って深部に生息する生物が死んでしまう。植物が死んで腐ると、水中の酸素が消費され、酸素濃度が下がると、水底に生息する動物が死んでしまう。バルト海のタラ漁は、1990年代に崩壊した。メキシコ湾の硝酸塩濃度は、過去40年で倍になった。ルイジアナ州沖のデッドゾーンでは水中植物が繁茂し、カニや魚が逃げ出し、すべての生態系が変化してしまった。世界中で150もの小さなデッドゾーンが見つかっている。大気汚染の原因となっている二酸化窒素の15~50%は、直接・間接を問わず、ハーバー・ボッシュ法の生成工場で発生している。大気中の窒素酸化物によって、酸性雨も生み出されれる。
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人類を食糧難から救ったと言われるハーバー・ボッシュ法。
いや、ハーバー・ボッシュ法がなかったら、戦争はもっと早く終わったとも。
空気中の窒素を無理矢理取り出したから土壌が汚染されているとも。
自然を利用して人類は発展したのか、未来の破滅を自分たちで早めているのか。 -
巨大な世界人口を養うのに不可欠な空中窒素の固定法。科学技術史の極めて重要な一節を,じっくり読むことができる。その開発者である二人の数奇な運命にも注目。
善と悪,もし明快に二分できれば世界は単純だ。でも現実はそうでない。高温・高圧下で窒素と水素からアンモニアを合成するこの技術も,それに関わった科学者たちも,まさにその両面を持つ。人工肥料も食糧増産も環境破壊と不可分だし,ハーバーもボッシュも,決して善人とは言えない。
特にハーバーは権威主義者で,同じ化学者だった妻には家庭にこもるよう強要。自分で軍服をデザインしちゃうほどの軍国主義者で,戦争協力を惜しまず,毒ガス開発を主導。それが一因で妻は自殺。ユダヤ人としての過去を捨てて国家に尽くしたのに,結局はナチスの擡頭で祖国に留まることを断念。
ボッシュはハーバーの開発した合成法を使って,アンモニアを工業的に量産するためのプラント構築に大きく貢献した技術者。二人ともノーベル賞を授賞している。ボッシュは後に経営トップとなるが,世界恐慌,労働運動や工場の大爆発事故への対応などで苦慮。酒に逃げ,命を縮めたらしい。
ハーバー・ボッシュ法前史も面白い。本書は1898年のクルックスの食糧危機演説から書き起こされ,第一部では肥料や爆薬に欠かせなかった天然資源,グアノと硝石の物語が綴られる。劣悪な労働環境,資源を巡る争い,そして枯渇。資源のないドイツは,固定窒素の獲得に最も頭を悩ませていた。
後進国だったそのドイツで人類初の合成肥料が量産されたのは,実にドラマチックだ。一躍優位に立つも,あえなく敗戦,法外な賠償金を課され,ハイパーインフレ,虎の子の技術も流出,世界恐慌が襲い,そしてナチスの隆盛。二十世紀前半の歴史は本当に激動だ。科学技術もその中に組み込まれ,大きく社会を変えてきた。 -
はじめに 空気の産物
第I部 地球の終焉
1 危機の予測
2 硝石の価値
3 グアノの島
4 硝石戦争
5 チリ硝石の時代
第II部 賢者の石
6 ユダヤ人、フリッツ・ハーバー
7 BASFの賭け
8 ターニングポイント
9 促進剤(プロモーター)
10 ボッシュの解決法
11 アンモニアの奔流
12 戦争のための固定窒素
第III部 SYN
13 ハーバーの毒ガス戦
14 敗戦の屈辱
15 献身、犠牲、迷走
16 不確実性の門
17 合成ガソリン
18 ファルベンとロイナ工場の夢
19 大恐慌のなかで
20 ハーバー、ボッシュとヒトラー
21 悪魔との契約
22 窒素サイクルの改変
エピローグ -
肥料に使われる窒素を空気に固定する方法は、3つしかない。豆類、落雷、そしてハーバー・ボッシュ法である。人口の半分はこのハーバー・ボッシュ法のおかげで食を得ることができている。
科学者がいかにして、人口問題を解決し、戦争の軍事利用に苦悩したかを描く。 -
空気からアンモニアを作るハーバーボッシュ法。やっぱり凄い化学の力だ。
BASF Badische Anilin und Soda Fabrik
オッパウ工場の爆発 1921年
高圧メタノール合成 -
『あなたの半分を作った化学者たち』とかいう副題でも間違いじゃない。今年読んだ中では間違いなく最高に面白かった。高校化学の裏話にとどまらず、世界史としても、産業史・経営史としても、人間群像としても、どんどん次が読みたくなるような本。ノンフィクションは得てして人名地名や年月日が羅列されてつまらなくなりがちだが、これは北方謙三並に面白い。一読をお勧めします。だいたい以下のような内容です。
20世紀初頭まで、窒素は、生物にとって必要不可欠な元素であり、かつ、空気中にいくらでもあるにもかかわらず、不足していた。空気中の窒素はそのままでは生物にとっては使いものにならないもので、それを生物が使える形にできるのは、マメ科の植物の根にいる少数のバクテリアか、稲妻しかなかった。この使える窒素(固定窒素)を畑にどれだけ供給できるかで、収量が全然変わってくる。固定窒素の量が、人類が生産できる食糧の量を律速してきたのだ。
南米には、海鳥の糞が何千年もかけて蓄積されてできた石のある島があった。原住民族は、それを植物に与えると育ちが良くなることを知っており、聖地とされていた。白人がそれを見つけ、略奪を始めたのは19世紀のことだった。産業革命を受け、急激に人口が増加して食糧の足りなくなったヨーロッパの需要は高騰した。何もない砂漠に街が生まれ、奴隷がこき使われ、島をめぐって戦争が起きた。肥料輸出に依存していたペルーは、枯渇と共に財政が崩壊した。新しく肥料になる硝石が見つかったチリは、その反映を信じて疑わなかった。しかし、それは幻とかした。空気から固定窒素を作る方法が見つかったのだ。(油田をめぐる争い、新エネルギー開発に関わるどろどろを連想する)
ユダヤ系ドイツ人、フリッツ・ハーバーは、第一次世界大戦前のヨーロッパとしては比較的ユダヤ人に対して寛容とはいえ、それでも二流市民としての扱いをするドイツに対して、忠誠の限りを尽くしていた。キリスト教に改宗もした。軍人として出世することはユダヤ人には認められていなかったが、科学者としてであればのし上がれた。
当時ドイツ最大の化学会社であり、染料を多く作っていたBASFに対し、窒素固定の研究を売り込んだ。もう一人の主人公、ボッシュもBASFで働いていた。空気中の窒素をアンモニアに変換するこの研究に関わった人間はもっとたくさんいたが、最終的にその方法の名前~ハーバー・ボッシュ法~に残ったのはこの二人である。安価で、適切な触媒の発見、高圧に耐えうる装置の開発など、課題を一つ一つクリアし、ついにBASFは(そして人類は)空気中の窒素を自在に固定できるようになった。
そうしているうちに第一次世界大戦が起きる。戦争には、先立つモノがいる。しかし、ヨーロッパの後進国として植民地獲得競争に出遅れたドイツには、資源がなかった。硝石が手にはいらないと、爆薬が作れない。南米の硝石の支配権をイギリスに握られると、ドイツは何もできなくなる。ハーバーは皇帝に尽くした。BASFは帝国から投資を引き出し、世界最大の工場を建設し、肥料と、爆薬を製造した。(これがなかったら数年早くドイツは降伏したと言われている)。ハーバーは毒ガス開発も実現した。(そしてそのころ奥さんが自殺する)。。。
これだけ書いて今大体半分くらいまで。まぁあとは読んで下さい。(第一次世界大戦敗戦→仏英がBASFの企業機密を盗もうとする→世界中に工場ができて価格下落(ここらへんが特に経営史て気に面白いかも)、次の技術革新のため合成ガソリンづくりに邁進、企業規模が世界的に拡大→ドイツ大手4社も合併、ハーバーはドイツの賠償金解決のために海水から金を抽出する技術を開発しようとするも挫折、ナチスの台頭とユダヤ人の受難、などなど盛りだくさん)天才も天才の奥さんも大変だなぁと思わされます。僕にゃ関係ないけど。
(しっかし、20世紀を左右した3偉人、フロイト、アインシュタイン、マルクス全員ユダヤ人だった上、20世紀を左右した上に今の人口の数割を支える技術を開発したのもユダヤ人か。やっぱすんげぇな。これ追いだしちまったナチスはやっぱりアホで、アメリカは本当はナチスに大感謝しなきゃいかんな) -
空気中の窒素から固定窒素の原料となるアンモニア(NH3)の合成に成功した、ハーバーとボッシュの物語。固定窒素の合成により、食物の生産は飛躍的に増えて何十億人もの人が飢えから逃れられた半面、過剰な窒素化合物による環境への負荷は大きく地球への影響は計り知れない。
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空気から固定窒素を作る方法を生み出した二人の男の物語。
ヒトの体の構成要素として、また肥料として窒素は必要である。大気中の80%は窒素だが、私たちが利用できる形で存在していない。ハーバー・ボッシュ法は、まさに「空気をパンに変える」技術だ。そして、窒素は火薬に含まれている。
フリッツ・ハーバーは、実験室でこれでにない高圧でN2をアンモニアに変えることに成功し、BASF社にアイディアを売り込む。同社のカール・ボッシュが、工業的規模での生産を可能にする。
このふたりの化学者の執念によって完成した技術は時代の波に飲まれ、2つの大戦中、ドイツ国内の食料、燃料、火薬をサポートすることになる。
人間と窒素の歴史としても読める。