最後の角川春樹

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  • 毎日新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784620327105

作品紹介・あらすじ

『人間の証明』、『セーラー服と機関銃』…活字と映像を交錯させて、表現の力で社会を揺り動かした戦後最大の出版人、その魂の軌跡。

感想・レビュー・書評

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  • 東京五輪のスポンサー選定をめぐる贈賄疑惑で、KADOKAWAの角川歴彦社長が逮捕されたから読み出したわけじゃなく、向こう3ヶ月分の積読本の順番がこの度とたまたま重なる。

    本書は、創業以来文芸路線をひた走り、海外文学作品においても通を唸らせるラインナップをしていた角川書店。

    その創業者であり実父の角川源義との長きにわたる諍いを経て、1975年二代目社長に就任するやエンタメ路線に大きく舵を切った角川春樹。

    たちまち破格の構想力と行動力で一躍時代の寵児に。そして二度の服役と社長解任からの再起…激烈な半生を、2年間・延べ40時間を費やし、インタビュー形式で語るオーラルヒストリー。

    70年代半ばより世に角川春樹を知らしめた『角川商法』。今ならコンテンツを所有する会社が映画業界に進出しても何ら不思議はないが、当時は『餅は餅屋』の時代。

    既成認識を蹴散らし、自社が発行する小説を原作に映画を続々と製作。アジテーション風キャッチコピーを大量の広告宣伝に乗せ、来館誘引策として文庫のしおりを割引券にする、宣伝と販促を巧みに組み合わせたメディアミックス。戦略はズバリと当たる。

    忘れさられていた作家 横溝正史を復活させ、森村誠一の社会性とスケール感のあふれる証明3部作や半村良・大藪春彦・片岡義男・赤川次郎らの作品を次々に映画化。

    本書は、1976年『犬神家の一族」から2021年『みをつくし料理帖』までの映画製作に紙幅は割かれ、松田優作・渡瀬恒彦・薬師丸ひろ子・市川崑・大林宣彦・相米慎二・藤田敏八・崔洋一らとの関係を仔細に語り、文芸分野では吉本隆明・中上健次・北方謙三との熱い交流、もちろん実弟 歴彦氏との相容れない関係も生々しく語り、中には安井かずみと付き合っていたとか…赤裸々に坦懐。読みどころは、麻薬所持での2度の収監と屈辱の日々の語りはドキュメント感ありあり。

    角川春樹の真骨頂はプロデュース能力。CMディレクターの大林宣彦を監督に抜擢、片岡義男の作品には南佳孝のサウンドが合うとにらみ、三国志を読んだことがない北方謙三には北方三国志を書けと命じ、みをつくし料理帖の作者 髙田郁を発掘…目利きの鋭さが際立つ。

    優れたCMプランナーは一見奇想天外と思えるアイデアも後々分析するとマーケティング的にも優れ、アイデアとマーケティングが円環を成しているが、それと同じ匂いを感じる。

    何としても触れておかないといけないのは、本書を疾走感のある半生記に仕立て上げているのは、著者の伊藤彰彦氏。この方の存在無しではこの企画は成立しなかったと断言できる。

    時代劇評論で健筆を振るう春日太一と、インタビューアーとしては無双感を醸す吉田豪を合体したような印象を受けた。

    伊藤氏からは聞きづらいことにも斬り込む強い覚悟を感じ、何よりも多面な顔を持つ巨魁 角川春樹に立ち向かうべく、出版・文芸・映画の知識は言うまでもなく、それに加え宗教・俳句・民俗学等の知識と素養を有することで、貴重な証言や裏話は引き出す、博覧強記ぶりと周到な準備には舌を巻いた。終始、ゴキゲンに語る角川春樹の姿が立ち上る。

    インタビューの最後に語った『紙の書物と町の本屋を守る』という言葉に、表題の『最後の角川春樹』は反語的用法⁈と思ったほど、ますます意気軒高を通り越し『角川春樹、不死身説』を唱えたくなった。

  • 映画史家の伊藤彰彦が、2年間/延べ40時間に及ぶインタビューをまとめた、聞き書きによる角川春樹の一代記。

    すでに2005年には、『わが闘争――不良青年は世界を目指す』という、角川春樹の語り下ろし自伝も出ている。同書も面白い本ではあったが、比べれば、内容の密度と深みで本書の圧勝である。

    この『最後の角川春樹』については、吉田豪が各所で絶賛している。
    インタビューに際して、取材相手本人すら忘れていることまで調べ上げて臨む吉田をして、「すさまじい取材力」「恐ろしくなるレベルで調べすぎてるんですよ」とまで言わしめたのだ。
    私も、吉田の絶賛に誘われて本書に手を伸ばしたのだった。

    伊藤彰彦による聞き書き本といえば、少し前に『無冠の男 松方弘樹伝』を読んだことがある。これも面白い本だったが、伊藤の取材力・調査力は同書よりもさらにパワーアップしている印象だ。

    春樹自身が忘れていることまで調べ上げていたり、彼が気付いていない2つの出来事の関連性や共通項まで指摘したり……。いやはや、すごいものだ。

    伊藤の春樹に対する熱いリスペクトも全編に満ちているが、さりとて、絶賛に終始しているわけではない。春樹がプロデュース、もしくは監督した映画についても、不満点や疑問点などは率直に述べている。

    内容もじつに濃密で、ドラマティックなエピソードの連打。
    私は少年時代、角川映画と角川文庫、そして角川書店の雑誌『バラエティ』で感性の土台を形成したようなところがあるから、春樹の語る舞台裏の一つひとつが面白くてたまらない。

    『わが闘争』は、と学会の「日本トンデモ本大賞2006」にもノミネートされたほどぶっ飛んだ本だった。対照的に、本書は春樹の神かがった面については筆を抑えぎみで、もっとまっとうな内容になっている。日本の出版界と映画界に旋風を巻き起こした風雲児としての側面に重きを置いているのだ。

    時代の先を読む鋭敏な嗅覚、不可能に思えることを実現していく果敢な行動力など、角川春樹はすごい人だと改めて思った。

    角川春樹の一代記であると同時に、彼が生きてきた時代の出版史・映画史・メディア史としても高い価値を持つ。第一級の聞き書き本である。

    ※追記
    重箱の隅をつつくようだが、小さな間違いを一つ発見。
    69ページに、1979年の出来事として《薬師丸ひろ子(当時は博子)》とあるが、当時も「ひろ子」だったはず。
    薬師丸博子は本名で、この名義での出演は、最初の出演テレビドラマ『敵か?味方か?3対3』(1978年)くらいしかなかった。
    同年の映画デビュー作『野性の証明』では、パンフレット等の表記もすでに「ひろ子」である。したがって当然、翌79年には「博子」ではない(私は薬師丸ひろ子ファンだったから、このあたりウルサイw)。

  • 話半分に聞かねばならない部分もあるかもしれないが、
    インタビュアーが相当な下調べを経て質問しているので、
    そんなに(少なくとも角川春樹から見た)事実とはかけ離れていないのだろうという印象。

    角川映画を知っていればいるほどのめりこみそうなノンフィクション。
    個人的にはもう少し、幻魔・カムイ以外のアニメ映画の話が聞きたかった。

  • 大変読ませるノンフィクション。角川春樹の常人ならざる感じがよく出ている。


  • 『人間の証明』、『セーラー服と機関銃』…活字と映像を交錯させて、表現の力で社会を揺り動かした戦後最大の出版人、その魂の軌跡。

    ロング・インタビュー。自らの監督作品への言及が興味深い。
    「五月の七日間」への言及が2冊続いたのは、偶然にしては出来過ぎ。

  • 今後こういう人は日本から出ないだろうなと思わされました。
    一代記で日本のエンタメ史を、一面とはいえ、さらえてしまう。そんな人はいないでしょう…。まさに狂気です。
    また、宮司だったと初めて知りました。
    信仰に篤く、民俗学やノスタルジーへの共感がある。「エンタメの人」というイメージが強かったので、角川氏の多面性に翻弄されたインタビューでした。

  • 角川春樹といえば、角川映画と文庫本のイメージとあと覚醒剤。
    この本は膨大なインタビューから成る、多分収まりきれなかった数々に逸話もあるんだろうな。
    渋谷で200人相手にひとりで闘ったエピソードや硬派だったのがある時から女性をとっかえひっかえで結婚歴が6回?だったかな。(安井かずみとも関係があったのには驚き)
    70歳で再婚して子どもまでもうけてたのね。
    父親(源義)との確執。
    覚醒剤は所持してたのは事実だけど、会社にお金は手をつけなかったので、全部否認したら実刑になったとか。
    うーん、とにかく自分に嘘は付けなかったんだね。
    覚醒剤は、持ってた時点でアウトだと思うけど。
    松田優作とも懇意で彼は伊丹十三を認めてなかったとか、
    大林宣彦から”原田知世は、天才ですよ”という手紙をもらったことや、いろんなエピソードがてんこ盛り。
    吉本隆明は彼の俳人としての才能をかっていたらしい。
    俳句は死ぬまで作り続けるってあった。
    句集、読んでみようかな。

  • この前に読んでいたのが文春文庫の正力松太郎の評伝「巨怪伝(上)」であまりの濃厚濃密濃縮っぷりに(下)に行く前に、いったん休憩、とエスケープしたのが本書。出版社にいる友人に、最近、面白かった本として勧められたので手軽に手にした訳なのです。ところがどっこい、本書も相当に波瀾万丈なのでありました。なにしろ、びっくりなのは正力、角川、共通するのは富山をルーツとすること。「越中強盗、加賀こじき、越前の詐欺」という言葉に表される越中出身者の荒ぶるバイタリティも時代は違えども繋がっていました。そして富山の米騒動が角川生家の商売である米問屋をスルーし、警視庁正力は徹底的に弾圧した、という妙な偶然も、それぞれに大衆の欲望との向き合いがそれぞれのビジネスの本質であることを表しているような気もします。いや、正力は置いておいて、角川春樹の人生は、彼が仕掛けた映画を進行形で受け取った世代としては「わかるわかる」と「えーそうだったの」の繰り返しで満喫の一気読みでした。中川右介「角川映画 1976-1986」を読んでいたので下準備は出来ているつもりでしたが、本書の著者の伊藤彰彦のインタビュアーとしての知識の幅と問い掛けの深さは半端なく、角川春樹360°評定決定版みたいな本です。「最後の角川春樹」という書名、正解かも。下世話なネタとして「スローなブギにしてくれ」で南佳孝を起用したのは当時、付き合っていた安井かずみの影響というのも「うわー」だし、映画監督角川春樹と俳人角川春樹を不可分とし、「情念」と「エンターテインメント」の融合による破綻と矛盾を角川映画の本質とする指摘も「うわー」でした。でも一番の「うわー」は裁判と収監の歳月…でした。なんなんだ、この強さとナイーブさは…最後まで大人にならない少年、それが最後の角川春樹なのかもしれません。そんな人物像を引き出した著者は、なんとこれまた名著「映画の奈落ー北陸代理戦争事件」を書いた人と、最後で知りました。

  • 角川春樹氏の聞き書き形式の伝記。
    文学・映画・芸能などに疎いこともあって本書で初めて知ることも多かったが、角川氏の略歴の何とも濃いことか。大出版社の社長、映画プロデューサー、映画監督、優れた俳人でもあり、結婚は6度目。死と隣り合わせの冒険旅行に200人を相手にしたという大立ち回り、おまけに大麻保持で懲役刑とは。普通の人が1度も経験しないような人生を何度生きたことか。また作り出す作品、向き合う仕事1つ1つにド真剣に向き合ってきたとなれば、その濃度は計り知れない。
    80歳を前にして、角川氏が今もなお最先端で挑戦を続ける姿が何ともかっこいい。
    対談相手の著者の作品は初めて読んだ気がする。そのままノンフィクションが仕上げられほどに徹底的に調べ上げ、角川氏からもよくぞここまで、と話を引き出し、話が一層深くなったようだ。

  •  成功譚ではなく、むしろ失敗や問題点の方が、よほど多い。
     同時代性をしみじみ感じる評伝。

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著者プロフィール

伊藤彰彦【いとう・あきひこ】
1960年愛知県生まれ。映画製作者・映画史研究家。1998年、シナリオ作家協会大伴昌司賞佳作奨励賞受賞。2011年、『明日泣く』(色川武大原作、内藤誠監督)の製作、脚本を担当。著書に『映画の奈落 北陸代理戦争事件』(国書刊行会、のちに講談社+α文庫)。

「2017年 『無冠の男  松方弘樹伝』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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