その話は今日はやめておきましょう

著者 :
  • 毎日新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784620325194

作品紹介・あらすじ

一人の青年の出現によって、揺らぎ始める定年後夫婦の穏やかな日常─ 。老いゆく者の心理をとらえた著者の新境地。

感想・レビュー・書評

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  • 第35回織田作之助賞受賞作。

    72歳の大楠昌平と69歳のゆり子の老夫婦。
    昌平が事故に遭い怪我をして、通院のためにサイクルショップで偶然出会った26歳の青年石川一樹に、お金を払い、車で送迎を頼むことに。
    ついでに、家の中の掃除や庭の手入れなども頼みますが、一時は隣家の住人に勝手に切られた植木に対して文句を言ってくれた一樹に対して頼もしい気持ちや親しみを覚えますが、次第に一樹によって家の中は不穏な空気に包まれていきます。その時のゆり子や昌平の不安感が上手く描かれていました。

    人は老いてくると若さというものを頼りにしていたのが、形勢が変わってしまえばすぐにも恐怖にさえなってしまうのですね。老いは誰もが避けられない道だし非常に怖いことだと思いました。
    もしかしたら、一樹の側に立って、鼻持ちならない老夫婦だと解釈する読者がいるとしたら、もの凄く怖いと思いました。

    一樹のいいかげんさに途中までなんだか気持ちの悪い話を読んだ気持ちにさせられましたが、最後はハッピーエンドとはいえませんが、一樹も人間らしい一面がうかがえました。
    ただ、これはお話ですから、実際にこのようなことが起きたら、それではすまされないような気がしました。

  • なかなか良い人情話だった井上荒野(アレノ)作品。夫婦二人住まいになった昌平72ゆり子69は健康の為に始めたクロスバイクに嵌まり日々楽しんでいたがパンクした時に立ち寄った自転車店で好感度の青年に修理して貰った。その後、昌平が交通事故に遭い不便な生活を余儀なくされていた時に偶然の出逢いで家政夫まがいの通い仕事をくだんの青年にして貰うことになるのだが......
    人を信じること信じられることの機微が語られる作品。
    寸前に読んだエッセイ集「夢のなかの魚屋の地図」の余韻が残っているので随所に"なるほど部分"があるのも納得でき楽しく読めた♪

  • 面白くてあっという間に読んでしまった。
    穏やかな老夫婦のもとに、人を殴るのが気持ちいいというヤバめの若者が家事手伝いに来る段階で、どうか相互に良き影響を与える話であってくれ…と祈った。
    実際はどうだろう、若者は詐欺まがいのことをし関係は崩壊するが、老夫婦は困難を解決できたことで自分に自信を取り戻し生活は活性化した。
    若者の方も、たまたま気持ちがそっちに振れて悪事をしてしてしまっただけで、多分もうああいうことはしないんじゃないか。

    老夫婦、50万円を詐欺られそうになった時に子供に相談しないし若者の身元を調べようともしないし悪手を打ってばかりで、これを回避できたのは本当に運がよかっただけなんだけど、
    でもこれは詐欺だという結論を2人で話し合って出せた、その点がすごく良かったな。
    きっとこれまでもそうして知恵を絞って支え合ってきたからこの穏やかな老後があるんだろうなと思った。

    しかし老夫婦がロードバイクで走る描写、普段電動自転車に乗っている身として肩身狭かったな〜。

  • 人生の終盤、老いの現実に揺らぐ夫婦と、身の振り方が定まらず迷える20代半ばの青年との関わり。

    どの年代もそれぞれの葛藤がありますね。

    会う度に小さくなる私の父母が、肩寄せあってふたりで暮らしていることを想いながら読みました。

    穏やかな老後の生活につむじ風がたったくらいの、何気ないストーリーです。それをこんなにも豊かに描きあげているのは素晴らしい。

    老夫婦の心の機微、その形容しがたい心の細やかな動きを、身を置く場所、会話、見るもので表現しています。
    丁寧な書き筋に、品の良さを感じる作品でした。

  • 子どもたちが独立し、勤め上げた製薬会社の仕事からも離れ夫婦二人でのゆとりある生活。安寧の日々に、突然の怪我による不自由と、見知らぬ若者が入り込む。

    荒野さん流の老いを描く細やかな筆致が、まさに50代半ばの私自身の心に横たわる漠然とした不安を形あるものにしていく。言葉に落とし込むことのできない些細な感情の積み重なりや、意図しない相反する感覚の両立を本当に上手に言葉にしてくれる荒野さんの作品に今回も首肯する。ああ、こういう作品を読みたいんだ、私。

    仕事や家族の中での役割を持ち、年齢を重ね、仕事や父母の役割を終えた先に一体何があるのだろうか。できる・わかることへの誇り、役に立つこと、求められることの喜びは、生活の不自由さと反比例しながら、次第に低下していく。生産が減り、認知や記憶に不確実さが増す。他人や社会から求められることがなくなり、自分たちが軽んじられ、重荷になることも認めたくない。老いへの不安や焦燥感が生活感を伴う場面で描かれる。

    知人の病や死から、死が身近なものとなり、いずれ向き合わなければならない伴侶の死による喪失感への恐怖も避けられない。

    そんな気持ちの隙間に入り込んだ若者一樹。不自由な生活を家政夫の立場で援助してくれつつも、疑似親子関係で面倒を見てやれる親の立場も与えてくれる。

    寂しさに付け込んだ一樹、頼りになる一樹をある時は母親のように気遣うことに充足を感じる妻ゆり子、交通事故で体の不自由に自分の不甲斐なさを認めざるを得ない夫昌平。三者三様の立場で物語が進み、飽きさせない。

    長年連れ添った夫婦でも、お互い不機嫌になりたくない、させたくないものだ。だから夫婦でも一番重要な問題を双方避けてしまう様や、子どもに迷惑をかけたくなくて遠慮する様子。子離れできずに子どもを自分の傍に置いておきたい気持ちの有り様などなど、身近にあるなあと痛くもあり…。

    辛い作業ではあるけれど、自分の弱さや脆さを認め、それを夫婦で補って年齢を重ねていきたいなあと、つくづく。これ、本当に難しいんだよなあ。

  • どろどろしてる。
    救えないやつの思考回路って、こんなものなのかなぁと考えながら読んだ。

  • 相手のことを想って、あるいは自分のエゴのために、またあるいはただ面倒臭いことから目を背けたくて、後回し後回しにしていた問題が最終的に爆発して、取り返しのつかないことになる。そんなお話。あらすじにするとなんてことないけど、なんてことのないテーマでこんな豊かな一冊の本が書けてしまう井上荒野さんはやっぱりすごいなぁと思う。奇を衒うわけでも、目立とうとするわけでもなく、日常性の静寂の中からじっくりと時間をかけて人間の本性が炙り出されてくるような作品。

  • 人は必ず老いる。どのように人生を経て、老い、それを受け入れて生きてゆくのか。若さはズルイ。ずるくて弱い。それでも純粋な部分を解ってくれる大人がいれば少しは変わるものだ。老夫婦と若者の出会いが彼らの心と生き方をすこしだけ動かすストーリーは、なんだか春の陽射しのようで暖かい気持ちになった。

  • 五十万円の押し問答の所からとことん騙されていっちゃうのか…と思ったけど、正気というかちゃんと「疑う」ということを捨てないでよかった。
    共有の趣味がある、会話もある、夫婦生活もある、仲の良い夫婦なんだな。
    夏希のアメリカ行きも、子供は夏希だけじゃなく睦郎も近くに住んでいるようだからまぁいいんじゃないか。

  • 井上荒野さん、すっごく丁寧に描かれる方で読んでると気持ちがほっこりする。
    今回は、大楠老夫婦がなんだか影のある?アウトロー的な雰囲気の青年とのやりとりでちょっとハラハラするストーリー。
    真実から目を逸らすというか、無かったことにしたいズルさとか、偽善とか、あまり直視したくない人間の嫌な部分を描かれていて座り心地が悪いムズムズする本でした。
    でもラストは、人生の年長者、先輩はやはり一枚上手だしみくびってはいけないとビシッとカッコいい作品でした。

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著者プロフィール

井上荒野
一九六一年東京生まれ。成蹊大学文学部卒。八九年「わたしのヌレエフ」で第一回フェミナ賞受賞。二〇〇四年『潤一』で第一一回島清恋愛文学賞、〇八年『切羽へ』で第一三九回直木賞、一一年『そこへ行くな』で第六回中央公論文芸賞、一六年『赤へ』で第二九回柴田錬三郎賞を受賞。その他の著書に『もう切るわ』『誰よりも美しい妻』『キャベツ炒めに捧ぐ』『結婚』『それを愛とまちがえるから』『悪い恋人』『ママがやった』『あちらにいる鬼』『よその島』など多数。

「2023年 『よその島』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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