- Amazon.co.jp ・本 (584ページ)
- / ISBN・EAN: 9784596552136
感想・レビュー・書評
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スケールの大きなタイトルだ。何せオーストラリア発のベストセラー作品、満を持して、華やかに登場! ページを開くと、すぐさま感じられるのは、高密度な文章による作風。物語力の高度さ。少し取っつきにくいくらいの言葉の奔流。それに何と言ってもイメージの横溢。これこそ少年の感性そのものかもしれない。それを大人になって完成された文章力が過去への旅程を辿り掬い上げたものなのかも。
物語の牽引力は半端じゃない。少年イーライの育つオーストラリアはブリスベン郊外の田舎町。少年と親しい老人は、殺人の罪で獄中で生涯を過ごした脱獄王スリム。60歳も歳の差がある老人が少年に教えるのは人生の知恵と夢。
少年の兄オーガストは5歳の頃から口をきかなくなり、空中に指で文字を描く。描かれた唐突な文字の予言に満ちた不可思議さは、小説後半への伏線となるので要チェック! 伏線は他にいくつも。隠された赤い電話。獄中の囚人にイーライが書き送る手紙。記者になる夢。麻薬密売に手を染める義父と母。彼らを取り巻く麻薬組織の悪のあまりの暗黒さ。
最初のイメージは夢多き少年の冒険小説。ファンタジー・ランドみたいに見える作品世界は、大人たちの経済の論理で崩れてゆく。暴力と血と奸計とが、少年の周囲にある平和をこれ以上ないほどに搔き乱す。イーライにも試練が訪れる。いろいろなものを一気に失ってしまう衝撃的な時間。
その後の第二幕は、失われた平和の跡みたいな、アル中で壊れた父との暮らし。そんな中でもさらに成長を続ける兄弟の物語。新たな未来に向けた少年のあくなき想像力と、たくましさを見よ。
世界の美しさ。そして残酷さ。消えていった謎。さらに深まる伏線の数々。独特な語りと描写に引きずり込まれる。物語力ということの凄みさえ感じられるのが本書の中盤だろう。
そして終盤。十代最後に近づき、夢であったジャーナリストの道を踏み出したイーライが、世界と本格的に格闘する物語。ばら撒かれてきた伏線と仕掛けが一気に花火のように爆発する時。こういう物語か? と俄かに信じがたいほどに、懸崖を墜落するが如く様相を急変させるこの不思議な小説。プリズムのように絶え間なく色を変える正体のわからない物語と少年の未来。
ずっと家族の物語。ずっと夢の物語。ずっと冒険の物語。作者は自分自身、実際にジャーナリストを夢見た少年のモデルであったそうである。脱獄王スリムも、麻薬密売で連れ去られた義理の父親の運命も、本当の父親の本の虫ぶりも、物語の半分は少なくとも作者自身の体験からの物語ということである。
現在の作者を作り出したすべてのエネルギーは、本書の少年イーライに込められているだろう。この作品に注がれた作家の情念は半端ではない。
ちなみに本書のタイトル、各章の小タイトル、共にすべて、三語だけで成り立っている。それにはわけがある。他のあらゆる精緻な伏線もあちこちに仕掛けられている。鳥肌が立つほどの準備の多さに恐れ入ってしまう。まるでおもちゃ箱。仕掛け屋敷。
ちなみにいくつかのシーンでイーライは窮地に陥る。そういう時、過去から差し伸べられる救いの手には、感動のあまり胸が詰まることがある。あれはこの時のため? 仕掛けの多さに驚きを禁じ得ないし、そこには人間の深い魂同士が繋がっている様が感じられる。心から情感を揺さぶられる物語。
本書の今後の評価が実に楽しみな傑作である。どなたにも心よりお薦めしたい掛け値なしの傑作である。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「少年は世界をのみこむ Boy Swallows Universe」
日本語訳で600ページ近くあるにもかかわらず、三語で表された各章はスムーズでリズムがある。しかも描写は細かく比喩も豊かで、流して読むには少々もったいないほど。
物語は12歳の男の子イーライの目線で描かれる。
犯罪の匂いのする親を持つ主人公が次々と襲い掛かる境遇に対し、必死に抗いながら成長していく。
日本の小説にある普通の少年期の成長物語に比べ、とてつもないスケールの展開であるところにオーストラリアを感じる。
登場人物の中では、主人公イーライはもちろん、ある事故から言葉を話さなくなったのち、空に指で文字を書く不思議な兄オーガストの存在が物語を神秘的に彩る。
そして、伝説の脱獄王スリム(二人のベビーシッター)、この人がとてもいい。
「ディテールだ、ディテールを頭の中に叩き込め」
「時間は操ることができる」
「時間を殺れ、殺られる前に」
ミステリー形式ではあるが、すべてを明らかにしようとするのではなく、少年期から青年期への成長とともに“いつのまにか失くしていくもの”など、柔らかく包み込むようにして描写している。
スティーヴン・キングの少年物とはまた一味違った面白さがここにある。 -
少年イーライとそれを取り囲む人達とのヒューマン物語。
事実に基づいた話だけに、キャラクターの個性とさり気無い言葉に人間性をとても感じる。
少年イーライは周りの噂や言葉に惑わされることなく、自分が接している人達を信じ突き進む。
たとえ過酷な経験だろうと、立ち止まらない性格は危なかしくもあり、破天荒であり、犯罪と薬物が蔓延る街に彼なりの色彩を作り出す。
師の言葉のディテールを追い求め、少年の新聞記者の夢を志す姿はたくましい。
希望を信じれば、悪い状況からでも立て直せると、少し勇気を貰える文学的作品。 -
人に流されず考えて考えて生きる。
あなたは善良な人か。どんな状況でも善良でいることの難しさ。
でもそれがもたらす周りへの影響。
勇敢に挑むイーライが素敵でした。 -
福知山
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【請求記号:933 ダ】
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CL 2022.1.18-2022.1.22
色彩とディテール
善良な人間
作者の実体験に基づいた作品だというのが驚き。
あと、本のタイトルも「少年、世界をのみこむ」でよかったんじゃない? -
たくさんの賞を受賞し、
たくさんの国で翻訳され読まれている本。
とても波乱にとんだ内容だった。
イーライは、おしゃべりで、
お話を作るのが得意で、ちょっと泣き虫。
オーガストは、ひと言も話さない。空中に指で書く文字は、予言めいたものもあれば、意味不明な文字列のこともあるが、賢い兄で頼れるアドバイザー。
母の恋人ライルは、父親も同然。
麻薬密売組織に連れ去られ、なぜ消えてしまったのか?真実を探しに行く。
ベビーシッターで、年齢差60歳の親友スリムからたくさんのことを学ぶ。
みんなでハグ!
愛情や信頼を感じる家族。
けれど、世間から見たら悪人と呼ばれるのかもしれない。
本書の半分は著者が実際に体験したことだという。
そして、イーライの切り取られた人差し指のことは驚いたが、著者の右手の指はちゃんとそろっていると訳者あとがきにあり、ホッとする。
12~19才までの少年イーライの成長と家族の物語。
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読み始め,圧倒的に高度な文章構成で,自分も付いていくことができるか心配であったが,家族の物語でありながら,冒険の物語であり,少年の成長の物語であり,要所要所にそれらの活劇感が挿入され,当初の心配は杞憂であった.
日常とは言っても,平和な日常では無く,びっくりするようなことも起こり,少しづつ読み進める毎日が楽しみでした.
もう1度読むかなあ.