あるヴァイオリンの旅路: 移民たちのヨーロッパ文化史

  • 法政大学出版局
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  • Amazon.co.jp ・本 (366ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784588352355

作品紹介・あらすじ

偶然手に入れた無銘のヴァイオリンに愛着を感じた著者が、その来歴を探る旅を通してヨーロッパ300年の歴史を描く。気候変動、戦争、疫病、経済変化、器楽の発達、音楽史、文化史といった多面的歴史と、生きるために移民となりヨーロッパ文化を陰で支えた無名の人々の姿が、ひとつの楽器の中に浮かび上がる。推理小説のように展開する楽器の作者捜しの旅は、個人の記憶と壮大な歴史が絡み合い読者を迷宮に誘う。

感想・レビュー・書評

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  • ドイツ人の歴史家であり小説家、ジャーナリストでもある著者が、自ら愛用する一挺のヴァイオリンの由来を探究した書。

    本書は、「一度は音楽家を志し、若いころはそれにすべてを賭け」てヴァイオリンにのめり込み、挫折した経験を持つ著者の強い執念と郷愁に貫かれている。そのためか著者は、ヴァイオリンに由来はさておき自らの生い立ちや300年前のドイツ南部やイタリア各都市のヴァイオリン職人達の暮らしに想いを馳せては脱線しまくっている。一挺の(出来は素晴らしいものの)名も無きヴァイオリンから300年前の無名の製作者を辿ろうというのが土台無理な話で、結局、ファクトに基づかない著者の想像と妄想が支配的な作品になってしまっている(まあ、それはそれでありなのだが…)。

    二転三転した上で著者が辿り着いた推論は、300年程前、南ドイツフュッセン出身の職人が、ヴェネチアの名だたる師匠ゴフラリーのヴァイオリン工房で修行し、作製したヴァイオリンではなかろうか、ということだった。

    フュッセンと言えば、ノイシュバンシュタイン城のある町だ。一度、観光で訪れたことがある。フュッセン周辺は、確かうら寂しい田舎町だったと思う。フュッセンが、その昔楽器職人の町として栄え、ヴァイオリン職人をイタリア各都市に供給する「卓越したヴァイオリン職人の産地」だったとはなあ。

  • 『あるヴァイオリンの旅路 移民たちのヨーロッパ文化史』フィリップ・ブローム著、佐藤正樹訳 | レビュー | Book Bang -ブックバン-
    https://www.bookbang.jp/review/article/679119

    あるヴァイオリンの旅路 | 法政大学出版局
    https://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-35235-5.html

  • タイトルから、あるヴァイオリンが数々の著名な演奏家を経てきた歴史をたどるドキュメンタリーを想像してたけど、違った
    あるヴァイオリンが造られた時代、場所、職人を見つける旅路だった

    無銘だけれども銘品されるヴァイオリンを手にした著者は、ヴァイオリンとの対話を重ねていくうちヴァイオリンの製作者へと辿る旅路に出る

    ヴァイオリンは面白い楽器だ
    演奏家がヴァイオリンのクセや特徴を合わせてゆき、曲が紡がれてゆく
    ストラディヴァーリやグァルネーリを弾けば誰もが名演奏家になれるわけじゃない
    鑑定士にとってはヴァイオリンの保存状態や補修の程度、誰が所有していたかが重要であって、音は問題ではない
    さらにヴァイオリンには“訛り”がある、職人のクセだったり工房や製作地の特徴だったり…

    ヴァイオリンの訛りや調査の結果、真実に迫っていく著者は歴史家でもあるため、“ハンス”という架空のヴァイオリン職人を創り、彼の辿った移民や土地の歴史を織り交ぜて物語を進めるが、歴史に没入することもしばしばで退屈なところも

    300年以上も前に造られたヴァイオリンだから、1人の人間よりも多彩な歴史の中にあったんだろうね

  • 著者のブロームはあるとき風変わりなヴァイオリンを購入する。ヴェネツィアで仕事をした南ドイツ出身の職人の作だろうという楽器商の見立てに興味を惹かれ、ブロームは歴史のなかから自分のヴァイオリンの製作者を探しはじめる。そこから見えてきたのは、過酷なアルプスを超えイタリアへ移り住んだ職人たちの系譜だった。移民とギルドと貿易と文化の歴史が凝縮した、一挺のヴァイオリンと一人の人間の時を超えた出会いにまつわるノンフィクション。


    サイコーーー!!! エッセイ、謎解き、紀行文、歴史小説と章ごとにジャンルが変わり、フィクションとノンフィクションのあわいを行き来する、私が大好きなタイプの本だった。ヴァイオリン作りの素材の来歴を3ページも使って説明するくだりはカーソンの『琥珀捕り』を思わせるし、仮名の職人"ハンス"を探す旅は堀江敏幸の『その姿の消し方』みたいだし、「フェティシズムについて」の章はミランダ・ジュライの『あなたを選んでくれるもの』を彷彿とさせる。こういうの大好きだ!しかも著者のブロームは昔ゼーバルトの校閲をやっていたらしい。
    ブロームは南ドイツのフュッセンから旅を始める。リュート作りで栄えた町が段々と携帯に便利なヴァイオリンへと移行し、小氷期と30年戦争とペストの影響を受けて少年たちが職を得るためにアルプスを渡った経緯をさらりと説明したあとで、フュッセンにある「死の舞踏」の絵画に話を移すのが心憎い。ヴァイオリンを奏でて生者をいざなう死者のイメージ、これは楽器を介在して200年の時を超えたブロームと"ハンス"の関係性をあらわすとともに、"人は全員死んでいつか忘れ去られる"というエンディングの寂寥感をも先取りさせてしまう。
    アルプスを渡った少年たちはツテを辿ってヴェネツィアの工房に弟子入りした。親方も同郷の人である。宗教改革以降はドイツからの移民だというだけでルター派を疑われ、異端審問にかけられることもあった。また楽器職人は演奏家として稼ぐこともあり、流浪の旅芸人たちと同じくらいいかがわしくて胡散臭い存在とみなされていた。この辺りの事情を語る物騒なエピソードが楽しいが、ブロームはドイツ系移民コミュニティがヴェネツィアに受け入れられるために様々な根回しを必要としていたと念押しする。当時すでに世界中からモノが集まり、人種が入り乱れる享楽主義の都市だったヴェネツィアだが、コミュニティ間の線引きは明確だった。
    上記のような歴史的記述と交互して、鑑定のプロたちにバラバラなことを言われ謎が深まる"ハンス"探しパートと、音楽家を目指すも挫折した若きブロームの物語も語られてゆく。ゼーバルトの思い出が語られるのと同じ章で、10代のころ教わったヴァイオリンの先生についていま思えば同性愛者だっただろうと考えている箇所が印象深い。ゼーバルトとは逆にドイツに移住したイギリス人だった彼女は町で浮いていたという。奇矯な孤独者の姿を描きだしたこの章全体がゼーバルトのオマージュのようでもあり、出来すぎているがその胡散臭さがたまらない。
    ブロームにヴァイオリンを売った楽器商は、なぜドイツ人の作だと思うかと問われて「この楽器には訛りがある」と答える。この表現に惹かれてブロームは移民ヴァイオリン職人の歴史にのめり込んでいくのだが、本書は「訛り」を徹底的に肯定する物語でもある。18世紀は移住先に受け入れられるために改宗さえ必要な時代だったが、同郷の親方から弟子へ受け継がれた技と美意識によって楽器にアイデンティティが宿り、彼らの足跡を辿ることを可能にしたのだ。
    偉くもなく有名でもないただの人は生きた証なんて何も残さないのがふつうだ。ブロームのヴァイオリンはストラディヴァリとは違う。だが200年生き残ってきた。かろうじて奇跡的に残ったモノを通じて、過去が現在に繋がる。たったひとつのモノが、作り手だけでなくその人を育てた人、街、時代と触れ合うことができる時空の特異点になる。だから"ハンス"探しの全てが憶測で完全に間違っていたとしても、ブロームが教会に響かせたバッハの旋律が掻き立てる感動は変わりようがない。それはヴァイオリンを作ったのがどこの誰であろうと、「君が生きていたこと、ぼくにはわかってる」という普遍のメッセージなのだから。

  • ===qte===
    あるヴァイオリンの旅路 フィリップ・ブローム著 謎の名器に秘められた歴史
    2021/5/22付日本経済新聞 朝刊
    世界中から弦楽器が集結する展示会に出向いたことがある。ルネサンス期にヨーロッパで流行したリュートという弦楽器の製作を依頼するためだった。その時ヴァイオリンのブースで見た光景は忘れられない。目を疑うような値段の名器が並べられ、試奏したい人が列をなしていた。背後で商談をする、高級スーツを身に着けたバイヤーたち。様々な欲望がうごめくダークな世界に映った。


    さて本書は、著者がひょんなことから出会ったヴァイオリンの来歴を追った記録である。いまは歴史家、作家として生きる彼は、音楽一家に生まれ、ヴァイオリニストを目指して挫折した苦い経験を持つ。天文学的価格のついた楽器が良い音を出すとは限らず、値段を釣り上げるため様々な偽装が施される業界の闇も知り尽くしている。そんな彼が出会ったのは、製作者を示したラベルは明らかに偽物で、「ドイツ訛(なま)りのあるイタリア式」であること以外は一切不明なヴァイオリンだった。だが試奏するうち妙にこの楽器に惹(ひ)かれ、作った人物にとらわれ始める。

    「わたしはだれかに出会ったのだと感じていた」

    そしてその製作者を「ハンス」と名付け、彼の人生を追いかける。18世紀、ハンスはなぜ南ドイツの村を出てイタリアへ向かったのか? 鑑定家の見立てと対立し、旅が頓挫しかけたこともあった。

    冬の厳しさと耕作地の少なさから、南ドイツのフュッセンでは、アルプス以南へ出稼ぎに行く少年が多かったこと。血縁や地縁を頼っての移民。出稼ぎに拍車をかけたペストの蔓延(まんえん)。ヴァイオリンの素材を世界中から調達していたことから見える、地球規模のネットワーク。プロテスタントのドイツ人は異端の嫌疑をかけられやすく、改宗する人が多かったこと。楽器の背後から、当時のヨーロッパの生きた歴史が浮かび上がる。

    ハンスの旅路は、著者の人生も掘り起こす。ドイツ訛りを隠してオランダで生きた母親。離れて暮らした指揮者の父親との関係。音楽での前途を閉ざされたものの、失意の日々を送るそばにはいつもヴァイオリンがあった……。彼は果たしてハンスと会えたのだろうか? 謎解きは本書に任せるとして、歴史の縦糸と記憶の横糸が重厚に織り上げた奇跡の一冊だ。

    《評》ノンフィクション作家 星野 博美

    (佐藤正樹訳、法政大学出版局・3740円)

    ▼著者は70年、ハンブルク生まれ。歴史家、作家、ジャーナリスト。英語の自著のドイツ語訳も手がける。
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著者プロフィール

フィリップ・ブローム(Philipp Blom)
1970年、ハンブルク生まれ。歴史学博士。歴史家、作家、ジャーナリスト。翻訳家としては、英語の自著をドイツ語に訳しているほか、オペラ台本などの翻訳も手がける。『手に入れることと死蔵すること 蒐集家と蒐集の秘史』(2002年)、『世界を啓蒙する 百科全書、歴史の流れを変えた本』(2005年)、『立ちくらむ歳月 西欧の変動と文化1900-1914年』(2008年)、『邪悪な哲学者 パリのサロンと啓蒙主義の忘れられた遺産』(2011年)、『裂け目 西欧の暮らしと文化1918-1938年』(2014年)、『たがの外れた世界 1570年から1700年までの小氷期および近代世界成立の歴史、ならびに現代の気候に関する考察若干』(2017年、本訳書の原著)、『あるイタリア紀行 300年前にわたしのヴァイオリンを作った移民の足跡を尋ねて』(2018年、翻訳『あるヴァイオリンの旅路』の原著)、『大世界舞台 変革の時代における想像力について』(2020年)、『征服 人間による自然支配の起源と終焉』(2022年)、『闇路を下りゆく時代の啓蒙』(2023年)など著書多数。ほかに長編小説、新聞・雑誌の論説、ラジオ番組など、多方面で活躍し、環境、政治など現代の問題にも積極的に発言している。ベストセラー作家の一人で、グライム文学賞はじめ受賞歴も豊富。

「2024年 『縫い目のほつれた世界』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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