B面昭和史 1926-1945

著者 :
  • 平凡社
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感想 : 16
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  • Amazon.co.jp ・本 (600ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582454499

感想・レビュー・書評

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  • 一昔前のドーナツ盤レコードでは、裏表に一曲ずつ録音されるのだが、力を入れて売りたい曲の入った面をA面といった。それに対して、あまり売ることを期待していない方をB面といった。もっとも、予想に反してB面扱いされた曲の方が人気が出るということもあった。著者には、『昭和史』という力の入ったA面的な著作が既にあるが、正面きって日本の昭和史を語ったA面では採りあげなかった庶民大衆の暮らしの様子や娯楽といった側面に目を向けて、当時の世相を語ったのが本書である。まさにB面というにふさわしい。が、それだけでなく世の中には陽のあたるA面よりも日陰の身のB面を好む人種がいるもので、どうやら著者もその一人のようである。

    大体、歴史について書かれた本で取り上げているのは、偉い政治家や軍人の話ばかりで、こういっては悪いがあまり面白いものではない。それに比べれば、当時の名もない一般の人々が何を考え、どんなものを楽しみに生きていたのかを知るほうが余程楽しいにちがいない。著者の語り口調も、それを意識しているのか、ざっくばらんにくだけた調子で、向島育ちの悪ガキが、そのまま大きくなって、気炎を上げているといった感じだ。

    そうはいっても、昭和元年から、終戦の年までを扱うとなると、そうは庶民史ばかりを語るわけにはいかない。また、「阿部定事件」のように、世間の耳目を集めた話題をとりあげ、それがおきたのが二・ニ六事件の年であることを書かずにすますわけにはいかない。むしろ、逆で、教科書的な歴史の裏で、世に住む人々はどんな世相に目を向けていたかを知るためには、やはりAB両面を書いていくよりないようで、特に戦争が激しくなると、情報が統制され、新聞に載るのも軍部の検閲済みの記事ばかりとなって、あまり面白い資料は残っていない。そんな中、荷風散人や高見順など文人作家の戦時中の日記は貴重な資料になっている。

    ふだんあまり歴史書など読まない自分のようなものが、なぜまた昭和史なんぞ読んでみようと思ったのか。実は、近頃の世間の様子がなんだか変だ。どうもきな臭い、と思い始めたからだ。安保関連法案が、ホウレン草でもあるまいに十把ひとからげで一括強行採決されたのにも驚いたが、現政権に対し批判的な番組(と目された)のキャスターが何人も降板したり、と以前のこの国では考えられないようなことが次から次へと起きてきている。

    おまけに新聞やテレビが、どう考えてももっと報道するのが当然だと思う出来事をぱったりと報道しなくなった。外国の新聞やテレビが報道しているというのに、だ。この道はいつか来た道、と北原白秋ではないが歌いたくなっても仕方がないではないか。著者もあとがきで、そのことに触れている。

    「国力が弱まリ社会が混沌としてくると、人びとは強い英雄(独裁者)を希求するようになる。また、人びとの政治的無関心が高まると、それに乗じてつぎつぎに法が整備されてくることで権力の抑圧も強まり、そこにある種の危機が襲ってくるともう後戻りはできなくなる。あるいはまた、同じ勇ましいフレーズをくり返し聞かされることで思考が停止し、強いものに従うことが、一種の幸福感となる。そして同調する多くの仲間が生まれ、自分たちと異なる考えを持つものを軽蔑し、それを攻撃することが罪と思われなくなる、などなど。そうしたことはくり返されている。と、やっぱり歴史はくり返すのかなと思いたくなってしまいます。」

    それでは、ほんとうに歴史はくり返しているといえるのか。それは自分の目で読んでみるしかない。テレビや新聞が、われわれ民衆、著者の言葉でいうなら「民草」の知るべきことを報道し続けるという保障はどこにもない。知りたいことは自分で探るしかない。現に、すでに自国に不都合と思われることは新聞でもほぼ流れず、テレビは日本がいかに美しく、日本人はどれほど優れた国民であるかを強調する番組でいっぱいである。さて、このあと事態はどう進んでいくのか。

    本書には、エログロ・ナンセンスに湧いていた時代から、終戦の詔勅に至るまで、日本が少しずつ戦争の泥沼に足を踏み込んでいき、ついに抜けられなくなってしまうまでの日本を取り巻く状況とそれをほとんど知らずに、まことに能天気に暮らしていた民草の泣き笑いが、たっぷりおさまっている。つまり、「あとになって「あのときがノー・リターン・ポイントだった」と悔いないためにも、わたくしたち民草がどのように時勢の動きに流され、何をそのときどきで考えていたか、つまり戦争への過程を昭和史から知ること」ができるのである。

    いや、そんな心配いらないよ。戦争なんて考えすぎだろう、と思われる人にこそ、お勧めしたい。著者は焼夷弾など怖くないと教えられ、火の手に追われて死に損なっているので、根っからの戦争嫌いである。ただ、自分の考えを押し付けようとするところなど微塵もない。当時の自分がいかに何も知らなかったか、そして、当時は「また言ってるよ」と馬鹿にしていた父の洞察がどれほど確かだったかを今更ながらふりかえるだけだ。

    今はまだ、「ノー・リターン・ポイント」までは達していないと思いたいが、どうだろうか。

  • 図書館で借りた。
    昭和が始まり、戦争が終わるまでの20年を、政治史観点でまとめたのが"A面"昭和史とし、一般民衆の生活史をまとめたのが本書"B面昭和史"である。

    戦後はテレビ文化もあり、どんな生活をしていたかは想像しやすいが、戦前はその媒体が乏しく、私は勝手に江戸時代から大して変わらないような文化を想像していた。それが流行唄やエログロ・ナンセンスなどの流行語など、「一般庶民の感覚は、今と大して変わらないじゃないか!」と衝撃を受けた。
    一般民衆が戦争を望んだ側面があること、戦争が進むにつれ変わっていく生活、著者が東京大空襲時に東京の中学生だったことでリアルな記述、経験によって積み重なる生きる知恵、終戦に対する虚無感、様々な記載が非常に染み入る。
    A面と重ねて、読むべき1冊と感じました。

  • 前著「昭和史」のB面ということで庶民版というか半藤さんの半生を再収録したような新作。
    戦争に向かわせたのは政治だけではないとわかるが、逆に政治は庶民を蔑ろにし分かろうとはしなかった結果が、あの悲惨な戦争である。
    国同士の喧嘩の最中、国内では陸軍と海軍による子供の喧嘩をやっている。この間に何人の命が失われたのだろうか。退く勇気は必要だけど、誰もそれを持ち得なかったのは現代も変わらずか。
    考えようによっては、人心を一つの方向に向かわせた政治力は凄いのかもしれない。その政治力を現代で発揮できればもっと良い日本になるのだろうか。それとも悪の道は安易に進みたくなるものなのであろうか。
    戦争は批判するが、この国の教育は自ら起こした戦争について深く学ばない。何がいけなかったのか庶民の目からの歴史も学ぶべきであろう。
    蛇足だが半藤さんの悪ガキっぷりを想像しながら読むのも面白い。

  • 庶民の生活に焦点を当てた戦前の昭和史。著者が皇国少年だった頃に、感じていた事、体験した事などは、それ自体が世相の証言となっており貴重。合わせて、当時の新聞(それが統制下にあった時期も含めて)の記事、流行歌、作家の日記などを駆使して、時代の空気を分かりやすく伝えている。戦局が悪化に伴う国家の峻烈苛烈な要求群と、それを耐えるしかなかった(あるいは耐えるよう教育された)、もしくは自ら積極的に参加した国民の有様は、これを絶対繰り返してはならないという教訓である一方、”こうすればでここまで統制出来る”という悪例でもある。糧としなければならない歴史を、いつも通り読みやすく届けてくれた著者に感謝。戦後編も期待したい。

  • A面に続いて拝読。このB面の「民草」の空気感を感じることで、より深い学びになると思いました。A面でも感じましたが、この時代のマスコミってどうなんでしょう? 軍、指導者は勿論のこと、マスコミ、そして、著名な文学者まで、、、。空気というものに人間は巻かれたしまうものなんですね。増長、無責任、同調。現代にもありますよね。少なくとも、しっかりとこの時代のことを学ばなければならないと再認識しました。

  • 処分

  • 著者が幼かったころ=太平洋戦争前後の国民の身近な出来事をとりあげ、主要な歴史(A面)では語り切れなかった文化や風俗の歴史を知るとともに政府が翼賛体制を作り上げ国民をいかに戦争に巻き込んでいったかを知るうえでとても役に立つ一冊だった。詳細→http://takeshi3017.chu.jp/file7/naiyou27603.html

  • 歴史
    社会

  • 戦争というものの恐ろしさの本質はそこにある。非人間的になっていることにぜんぜん気付かない。当然のことをいうが、戦争とは人が無残に虐殺されることである。焼鳥のように焼け死ぬこと。何の落ち度もない、無辜の人が無残に虐殺されることである。

  • 終戦(敗戦)までのB面昭和史。下町や浅草の少し聞いたことあるような事件の話が多くてすいすい読んだ。祖父母もこんな雰囲気の中を生きていたのかなと思いながら。このB面史は家族が被害にあってないせいかいつまでもどこかユーモアがありながら空襲、敗戦に至る。空襲の翌朝の人間の焼死体をただヤキトリと同じだ、と何度も繰り返す引用文同様、半藤さんの文章もある意味リアリズム。

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著者プロフィール

半藤 一利(はんどう・かずとし):1930年生まれ。作家。東京大学文学部卒業後、文藝春秋社入社。「文藝春秋」「週刊文春」の編集長を経て専務取締役。同社を退社後、昭和史を中心とした歴史関係、夏目漱石関連の著書を多数出版。主な著書に『昭和史』(平凡社 毎日出版文化賞特別賞受賞)、『漱石先生ぞな、もし』(文春文庫新田次郎文学賞受賞)、『聖断』(PHP文庫)、『決定版 日本のいちばん長い日』(文春文庫)、『幕末史』(新潮文庫)、『それからの海舟』(ちくま文庫)等がある。2015年、菊池寛賞受賞。2021年没。

「2024年 『安吾さんの太平洋戦争』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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