火定(かじょう) (PHP文芸文庫)

著者 :
  • PHP研究所
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  • Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784569900841

作品紹介・あらすじ

天然痘が蔓延する平城京で、感染を食い止めんとする医師と、混乱に乗じる者は--。直木賞・吉川英治文学新人賞ダブルノミネート作品。

感想・レビュー・書評

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  • 藤原氏の大きな危機を招いた天平の天然痘の大流行を描いた作品である。
    単行本から文庫化するのを待っていたのだ、まさか、コロナという新たな病のパンデミィック下で読むことになろうとは皮肉なものである。

    舞台は二つ。一つは貧しい人々を受けいれ治療している施薬院で不満を抱えながら働く下級役人名代の行く道のり。
    もう一つはかつて侍医として帝に仕えていた医師である諸男の選ぶ道のり。

    二人を囲む病は暴力や詐欺を生み出して、病以上に人々を苦しめる。

    現代も奈良時代も変わらない人の浅ましさ。だか、それ以上の気高いものもある。

    今、火定にある世界も同じように、大事なものを見失わないことを切に思う。

  • 頂き本 直木賞。

    天平の世のパンデミック。
    おどろおどろしい表現もありますが、堅苦しくない程よいテンポでさらりと読めます。

  • 【GoTo書店!!わたしの一冊】第30回『火定』澤田瞳子著/大矢 博子 |書評|労働新聞社
    https://www.rodo.co.jp/column/111412/

    澤田瞳子「火定」書評 猛威ふるう疫病と社会の闇|好書好日(2018年01月07日)
    https://book.asahi.com/article/11578194

    火定 | 澤田瞳子著 | 書籍 | PHP研究所
    https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-90084-1

  • 【灼熱の暑さとともに京を襲ったおびただしい死。如何におぞましく無残な現実であろうとも、人々が生きたその痕跡は確実に残り、その死は新たなる命を生み出す。
     だとすれば彼らの死は決して、無駄ではない。この世の業火に我が身を捧げる、尊い火定だったのだ。】(P421)
     2019年8月頃から、なんかおかしいぞと、コロナが広まっていって、12月にはゾンビ映画さながら感染していくのだが、この小説も、やんちゃ坊主や飲食店の女性からバタバタ倒れていき、貴族も死んでいく。ウイルスの容赦のなさのなか、人は何を信じたらいいのか。ウイルスのパニックが外国人へのヘイトへと繋がるなど、緊急事態下での様々な事象が批評的に語られているし、予言的でもある小説だ。いや、読んでいる人間は、コロナ禍を経験しているので、どうしても「この小説は古代を通した予言書だ」という前提を持ってしまうだろう。
     とくにメインは、迷信の類いである。コロナ禍においても、迷信が多数出た。しかしコロナと違い、天然痘は人体にまがまがしい症状を出すため、「コロナはただの風邪」的な言説は書かれないし、異なっている。御札が流行することは、コロナ禍においてはなかったが、御札を流行させた男は、この世界への憎しみで動いており、めちゃくちゃになってしまえばいいという願望があったので、この、ただ世界をめちゃくちゃにするために煽ってたきつけるという人間の登場という意味においては、コロナ禍と火定の描写は共通している。
     中心的なテーマは医者とは何かである。澤田瞳子の小説を二冊これで読んだが、両方とも宗教を否定しているというか、恋愛を馬鹿にする高学歴女子みたいな態度で宗教に向き合っているのが面白い。恋愛にがんばる女子を高学歴女子が「あー、青春してるよね、よし子って」と言って疲れた女みたいに批評家のように笑うのと同じような態度で、仏教・神道的な、人間の信心を見ているようで、まるで唯物論者のようでもある。よほど宗教者に腹の立つ事があったのだろうか。
     この小説の終盤では、医者はみんなを救うんだみたいな、「医の哲学」っぽい感じで終わる。当時の医者の対処方法の無力さ、困難さがこれでもかと見えてくる。その臨場感は素晴らしかった。

  • 目に見えない疫病の恐怖。そして死と破滅が隣り合わせの中、人は何を見出すのか。奈良時代の平城京を舞台にパンデミックを描いた歴史小説です。

    庶民相手に多忙を極める施薬院の仕事に嫌気が差していた官人の名代は、同僚と薬の買い付けに向かった市で、高熱で倒れる若い男を見かける。そしてその男を看病した、諸男という男には、前歴があるらしいが……
    その後、高熱が続いた後、一端熱が下がる病が、都のあちこちで発生。それはかつて国を恐慌に陥れた天然痘の流行の始まりだった。

    ストーリーの運び方がとにかく上手だった。静かに始まった異変が徐々に広がり、都を地獄に変えていく。その過程で容赦なく描かれる人々の運命の末路。発疹に全身を侵される人。幼い子供たちへの感染。死を覚悟した人たちと、それをただ見送る事しかできない名代たち。

    病魔の過酷さと、名代たち医療関係者の奮闘が物語の片輪を担います。そしてもう一人、物語の中心人物となるのが猪名辺諸男。元は地位の高い医師だった彼だが、同僚の嫉妬から無実の罪で獄舎へ送られることに。

    この部分の描写も壮絶。食事や衛生環境も劣悪で、命も顧みられない場所でなんとか生き抜く諸男。彼の中で膿んでくるのは、自分を陥れた同僚、裏切った恋人、そして世間全てに対する復讐心。恩赦により獄舎から釈放された諸男は、天然痘が流行り始めると、獄舎で知り合った宇須や虫麻呂と一緒に、病気に効くというお札を民衆に売りつけ始めます。
    こうした諸男の半生と、そして真っ黒な心理描写は、病の描写以上に読みごたえを感じました。

    致死率の高い病が流行し、自分の命も危険な中、施薬院の仕事を辞めようとしていた名代が、施薬院の頼れるベテラン医師、綱手の懸命な行動や言葉によって、徐々に何のために生きるか、どう生きるべきかの道を見出していく。

    一方で世間への復讐心に燃える諸男は、徐々に宇須の狂気に引き込まれていく。そして宇須は、天然痘は新羅から持ち込まれた、と民衆を焚き付け、興奮した民衆は暴動を起こし、外国人を襲い、略奪や暴力行為を始め……

    物語は天然痘の恐怖だけにとどまらず、人間の復讐心、恐怖心、そして暴走を浮かび上がらせます。復讐の炎が自らの手を離れ、手の付けようがないほど都に燃え広がっていく中、諸男の心中には、復讐心以外の感情が徐々に頭をもたげてくる。

    そして最終章。身を燃やすほどの復讐心を抱えた諸男に訪れた運命。そして多くの死に触れる中で、名代がたどり着いた真理。そこに続くまでのストーリー構成に力があり、なおかつ丁寧だったので、壮絶な感情も物語も、最後にはすとんと、自分の中に納まりました。

    病が浮かび上がらせる人の業とそして光。タイトルに使われている仏教用語『火定』の意味も、読み終えると生と死の概念を超えて、人の営みが歴史の中で綿々と続いていくことを感じさせる、印象的なものに変わります。

  • 知り合いから勧められて読み始めたが一気読みしました。奈良時代の天然痘のパンデミック…
    今の時代にあまりにもリンクし過ぎて戦慄を感じざるおえない…
    医師の使命感…市井の人々…色々な思いやそれぞれの行動が交錯して一級の時代小説に仕上がっている。かなり読み応えがありました。

  • 天平の時代の天然痘パンデミックの話
    これが出版されたのはコロナパンデミックの前
    起こる事態が想像できすぎて辛い。
    よく生き残って今の命に繋げてくれたなと思う、先祖様。

  • 本編には全く関係ないけどこの時代の少なくとも京の庶民には姓が与えられていた記述ありp199

  • Yちゃん布教本
    今まで天平ものを読んできたけど華やかなやつ
    これは…グロい…すっ飛ばして何とか心を保ってます
    読み休憩しながら、平和を感じてます

  • 天平7年(735年)から同9年(737年)にかけて大流行した天然痘は首都・平城京(奈良)でも大量の感染者を出し、国政を担っていた藤原4兄弟も相次いで死去した。日本の政治経済や宗教が大混乱に陥り、後の大仏建立のきっかけとなる未曾有のパンデミックであった。
    本書はその混乱の中、病の蔓延を食い止めようとする献身的な医師、偽りの神をまつりあげ混乱に乗じて銭をかき集める才覚者、周囲の者を押しのけて自分だけ生き長らえようとする者などパニック時の人間の行動を生々しくドラマチックに描き出し、直木賞候補作にもなっている。
    主な舞台となるのは、光明皇后が設立した「施薬院」といわれる庶民救済施設で、怪我や病気で苦しむ貧しい人たちに施薬・治療を行い、薬草園も備わっていた。
    中心となる人物は、施薬院において、金や出生に興味を持たず危険も顧みず懸命に働く町医師・綱手、仕事に疑問を持ちながらも手伝いとして働く下級官僚・蜂田名代ら。
    加えて、努力して皇室の侍医を務めるほどになりながら、同僚の妬みや企みにより無実の罪で投獄され、地獄の苦しみを味わい、医師が信頼できなくなった猪名部諸男の物語が絡む。
    感染力が尋常でない天然痘に対して、講じられるのは、薬用植物を煎じた薬のみ。化学薬品や抗生物質などない世界。しかし、隔離、うがい、手洗いを大事にするといった基本的な対処はコロナ禍の今と変わらない。また、人と人との縁や信頼、理性すら破壊し、社会の奥底に潜む差別感情を助長し、人の世の秩序まで打ち砕く様子も形は違えど、今とダブるところがある。
    パンデミックに出現する善きも悪しきも包含した人間の性を物語を通して味わえる。コロナ禍の今こそ賞味してみる価値のある本だと思う。

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著者プロフィール

1977年京都府生まれ。2011年デビュー作『孤鷹の天』で中山義秀文学賞、’13年『満つる月の如し 仏師・定朝』で本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞、’16年『若冲』で親鸞賞、歴史時代作家クラブ賞作品賞、’20年『駆け入りの寺』で舟橋聖一文学賞、’21年『星落ちて、なお』で直木賞を受賞。近著に『漆花ひとつ』『恋ふらむ鳥は』『吼えろ道真 大宰府の詩』がある。

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