六つの村を越えて髭をなびかせる者

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  • PHP研究所
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  • Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784569851082

作品紹介・あらすじ

江戸中期。蝦夷地に降り立ち、その自然とアイヌを心から愛した男がいた――直木賞作家・西條奈加が贈る感動の歴史巨編。

感想・レビュー・書評

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  • 以前読んだ梶よう子さんの「噂を売る男」のシーボルト事件でちらっと出てきた最上徳内。シーボルトに蝦夷地の地図を渡したにも関わらずお咎めなしだったという話に、何か黒い繋がりがある人なのかとイメージしていたが、全く違う人だった。

    元々算術が得意で算術で身を立てるつもりだった徳内は、師の本多利明の影響で蝦夷地見分隊に加わる。その旅でその後の人生に大いなる影響を与えることになるアイヌの人々との出会いがある。

    当時のアイヌの人々の置かれた状況には胸が痛む。松前藩と運上屋と呼ばれる一部の商人たちに徹底的に搾取され抑えつけられている。
    アイヌの人々の訴えは、「農耕を行いたい」「和語(日本語)を覚えたい」「自由な民として独立したい」というごく当たり前のことだった。裏返せば、それすら許されない厳しい状況だった。
    徳内は「本当のアイヌの姿を世に知らしめたい」「松前(藩)の軛(くびき)から放たれるよう手助けしたい」という思いで蝦夷地の各地を旅する。

    だが彼の思いはなかなか実現しない。
    松前藩の妨害もだが、将軍・家治の死による老中・田沼意次の失脚で彼らの文字通り命がけの蝦夷地見分は頓挫する。さらにはアイヌの人々の反乱(蜂起)後には上役の青島と共に入牢の憂き目にまで遭っている。
    それにアイヌの人々と一口にいっても広い蝦夷地が様々なな顔を見せるのと同様、日本に近い者もいればロシア(赤人)に近い者もいて、一枚岩ではない。
    徳内は士分でなかったためと師の本多らの助けにより釈放されたが、青島はついに帰らぬ人となった。

    松前藩のように弾圧するのはもってのほかだが、では幕府が直轄地として蝦夷地を支配するのが良いことなのかとの葛藤も徳内にはある。
    和語を教えることがアイヌの人々の言葉や文化を奪うことにならないのか、ロシア領となる方がアイヌの誇りが保たれるのではないかとすら考えたりしている。
    現在のアイヌの人々の環境を考えれば、徳内のそうした葛藤も理解できる。

    物語はこの辛い場面が山場となっているため、その後の徳内の働きについてはサラっと流される程度だったのが残念だった。出来れば松前藩によるアイヌの人々への弾圧がどうなったのか、アイヌの人々へ農耕を教えることが出来たのかなどを知りたかった。

    アイヌ人の友人たちが魅力的だった。親友であり弟子であり弟のような存在であるフルウ、最初に出会った友・イタクニップ。
    見た目こそ荒々しいが、中身はとても穏やかで争いを好まない優しい人々だった。文字は持たないが言葉は日本語にない発音がたくさんあるほど豊富だし、神話や昔話も多い。文明的だし知性もある。

    それから徳内の妻ふでが豪快で素敵な人だった。師匠の本多始め算術仲間や青島始め見分隊の人々も役人らしからぬところもあって魅力的だった。

    タイトルはイタクニップによる謎かけだった。それを知った瞬間が徳内がアイヌの人々や蝦夷地に掛ける思いが新たになった瞬間かも知れない。

    なぜシーボルトに蝦夷の地図を見せてもお咎めがなかったのかという点についても分からないままだった。だが徳内がなぜ孫のような年齢のシーボルトに蝦夷地の話をしたのかは理解できた。蝦夷地やアイヌの人々の本当の姿を伝えたかったのだと思う。

    蝦夷地探検というと間宮林蔵が有名過ぎて、最上徳内のことは知らなかったので、この作品で彼や見分隊に参加した沢山の役人たちのことを知ることが出来て良かった。
    読書はこうしたきっかけや繋がりがあるから面白いし止められない。

  • 極寒の地、熱き想いの一冊。

    北方領土、アイヌ、極寒の地を舞台に描く、最上徳内の物語は終始熱き想いが流れる。

    言葉通じずとも眼差しで、握手の温もりでアイヌの人々と確かに心が通じ合うその瞬間が熱く心を震わせた。

    そしてもっと歩み寄るために交流、言葉を重ねていく徳内の熱き想いに反するこの地への数々の抑圧。

    それは人の心をも潰し尊厳を奪うこと。否応なしに今の世界情勢が頭を過ぎる。

    幾度の困難にみまわれても彼の眼裏に浮かぶのは熱き血と文化が流れるあの地。

    彼を支える皆の想い、愛を背負って踏む大地。

    また一つ尊い歴史が心に流れた。

  • 読み始めはアイヌの言葉が難しくて中々頭に入ってこなかったが途中からグッと引き込まれた。

    言葉も通じず字を持たないアイヌの人々がいかに虐げられ、奴隷のように労働を強いられたか…
    それでも誇りを失わず極寒の蝦夷で生きる様
    そしてそのアイヌ達を愛し、守る為に尽くした男
    百姓から武士にまでなった「最上徳内」は凄い!

    チタタプ、ニシパ、オハウ、カムイetc…知ったアイヌ語もありました(ゴールデンカムイより)笑笑

    もうちょっとアイヌ勉強しようかな_φ(・_・

  • 江戸時代中期、幕府で計画された蝦夷地開発の見分隊に随行したことから始まる、算学塾の弟子・高宮元吉こと最上徳内の半生が描かれた作品。蝦夷地の雄大な自然やアイヌの少年、長(おさ)たちとの交流を通して、その利を搾取する松前藩や商人に強い怒りを持った徳内が、辿った年月が描かれている。とても読み応えのある作品だった。

  • 天明5年2月(1785年)田沼意次肝煎の蝦夷地見分隊はロシアに対する海防と開拓の調査のため、江戸を立つ。その一員に加わった最上徳内は厚岸(アッケシ)到着後、アイヌの少年フルウと出会う。蝦夷での交易を独占する松前藩はアイヌを搾取する実態を知られないよう、見分隊の行動を監視し、徳内とアイヌの接触を禁じる。
    田沼意次の失脚、松前藩との確執等の困難の中、アイヌとの信頼と友情を貫き通す徳内の生涯が描かれる。

  • 学生時代、歴史が大嫌いでした。人の名前も年号も、全然頭に入りませんでした。松前藩が津軽海峡の上と下、どっちにあるのか知らなかったし。
    もっと向き合って勉強すればよかった。全ての人が平らに生きるために知っておくべき出来事が、歴史の中にはたくさんあるのですね。

  • 徳内の蝦夷への思い、そしてそのいきざまに、心が奪われた1冊でした。没頭しました。
    読み終えた今、最上徳内のファンになったような気分です。
    この時代に蝦夷へ赴き周遊するのは相当な困難があったと思いますが、アイヌ語の習得など大変な努力と信念、純粋な思いで貫いたその生き方に、今のこの自由な時代に、いろんな所に行きたいのに、私は何をしてるんだろう?なんて気持ちにもなりました。
    また、徳内は、素敵な伴侶にも恵まれましたね。
    1冊の本の中に引き込まれました。

  • 本書の帯にて「実在の冒険家・最上徳内」と紹介されているが、冒険譚ではない。
    自然の厳しさは無論立ちはだかるが、政治的なやり取りの方がより高い壁であったからだ。
    しかし、それらの困難を越え、探求心や良心を貫かんとする徳内の姿には胸をつかれた。
    学問とは、未知なるものへの飽くなき探求心から成り立っているのだと痛感した。
    我々が学校などで学ぶ事柄も、先人の探求から得た知識の集積だったのだ。
    最上徳内も知らず、「歴史って暗記物だから好きになれない」とかぬかしていた学生時代の自分をぶん殴ってやりたい。
    読了後、アイヌについてきちんと知りたいという気持ちが沸き上がった。先ずはそこから始めたいと思う。

  • 最上徳内という人がどんな人物であったのか、この作品で初めて知ることができた。創作ではあるけれど、魅力的に描かれていた。徳内はいろいろな人との縁を得るが、善人ゆえの運がついて回ったようだ。
    そして、徳内が出会うアイヌたちの、なんと魅力的なことだろう。この小説を読んで一番に感じたのは、じつはそのことだった。松前で出会うイタクニップ、アッケシで出会う少年フルウとその家族。古老のムシウカ。厚岸アイヌの惣乙名イコトイ。勇ましいツキノエ。
    徳内が果てしない景色の広がる蝦夷地に足を踏み入れてまず感じたのも、自然の厳しさと、そこに暮らすアイヌたちの素晴らしさだった。彼らは家族を大切にし、礼儀を重んじ、知恵もユーモアも兼ね備え、決して野蛮な夷人などではなかった。徳内が言葉を学び、アイヌの懐に入っていくと、彼らの知恵なしに、蝦夷地で暮らすことは不可能と悟る。

    徳内を連れてきた武士たちも、クナシリへゆきたい徳内をアッケシに留め置いて、アイヌ語の習得を勧めた。松前藩の通史では都合よく訳されて、アイヌの真意が伝わらないためだったからだが、徳内もアイヌ語の習得を強く望んだ。チーム大石逸平が協力して、松前藩の浅利幸兵衛や、守役の小者をうまく巻いて、連携プレー。竿持ちの徳内と武士の身分の隔てを感じさせない、ユーモラスな描写が心地よかった。

    松前藩はアイヌを過酷な使役につかせる労役者、交易と言いながら略奪の対象として都合よく利用し、アイヌの文化と人権を蔑ろにしてきた。このために和人にも、幕府の武士たちにも、アイヌにも悲劇が生まれたのだ。シャクシャインの戦いが何故起きたかが、こんなにもよくわかる物語。

    徳内はのちに、皮肉にも、慕う青島俊蔵を不遇の死に追いやった定信の命で、見分隊としてアイヌへの御救(おすくい)交易のための調査に蝦夷地へ向かう事になる。
    その後のアイヌたちのことは語られないが、徳内はのちに何度も繰り返される悲劇を知ったらなんと思っただろうか。

  • 最上徳内さんのことをもっと知りたくなった。

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著者プロフィール

1964年北海道生まれ。2005年『金春屋ゴメス』で第17回日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、デビュー。12年『涅槃の雪』で第18回中山義秀文学賞、15年『まるまるの毬』で第36回吉川英治文学新人賞、21年『心淋し川』で第164回直木賞を受賞。著書に『九十九藤』『ごんたくれ』『猫の傀儡』『銀杏手ならい』『無暁の鈴』『曲亭の家』『秋葉原先留交番ゆうれい付き』『隠居すごろく』など多数。

「2023年 『隠居おてだま』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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