- Amazon.co.jp ・本 (348ページ)
- / ISBN・EAN: 9784569762814
作品紹介・あらすじ
西欧的な意味での近代は、私たちに光をもたらしたのか。国民主権、資本主義、個人主義など自明の価値体系から「進歩」の本質を問い直す。
感想・レビュー・書評
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西欧近代の民主主義の発展とその課題について、哲学・社会学・宗教・心理学等の著名人の所説をもとに、独創的な見解を主張してあり、ためになります。▼ルソーの考えでは社会契約論において「一般意思」は個人の「特殊意思」や「全体意思」ではなく、すべての人が共通に持つ利害や関心などであり、抽象的で根源的なもの。「一般意思は代表されえない」という。しかし通常は人民の意思はだれかに代表せざるを得ない。一般意思には絶対的な主権性が与えられているため、代表者は一般意思のもとにあらゆることが可能になる。すなわちルソーの根源的民主主義は、それを実現化しようとすると、独裁主義、全体主義に陥る。現にそれをやったのがフランス革命。国民のわがままな意思をそのまま実現することは大変に危険なことである。▼ルソーの民主主義は古典古代的な共和主義思想の復活である。しかし近代市民は古典的市民と違い、「自分の」利益に関心を持つ単なる個人の集まりである。そこで一般意思を仮構するものとして「国民主権」や「国民の意思」が出てくる。「世論」万能の全体主義に傾く。▼一方英人バーグは、「一般意思」「人権」概念を批判、抽象的な人民の権利は存在しないと説く。▼>>>西洋進歩主義の壁:ニヒリズム、自己喪失、神なき宗教社会、独房の中の自由と平等、近代的道徳は弱者の強者に対するルサンチマン、実証主義科学信仰のニヒリズム
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やっぱキリスト教がミソやな。
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確かなものなき時代のあがき、模索。近代を巡る限界が遺憾無くか描かれている。あらゆるジャンル総動員である。印象的な部分が多く大いに示唆的であった。
・ルソーの論理を突き詰めると独裁主義に行き着く。
・アメリカでは政治的な活動に参加して賞賛を受けることは名誉である。
・バークの偏見の擁護。
・合理的とは活動や人間関係の中に人格的なものを持ち込まないこと。
・誠実さが価値となれば、その背後を覗くかのように本当の私を求める志向が発生する。
・フロム:権威がなくなると人は耐えられないので、外部にいっそう強い態度を求める。 -
2015.10 課題図書
■■10/19@コメダ珈琲店■■
祭りと伝統の話/農協の話/シュタイナー教育の話/人生における他人の必要性の話/近隣市町との連携の話/マイナス金利の話 -
貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784569762814 -
2001年の911テロを契機として、西欧近代主義の普遍化(米国流の民主主義、市場競争経済の押し付け)に疑問を呈し、西欧近代の本質を明らかにしようとした書。大学1-2年を対象とした講義をまとめたものであるだけに、哲学的で難解な話が平易に語られていて有難い。本書を読むと、西欧近代化、合理主義、個人主義のベースには、プロテスタントの宗教的な高い倫理観があったことがわかる。したがって、このような宗教観をもたない社会が安易に西欧近代社会の仕組みを導入することは危険であること、また、宗教的な信仰心が希薄になるなかで、西欧社会自体が危うい状態になっていることなどが何となく理解できた。
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読み応えのあった一冊だったが、分かるのに言葉に出来ない(理解しきれていない)もどかしさが残る。
この人、すごく文章書くのがスマートでいい。
歴史が進歩するという発想そのものに、まず疑問符を付けてみる。
それは果たして進歩なのか?自由の獲得と富の拡大は善で、規制や貧困は悪になるという二元論からのスタート。
そこで近代社会の始まりを振り返る。
市民の誕生と、一般意志による社会の成立。
神がいなくなった社会で、個人は生きることの「確かさ」を失ってしまい、それが今の不安な時代を形作っている。
分からないものの代わりとして、何か定まったものを求める科学至上主義への転換。
その最中に私たちは生きている。
今、私が考えていることを、一つ外側から見つめてみる。これはすごく大切なことなのだと思う。
答えはない。けれど、今、私が立っている場について大きな手がかりを得たようにも思う。
他の著作にも手を伸ばしてみたい。