倒立する塔の殺人 (PHP文芸文庫)

著者 :
  • PHP研究所
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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784569677538

作品紹介・あらすじ

戦時中のミッションスクールでは、少女たちの間で小説の回し書きが流行していた。蔓薔薇模様の囲みの中に『倒立する塔の殺人』とタイトルだけ記されたその美しいノートは、図書館の書架に本に紛れてひっそり置かれていた。ノートを手にした者は続きを書き継ぐ。しかし、一人の少女の死をきっかけに、物語に秘められた恐ろしい企みが明らかになり…物語と現実が絡み合う、万華鏡のように美しいミステリー。

感想・レビュー・書評

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  • 模造革の背表紙、孔雀模様のマーブル紙を使った表紙のノート。見開きの次のページには、アール・ヌーヴォ風の蔓薔薇模様で飾った囲みの中に『倒立する塔の殺人』とタイトルが記されていました。この美しいノートを手にした者は続きを書き継ぎます。しかし、一人の少女の死をきっかけに、紡がれる物語は現実と絡み合いながら、ある残酷な事実へとクライマックスを迎えようとします。
    少女たちの友情、思慕の情によって物語が完成したとき、私は一瞬、自分が何処でこのノートを読んでいるのかわからなくなりました。読者として物語の成り行きを眺めていたつもりが、いつの間にか少女たちの創ったラビリンスに迷い込み、さまよっていたことに気づかされたからです。
    この世界観にどっぷりと浸かってました。

    また、この物語は謎解きの面だけではなく、戦時中という時代を生きた少女たちが、何を大切にして守り抜こうとしたのか……が描かれていました。
    この物語の少女たちは、時代の波に呑まれることなく戦争から自立した存在だと思いました。
    彼女たちを見ていると、少女というアイデンティティーは、どれだけの暴力や武力をもっても、押さえつけ破壊することはできないのだと思えるのです。
    読み始めたときは、日常になってしまった戦争というなかで、少女たちの愛する小説や絵画、音楽が非日常的なものになったかのように思えていたのですが、次第に実はそうではないなと感じるようになりました。
    ドストエフスキー、アンリ・バルビュスなどの文学作品。エゴン・シーレなどの画集。防空壕や軍需工場での『美しく青きドナウ』のコーラス。コーラスにあわせて踊るソシアルダンス……
    少女たちは愛する文学や絵画、音楽を決して手放すことはありませんでした。
    戦争が激しくなり、クラスメートが次々と疎開、死んでいく現実を受け止めながらも、残った少女たちはそれら美しいものとともに凛とした姿勢で生きていくのです。私にはそれが生き残ったものの使命だとでもいうように思えました。
    少女たちはお互いを支えあい、助けあいながら、生きていく上で本当に大切なものは、戦争では決して手に入れることなどできないとわかっていたのだと思います。彼女たちにとっては、どんなときにも芸術作品を愛することは、いつもと変わらぬ日常だったのでしょう。どれだけ戦争という時代が少女たちを襲おうと、彼女たちは愛する文学や芸術を傍らに強く生きたのだと、そう感じずにはいられませんでした。

  • とても面白かったです。
    戦争末期の女学校で、ある少女の死をきっかけに、密かに書かれていた「倒立する塔の殺人」という物語の謎解きが始まる…という要約も難しいお話です。
    今回も戦争の残酷さとそれでも損なわれない美に惹き付けられました。
    YAの作品なのですが、決して子どもっぽくないどころか、登場する絵画・音楽・小説についても知りたくなる知識欲にかられる作品でした。
    「どういう小説が好きか、登場人物の誰に惹かれるか、それを明らかにするのは、自分自身の本質を曝すことでもある」という一文に、それではわたしはここでは自分自身の本質を曝してるのか…と思いました。確かに。
    空想あるいは物語という水を養いにしなければ枯れ果ててしまう、しかもその水には毒が溶けていなくてはならない…「毒が、わたしたちの養分なのだ」というのもわたしの本質です。
    「倒立する塔の殺人」で告発されたのは誰か…カロライナ・ジャスミンという花が気になりました。
    Sまではいかなくとも、親密な女学生たちの様子も良かったです。皆川さんの作品の登場人物たちには逞しさも感じます。
    三浦しをんさんの解説も良かったです。色々書いても、皆川さんの物語には結局「すごい」の一言を繰り返すのみです。

  • 皆川博子さん初読み。一癖も二癖もあるという噂を聞き、ついでにそんな癖の強い作品たちの中でもこの『倒立する塔の殺人』は比較的読みやすいということを聞いて手に取ってみた。確かに、読みづらくはなかったしストーリーの展開も面白かった。
    終戦間際から終戦後にかけて、あるミッションスクールにおいて行われていた小説の回し書きが主題となる物語。物語は女学生の日常と、ノートに残された手記、そして『倒立する塔の殺人』の創作によって構成されていて、そのバランスが整っていて迷わずに読み進められた。そして戦時中やミッションスクールという設定が余計にこの話をミステリアスに仕立てている気がした。戦時中とはいえ、他所と隔離された少女たちの花園。小説内に登場する「S」や「お熱」などの用語がその特殊な環境の秘匿性を高めていて、その秘密を垣間見させてもらっているような心地で読み進めた。
    特によかったと思うのは、物語の中に登場する他作品(ドストエフスキーとか)や絵画、音楽が豊富だったこと。巻末には物語に登場する絵画が絵付きで紹介されていて、随時参照しながら想像を膨らませることができた。そして解説で三浦しをん(大好きです)が書いている通り、ほかの作品への興味までかきたてられる。

  •  終戦間際の時代、ミッションスクールの図書室に置かれていた『倒立する塔の殺人』と書かれたノート。そのノートには手記と終わりのない小説が書かれている。その手記とノートが書き継がれていくうちに徐々にそのノートに秘められた企みが明らかになっていく。

     濃い世界観の小説はいろいろありますが、この作品の世界観はただ単に濃いだけでなく、甘く妖しい芳醇な他の作家さんではなかなか出せない独特の濃さがあるように思います。

     それは戦時下から終戦直後という時代設定や、キリスト教系で女子学生だけのミッションスクールという舞台設定に加えて、
    女子だけの世界だからこそ起こりうる愛憎を雰囲気たっぷりに描いているからだと思います。勝手なイメージですが読んでいて宝塚音楽学校ってこんな感じなんじゃないかな、という印象を持ちました。

     特に印象的だった場面はⅥのピアノの場面。本当に美しい文章で、それでいて彼女の心理を痛々しく描いていて、読んでいてドキドキしてしまいました。

     こんな濃い話と文章の作品なのですが、これをヤングアダルト向けのレーベルから出されているというのがまた驚き。出版社の方もよく皆川さんにお願いしようなんて考えたよなあ…。
    きっと出版社の方は皆川さんのこの妖しい魅力を若い層に伝えたかったんだろうな、と勝手に妄想してしまいます。

  • 戦時中のおしこめられた灰色の世界の中、ガラスのようにまっすぐで透き通っていて、それでいて割れやすい少女たちの姿が、ルポであるかのように現実に存在しているかのように等身大でつづられていく。
    少女というには20歳などはどうかとも思うが、描かれ方は少女そのままであったように思う。お姉さんの役割を背負った少女たち。
    しかし、本書の真犯人は思わぬところに潜んでいる。
    三分の二を読み進めたところで、ラストが気になってついつい最後のページからいくらかめくってしまったが、実はそこで語っている「私」が誰かわからなかった。
    ジャスミンなど新たな用語も登場している。
    結局つづきから順を追うしかなかった。
    幸いなことに、戻った次のあたりから真相が匂わされはじめたため、そこからは一気に読み進められた。
    この物語は少女たちのものだけではない。
    少女であった者たちの物語でもあるのだ。


    また、本書は戦時中の人々、特に女子挺身隊や学校の生徒として工場勤めを課された学齢の子供たちの疎開していない生活がどのようなものであったかを示す資料ともなりえるものである。
    あの時代、爆撃されても満員電車で人々は毎朝仕事などに赴いていたのかと思うと、非常事態と日常の奇妙な隣りあわせ(融合ではない。別物として同時に存続しうるもの)を感じる。
    震災直後でも社会機能が麻痺せず、日常生活の営みもまた同時に存続していった奇妙な時間と重なるものを感じた。
    これが混沌というのだろうか。
    まさに灰色い時間である。
    その灰色の風景を見ながら、少女を表すかのような本書のカバーのレトロな桜色とを重ね合わせたのが、通読しても変わらない本書のイメージである。

  • 戦中の2つの女学校という空間が出てくる。
    片方はミッションスクール、もう一方は都立女子校。
    ミッションスクールはどちらかというと日本になじまない宗教性からか夢見がちに浮いて見られることが多い。しかし、そこには司教の体罰や異質な性癖、入信はしていない多くの女学生、エスという関係。決して穏やかなものだけでは済まされない。まるでジャスミンに似ているのにそれとは違う黄色い花を咲かせ、猛毒を持つカロライナ・ジャスミンのように。

    なにが美しいと言うよりも、読んでいてとても楽しい、小説だった。
    女学院の纏う愛らしさと排外性、戦争中という享楽の飢餓、それらが相まって「倒立する塔の殺人」の謎、現実の謎に垂直にのめり込む。
    物語の中の1つ1つの異様さ、怖さに捉えられ、謎を体感し、犯人の罪の独白でない形で晒される。


    ・・・皆川さん初めて読んだけど、また他のも読みたいと思った。

    めも
    ミッションスクールだというのに神が皮肉にしか用いられなかったところ。(小枝たちはミッションスクールではなかったからか)
    しずくの自分の罪を試そうとする行動
    実際家になる少女たち。→そこが書かれる理由

    • MS-Kさん
      > 皆川さん初めて読んだけど、また他のも読みたいと思った。

      この本は読者ターゲットが若いので、超やさしく読みやすい文体ですが、他の作品は強...
      > 皆川さん初めて読んだけど、また他のも読みたいと思った。

      この本は読者ターゲットが若いので、超やさしく読みやすい文体ですが、他の作品は強烈に脂っこい(それがくどい位に美しいんですけど)ので心してください(笑)
      2013/04/15
  • 皆川博子が『お姉様』や『お嬢様』を書くと本当に凄い。

    戦時中のミッションスクールを舞台に、一人の少女の死と『倒立する塔の殺人』というタイトルのノートを巡る事件。

    正直、ミステリ部分に関しては普通だと思うが、それを遥かに凌駕する筆致で紡がれた物語に幻惑される。
    ミッションスクール、蔓薔薇、お姉様、Sなどの魅力的な設定やアイテム。そこに実際に戦中を生き抜いてきたであろう皆川博子が息を吹き込むと、甘美でありながら熱気とざわめきと匂いを含んだリアルが浮かび上がってくる。

    豊富な語彙と広く深い教養に裏打ちされた文章は、読むものを心地の良い渦の中に飲み込んでいく。文学、絵画、音楽、神話。ありとあらゆるイメージが明滅し頭と心を酔わせる。

    巻末の三浦しをんの解説がまた贅沢だ。こちらも一読の価値あり。
    『部屋で一人興奮して、「すごい」の一言を繰り返すほかなかったのだった』と最後に書いているが、全く同意。

    • 円軌道の外さん

      kwosaさん、こんばんは!
      ご無沙汰しております!
      実は本業のボクシングの試合で怪我をして
      去年の年末から先月まで入院しておりま...

      kwosaさん、こんばんは!
      ご無沙汰しております!
      実は本業のボクシングの試合で怪我をして
      去年の年末から先月まで入院しておりまして…(^^;)
      体調は良くなりつつありますが、
      まだ休職してリハビリ中の身です。

      あと、いつも沢山のお気に入りポチとコメント
      ホンマにありがとうございます!

      三寒四温とはよく言ったもので、まだまだ寒くなったりあったかくなったりの気候ですが、
      kwosaさんはお元気ですか?
      レビュー書かれてないみたいなので少し心配しています(‥;)

      桜はどないですか?
      僕は先々週見ごろだったので
      病み上がりの身体で缶ビール片手に
      東京で初めての夜桜見物に行ってきましたよ~♪

      てか、これが師匠オススメの皆川博子さんですね!
      少女小説と言えば必ず出てくる作家なので
      かなり前から気にはなってました(笑)

      kwosaさんの言うミッションスクール、蔓薔薇、お姉様、Sなど の魅力的な設定やアイテム、
      『ミステリー部分を遥かに凌駕する筆致で紡がれた物語』って一文にもう興味津々です!(笑)
      甘美でいて毒を感じさせる少女たちの世界にホンマ弱いので(笑)
      ぜひ近いうちに読んでみますね!

      あとホンマ遅くなりましたが(汗)、
      僕の本棚の『オーブランの少女』『太陽のパスタ、豆のスープ』『消失グラデーション』『夜よ鼠たちのために』『青年のための読書クラブ』『星を撃ち落とす』にも返事書いてるんで、
      また暇つぶしにでも見てくれたら嬉しいです(^^)

      ではでは、今後ともよろしくお願いします!




      2015/04/14
    • 円軌道の外さん

      いつもいい情報教えてもらってるので
      お返しに(笑)
      kwosaさんにオススメの音楽があったんや!

      カナダ出身のピアニストでシン...

      いつもいい情報教えてもらってるので
      お返しに(笑)
      kwosaさんにオススメの音楽があったんや!

      カナダ出身のピアニストでシンガーソングライターの
      Coeur De Pirate(クール・ドゥ・ピラート)御存知ですか?

      簡単に言えばピアノが印象的なガーリーなフレンチポップなんやけど、
      脳天気な明るさはなくて
      どこか切なさを内包した胸キュンナンバーを歌ってます。
      ピアノの腕は勿論上手いし
      今25才くらいやと思うけど、デビュー時はまだ18才で、舌っ足らずでちょいハスキーな声がまた ロリロリして非常にキュートなんです!

      なぜか日本デビューしてないので
      (こんなに可愛いくて才能あるのに!)
      輸入盤になりますが、
      2008年のデビュー・アルバム『Coeur De Pirate』と
      2011年の2ndアルバム『Blonde』がオススメです(^^)

      ウルサいガチャガチャしたサウンドではないので、
      kwosaさんもきっと気に入ってもらえるかと…(^^)

      ↓弾き語り聴けます!
      https://www.youtube.com/watch?v=1V92U2IzQww&feature=youtube_gdata_player

      https://www.youtube.com/watch?v=CD6W_tuQUM8&feature=youtube_gdata_player

      2015/04/14
  • 皆川先生、ついていきますと決めているので
    お元気で書き続けて下さい。

  • ここ最近の私的ヒット本。
    純幻想文学というよりミステリー風味。
    一文一文に酔いしれた。数行しかないが、上級生と踊るシーンが特にお気に入り。
    もっとこの世界に浸っていたいと思えた一冊。

  • 少女時代と云うものは、実は何重ものベールに覆われていて、真の姿を簡単には見せないものだ、とこの作品を読んで思い出した。
    でも、そのベールは、ある日突然無くなってしまう。
    剥ぎ取られるのか、自ら脱ぎ捨てるのか。
    あるいは両方か。
    ベールに代わるものを必死に探しながら、余命を生きる。
    だけどもう真の姿を隠してくれるものは現れない。
    沢山の細かな傷を抱えながら、そうしてどんどん鈍感になりながら。

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著者プロフィール

皆川博子(みながわ・ひろこ)
1930年旧朝鮮京城市生まれ。東京女子大学英文科中退。73年に「アルカディアの夏」で小説現代新人賞を受賞し、その後は、ミステリ、幻想小説、歴史小説、時代小説を主に創作を続ける。『壁 旅芝居殺人事件』で第38回日本推理作家協会賞を、『恋紅』で第95回直木賞を、『薔薇忌』で第3回柴田錬三郎賞を、『死の泉』で第32回吉川英治文学賞を、『開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―』で第12回本格ミステリ大賞を受賞。2013年にはその功績を認められ、第16回日本ミステリー文学大賞に輝き、2015年には文化功労者に選出されるなど、第一線で活躍し続けている。

「2023年 『天涯図書館』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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