〈賄賂〉のある暮らし:市場経済化後のカザフスタン

著者 :
  • 白水社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560097281

作品紹介・あらすじ

豊かさを追い求めた、この30年……

 1991年のソ連崩壊後、ユーラシア大陸の中央に位置するカザフスタンは、独立国家の建設、計画経済から市場経済への移行という、大きな変化を潜り抜けてきた。その過程で、国のありかたや人びとの生活はどのような変化を遂げてきたのだろうか。
 豊富な資源をもとに経済発展を続けるカザフスタンは、いまや新興国のなかでも優等生の一国に数えられる。
 独立前からカザフ人のあいだにみられる特徴のひとつに「コネ」がある。そして、市場経済移行後に生活のなかに蔓延しているのが、このコネクションを活用して流れる「賄賂」である。経済発展がこれまでの人びとの関係性を変え、社会に大きなひずみが生じているのだ。
 本書は、市場経済下、警察、教育、医療、ビジネス活動など、あらゆる側面に浸透している「賄賂」を切り口に現在のカザフスタンをみていく。賄賂は多かれ少なかれ世界中の国々でみられる現象だが、独立後のカザフスタンは、それが深刻な社会問題を生み出している典型的な国のひとつである。
 ここから見えてくるのは、人びとの価値観の変容だけでなく、ほんとうの「豊かさ」を支える社会経済システムとはどのようなものかという問題だ。豊かさを追い求めた、この30年の軌跡。

感想・レビュー・書評

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  • 日本よりむしろアメリカに近いのではと思った。
    特に医療制度。

    商品という名称がついてないだけで、市場化によって実質的に公的なポスト、公的なサービスが商品化されてる。

    ある事象が商品になるというのは、それがお金によってしかアクセスできないということだから。
    市場で売るために生産されるものが商品という意味では、公的なサービス、ポスト、生産される様々な書類や許認可が実質的に売られるために生み出されているような気がしてくる。

    さらに、値引きのためにはコネが必要とか、サービスを受けてもメチャクチャ成績を良くすることはできないとか。
    コネと賄賂を使ってもそこまではできないというラインはあるらしい、それはソーシャルゲームの課金みたいなものと似ている気がする。

    全くのプレイ時間ゼロはさすがにどうにもならないけどある程度のラインから上をより上にするのは可能とか、あくまでサポートが強化されるというところに線引きがあるというか。

    目に見えない、公にされていない何らかのルールやコードのような物が張り巡らされた社会という意味では、日本とカザフスタンの間にある差というのは、グラデーションのどこに位置するかに過ぎないのではないかとも思った。

  • カザフスタンにおける〈賄賂〉の有り様を描いた一冊。
    カッコ付きの〈賄賂〉なのは、金銭の授受だけでなくコネもあるから。「非公式な問題解決」というワードがより正確なのだが、それでは伝わりにくいだろうし。

    生活のありとあらゆる面に〈賄賂〉がある。警察、検察、裁判所、徴兵(忌避)、公職売買、事業を行う上での許認可や手続・規制(衛生)、税関、公共住宅、学校の成績、試験の点数、入学の権利、学位論文、医療……
    それらに対する市民の反応もさまざま。約150人へのインタビューを行ったというが、あっけらかんと〈賄賂〉について話す人もいれば、怒りだす人もいる。
    カザフスタンを主な対象としつつ、近隣の中央アジアでも似たり寄ったりであることが示唆されている。

    カザフスタンにおいて、〈賄賂〉が常態化したシステムになったのはソ連崩壊がきっかけである。
    民主化の名の下に、それまで国の資源だったものが一部の者(オルガルヒ的な)の手に渡ったり、外国企業に売られたりしたことで高福祉政策が崩壊し、警察官も公務員も医師も低賃金となり、〈賄賂〉を包含した「システム」が成立することになったことが伺える。
    そのように〈賄賂〉ありきの「システム」が成り立つと、それを突き崩すのは困難なのだろう。賄賂がなくては生活が成り立たない人々が数多くいるし、正規の給料を上げることで賄賂を撲滅しようとしても「非公式な問題解決」ルートにお金が流れているのであれば公式ルート(税金とか社会保険とか)にお金は流れてこないのだろうし。

    日本からみればカザフスタンの状況は異世界の話に見えるが、それを分かつ壁は意外と薄いものなのだろう。
    貧すれば鈍する。ひとたびどこかが決壊したらあっという間なのだろう。ソ連崩壊であっという間に社会が変わった話を読んでそれを思った。

  • カザフスタンの賄賂の実態について膨大なインタビューを通じて明らかにした本書。途中、賄賂が蔓延するエピソードがこれでもかと出てくるので飽きることもあったが、それだけ賄賂がありふれているということだろう。
    ソ連時代はコネを使って便益を受けることはあってもカネが伴うことは少なかったが、独立後の市場経済の浸透に併せて金銭のやり取りが広がった。ソ連時代を知る人は昔の方が良かったと懐かしむ意見も多いとのこと。
    非公式な支払いが伴う場面は、警察、司法、行政許認可、教育、医療と幅広い。一方で常にカネだけで何とかなる訳ではなく、コネがあった方が適切な人物に金銭を渡せたり、その金額を減額されたりする。また、カネを払っても専門職の医者になれたり、成績が飛び抜けて上がったりする訳でもなく、ほどほどの融通を受けるという面でも興味深かった。
    特に賄賂が蔓延っているのが警察のようで、末端が受け取った金銭を上役に上納したりと完全にシステムとして成立している。役職もカネで購入していることから、"投資"を回収するためにせっせと賄賂の獲得に励むことになる。
    こうしたカザフスタンの実態を見ると、腐敗撲滅には社会全体の仕組みを変えなければならず、難しい問題だと感じる一方で、我が国の公正さは素晴らしいと思った。

  • 今までぼんやりとしたイメージしかなかったカザフスタンの様子がくっきりとイメージできるようになった。
    警察や行政の賄賂は予想の範囲だったけど、成績や健康診断書を「手っ取り早く」買ってくるというのはちょっと受け入れ難い価値観だ。

  • 独立後カザフスタンの、主に都市圏を中心に調査した良書。
    都市圏におけるカネ・コネの使い方の変化が良く分かる。また、健全な国家運営とはどうあればよいのか、金やコネをどの程度認めるのかを、深く考えさせられた。
    私はある程度の汚濁を許容せねば、国レベルの大人数統括は無理だと考えている。ガチガチな法と強権は弾圧とセットであり、それは新たな腐敗の基となろう。
    故に、星5としてもいいのだが、『都市圏以外の人々の暮らし』はほぼほぼ描かれてないので、星4とした。

    ソビエト離脱後のカザフスタンは、
    『旧ソ連のエリートが、そのまま特権持って金持って資本押さえてやりたい放題』
    だったことは、他の旧ソビエト国家の例に漏れない。
    史上最悪の児童労働とまでILOに評された、農村部(都市圏以外のほぼ全部。人口比で言えば43%は農村部)の綿花・タバコ畑での児童労働などその最たるものだろう。素手でタバコの葉を摘むため、経皮吸収されたニコチンが及ぼす健康被害も無視できない……といった内容の、2010年にフィリップ・モリス社のタバコ畑を含む、児童労働に関する続報は英語ベースでもでてこない。
    だが移民労働者についての追跡、実体把握、法整備などについて、カザフスタン政府の努力は限定的なようだ。要は『不足している』ということである。(
    https://www.state.gov/reports/2020-trafficking-in-persons-report/kazakhstan/ を参照。)

    法律を厳しくしたところで、『カネとコネで何とかする』がまかり通るのである。
    先のレポートにあるように、法改正により「人身売買の容疑者が被害者に示談金を支払って刑事事件を取り下げることを認める規定の取り消し」がわざわざ明示されたということは、『それまでは、カネさえ出せば人身売買をもみ消せた』ということでもある。

    こうした『カネとコネで何とかする』ことの恐ろしさ、危機感は、本書で金を出して何とかした人々も、カネを手にした人々も、共通して持っている。
    同時に、組織的・構造的に仕組まれた『カネ・コネで融通し、融通してもらう』体制にあらがうことは難しいという意識も共通しているようだ。

    本作を読みながら、しみじみと『国力の支えとは何か』を考えざるを得なかった。国力の支えとは、天然資源やインフラ整備もさることながら、第三者評価に見合った実力を持つ人材がたくさん居る事、ではないだろうか。

    仮に、何らかの研究のために、カザフスタンの論文を参照しようと考えてみよう。本書を踏まえてみれば、まず
    『その論文の著者は本人か?(論文を買ったのではないか?)』
    『その論文のデータはどの程度信頼がおけるのか?(カネで買った回答やデータではないのか?)』
    『質問を投げかけたとして、論文著者を自称する人物が正しく、適切な答えを返しうるだろうか?(論文を買った、いわば実力のない研究者ではないか?)』
    等々、まったくと言っていいほど、信頼性が無いことに気づく羽目になる。

    社会分析のデータひとつ取っても信頼性が低く、裁判は正しく行われず、警察や公的機関の職員はたかり屋。
    また、社会福祉の削減は『貧窮して捨て鉢になる人』が増えることにつながる。社会の安定性が低下している、と言い換えても良いだろう。
    他国の旅行記のごとく読むのも良いだろうが、市場経済を導入しつつ、自由と富の還流、公平と公正の実現といった国家の姿を描く一助にお読みになる事をお勧めしたい。

  • 医療、教育、行政、司法、警察…あらゆる分野で、賄賂がまかりとおる社会。コネだけでもカネだけでもダメで、状況に応じて組み合わせて使い分けなければいけない。何か困ったことがあれば、細いつてをたどってでもコネを持つ人を探す、そこで話をつけてカネを渡してことをうまくはこぶ。あるいはコネをもつ親族に頼る、と。ただし、軽微なことなら、道義的負債を負いたくないから、親族に頼らず、ビジネスライクな知人に頼むことも。ただ自分や家族が重篤な病気になったり実刑をくらいそうになった時はその限りではない、と。/福祉の縮小と社会保障分野に対する公的支出の削減こそ、贈収賄やコネの蔓延を引き起こした主な要因(カザフスタンの政治学者ディーナ・シャリポヴァ)/一般市民にとってソ連時代とは、仕事と老後の年金が保障され、医療費や子どもの教育費に頭を悩ませる必要もなく、ささやかながらも安定した生活を送ることができた時代なのだ。/しかし、何でも買える社会は、何でも買わなくてはならない社会でもある。/支払うカネの多寡で物事が決まる社会で、もっとも不利な扱いを受けることになるのは経済的な弱者である。/若者を批判するかつてのソ連人も、実際には腐敗に参加している。また、物欲を恥ずべきものとする倫理観を植え付けられた世代とは異なる価値観を持つ独立世代も、必ずしも「カネで何でも解決できるのはいいことだ」と思っているわけではない。/公式か非公式かを問わず、あらゆることに十分なカネを払わなければ人間らしく暮らすことのできない社会は、「腐敗」した社会なのである。//このような社会で暮らすのはなかなか大変なことのように思える。何かを解決しようとした時に往々にしてシンプルにはいかず、その労力やコストは大きいと思える。ただ、社会の隅々までこのシステムが浸透した中で、ひとりだけで変えていくのはなかなかに難しく感じる。賄賂をよしとしない人も少ないながらもいるようだが、カネを払わないことで、不利益に直面しつづけるとしたら、それにいつまで耐えることができるだろうか、と。そんななかでも、それがベストだとは必ずしも思っていなくても、したたかに生き抜いていく人々が描かれている。

  • 「カネ=賄賂」社会、「コネ」社会、カネよりコネだった旧ソ連時代と比較して、「カネ」が社会生活をしていく上で重要になったカザフスタンの「カネ」「コネ」事情の詳細を紹介した本。

  • 東2法経図・6F開架:302.29A/O36w//K

  • 『〈賄賂〉のある暮らし――市場経済化後のカザフスタン』
    著者:岡 奈津子
    ジャンル:社会、 経済
    出版年月日 2019/10/28
    ISBN 9784560097281
    判型・ページ数 4-6・256ページ
    定価 本体2,200円+税

    ほんとうの豊かさとは? 1989から30年、市場化が問いかけるもの

    ソ連崩壊後、独立して計画経済から市場経済に移行したカザフスタン。国のありかたや人びとの生活はどのような変化を遂げたのだろうか。
    豊かさを追い求めた、この30年……

    1991年のソ連崩壊後、ユーラシア大陸の中央に位置するカザフスタンは、独立国家の建設、計画経済から市場経済への移行という、大きな変化を潜り抜けてきた。その過程で、国のありかたや人びとの生活はどのような変化を遂げてきたのだろうか。
    豊富な資源をもとに経済発展を続けるカザフスタンは、いまや新興国のなかでも優等生の一国に数えられる。
    独立前からカザフ人のあいだにみられる特徴のひとつに「コネ」がある。そして、市場経済移行後に生活のなかに蔓延しているのが、このコネクションを活用して流れる「賄賂」である。経済発展がこれまでの人びとの関係性を変え、社会に大きなひずみが生じているのだ。
    本書は、市場経済下、警察、教育、医療、ビジネス活動など、あらゆる側面に浸透している「賄賂」を切り口に現在のカザフスタンをみていく。賄賂は多かれ少なかれ世界中の国々でみられる現象だが、独立後のカザフスタンは、それが深刻な社会問題を生み出している典型的な国のひとつである。
    ここから見えてくるのは、人びとの価値観の変容だけでなく、ほんとうの「豊かさ」を支える社会経済システムとはどのようなものかという問題だ。豊かさを追い求めた、この30年の軌跡。
    https://www.hakusuisha.co.jp/book/b479976.html


    [目次]
    プロローグ 〈賄賂〉を見る眼

    第1章 中央アジアの新興国カザフスタン
    一 国土と住民
    二 ナザルバエフ政権の功罪
    三 民族と言語
    四 人びとの暮らし

    第2章 市場経済化がもたらしたもの
    一 計画経済から市場経済へ
    二 変化するライフスタイル
    三 コネとカネの使い分け
    四 カザフ人の親族ネットワーク

    第3章 治安組織と司法の腐敗
    一 警察とのつき合い方
    二 買われる正義
    三 兵役と青年
    四 腐敗の構造

    第4章 商売と〈袖の下〉
    一 ビジネスの実態
    二 なぜ賄賂を払うのか
    三 住宅問題
    四 ビジネスと非公式ネットワーク

    第5章 入学も成績もカネしだい
    一 変わる教育
    二 大学と「市場原則」
    三 学校と保育園
    四 腐敗の再生産

    第6章 ヒポクラテスが泣いている
    一 医療システムの変容
    二 賄賂か謝礼か
    三 命の沙汰もカネしだい
    四 医療をめぐる現実

    エピローグ 格差と腐敗

    註記
    あとがき
    初出一覧
    附録
    索引


    [著者略歴]
    岡奈津子(おか ・なつこ)
    1968年生まれ。1994年、東京大学大学院総合文化研究科にて修士号を取得後、アジア経済研究所に入所。2008年、リーズ大学政治国際関係学科博士号(PhD)取得。現在、アジア経済研究所主任研究員。専門は中央アジアの政治と社会。

    *略歴は刊行時のものです

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著者プロフィール

1968年生まれ。1994年、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。2008年、英リーズ大学政治国際関係学科博士号取得。現在、アジア経済研究所新領域研究センター/ガバナンス研究グループ長。専門は中央アジアの社会と文化。

「2019年 『〈賄賂〉のある暮らし』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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