魔法の夜

  • 白水社
3.50
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  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560092415

作品紹介・あらすじ

月の光でお読みください。
 夏の夜更け、アメリカ東海岸の海辺の町、眠らずに過ごす、さまざまな境遇の男女がいる。
 何を求めているかもわからず、落ち着かない14歳の少女、ひとつの小説を長年書きつづけている39歳の男、その男を優しく見守る60代の女性、マネキン人形を恋い慕うロマンチストの酔っ払い、仮面を着けて家屋に忍び込む少女たちの一団……ほぼ満月の光に照らされ、町なかをさまよう人びとの軌跡が交叉し、屋根裏部屋の人形たちが目を覚ます……。
 ミルハウザーの9作目(1999年発表)にあたるこの中篇小説は、格好の「ミルハウザー入門」といえるだろう。短い章を数多く積み重ねながら、多様な人間模様と情景を緻密に描写することによって、「小宇宙」全体の空気を浮かび上がらせる手法は、作家の得意とするところ。まさに作家の神髄が凝縮された作品で、余韻は深く、心に重く響く。
 ミルハウザー初心者の読者には好適であるとともに、熱心なミルハウザー愛好者にも堪能していただける傑作中篇だ。
 「訳者あとがき」に柴田元幸氏による「注」を付した。カバー装画は画家の牛尾篤氏。

感想・レビュー・書評

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  • 本を開くと、静かで賑やかな南コネチカットの夜へ遊びにいける。
    何者かが目覚める時間に聞き耳を立ててみる。
    呼んでいるのは原初の海で寄せては返す波の音。誘っているのは太古の森の奥から響く笛の音。夜の声が月の讃歌を歌い上げて。
    青と緑の色ガラスの破片を散らしたみたいな闇の中に満ちる音楽は、揺れ動く月光と共鳴しているから、心は絶えず浮き立ちっぱなし。夏の夜気をまとって地面を一蹴りしたら、ふわりと月まで飛んでいけそう。
    ミルハウザーの言葉が魔法そのもの。本を閉じても解けない魔法の欠片を、今夜の夢にふりかけて眠りたい。

  • 5/28 読了。
    八月も終わりに近づいた日の深夜、コネチカットのとある町で、月明かりの下、人や人ならざるものが蠢きだす。胸のざわめきを抑えられずに家を飛び出した少女、ひとつの小説を書き続けている中年男とそれを見守る老女、夜な夜な他所の家に押し入るアイパッチをつけた少女たちの軍団、庭で逢引するカップル、動き出したショーウィンドウのマネキンと、屋根裏に打ち捨てられたぬいぐるみたち。月光に包まれた魔法の一夜、それぞれの彷徨は一瞬交差してはまた離れていく。ミルハウザーらしい詩情に溢れたマジカルな中篇小説。

    断章の積み重ねによって群像劇を描きだす構成で、全体が散文詩のよう。「夜の声たちのコーラス」や虫の鳴き声の章などは、そのまま切り取っても詩として成立しそうな音楽的な響きを持っており、ミルハウザーのリリカルな部分を凝縮したような小説になっている。また、足穂の『一千一秒物語』に入っていても違和感のない月にまつわる会話の章もある。『エドウィン・マルハウス』の作中作「まんが」に対しても思ったことだが、ミルハウザーの<夜の作家>としての資質や、アニメーション及び黎明期の映画に対するノスタルジーの部分が足穂と共通しているために、ときどきハッとするほど似通うところが出てくるのだろう。
    人びとの営みと、それをぎごちなくトレースするマネキンやぬいぐるみたちの動きが交互に描かれるのは、「探偵ゲーム」(『バーナム博物館』収録)に近い手法だと思う。アイパッチの少女たちは「夜の姉妹団」(『ナイフ投げ師』収録)だ!などなど、過去のミルハウザー作品のトリビュート的な側面もある。このアイパッチ少女たちがとても魅力的で、家に押し入っては「私たちはあなた方の娘です」と書かれたメモを残していく謎の軍団なのだけども、コードネームがそれぞれ<夏の嵐>(サマー・ストーム)、<黒い星>(ブラック・スター)、<夜に乗る者>(ナイト・ライダー)、<紙人形>(ペーパー・ドール)、<追越車線>(ファスト・レーン)なのがいかにもアメリカの女子高生っぽく、且つセンス良い。ひと仕事終えて喉の渇いた少女たちと、少し頭のイカれた(moonyあるいはlunatic!)中年女性との、レモネードを通じたささやかな交流の場面が印象に残っている。

    短い話なのもあり、和訳が出る前に原書を読もうと思い立って半分くらいまで読んだのだが、結局読み終わらないうちに和訳が出てしまい、たまらず先に読んでしまったのだった…。そんなハンパな理解でしかないが、日本語と英語の違いを一番感じたのは本書の「月」に次ぐ頻出単語「緑」の音についてである。日本語の「緑(ミドリ)」という音はどちらかといえば昼の太陽光に照らされて濃くクッキリした色合いを思わせる。対して英語の「green」という間延びした音は、gloom(薄暗い)やgleam(かすかな光)という言葉を連想させ、夜の月光の下で内側からぼんやりと光るようなプラスチックな響きがあるのだ。特にgreenの畳み掛けによって呪文のような効果をなす一文は、日本語になると少し妖しさが減ってしまうような気がした。しかし、改めてミルハウザーの原文にあたったことで、柴田訳の的確さを知ることもできた。装飾的な文章で抑えるべきポイントや、映像的な言葉の選び方など、現代作家の中では柴田さんと一番相性がいいのはミルハウザーじゃなかろうか。

  • コネチカット州が舞台!?気になる!

  • 夢の中みたいな一冊だった。

  • 明確なストーリーらしい話はなく、魔法のかかった夜を詩的で豊かな表現で描いている。

  • 太陽の昼は現実、月の光に照らされたのは魔法の夜。ミルハウザーの美しく精緻な言葉が月夜に目覚め、眠れない人々を描き出す、冴える幻想と美。9作目。


    ごく短い話が物語は、深夜に起きる人たちと月を語る詩のような言葉でできている。夜に目覚めた少女や、マネキンや、眠れない一人暮らしの老女、若者たち、5人の少女窃盗団、作家になりたい男、酔っ払い、コウロギの歌、トイストーリーのように動き出す人形たち、外に出てみる子供がいて、周りの風景や森や、工場、コオロギの鳴き声や車の音や風の音、それぞれの夜を月が照らしていることがわかる。


    今宵は啓示の夜。人形たちが目覚める夜。屋根裏で夢見る者の夜。森の笛吹きの夜。

    海沿いの、南コネチカットの夏の夜、月が上ってきた。
    息をしよう、眠っていたローラが起きて着替え始める。
    外に出てやっと息ができる。


    自分だけの場所が。戸外だけれど屋根裏みたいに密やかな、誰にも見つからない場所が。空に昇った月を彼女は見る。ほぼ真ん丸の、ただし一方の端が片方少し平べったく、誰かが指でこすったみたいに少し汚れて見える月を見ている。彼女は突然あそこに行きたいと思う。あの燃える白さの中に入って、下の小さな町を誰にも見られず見下ろしたい。


    窓から庭を見下ろしている少女ジャネット。

    雪の冷たさを偲ばせる光、青く澄んだしんと静かな空気。庭の静寂、この庭には静けさが満ちてきて、それがまだまだ大きくなってついにはあふれ出るのか。窓辺でジャネットは動くのを恐れ月を待つ
    生け垣を超えて海で見た若者がやってくる。

    ハヴァストロー39歳は決まった生活(記憶をめぐる実験についての記述)を繰り返している、本棚がぎっしり並んだ二階の屋根裏書斎からそっと下に降りる。大きな夏の月が見守る中、青いナイロンのウインドブレイカーを羽織って、もう16年間もミセス・カスコと話すために通っている。「記憶なんていったって要するに忘却の、削除の営みであるわけです、あるのは喪失だけ、減少、喪失、忘却だけです。嘘、すべては嘘です」彼は語る。「で、あなた信じるの?」「ええ、いいえわかりません」彼は三時になるとそこを去る。
    森に入り、解放された少女に出会う。

    盗んだカギで図書館に入る三人の青年、ソファーやカウチに座って、青年らしい話をする。幻の少女の胸の隆起や太ももの並木を旅した話をする、まるで経験したように。
    ダニーは家に帰り月明かりでガレージの洗濯物の陰が揺れる下で眠ってしまう。

    マネキンはポーズの硬直が秘密の欲望を呼び起こす。彼女は解放を夢見る。
    指がかすかに震え目を覚ます。
    正体をさらすことはやってはいけないと知りながら夜の中に出て行く。


    女子高生たちが街を荒らしている、些細なものを盗み、私たちはあなた方の娘ですと書いた紙を残ししばらく居間に座っていく。リーダーは<夏の嵐>と名乗っている。
    少女たちは仮面をつけて今の椅子やカウチにこしをおろす。
    一人暮らしの女は少女たちに気が付く。見知らない客たちにレモネードを出し正体は知っていても知らないふりをする。私は夏の月の妹と名乗ろう。素敵な夏の世のお客さんたちに。
    少女たちは夜に溶け、女はレモネードのグラスを洗う。

    子供たちが寝室のドアを開けている。そっと夏の夜に足を踏み出して、遠く眠りより快い夜の音楽を聞いている。

    マネキンと散歩をした男。
    月の神に抱かれたダニー。
    森の中の散歩から家に向かうハヴァストロー。
    人形は動きを止め、ピエロは崇拝する形のままコロンビーナを見続ける。

    月の女神が庭の馬車に乗り込み闇をける、笛吹きは合図の笛を吹く。


    現代詩の中で風景が揺らぐようなミルハウザーの世界に感動した。

  • <夏>汝、夜を昼に変える。目も綾に眩しき女神。
    月夜のように優しく、不思議な物語たち。お気に入りはどれですか?

    【紙の本】金城学院大学図書館の検索はこちら↓
    https://opc.kinjo-u.ac.jp/

  • 「小説の魔術師」といっても良いくらい、幻惑的な世界を作り上げることにて定評があるスティーブン・ミルハウザーの中編作。翻訳はもちろん柴田元幸先生。

    「月の光でお読みください」と書かれた帯のコメント通り、真夏の夜を舞台に、家をそっと抜け出して街中を徘徊する少女、静かに動き出す人形たち、密かに動くマネキンの女性とその美しさに恋をする男、深夜に茶会を繰り広げる中年ニートと彼の同級生の母親の奇妙な邂逅・・・など、それぞれの登場人物が過ごす真夏の一夜の様子が幻惑的に描かれる。

    ふと、自分が最後に真夏の夜を徘徊したのがいつだったかを思い出し、そのちょっとした冒険をまたしたくなる気持ちになってくる。

  •  久しぶりに読むミルハウザー。
     僕の記憶に間違いがなければ、本作はほんの少しいつものミルハウザーとは毛色が違うように思う。
     いつも以上に詩的な表現が豊かなように思えたのだ。
     様々な登場人物が過ごす一晩の出来事を、そんな詩的表現をたっぷりと含んだ、登場人物毎の短いパラグラフを積み重ねることで物語が成立している。
     形式としてはリチャード・ブローティガンあたりを思い出すが、リチャードの作品にあるようなユーモアの代わりに、とても情緒豊かな世界が広がっている。
     ほんの少し毛色が違うとはいっても、読んでいくうちに「ああ、やっぱりミルハウザーだな」と思わせてくれる。
     いつものように詳細な状況説明があったり、情報過多になりそうな一歩手前の繰り返し(小物のリスト・アップといってもいいか)があったりする。
     そして読み始めると止まらなくなる……僕にとってこれがいつものミルハウザーなのだ。
     月夜に潜む「何か」というものを実際に体験、あるいは体感したことがある人であれば、この作品にとても共感出来ると思う(幸いにも僕もそんな体験、あるいは体感した人間の一人)。
     月夜には嘘偽りなく「何か」が存在するし、本書を読めば間違いなく追体験することが出来る。
     それどころか、月夜が明け、朝を迎えなければいけない際の切ない諦観や、一晩の貴重な体験への甘味な追憶の肌触りまでも感じることが出来る。
     僕にとって本書はまさにそんな作品だった。
     唯一、「クープ」と書かれるところを「コープ」と書かれていた箇所があったのが残念。
     まぁ、大勢に影響は全くないけれど。

  • 魔法とは何か。
    いろんな魔法が発動していたのだろう。いろんな意味の魔法が。
    ただ、1回読んだだけでは、その絡みを見逃しているような気がする。今の私の認識だと、柱と柱が上手く絡んでない。
    そういうものなのか、絡んでいるところを見逃しているのかよくわからない。

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著者プロフィール

1943年、ニューヨーク生まれ。アメリカの作家。1972年『エドウィン・マルハウス』でデビュー。『マーティン・ドレスラーの夢』で1996年ピュリツァー賞を受賞。『私たち異者は』で2012年、優れた短篇集に与えられるThe Story Prizeを受賞。邦訳に『イン・ザ・ペニー・アーケード』『バーナム博物館』『三つの小さな王国』『ナイフ投げ師』(1998年、表題作でO・ヘンリー賞を受賞)(以上、白水Uブックス)、『ある夢想者の肖像』『魔法の夜』『木に登る王』『十三の物語』『私たち異者は』『ホーム・ラン』(以上、白水社)、『エドウィン・マルハウス』(河出文庫)がある。ほかにFrom the Realm of Morpheusがある。

「2021年 『夜の声』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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