印刷という革命:ルネサンスの本と日常生活

  • 白水社
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  • Amazon.co.jp ・本 (646ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560084434

作品紹介・あらすじ

印刷本の誕生は西欧世界をどう変えたか

 本とは手書き写本であったヨーロッパで、十五世紀半ばに印刷本が生まれた時、社会はどう変わっていったのか。本書は印刷術の誕生から発展・定着にいたる二百年あまりの歴史を、具体的な数字やエピソード満載で描く。斬新な初期近代メディア文化史であると同時に、政治・文学・科学・芸術・経済を重層的にとらえることができる一冊である。
 そこでは、ひと握りの成功者から、落ちぶれて破産し、また異端として告発された者まで、本に命を賭けた人々の人生劇が繰り広げられる。一方で、十六世紀初頭と末との学者の蔵書数の変遷を分析するかと思えば、書籍の流通・販売経路を再構成してみせる章もあり、さらに著者と印刷業者との駆け引き・禁書や出版権をめぐる当局との攻防など、当時の本がどのように生まれ消費されていったかを、詳細に知ることができる。印刷本はコルテスやピサロの軍の蛮行に影響を与え、また印刷本だからこそなしえた科学への貢献があった。
 エラスムスの名著から政治・宗教関係のビラやパンフレット、贖宥状のような紙片まで、当時最新の医学書からいかがわしい治療法に関するハウツー本までが織りなす、めくるめく書物と印刷の興亡史。

感想・レビュー・書評

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  • 歴史

  • 図書館の貸出期間には読み終えることができなかった…(575ページのハードカバー本)。続きは、また日をあらためて借りることにします(苦笑)。

    グーテンベルクが印刷術を発明した1450年代から1600年ごろまでの、ヨーロッパ・ルネサンス期における、印刷の影響を記述した本。

    ドイツに端を発した「印刷」という技術が、ヨーロッパ各国にどのように伝わり、どのように発展し、どのような歴史要因に影響を与え、逆に歴史からどのような影響を受けたかを、事象ごと・国ごとに細かく書かれていました。

    以下、自分用のメモ。

    印刷黎明期の大作の印刷、フォント(活字)の変化、教会からの依頼や日々の暮らしのための免罪符や暦などの印刷、供給ベースから需要とのすり合わせを考えた「見本市」というシステム、教育用の書籍の印刷(大学用のテキスト、教理テキスト)、聖書、戦争による速報の印刷(ニュース速報としての印刷)、宗教改革との関係(宗教改革の推進剤としての印刷、そして宗教間対立による印刷業への負の影響、紛争による地理的影響など)、娯楽としての騎士物語ロマンス、家庭内で音楽を奏でるための楽譜の印刷、讃美歌の印刷、ラテン語から自国語へ(またはその逆)の翻訳家という職業の始まりetc..


    ヨーロッパの地名や、宗教の分布や、戦争の歴史などをあまり知らないので、完全には読み解けない部分が多かったけれど、1450年ごろ〜1600年の150年の間に、「印刷」という技術が、ヨーロッパ各国に及ぼした影響を大まかに知ることができました。

    四部構成のうち、第三部まで読了。残りはあと150ページぐらい。次の機会に、また借りて読みたいと思います。

  •  15世紀における写本生産の増加は、書物に対する大きな需要があることを示した。その需要は、再発見された古典の正確な学術校訂版がほしい、という人々の欲求に焚きつけられたものであった。(中略)ヨーロッパ各地の都市や宮廷において、写本の意味するところは、単なる情報源や知識のストックではなかった。同時に人びとの称賛を集め、高い価値を有する工芸品でもあったのである。書物とその所有者の関係は、親密な間柄といってもいいものであった。写本を人々に見せたり、美しく飾り立てたり、保管したりする際には、細心の注意が払われた。(pp.43-4)

    印刷時代の出版社は、写本時代とはまったく次元の異なる問題に出くわすことになった。いったい何部刷ればよいのか。刷った本をどうやって市場に運ぶのか。他の出版社が競合する版を出してマーケットをだいなしにしてしまう恐れはないか、等々の問題である。(p.82)

    書物がずっと身近な存在となり、手軽に入手できるようになってゆくにつれ、印刷業界も手を開げ、15世紀には書物自体が、非常に厳粛な存在とみなされ、本を買うことは、熟慮に熟慮を重ねたうえでの投資好意であったし、普通は実用的な目的があってはじめてできることだった。それが16世紀になると、ただちに役立つとか専門的な用途に必要だとかでない本のためにカネを費やせる読者の数が増えてゆくのである。こうして徐々に娯楽文学の市場が発展しうる余地が生まれた。(p.248)

    パトロンとして、著者として、あるいは印刷業者として、そしてとりわけ読者としての女性たちに。こうした事例のすべてが、女性の高い識字率を物語っている。書物史の研究文献でしばしば引用されるような資料からは、こうした現実はなかなか浮かび上がってこない。研究者たちは伝統的に、法的な書類に署名できる人々の割合から識字率を計算してきた。一般に女性が財産の所有者となれるケースは稀だったから、法的な書類に署名する機会もずっと少なかったわけである。(p.311)

    我々はまた、女性の識字率は通常の査定方法では把握しにくいという点を認める必要がある。女性読者の多くは、何の記録も残さなかったのである。日々の仕事の一部として、あるいは社会的地位の要請として読み書き能力を必要とした人々のなかで、女性の存在は過小評価されていた。そもそもある種の職業、たとえば法律家や大学出の医師などは、女性には完全に閉ざされていたのだ。家庭にある書籍は通常、記録に記されたり遺言状や財産目録でも言及されたりするものであるが、もっぱら男性の持ち物として扱われた。(p.318)

    木版技術が高度に発達したことは、哲学的に見てもまた現実的な面から見ても、重要な結果をもたらした。まずなにより、学術研究の比重が自然科学的な探求のほうへ傾くのを促進した。当時は学問のあらゆる領域において、古典古代の著作家たちの権威がなおも大きな影響力を保ち続けていた―すべての科学的な研究は、アリストテレスによって作られた知的枠組みのなかで行われてきたのである。だが、古代の書物や注釈書が繰り返し増刷され、あいも変わらず古典的権威がありがたがられる一方で、新たなタイプの学術著作が、自然の直接観察を至上とする、慎重で綿密な重要性をしだいに広めていった。それは、のちの世紀に行われる知識の哲学的な再整理への、歴史的に重要な一歩であったのだ。(p.434)

    新世界の探検がもたらした衝撃がもっとも大きかったのが、地図製作術の分野であった。地図は16世紀には人々をすっかり魅了し、熱狂といってもいいほどの人気を獲得した。ヨーロッパの出版社や書籍師たちは地図の販売という、新しくて儲かる市場を見出したのである。地図のなかには、他のテクストと一緒に綴じて集められたものもあれば、特注の壁掛け用のものもあり、時には何枚もの紙に刷って合わせた巨大な地図もあった。世界はどんな形をしており、ヨーロッパの海岸線の形状や国家間をへだてる国境線の姿はどうなっているのかが、この地図ブームによってはじめて知られるようになったのである。16世紀の末頃までには、地図を所有することは人々のあいだに広く浸透していた。ヨーロッパ社会の上流階層の人々にとっては、地図を持つことで、まったく新しい空間認識を吸収し、より野心的な領土感覚を養うことが可能となったのである。(pp.449-50)

    現代史における恐ろしい出来事によって、印刷術の黎明期の文化遺産はたび重なる損失をこうむってきた。多くの困難を乗り越え、やっとのことで大図書館の書庫に安住の地を見つけたと思った書物たちが、ごく近年の出来事によって消失してしまったのである。その損失の度合いを完全に知ることは、今後も不可能であろう。けれどもこうした破壊の記録はそのまま、本がどれほどの力を持っていたのかを示す、ほろ苦い証言ともなっているのだ。本の中には、蓄積された知識や人類の叡智が、それらにまつわるすべての紆余曲折や無知蒙昧、幾多の過ちとともども保存されているのである。だからこそ本は常に愛され続けるであろうし、同時に恐れられることにもなるのだ。(p.521)

    (解説)印刷術の発明というと、我々はとかく、文字の大量複製が可能になったという事実ばかり目を向けがちであるが、実は文字よりも、複雑で精巧な図版が印刷術によって大量にコピーできるようになった点のほうが、文化史的なインパクトは大きかったといえる。(p.566)

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著者プロフィール

イギリスの歴史研究者、DPhil(オクスフォード大学)。セント・アンドルーズ大学近代史教授で、専門は宗教改革および16世紀史。著書は他にThe Invention of News: How the world came to know about itself (Yale University Press, 2014)ほか。本書は、すぐれたルネサンス研究の歴史書に贈られるフィリス・グッドハート・ゴーダン賞を受賞、またニューヨーク・タイムズの「2010年注目の100冊」にも選ばれた。

「2017年 『印刷という革命(新装版)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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