ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」: 宗教対立の潮目を変えた大航海

  • 白水社
4.00
  • (3)
  • (3)
  • (3)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 77
感想 : 7
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (490ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560082973

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 同じような時期に、同じようなレベルの偉業を達成したケースであっても、時の流れはいずれかの人物に軍配を上げる。「微積分」の神は、ライプニッツではなくニュートンを祝福し、「電話」の女神はイライシャ・グレイではなくグラハム・ベルに微笑みかけた。

    近代の幕開けとなった大航海時代にも、幾人かの英雄たちが存在する。その中で誰しも真っ先に頭に思い浮かべるのは、コロンブスの名前であることだろう。1492年にアメリカ大陸を発見したコロンブスによる功績の大きさは、教科書の記述を見るだけで明らかだ。

    だが、それから遅れること数年、1498年にポルトガルの航海者としてインドに到達したヴァスコ・ダ・ガマこそが、その後の世界を一変させた人物であり、後世に与えた影響の大きさは計り知れないのだと著者は主張する。

    本書は、そのヴァスコ・ダ・ガマの航海を、4世紀にわたってキリストの名のもとに剣を振り回した十字軍の直接の後継と位置づけながら紹介していく。彼らは、突然変異のように探検熱に襲われたわけでは決してない。キリストの名のもとに改宗させ、征服するという目的を持ち、歴史的な必然として航海に出たというのだ。

    ヨーロッパの辺境に位置するポルトガルという国が東方を志した情熱は、恐ろしく根拠の薄いものに根ざしていた。それがプレスター・ジョンの伝説と呼ばれるものである。海の遥か彼方のどこか、おそらくインド付近に、すばらしい富と権力のキリスト教の帝国がある。その統治者の名前はプレスター・ジョン。プレスターは無限の貴金属と宝石を意のままに使え、彼こそが世界でもっとも力を持つ人間である。そんな古い言い伝えが、まことしやかに信じられていたのだ。

    彼の無敵の軍と手を結べば、ヨーロッパは確実にイスラームを地上から消しされるはずだ。後世という高みから眺めれば、ヨーロッパのコンプレックスの象徴とも言えるようなこの迷信だけを手がかりに、彼らは海へ飛び出すことを決意した。

    この一大プロジェクトのリーダーに要求されるのは、船員に命令を下せる船長としての役割、王と話ができる使節としての役割、キリストの旗を掲げるにふさわしい十字軍の戦士としての役割という、一人三役を兼ね備えたハードルの高いものであった。そこに白羽の矢が立ったのが、サンティアゴ騎士団の騎士を務めていたヴァスコ・ダ・ガマである。

    だが一度目の航海は、十字軍と呼ぶには程遠い代物であった。アフリカ沿岸の港から港へ、まるでムスリムの間をすり抜けて行くように航海することを強いられる。彼らが受けた対応は、良くて不親切、悪ければ襲撃に身を晒されるというもの。そしてやっとの思いでインドに辿り着くも、彼らの目に映ったのは、あまりにも厳しい現実であった。

    インドのカリカットに、ごまんと存在するムスリムの姿。贈り物が貧弱であったため、当地の王やムスリム商人にまで恥をかかされる。さらにヒンドゥー教の絵や像を見てキリスト教の一派に違いないと思い込むも、やがて目の当たりにするカースト制度や、特有の儀式には戸惑いを隠せない。そして何といっても頼みの綱のプレスター・ジョンが、見つかる気配もなかったのである

    この過酷な任務は732日間かかり、艦隊の航行した距離は38,400キロにまで及んだという。これは時間的にも距離的にも、当時としては史上最長の航海であった。およそ170人の男たちが出発し、55人ほどしか生きて帰ってこられなかったほどである。だがその55人も、おそらくは打ちひしがれながらの帰国であったはずだ。

    そんな彼らにポルトガルの王は、二度目の航海を命じる。最初の遠征はプレスター・ジョンを頼りにした探検じみたものであったが、二度目の遠征は大艦隊をバックにした征服のため航海である。広げた帆には、十字軍の深紅の十字架がなびく。聖戦の使命は、ガマの人格を変えた。そして彼は、驚くほどの冷徹さを随所に見せながら、数々の任務を見事に遂行する。

    堅固な十字軍熱と香辛料欲に駆られたポルトガル人は、その後、驚異的なスピードで世界一富める交易ルートのムスリム独占体制を崩すことになる。これによって世界の勢力バランスは大きく動き出す。今まで聞いたことのなかったような場所にヨーロッパの植民地が築かれ、教会は続々と立ち上がり、しまいにはオスマン帝国を撃退するまでに至るのだ。

    また、影響を受けたのは宗教的な側面だけではない。莫大な天然資源、金塊、労働力、そしてむろん香辛料までもが、キリスト教徒の支配下に落ちてきた。宗教の理とビジネスの利が組み合わせると、破壊的な出来事がおこる。ガマの度重なる航海で東西関係は劇的に変わり、ムスリムの時代とキリスト教の時代を分ける分水嶺となったのである。

    本書は結果だけはよく知られている大航海時代の冒険譚に、宗教対立という軸を持ち込むことによって、まったく新しい景色を見せてくれる。長い歴史の中で、双方のパワーバランスがこれほど拮抗していた時期もなかったのである。だからこそ、この時代にコインの表と裏が入れ替わるような瞬間を見ることができる。

    そして二つの宗教がどれほど異なっているにせよ、対立を引き起こしたのは違いではなく、似通っている点でもあった。信者でない人々に異端者とレッテルを貼り、神のみが最後の啓示を表す力を持つと主張する。 両者はお互いをパラレルワールドのように意識し、その中にありえたのかもしれない「もう一つの自分たちの姿」を見ていたことだろう。両者は決して対極な存在ではなく、お互いがその一部として存在していたのだ。

  • 帆船模型製作の世界に入っていると、歴史に残る航海がどうしても気になってくる。名高い航海の背景や航路、船内の生活や航海中のトラブルまた航海者の野望など、知れば知る程人間の知恵や工夫とともに、人間臭さも学ぶことができる。加えて、これら航海で活躍した帆船の知識が増えるとともに、模型の製作意欲も出てくる。

    世界を変えた偉大な航海としては、なんと言っても世界地図を塗り替えてしまったコロンブス、インド航路開拓を目指したヴァスコ・ダ・ガマ、初の世界一周となったマゼラン、そして、南半球から北極圏まで、それこそ地球を駆け巡ったキャプテン・クックがあげられる。

    ペーパーバック版の表紙和訳本の表紙この中で、ヴァスコ・ダ・ガマといえば、普通に学ぶことは、香辛料等を求めてコロンブスとは逆に喜望峰まわりで、南アフリカには直行とはならず大きく西に弧を描いた航路となったこと、長期航海で船員は壊血病で苦しんだといったことかと思う。

    本書「ヴァスコ・ダ・ガマの聖戦」は航海の具体的な背景を、イスラムが支配していたインド洋をキリストが支配する海に大転換する使命を追った最後の十字軍の航海であったことに注目し、この遠征が世に言われる大航海時代の原動力となったことを強調している。原書の初版は2011年にHoly War (聖戦)のタイトルで出版され、同年に出版されたペーパーバック版で、タイトルはThe Last Crusade, The Epic Voyages of VASCO DA GAMA (最後の十字軍、ヴァスコ・ダ・ガマの偉大な航海)に変更されている。私(栗田)はこのペーパーバック版が出版された時に、タイトルもさることながら、最初の航海の旗艦で、横帆を満帆にはったサン・ガブリエル号のイラスト、また最後の航海の旗艦となったサンタ・カタリーナ・デ・モンテ号の絵画など、豊富なカラーの挿絵に興味を引かれて買い求めて書棚に放り込んでおいた。この夏、この和訳が出たことを知り、早速買い求めて読み始めた。

    和訳本は厚さ3.5センチのハード本で、鞄に入れて気軽に持ち歩くには重すぎるし、本文は2段組みで速読には今ひとつ合わない、また、挿絵も白黒となり、値段も税込み4,200円と少々お高いのが難点かと思う。

    本書の出だし1/3、第一部「発端」では、ひたすらコロンブスのアメリカ到達から5年の後の1497年に、ポルトガルのマヌエル一世から、東洋の彼の地にプレスター・ジョンと香辛料を発見せよとの使命を受けて、航海に出るまでの背景の記述が延々と続く。宗教の話が多く、読書にはかなりのエネルギーと忍耐を要する。

    第二部「探検」に入ると、一気に引き込まれ読書のスピードが上がり、第三部「十字軍」では本書のタイトルの意味が良く理解できる。本文は375ページだが、原注の訳80ページもあり、これだけを読んでいてもかなりの知識が得られるのが良い。また、人名索引が日本語で巻末に用意されており、これは親切だ。参考文献のリストも省略されずに記載されている。出版社と訳者の姿勢が大変良い。一方、航海で活躍した帆船の専門用語を使った記述は少なく、この意味では満足はできないが、世界を変えた航海を振り返るのには蔵書として、また良い参考書になると思う。

    本書で楽しんで学んだことをいくつか挙げて見る。まず16世紀の喜望峰まわりの航海、また、イスラムが支配して
    いたインド洋経済圏の様子が良く分かる。
    船団の編成。1497年7月にリスボンを出帆し、1948年5月にカリカットに到着しているが、船団は3隻、これに食料などを積んだ大型補給船が伴っていたこと、また乗組員170名には死刑囚も加わり、危険任務の要員になっていた。
    また、風の知識。復路では、1498年の8月にカリカットを出帆しているが、リスボン到着までには丸1年を要している。
    当時インド洋をダウ船で航海していたイスラム商人の間では、インド洋を西行する場合は、追い風が吹く冬の時期を選ぶのが常識であったが、ガマはこのヒッパロスの風の知識もなく、夏から冬にかけての航海となり、インド洋を渡るのに3ヶ月もかけ、多くの乗組員が壊血病にかかり死んでゆく悲惨な航海となった。香辛料や宝石などの交易で繁栄していたカリカットでは、王様への献上品もなく、現地の習慣を無視したことから海賊と疑われ、人質を取り合ってにらみ合うなど、最後の十字軍としての使命を負っていた割には、悲惨な日々が続いたことなどである。
    模型製作の手休めにこのような航海に関する書物を本屋やネットで探しまわり、蔵書に加えて背表紙を観ている
    のも楽しいが、書物に入り込み想像力を働かせるのも、頭のリフレッシュになっている。本書の読後感を一言で言えば、スペインに比べて小国ポルトガルを動かしたのは経済的な利益よりも信仰心であったということだ。イスラム教とキリスト教は現在でも世界で摩擦を起こしている。人間がいる限り、このような宗教の対立というのは繰り返すことになるのであろう。ところで、我が国で信仰心から生まれた航海としては、1582年の天正少年遣欧使節、1613年の慶長遣欧使節が有名だ。後者は丁度400年。東日本大震災の津波に洗われたサン・ファン・バウティスタ号の復元船もこの秋に修復される。この節目は、世界ばかりに気を取られずに、足下の我が国、慶長遣欧使節団の歴史的、文化的な背景などを学ぶチャンスでもある。また蔵書が増えることになりそうだ。

  • 私利私欲と十字軍のパワーは思いもかけない成果も生む。ガマの神がかった精神が、インドへの航路を開いたが、来られた方の人々にとっては、何と恐ろしい災いだった事だろう。今に至るキリスト教とイスラム教との対立の歴史も、さらっとおさらいしてくれていて、流れが分かりやすかった。

  • [2011年インド映画、TV録画鑑賞]

  • ガマのインド航路発見が持つ意義を
    キリスト教とイスラム教の対立という観点から大きく捉え、
    解説する一冊。

    当時の人々が持つ宗教観や歴史的な背景、
    地理的な事情を非常に丁寧に説明し、
    その上で船乗りたちやインド人、アフリカ人らの
    息遣いや生活ぶりを詳細に描く手腕は
    あっぱれとしか言いようがない。

    個人的にはガマの功績が持つ意味合いについて、
    コロンブスやマゼランに隠れがちな印象を持っていたが、
    これをようやくきちんと理解できたと感じている。
    人が人である限り聖戦は終わらないのだろうか。

  • 25文字×22行×2段組みで370ページ、原注で80ページに及ぶ大著。
    ヴァスコ・ダ・ガマの航海録・冒険譚ではなく、キリスト教世界とイスラームの戦い、今なお続く「十字軍」「聖戦」としての視点から捉える。
    ゆえに本書はイスラームの成立~地中海への勢力拡大、イベリア半島をめぐる支配とレコンキスタについても語る(ヴァスコ・ダ・ガマは140ページごろまで出てこない)。
    もちろん彼の初めてのインド行についても、当時の航海日誌などをもとに詳細に描かれているが、やはり本書のキモ・核となる部分はヴァスコ・ダ・ガマが初めてインドに到着した以降だろう。

    そこで、宗教の名のもとに行われた数々の蛮行・・・この背景には、ヴァスコ・ダ・ガマのインド行は、当時のヨーロッパで信じられていた「プレスター・ジョンの国」と手を結び、イスラム勢力を駆逐することを第一目的としていたことにある。彼らはインドからイスラムを追い出し、さらにキリストの教えを拡げていくという使命を負っていた。

    しかし、実際には第2の目的であった富を得るための行為がメインになり、さらに自らの蛮行により支持を得られないままポルトガルは主役の座を降りることになる。
    そしてエピローグとして語られる、1世紀あまりのポルトガルの繁栄(それはインドへの航海に関する諸々を秘匿することによって維持された)のあとにもたらされた世界・・・インドではヴァスコ・ダ・ガマの到着~独立までを(植民地時代を含めて)「ヴァスコ・ダ・ガマの時代」と分類しているという。

    ヴァスコ・ダ・ガマがアジアで初めて発射した大砲。それはヨーロッパがアジアを帝国主義で支配する時代の号砲である。およそ1,400年前に衝突したキリスト教世界とイスラームは、同じルーツを持ちながら、しかし、神の仕事を剣と銃で行うことの疑問を持たぬまま、現代にいたるまで対立を続けている(著者は植民地主義の結果として創設された、世界秩序としての「国連」や「民主主義」も生活様式を押し付ける、という西洋のたくらみが継続している点で、目立たなく姿を変えた十字軍である、と述べている)。

    「すべての聖戦をお終わらせるための聖戦」の不可能性について触れ、著者は筆を置く。
    単なる冒険譚ではない、この一言の重みを考えさせられる一冊。

  • 興味深いタイトルだなぁ、、、

    白水社のPR
    「「最後の十字軍」が変えた世界地図

    ヴァスコ・ダ・ガマの「インド航路発見」の裏には、紅海周辺のイスラーム勢力を挟撃するという使命があった。航海の詳細な様子と、小国ポルトガルの盛衰を壮大なスケールで描く。 」

全7件中 1 - 7件を表示

著者プロフィール

歴史家、伝記作家、批評家。1969年、英国マンチェスター生まれ。オクスフォード大学で英文学を学ぶ。その後、『タイムズ』で演劇批評を、『エコノミスト』で時事問題や書評、映画評の執筆を担当。前著『ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」――宗教対立の潮目を変えた航海』(白水社)が「ニューヨーク・タイムズ」のNotable Books of 2011に選ばれたほか、優れた歴史ノンフィクションに与えられるヘッセル=ティルトマン賞の最終候補となるなど、高く評価された。本書は2017年全米批評家協会賞最終候補となった。

「2017年 『ホワイトハウスのピアニスト』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ナイジェル・クリフの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×