郊外へ

著者 :
  • 白水社
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感想 : 2
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  • Amazon.co.jp ・本 (187ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560045855

感想・レビュー・書評

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  • 本屋Titleの毎日のほん、2016年4月13日。
    「デビュー作がこんな完成された文章なのかと、驚いたことを覚えている。」とあった。
    パリの郊外を詩人や小説家、様々な物書きたちの書いたものとともに歩いたりバスに乗ったりしながら書かれているエッセイ。
    怪しげなアルバイトや友人の話、昔本で見かけてずっと心の片隅で引っかかっていた場所を見つけた時の興奮ぶりとか、引き込まれる。
    行きつけのカフェの主人の働きぶりやベビー・フットのこと、カフェをやろうかと考えて料理本を眺めるもレシピがフランス語命令形であることに辟易する「首のない木馬」のユーモアが好もしい。
    城崎温泉への旅本。

  • 「郊外」という言葉から、人はどんな場所や風景を想像するだろうか。都会の喧噪から解放された、自然に恵まれた田園のような所を想像する人もいるかも知れない。あるいは、少し交通の便はよくないが、通勤圏には属している都市周縁部のような所を考える人もいるだろう。しかし、ここで「郊外」と呼ばれているのは「郊外」一般ではない。パリ市郊外のことである。著者によると「現在では主としてパリ周辺の区域を指す、『郊外(パンリュー)』というフランス語は、もともとは領主の『布告(パン)』が届く城壁の外『一里(リュー)』ほどの範囲を意味する言葉だった。極端な話、パリの城壁を一歩出れば、遠い近いの差こそあれ、郊外と呼ばれる領域に入ってしまうのである。」

    距離の感覚からいえば、紛れもなくパリでありながら、「パリ」ではなく、「郊外」と呼ばれる別の地域に区分されるこの辺りが、著者は妙に気になるらしい。「ときどきふっと魔がさしたようにパリの外へと足が向いて」しまうのだ。花のパリにいながら、堀江氏の関心は、専らこの「壁の外」の景色や人々に向けられている。そして、どうやらそれは彼だけではなく、取り立てて見るものもないこの地域のことを詩に書いたり、写真集にしたり、ルポルタージュしたりする人たちがいるらしいのだ。

    その名も『壁の外』という詩集で知られるジャック・レダをはじめ、『パリ郊外』という写真集を作ったロベール・ドワノー、『ロワシー・エクスプレスの乗客』のフランソワ・マスペロなどの本を頼りに、「郊外」という地域の持つ陰影に満ちた表情を素描したこの本を紹介するとしたら、「郊外」に関するエッセー風の語り口で綴られた書評集というあたりに落ち着くのではないだろうか。ふと足を向けた先の郊外で出会った本や、風景が記憶の中から呼び出した本と、今目の前にある「郊外」を摺り合わせることで、そこに浮かび上がってくる想念とでもいうべきものを語ったのが、この本なのだ。

    著者や、ここに取り上げられた本の作者たちがそれほどまでに「郊外」にこだわり続ける理由とはいったい何なのだろう。それは一言では言えない。たとえば『パリ郊外』について言えば、「貧しさと生活条件の不合理を押し返すにたる、人々の風通しのいい表情と明るさ」であるだろう。また、『壁の外』で言えば「つまらない感情移入を拒む、関心と無関心のなかほどに位置する歩行者の視線」に耐える「街そのものが彼に見せる突き放した距離感」こそが郊外の秘密なのだ。

    しかし、ときおり訪れるのでなく、その中に住んでいる人々の声はまたちがう。パリ北郊外に建つ巨大な低家賃住宅に住む17歳の声を著者の耳は聞き逃さない。セリーヌの書いた「哀れなパリ郊外、みんなが靴底をぬぐい、唾をはき、通り過ぎていくだけの、都市の前に置かれた靴ぬぐい」という文章そのままに、「パリのゴミ箱」扱いをされてきた現実もまた郊外には存在している。フランソワ・ボンが指導した文集『灰色の血』には、そこに生きるしかない若者の怒りの声が溢れている。

    郊外の若者たちは一方で激しくパリを憎悪しながら、他方で同じパリに激しく惹かれ続けている。都会の高校生でもなく、田舎の高校生でもない「限りなく中途半端な生粋のパリ郊外人である彼らにしか感じとられない現実こそ、いまやより力強く、より斬新な言葉で伝えられる時を待っているのだ」というあたりに、著者が「郊外」をテーマに選ぶ理由が見え隠れしているのではないだろうか。

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著者プロフィール

作家

「2023年 『ベスト・エッセイ2023』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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