最後通牒ゲームの謎 ◇進化心理学からみた行動ゲーム理論入門

著者 :
  • 日本評論社
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  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784535559868

作品紹介・あらすじ

最後通牒ゲームを題材として、進化心理学の考え方を使い、「経済人」ではない人間行動の原理に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • 今年は400冊以上読んだが、本書は抜群に満足感のある読書。断片的な知識が繋がって意味を持ち、理解不足を補完してくれた。しかも、非常に分かりやすい。最後通牒ゲームを読み解きの道具として、「人間はなぜ不合理に動くのか」謎を解き明かす。

    本来なら、自らの利益を最大化しようとして、人間たちは経済合理的に振る舞う。しかし、必ずしも、合理性のみで人間行動は語れない。ホモエコノミクス(本著では、エコンと呼んでいる)における、不可解な行動のことを専門用語でアノマリーと呼ぶらしい。つまり、経済合理性で説明しきれない人間行動全てを、一旦、アノマリーとして切り出す。アノマリーは何のために?

    そこに著者がもう一つの概念を当てはめる。これがピタッとはまる。本書は、この一言のために最後通牒ゲーム以外にもゲーム理論を用い、人間以外の動物行動の様々な実験結果を引く。それは、経済合理性ではなく「適応合理性」。

    結局、人は一人では生きていけないと言うのがその答え。集団でしか生き延びることができなかった人は、集団の中での協力関係を維持するため、共感の能力を発達させた。しかし他社への共感だけではフリーライダーに対応できず、不公平さへの怒りとそれを罰する喜び、さらには裏切り者を見つけて覚えておく力も脳に組み込まれた。

    その組み込まれた本能が、ゲームの結果に反映されていた。独裁者ゲームでは、報酬を完全に自分の取り分にすることができるのに、相手に2割から3割を与えたと言う結果。これを「20%の希望」と呼ぶ人もいて、利他的行動だとするが、実は、観察者を意識したのだ。実験の観察者にわからぬように進めると、この20%が減った。監視の目があるだけで、人の行動がどんどん変わる。監視は目のイラストでも顔のポスターでも効果がある。

    公平な状態になった時、脳の報酬型が活動している。また優れた相手の不幸を見ても、報酬系が反応する。脳は裏切り者をすぐ見つける能力を持っている。さらに目上の人間よりも、目下の人間の裏切りを見つけやすい。裏切り者の顔と情報は忘れにくい。裏切り者の情報はゴシップとしてすぐに広まる。人の会話の3分の2ほどがゴシップ。人の社会の普遍特性の一つである。会話の約60%が誰かの批判などネガティブなもの。褒めるような会話はわずか7%。

    自分たちの集団仲間を優先する傾向は、内集団バイアスと呼ばれる。または内集団ひいき。例えば独裁者ゲームなどの実験をすれば仲間に多く配分することが報告されている。

    こうしたバイアスにより必ずしも利他的行為を行ったり共感性を得る訳ではない事、エラー管理理論で目のイラストに反応した理由を解き明かすなど、論理展開がエレガントだ。この腹落ち感を味わうには、本書を読むのが早い。

  • ゲーム理論について学びたいと思い、手に取った本書。進化心理学の視点からゲーム理論の代表的な実験である最後通牒ゲームの謎について迫る。

    当初、ゲーム理論について学びたいと思い、どちらかといえば数式等も込みで、理論的に学びたいと思っていたので、この本は目的とは少し違った。でも、様々な学問分野の実験について整理されている本書はとても読みごたえがあった。
    行動経済学を学び人は初めにこの本を読むべき。

    また、改めて心理学と生物学の関係の深さを実感した。そして、その脳の中の仕組みの解明がコンピュータの発明に活かされ、社会を変えていると思うと考えさせられるものがある。

  • 最後通牒ゲームというのは知っていたが、こんなに奥深いものとは。人間の意思決定に興味があるのでとても参考になった。人間は「合理的な生き物」ではなく「非合理」でもない。「徹底的に合理的」である、ということを様々な実験・心理ゲームで解明していく。あなたは千円を受け取り、その一部または全部をパートナーに渡す。パートナーが納得すれば両者その金額を受け取れるが、拒否されたらどちらも権利を失う。さて、いくら渡すのかというゲーム。合理的な人間であれば、自分に千円、相手に0円であっても、相手は損をしないという点で合理的に合意ができるはずだが、実際はそうはいかない。この拒否権を無くした「独裁者ゲーム」であっても、世界平均で2割は相手に渡すという結果になっている。人の行動や意思決定というのは面白い。この2割を「希望の2割」と言う人もいて、とても興味深い。

  • かなり面白い!また、深い!!
     ごく簡単な「ゲーム」の状況における実験でのヒトの振る舞いをとりあげ、その際の脳の反応はもちろん、他文化なら、少数民族なら、チンパンジーなら、赤ちゃんなら、動物なら…と次々に実験を拡張するのみならず、さらには、誰も見ていなければ、仲間ではない相手なら、懲罰権があったら、利害関係のない人だったら…、と様々な状況にも拡張し、「ヒトとはどのような生き物なのか?」と「私たちの生きる社会とは?」といった問題を、深く深くひたすら丁寧に掘り下げていく。
     多くは実験である引用文献は、ざっと数えて約500本。これでもか!というほど圧倒的な数と丁寧な文献レビューを前提にした議論は、一種の迫力すら感じる。
     文章はいたって読みやすく平易だが、限りない知的興奮の書と言える! アリエリーを読んで少しでも面白いと思ったことがある人は、ぜひこの本を読んでほしい。
     最後通牒ゲームなどの「ゲーム」は、高校での新科目「公共」でも扱うこととなり、困っている先生も多いのではないか。そこでも、この本はうってつけと思われる。前提知識なしで、一気に研究の最前線まで味わえるばかりか、「ゲーム」が、社会の問題を一体どう考えさせてくれるのか、よくわかるようになる。教室の中で、自分たちが行う「実験」のアイデアすら浮かびそうだ。
     そうそう、英語訳を出してほしい。海外の友人にぜひ紹介したい!

  • 最後通牒ゲームは大学時代に学んでいた時に本当に謎だった。こんな納得できないような結論が教科書に載っていること。そして、それをなんの不思議な顔もせず教えている教授の姿に。

    そんな違和感に真摯に向き合う著者の姿にこそ、人間の凄みを感じました。

    内容はどれもさまざまな実験から導き出された人間の本質を深く洞察したものになっていて納得できるものばかり。個人的には、集団から外れた個人は誰かと誰かが仲良くしているさまを見ていると、自分が空腹状態で他人が何かのご馳走を食事している時に反応する脳の部位と同じ部分が反応するという記述。なるほど。確かにYouTuberが人気になるわけです。

    食と同じくらい人間にとっては集団や社会に属すということは大事なことなんでしょう。命に直結するぐらいに。

  • 最後通牒ゲームというゲーム理論における最も基本的な実験を題材として、ヒトの「適応合理性」に対して論じていくというのが本書のプロットかと。

    数年前にノーベル経済学賞受賞したことで行動経済学に注目が集まり、そこにおけるキーワードは「不合理」や「ナッジ」が注目されてた。ヒトは時として経済学が想定していたエコンの行動原理からかけ離れた行動をとってしまうのだ、甚だ不合理なことであるといった風潮でした。

    本書の結論では、ヒトは不合理な行動を確かにとるが、頭ごなしに不合理な生物であると定義するのではなく、一部ではエコンと合致する合理的な行動もとるものである。その判断の基準となる境界線、究極要因に関して現在様々な学問が解き明かしに邁進しているのだ、といったことです。現在大きな関心を受けている考え方は、ヒトしか持ち得ていないであろう「真の利他性」・協力性といったもの。コロナ禍のエッセンシャルワーカーの存在が非常に身に沁みて感じられる。

    まず著者が学問に対して真摯に向き合い、日常との軋轢を何とか乗り越えながら日々研究しているのだなとそのバックボーンに感涙でございます。授乳中に寝落ちながら、かくれんぼの隠れながらなど・・・胸が熱くなります。

    ポイントを備忘録として。
    ・ヒトは意図的な不公平が嫌いで、コストのかかる第二罰(不公平な相手に対して、自分が不利益を被っても罰を与える)を行う。共感の定義としては、相手への報復による痛みも分かち合ってしまうと思われるが、寧ろ意図的な不公平な相手に対しては、脳の報酬系が反応し喜びなどポジティブな感覚になる。

    ・ゴシップは、悪い人を取り締まる「警官」であり、悪行いとは何かを人々に教える「教師」の役割をもっている。ゴシップを伝え合った相手とは、高い共有感をもち、親密度が上がる。また、ゴシップは「オキシトシン」が増え、ストレスホルモンである「コルチゾール」が減るという研究結果もある。
    →これは実感として激しく同意。飲み会や職場での些細な会話でも、あの人がどうこう(主にネガティブな話)がメインになってるところがある。ヒトの性なのだな。

    ・自己犠牲な協力行動の要因として推測されるものに、「間接的互恵主義」がある。これは、誰かを助けるとまわりまわって別の誰かに助けてもらえるという考え方である。このシステムを支えるのは、「評判」となる。
    →これは昔読んだ「Give&Take」にあったGiverがまわりまわって有利に得をする、という考え方と共鳴しているな。周りからの評判を上げる行いが、最終的に自分にメリットとして還元される、胸にとどめておきたい。

  • 初心者にわかりやすいよう、噛み砕いた表現にとても力を入れているのがわかる。例も豊富でわかりやすく、時事ネタも入れてある。ありがたい。
    ただ簡単にしただけではなく、内容も落としていないように思う。本文に添えられたコラムや補足説明は詳細かつ分量が多く、こっちが本体なんじゃないかと思うくらい。

    ホモ・エコノミクス(経済人)の想定結果と実験との差異は、埋め方がわからず、ずっと「気持ち悪いな」と思っていたところ、とても合理的な説明となっていて、なかなか感動的だった。
    一方で、この分野も掘れば掘るほど多くて深い謎が見つかるというお裾分けもいただき、お腹いっぱい。

    進化心理学、神経経済学といった道具・機械を使っていままでと違ったアプローチと説明ができるようになった。切り開いてきた人たちに感謝。

    新型コロナウイルスでの自粛警察など「○○警察」に至る説明も、なるほどとうなった。

    「短い時間で直感的に判断をしなければいけなくなると、寄付の金額が増えたり、「より公平な」提案をしたりする」という点については、「大道芸のおひねりでは、最後にお願いするのがよいのではないか」と思ったり。

  • とても読みやすく、かつ知りたいことを教えてくれる素晴らしい本。
    個人的には経済学はほんのさわりくらいしか学んだことがないけど、そこで仮定される合理的な行動には違和感を感じていた。もっと人間は不合理でランダムな存在なのではないかと。
    この疑問に著者は生物の脳科学にも基づいた心理的進化の観点から遺伝的な習い性とでもいうような生存戦略からくる戦略的非合理=長期的な合理性をさまざまな事例をあげて説く。確かに、なるほどそうかも、と思わせられるところが多い。
    それではなぜそこから逸脱する人、つまり遺伝的な習い性を超えて、規範からの逸脱に対してシビアな罰が待っているとは知りながらも、長期的にも短期的にも非合理なことをしてしまう人が常に存在するのか、といった疑問は尽きない。
    しかしそんな疑問もそれぞれの人が帰属する社会の多重性を考えると理解できるのかもしれない。そんな可能性を感じさせてくれる。

  • 「最後通牒ゲーム」を元にした行動経済学&ゲーム理論の入門本。
    経済学の授業ではさらっと習った「最後通牒ゲーム」、こんなに奥深いのかと感動。
    高校生にもわかる本、という謳い文句どおり、かみ砕いて書かれていて非常にわかりやすい。スルスル読める。
    経済的合理性はないけれども、気持ちとしては理解できるという実験結果が多数紹介される。自分が損をしてでも裏切り者に罰を与えたい、いい人と思われたいから多少の損はやむをえない、そういう心理的な要因が理論にくみこまれていく課程がおもしろい。
    文献案内「もっと勉強したいかたへ」も秀逸。

  • これまでにも行動経済学の本などで「最後通牒ゲーム」は知っていたが、世界中で様々な切り口で実験がされ、かくも深いものであることを知って驚いた。
    最後通牒ゲームの反応は一見非合理だが、視野広げて時間軸を長くとってみると、とても合理的である、という点はとても腑に落ちた。
    行動経済学は経済学というより心理学なのではと感じることが多かったが、本書で進化心理学という学問を知り、そんな分類をすることに意味はなく、このような学際分野に面白みがあるのだ、と今の学問の世界が垣間見えたことも良かった。
    著者自身が日頃から分かりやすい講義を工夫されているからであろう。記述も平易で例えもイメージし易い。補足として詳しい説明が書かれているスタイルも良かった。
    また本文自体も充実していたが、普段はあまり読まない「おわりに」に思わず引き込まれ、尻上がりに感銘が残った。

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著者プロフィール

南山大学経済学部准教授

「2021年 『最後通牒ゲームの謎』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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